方源が最も気にかけているのは、気泡魚の状況であった。
気泡魚を放流した湖は、小狐仙が入念に選んだ三ヶ所である。此等の湖の上空は丁度星雲の中央部——星屑草が最も密生し、大群の星蛍虫群が生息する区域に当たる。
気泡魚は此等三湖で育つが、水狼の群れはおろか、青玉鯽魚の数さえ極めて少ない。
此等三湖は小狐仙によって意図的に保護され、貴重な気泡魚の魚卵が可能な限り無事に成長できるよう配慮されている。
今、湖面には既に数多の稚魚が泳ぎ回っている。
此等の稚魚は金魚に幾分か似ており、腹部は丸々(まるまる)と膨らみ、両端が尖っている。但し金魚のような斑斕たる色彩はなく、殆どが乳白色である。金魚の如き裙裾のような鰭や尾もなく、其の尾鰭は皆小柄で精巧である。
更に、其等の遊泳方法も他の魚類と異なる。気泡魚の稚魚は、殆どが水中を上下に浮沈している。
「大きな変動が無ければ、今年中に東海の気泡海は蛊仙同士の争いで劇毒に侵されるとのこと。宝黄天の気泡魚相場は高騰するだろう。但し、我が気泡魚は自給用でさえ足りぬ。当分販売は不可能だ。」
方源は内心で計算を巡らせた。
星蛍蛊にせよ気泡魚にせよ、全て(すべて)は彼の長期的な投資である。少なくとも百年後まで、市場での利益は期待できぬ。
気泡魚の飼育に関する心得については、方源は外部から購入しなかった。
彼には前世の記憶に基づく秘訣があり、気泡魚の繁殖率を三割も高めることができた。言わば、蛊仙の先端に立っているのである。
視察の結果に、方源は大いに満足した。
彼が小狐仙を少し褒めたところ、相手は心底から喜び、顔に紅暈が浮かんだ。真白な狐尾が後ろで興奮して絶え間なく揺れていた。
しかし、蕩魂山の状況は相変わらず悪化していた。
蕩魂山に立つと、方源は枯死寂滅の気を感じ取ることができた。此れにより、彼の心情も重みを増していった。
蕩魂山こそ、狐仙福地において最も価値ある存在であった。星蛍蛊や気泡魚など、比べ物にはならぬ。
山中の蕩魂行宮に戻り、方源は小狐仙を呼び寄せ、再び通天蛊を起動して宝黄天との通信を開始した。
起動した瞬く間に、数多の神念が伝達されてきた。
「貴様の“和泥”は果たして売る気があるのか?」
「我れは蛊方に加え、一対の洞地蛊を添えよう。」
「我が残方の宝光は六丈五尺に過ぎぬが、毛民を数人付け合わせよう。一切は相談次第である。」
……
此等の神念は、全て(すべて)和泥蛊の取引に関するものだった。
方源は以前、大量の和泥蛊を販売し、和泥仙蛊の秘方を要求すると公言していた。仙蛊に関わる取引だけに、当時から多くの注目を集めていたのである。
「和泥蛊が仙蛊の煉制に必要な材料の一つなのは確かだが、蛊方の価値は明らかに和泥蛊を上回る。現在提示されている此等の蛊方は、既に最高値に達している」
方源は一瞥しただけで、此の数日の駆け引きを経て、此の取引を纏める時機が終に熟したことを悟った。
各社の提示価格は限界に達し、差は殆ど無い。方源は左右に選び分けたが、結局一社に目を留めた。
相手は「泥脚仙」を名乗り、手元の和泥蛊方の宝光は六丈五尺しか無かった。
此の程度の宝光は周囲の競合他社と比べると少し劣る。しかし彼は、方源に対し毛民を若干販売する事で此の差額を補填できると伝えていた。
蛊仙は一般に毛民を飼育し、自家の煉蛊を補助させる。
多量の毛民の補助が有れば、蛊仙は五転蛊に不足する事は無く、ひたすら仙蛊のみを追求すれば良い(よい)。
宝黄天の奴隷市場において、毛民は最も人気の高い種族であり、その価格は往々(おうおう)にして人間の奴隷をも上回る。石人など比較にもならない。方源は以前から狐仙福地へ毛民を移住させる計画を練っていた。
其の為、琅琊福地で毛民を目にした時、思わず胸が高鳴った。しかし琅琊地霊がどうしても首を縦に振らず、販売を拒んだため、方源も為す術がなかった。
現在彼が大量に必要としているのは馭狼蛊である。
既に一転から五転までの馭狼蛊方は琅琊地霊から入手済みだが、煉蛊を補助してくれる毛民だけが欠けている。
仮に小狐仙と二人だけで煉制した場合、二、三ヶ月(に、さんかげつ)かけても方源の求める量を煉制する見当ては立たないだろう。
直ちに、小狐仙が方源に代わって神念を伝達した。
折よく泥脚仙も居り、即座に応答した:「では、一万人の毛民をサービスで付け合わせよう!」
しかし方源は品物を見て失望を表した:「数量は多いが、皆小毛民ばかりだ。我が煉蛊の助けにはならぬ。必要なのは老毛民だ。」
「老毛民だと?それでは数量を減らさねばなるまい。」
泥脚仙は少し考え込んでから答えた。此の数年、彼の福地では毛民が繁殖過多で、丁度一部を処分したい所だった。だが其の為に値を下げざるを得ない。
一連の値切り合いの後、泥脚仙は最終的に、方源に対し三千人余の老毛民と七千人余の小毛民を販売する事に同意した。
此の取引の為、方源は追加で半塊の仙元石を支払わねばならなかった。
取引が成立すると、方源は真っ先に和泥仙蛊の秘方を確認した。
秘方は無論不完全で、六割しか記載されていない。その内容も泥脚仙によって多く改竄されており、方源自身が整理と鑑定を要する状態だった。
方源も別段驚かなかった。
仙蛊の秘方は極めて貴重なものだ。仮に自分が販売側に立っても、同様の細工を施すだろう。たとえ細工によって蛊方の宝光が落ちる結果となろうとも、蛊仙同士の競争とは元々(もともと)此の様なものなのである。
「此の残方が有れば、基礎が出来上が(あ)る。将来完全な和泥蛊方を推測するのは、虚構から推測するより遥かに容易だ!更に重要なのは、和泥仙蛊が我が手中にあることだ。一日たりとも我れが使用しなければ、他者は煉蛊できない。我が和泥蛊は相変わらず販売して利益を上げ(あげ)られる。」
但し、和泥仙蛊を当分の間狐仙福地に持ち込むことはできず、方源は琅琊福地を出た後、準備してあった手段で仙蛊の気配を隠し、その場に埋めておいた。此れは已むを得ない措置だった。
方源が蛊仙の境界に達するまでは、此の様な仮の処置を取るしかなかった。
和泥蛊を購入した蛊仙たちの大半は、和泥仙蛊を煉成することを目指していた。しかし残念ながら、彼等の目的は達成されることはないだろう。
方源は和泥蛊の販売を続けながら、気に入る狼群が無いか探していた。
狼は繁殖力が強いため、多くの福地では定期的に余剰の狼を処分する必要がある。
その為、宝黄天では狼群を販売する蛊仙も少なくない。
「先の三家族との激戦で、狼群は少なからず損耗した。特に万獣王の補充が必須だ。……あれ? 何と狼皇を販売している者がいるぞ。」
方源は小さな驚きを発見した。
獣群の階層構造は比較的単純で、普通獣、百獣王、千獣王、万獣王に分かれる。万獣王の上には更に獣皇が存在する。
獣皇の体には五転野生蛊が寄生しており、五転戦力に匹敵し、万獣王を統率する力を持つ。
方源は以前、三王福地において鳴嘤と霸黄という二頭の犬皇を編入したことがある。此等二頭の犬皇は、一時的に五转蛊師の強襲を防ぐのに貢献したが、無念ながら方源が後に逃亡に忙しく、彼等を顧みる余裕がなかった。彼等が戦死したのか、或いは他者に奪われたのかは知る由もない。
一般に、蛊仙が獣皇を販売することは稀である。獣皇は既に福地の底力を体現する存在と見做されている。
方源は詳細を確認した後、頓に其の理由を悟った。
元来、此れは老齢の獣皇で、全身に傷を負い、寄生している野生蛊も欠損が著しく、二、三匹(に、さんびき)しか残っていなかった。
「夜狼群の中で新しい狼皇が誕生し、老狼皇は敗北し、本来なら若い新狼皇に殺される運命だったのだろう。しかし決定的瞬間に、蛊仙が介入して此の老狼皇を宝黄天で販売する手に掛けたのだな。」
方源は見事に原因を言い当てた。
しかし、例え此の様な状態でも、老齢の夜狼皇は三人の競合する買い手を惹き付けた。
神念を交わした混乱した駆け引きの末、方源は最終的に二枚の仙元石で此の老夜狼皇を購入した。同時に、一万八千頭余りの夜狼も手に入れた。
その後、方源は更に三万頭の亀背狼群と一万頭の風狼群を購入した。その中には亀背万狼王二頭、風狼万獣王一頭が含まれている。
以前の狼群と合わせると、彼の手中の狼群規模は十萬頭に激増した。
「福地を有する利点は此れだ。蛊仙の肩の上に立ち、自由に獣群を売買し、瞬時に規模を回復できる。餌や(や)り等の後方支援に煩わされる事も無い。但し十萬頭という規模は、未だ少ない。馬尊、楊破纓、江暴牙と言った奴道大師たちは、各々(おのおの)少なくとも四十萬頭の獣群を有している。特に江暴牙は更に多く、最盛期には軍勢が六十五萬頭に達したこともある。」
次に控えるは、英雄大会での群雄割拠である。
方源は深く理解していた――常山陰という偽りの身分を背負っている以上、此れら奴道大師たちとの衝突は避けられないと。
然るに、狼群の規模は更に拡大せねばならない!
方源は直ぐに水狼一万頭を購入した。其中には水狼万獣王一頭、千狼王六頭が含まれている。
その後、彼は左右に検討し、慎重に考察を重ねた末、遂に狼群の主力を朱炎狼と定めた。
彼は複数の蛊仙から一気に八万頭の朱炎狼を買い付けた。
北原において、朱炎狼は亀背狼や風狼、夜狼と比べると比較的稀な存在である。
朱炎狼は全身が赤毛に覆われ、炎の如く真赤である。此の狼は攻撃が迅猛で、体には炎道蛊虫が寄生している。極めて容易に草原を破壊し、天を焦がす大火を引き起こす。仮に此の利点を戦略的に運用すれば、敵に甚大な被害をもたらすことができるのだ。
方源の計画は、朱炎狼十万頭の購入であった。現時点で満たして八万頭、残り二万頭の購入任務は小狐仙に委任された。
「朱炎万狼王六頭、水狼万獣王一頭、亀背万狼王三頭、風狼万獣王二頭、異獣白眼狼一頭、更に夜狼獣皇一頭。」
方源は計算してみると、彼の狼群の高戦力が一気に十倍も急増したことが分かった。
普通の蛊師であれば、蛊仙の手段が無い以上、此の程度に達するには大族の支援を受け、北原を苦しみながら探し回り、少なくとも六、七年の辛苦の蓄積が必須である。
北原の野生狼群の規模は大小様々(さまざま)だ。小規模な群れは数百頭に過ぎず見向きもされないが、大規模な数万頭の群れは呑み込むことができない。
狼群を捕獲するには、まず戦って勝てるかどうかを考慮せねばならない。惨勝では意味が無く、大勝を基盤として初めて収穫が得られる。
方源が今回瞬時に成し遂げた様は、容易そうに見えるが、実は蛊仙たる所以の手段に帰するものなのである。