第二十八節:雪洗蛊
葛謡は 次第に 警戒心を 解いた:「言われてみれば……確かに もっともな こと ばかり よね。もし 本当に 常山陰さん なら、あなた は 私たち 北原の 英雄だ もの!たかが よそ者の ため に、あなた を 責める つもり は ない わ。でも……どうやって 身分を 証明するの?」
方源は 淡く 笑い、表情を 微かに 変えて、先輩高手に ふさわしい 気高い 風格を 漂わせた:「この 常山陰、行い に 偽り なく、名に 恥じ ず。わし は わし じゃ、わざわざ 証明する 必要が あろう か?娘よ、今 ここで 去り たい なら、わし は わざわざ 止めは せん」
この 方源の わざと らしい 手放し 作戦は、見事に 葛謡の 疑念を 揺るがせ、彼女に 巨大な 逡巡を 生み 出した。
方源は 勢い に 乗って 追い 打ちを かけた:「娘よ、人を 疑う 心は 大切じゃ。お前の その 態度は 正しい。だが よーく 考えて みろ。ここまで の 道中、わし に お前を 殺す 機会が 何度も あった だろう?さっき の 空を 飛んで いた 時だけ でも 、わし が 手を 離せば、お前は 地刺鼠の 群れ に 落ち、確実に 命は なかった だろう。わし が そんな こと を した か?出会い には 必ず 縁が ある。婚約から 逃げ 出す 勇気が ある なら、なぜ わし に 向き 合う 勇気が ない のだ?」
葛謡は 沈黙に 陥った。
方源は 彼女の 様子を うかがい、時機が 熟した と 見て、最後の 一撃を 加えた:「私と 一緒に 来なさい。あなた は まだ 若い、腐毒草原の 奥地で 一人きりで いる のは 危険です。前に あなたが 話して くれた でしょう?雪柳を 見つけたい と。雪柳に いる 雪洗蛊を 手に 入れ、部族に 持ち 帰り、婚約を 帳消しに できる ほどの 大きな 功績を 立てたい と。正直に 言うと、それ は 現実的では ありません。一、二匹の 雪洗蛊が、そんな 局面を 変える こと は できません」
「丁度 私も 雪洗蛊が 必要な のです。まず 私が あなたを 連れて 雪柳を 探し、雪洗蛊を 捕まえ ましょう。それから あなたの 家に 一緒に 帰り、私が 直接 あなたの 父上に 説得します。どう です か?」
「本当に?」葛謡の 瞳は 瞬く 間に(ま) 輝いた。「阿爸が あなたの こと、一番 尊敬して いました。英雄だ って 言って。あなたが おっしゃれば、きっと 聞き 入れて くれます!でも……あなたに どうして 雪洗蛊が 必要なの?お阿妈は とっくに 亡く なって います よね……」
「ああ……」方源の 声は 虚しく、表情は 寂しげに 曇った。まず うつむいて から、それから 苦い 笑いを 浮かべた。「もちろん 知っている。二十数年も 前に、母は 毒に あたり 亡くなった と。雪洗蛊を 見つけ られず、戻れ なかった のが、この 私の 不孝だ。教えて やろう、この 二十数年、雪洗蛊は 私の 執念と なった。必ず 一匹 捕まえ、母の 墓前に 跪き、詫び 入れ なければ ならない」
そう 言う と、方源は 涙を 流した。
少女は 方源の 涙を 見て、その 嘘を 完全に 信じ 込んだ。思わず 胸が 痛み、慰める ように 言った:「常山陰さん、それは あなたの せいじゃ ありません。全部 あの 忌まわしい 哈突骨が 悪いの!」
「もう それ以上 言わなくて いい。行こう」方源は 手を 振り、前へ 歩き 出した。
「ごめんなさい、余計な こと 言って……疑ったり する べき じゃ なかった」葛謡は 深い 後悔に 駆られ、数歩 駆け 足で 方源に 追いつき、後ろ から 謝った。
方源は 数し 慰め の 言葉を かける ふりを し、見事に 葛謡の 罪悪感を いっそう 深め させた。
二人は 腐毒草原の さらに 奥深く へと 進んで いった。紫の 毒霧は ますます 濃く なり、毒に 強い(つよい) 毒須狼で さえ、その 姿を ほとんど 見せなく なっていた。
さらに 二、三百里 進んだ 後、方源と 葛謡は、もはや 常時 蛊虫を 駆動して 解毒し なければ ならなく なった。さらに 五、六百里 進む と、紫の 毒気は 壁のように 濃厚に なり、ほとんど 数歩先も 見えない ほど だった。
葛謡の 霧雀蛊は、もはや この 状況では 役に 立たなかった。しかし 方源は 事前に 準備して いた ため、相変わらず(あいかわらず) 数千歩の 範囲を 探知する ことが できた。
「常山陰さん、もう 戻りましょう。あるいは 方向を 変えれば、雪柳に 出会える かも しれません。これ以上 奥へ 進む のは、恐らく……」葛謡の 顔は 紫がかって おり、もう 限界だった。
しかし 方源は 首を 振り、この 提案を 拒否した。彼は 前進を 堅持し、さらに 深く へと 進んで いった。
少女は 知らなかった が、方源は よく 知って いた。雪柳は まさに この ような 劇毒の 環境で こそ 生育する のだ と。
そして この 腐毒草原も、実は 大きな 由緒が ある の だった。
腐毒草原の 最深部には、福地が 存在し、そこには 七転の 蛊仙 紫嫣妍――毒蠍娘子と 号する 者が 居住していた。
彼女の 紫毒福地には、無数の 毒草が 栽培され、広大な 腐爛沼沢が 広がり、大量の 毒獣が 生息し、数多の 毒蛊が 培育されていた。
これらの 毒物が 累積され、毒姓は 猛烈を 極め、もはや 福地そのものさえも 耐え 切れない ほど だった。
その ため、数年ごとに、福地の 門戸が 開き、内部に 濃縮された 猛毒の 気を 外界に 排出する。
この 毒気の 大部分は、腐毒草原に 漂 紫色の 毒霧と 化る。
福地内で 最も 下等な 生物たちも、この 機会に 乗じて 脱走しよう と 試みる。それ 故に、腐毒草原には 数多の 毒須狼が 生息する ように なった。長い 年月の うちに、紫毒福地の 周辺環境は 激変した。暗雲が 常に 垂れ 込め、陽の 光を 見る こと さえ ない。紫の 霧が たちこめ、あらゆる 生命を 冒す。無数の 毒草が 生い 茂り、腐り かけた 大地では 毒須狼の 群れが 横行し、この 草原を 生命の 禁忌と 化して しまった。人々(ひとびと)は 畏敬の 念を 込めて、ここを 腐毒草原と 呼ぶ ように なった。
腐毒草原の 中心に 位置する のは 紫毒福地で あり、方源が 今 立ち 入っている のは、腐毒草原の 中域で ある。
草原の 奥深くでは、毒霧が 年中 たちこめ、無数の 雪柳が 生息している。方源は 確信していた:この 調子で さらに 数百歩 進めば、必ず 雪柳の 群生が 見られると。
果たして 彼の 思い 通り(どおり)、二人が さらに 数百歩 進んだ 時、方源は 一株の 雪柳を 見つけた。
その 雪柳は 高さ 二丈も あり、枝葉が 生い 茂っていた。幹は 墨のように 漆黒だが、垂れ 下がる 無数の 柳枝は 雪のように 真白だった。もやもやと たちこめる 紫霧の 中で、それは 高貴で 神聖な 気品を 放っていた。
方源が 葛謡を その 雪柳の 前に 連れて 行くと、少女は 思わず 歓声を 上げた。
二人は 早速 柳枝に 生え 茂る 雪白の 葉を 注意深く 調べ 始めた。
ほどなく して、葛謡が その 中の 一枚の 葉が、もう 蛊と 化っている のを 見つけた。
これが 雪洗蛊だ。四転蛊で、その 価値は 千金に 値する。雪洗蛊の 解毒能力は 群を 抜いて おり、北原の 蛊師たちの 間で 広く 認められている。
二人は 半日かけて 探し 回り、三匹の 雪洗蛊を 見つけた。
方源は 一匹だけ を 受け取り、残り 二匹は すべて 葛謡に 譲った。この 行為に、少女は ひそかに 感謝の 念を 抱いた。
雪洗蛊を 収めた 後、方源は 懐中の 黒色の 丸玉を 取り 出した。
その 中には 仙蛊 定仙游が 封印されて おり、今 かすかに 仙蛊の 気息が 漂い 出て いた。この 気息は 長く 漂い 続け、蛊仙に 容易に 察知される 危険性が あった。
「いよいよ 時だ」方源は 心の 中で 念じ、空窍から 一匹の 蛊を 召喚した。
すぐに 真元を 注ぎ 込む と、その 蛊は 赤い 鉄の 櫃と 化け、黒い 丸玉を しっかりと 封じ 込んだ。
たちまち、仙蛊の 気息は 遮断され、もう 一絲も 漏れ 出る ことは なかった。
これは 方源が 三叉山で 手に 入れた、鉄家特有の 蛊――鉄櫃蛊だった。
方源は 鉄櫃を 背負い、葛謡と ともに 来た 道を 戻った。
二、三百里 歩いた 後、方源は 足を 止め、地蔵花王蛊を 取り 出した。鉄櫃を 花芯に 収め、地中の 深く へと 埋め 込んだ。
この 蛊は 五転という 高い 階級で、方源は 植え付け(うえつけ)に 大変 苦労した。彼の 真元の 効力は 十分では なく、途中で 元石から 気を 汲み 取り ながら、ゆっくりと 真元を 注ぎ 込ま ねば ならなかった。
足し かけて 二时辰(四時間)以上も 費やし、ようやく 成功させた。
方源は かつて 青茅山で、花酒行者の 遺蔵を 開いた ことが ある。その 時 用いた 地蔵花蛊は、地中に 蛊を 隠す ための もの だった。
地蔵花蛊は 二転蛊で あるが、転を 重ねて 昇進する ことで、五転の 地蔵花王と なる。
地蔵花王は 完全に 開花すると、通常の 地蔵花より 十倍も 巨大に なる。暗金色の 巨大な 花弁は シルクのように 柔らかく、花芯には 暗金色の 花液が 満ちている。
しかし 花蕾が 完全に 閉じている 時は、その 体は 幼児の 拳よりも 小さい。
地中の 深く に 完全に 潜み、一切 気配を 漏らさない。
方源は 地蔵花王を 植え 終える と、細心の 注意を 払って 地上の すべての 痕跡を 消し 去った。ここに 至って 初めて、彼は 仙蛊 定仙游を 真に 完全に 隠匿した の だった。
方源の 空窍は 仙蛊を 収容できず、彼は やむなく この 下策を 講じ、現地に 仙蛊を 埋蔵して、将来の 利用に 備える こと に した。
この 果てしなく 広がる 草原の 中で、誰が 想像できよう か?極めて 貴重な 仙蛊が、まさに ここに 埋め 隠されている こと を。
しかし 弱点も あった。仙蛊が 道中 残した 気息だ。これらの 気息は 長く 消えず、蛊仙を 惹き 寄せる 可能性が ある。
だから こそ、方源は 道中 断続的に 仙蛊を 封印し、蛊仙の 搜索に 備えて 警戒していた の だった。
「ただし、その 可能性は 決して 高く ない。仮に 蛊仙が 現れ ても、地中数百里の 深み まで 探査できる 偵察系の 仙蛊を 持って いなければ、発見される 心配は ない」
仮に 定仙游が 蛊仙に 発見され、奪われて しまった としても、方源は 運が 悪かった と 諦める しか ない。
しかし、たとえ そう だとしても、彼が 定仙游を 携えて 行動する こと は 決して ない。仙蛊と 比べれば、自分の 命の 方が はるかに 貴重だ と 考えて いる からだ。
地蔵花王蛊を 埋め 終えた 後、二人は 来た 道を 戻り、あの 戦場へ と 戻って いった。
ここに 到着する と、方源は 方向を 変え、もと 来た 道を 戻る の を やめた。代わりに 別の 方向を 選び、葛謡の 帰心蛊が 指し 示す 方角に 従って 踏破して いった。
帰路は 順調では なかった。途中 何度も 狼の群れに 襲われ た のだ。
うち 三、四回は、千匹規模の 大群に 遭遇し、方源は 再び 葛謡を 抱えて 空中に 舞 上がり、難を 避け なければ ならなかった。
幾多の 危険を 乗り 越え(危険は あったが 無事に)、二人が 腐毒草原の 外縁部に 辿り 着いた 時、遭遇する 困難や 危険は ずっと 少なく なっていた。
……
眼前に、百頭を 超える 毒須狼の 群れが、方源と 葛謡に 襲い かかって きた。
方源は 朗らかに 笑い 声を 上げ、驚く どころか 喜んで、翼を 広げて 空中に 舞い 上がった。高み から 見下ろす と、手を 指し 伸べて 叫んだ。
「馭狼蛊よ、行け!」
二転の 馭狼蛊が 青い 煙と 化り、下方へ 舞い 降りて、百獣狼王を 包み 込んだ。
百獣狼王は 激しく 抵抗し、魂から 強い 反抗の 意思を 伝えて きた。しかし 方源の 百人分の 魂の 強さ に は 敵わず、すぐに 完敗 した。
「ウォーン、ウォーン」
方源が 草地に 降り 立つ と、この 百獣狼王は 尾を 振り ながら、子犬の ように 方源の 足元を 囲んで 駆け 回った。
狼王が 率いて きた 狼の群れも、その 命令に 従い、微動だに せず、方源の 手先と 化った。
これは すでに 方源が 征服した 二番目の 狼群で あった。
こうして 旅を 続ける うちに、方源の 手中の 戦力は ますます 強まり、従える 狼の群れも さらに 巨大に なって いった。
以前の 逃亡のような 苦難の 旅は、いつの間にか、庭を 散策する ような のどかな 道中へと 変わって いた。
方源の 支配下にある 狼の 群れが 二千頭以上に 膨れ 上がり、四頭の 百獣狼王を 従える ように なった 時、もはや 腐毒草原も 恐れる に 足らなかった。
安住の 地を 確保する だけの 力を 手に 入れた 方源は、次に 自身の 体に ある 南疆由来の 蛊の 処理に 取り掛かった。
北原の 人間は よそ者を 排する 傾向が 強い。元の 風貌の ままで あれば、どこへ 行っても 排斥や 警戒の 的と なり、行動が 非常に(ひじょうに) 不便で あった。さらに これらの 南疆の 蛊は、彼の 正体を 暴く 重大な 手掛かりと なり 得る もの だった。
生来 慎重な 方源が、このような 危険な 要素を 放置する はず が ない。
だから こそ、体の 中の 蛊は、北原の もの で ない 限り、徹底的に 処理し 尽くさ なければ ならなかった。




