第二十二節:私に従えばいいのに
方源は 内心 ほくそ笑んだが、表面は 冷たい 口調で 言い 放った:「協力? お前に 一体 何が できる という んだ?」
そう 言うと、彼は 葛謡を 見下す ように 一瞥し、わずかに 嘲る ような 笑みを 浮かべた。
少女は すぐに 反論した。彼女は 顎を 引き 上げ、自信に 満ちた 口調で 言った:「知って いるの?腐毒草原には 紫の 毒霧が 漂って いて、長く 吸い 続けると 中毒に なって しまう のよ。私の 持っている 解毒蛊が あれば、その 毒を 防げる わ」
さらに 彼女は 続けた:「草原の 奥に 進む ほど、毒霧は 濃く なり、幽霊や 怨霊も 出て くる。そうなれば、方角も 分からなく なる だろう。私の 帰心蛊だけが、正しい 帰路を 指し 示す ことができる の」
グーッ…
少女が 話している 最中 に、お腹が 空いて 音が 鳴った。
方源が その お腹を 一瞥する と、少女の 顔が 瞬時に 赤らんだ。
彼女は もじもじ しながら 言い 訳した:「あの… 私の 大胃馬 が 毒須狼 に 食べられちゃって。元石も 干糧も 全部 その 中に 入って たの」
大胃馬 は 騎獣の 一種で、北原では 特に 普及している。二つの 胃を 持って おり、主胃は 食物の 消化に、副胃は 物資の 収納に 使われる。
北原の 蛊師たちは、移動する 際に この 大胃馬を 大量に 利用する。
方源は 不思議そうに 尋ねた:「君の 父上は 葛家部族の 族長だろう に、実の 娘である 君が どうして こんな 普通の 騎獣を 使って いるんだ?」
「ああ、父が 私の 蛊を 全部 取り上げた からよ!一人で 逃げ 出して、大胃馬を 一頭 手に 入れ、これだけの 物資を 準備できた だけでも 十分 立派だ と 思う わ!」
葛謡は 思い 込んだ ことを すぐ 口に 出して しまったが、すぐに 言い 過ぎた ことに 気づいた。彼女の 表情は 固まり、うっかり 口を 滑らせた ことを 悟った。
「逃げ 出した?まさか 婚約から 逃げる ためか?」方源は 眉を 上げて 聞いた。
少女は「えっ?」と 驚いた 声を 上げ、目を 見開いて 方源を 見た:「まさか 読心蛊を 持ってるの?どうして 分かったの?」
方源は 軽く 笑った。もちろん、これ も 単なる 推測で あったが、まったく 根拠が ない わけでは なかった。
北原では、女性の 地位は 男性より はるかに 低く、市場で 商品のように 売買される ことさえ あった。南疆には 女性の 族長が いるが、北原では そのような 例は なく、女性が 権力を 握る ことは 許されなかった。なぜ そう なった のか?
この 伝統は 巨陽仙尊の 時代に まで 遡(さかのぼる もの である。
記憶に よれば、この 三年間 北原では 群雄割拠の 様相を 呈し、激動の 時代が 訪れた。最終的には 黒家の 族長 黒楼蘭が 王庭の 覇権を 握り、十年間 君臨する ことになる。彼は 後世 最も(もっと) 議論の 的と なる 草原の 支配者でも あった。
黒楼蘭は 非常に 女癖の 悪い 人物で、草原を 制覇した 後、各部族の 美女を 広く 探し 集め、側室として 迎え 入れた。しかし 一方で、新政策を 推進し、女性の 地位を 向上させ、男女平等を 図ろう と した。
これが 各方面の 利益を 深刻に 侵害し、矛盾を 激化させ、北原各部族の 体制に 大きな 動揺を もたらした の である。
そのため、黒楼蘭は わずか 二年間 だけ 草原の 支配者で あり 続け、その後 内部の 族員に だまされて 王庭の 外に おびき 出され、暗殺された。すぐに、各部族は 結束して 黒家部族の 支配を 覆し、再び 王庭の 座を めぐる 争いを 始めた。この 血生臭い 争いは 五年間も 続き、ようやく 収束した。
この 戦いの 後、草原の 各部族は 混乱の 末 大打撃を 受けた。これは のちの 中洲による 四大域への 侵攻において、敗北の 要因の 一つ(ひとつ)と なった。
こうした 経緯から、北原の 多くの 少女たちは、お見合い 結婚に 反対して、よく 婚約から 逃げ 出す ことを 選んだ。今 眼前の 少女は、部族長の 娘であり ながら、たった 一人で 腐毒草原に 来ている。方源が そう 推測した のも、ごく 自然な ことだった。
方源は 推杯換盞蛊から 食べ物を 取り 出し、葛謡に 渡した。
少女は 明らかに 空腹で たまらない 様子で、むしゃむしゃと 食べ ながら、目を きょろきょろ させ、口いっぱいに 食べ物を ほお張り ながら、もごもごと 言った:「私と 結婚したがって いるの は、蛮家部族の 蛮多よ。あの人、蛮家の 族長の 三男で、背が 低くて ガリガリ だし、猿みたい な 見た目 だし、それに 病弱で、修為は 二転に 過ぎないの。普段から 親父の 威光を かさに きて、部族内で 好き勝手して いるし、一片の 英雄らしい ところも ない んだから!そんな 役立たず とは、結婚できる わけ ない じゃない」
「でも、蛮家は 勢力が 強くて、私たち 葛家は 引っ 越して 来た ばかりで、力が 大きく 減って いるの。蛮家からの 結納金も とても 豪華だった し、豊かで 肥沃な 牧草地を 一区画 譲ると 約束して くれたの。父は それに 目を くらまされて、私を 嫁に 出そう と したの。私は 悔しくて、逃げ 出して きた のよ。常山陰さん、いっそ あなたに 私を 奪い 去って くれない?」
北原の 民風は 強く 荒く、花嫁を 奪い 合う という 風習が ある。
奪い 取られた 花嫁は、普通の 花嫁より も 貴重が られる ものだ。
方源は 軽く 笑って 言った:「君に 興味は ない。早く 食べて、食べ 終わったら すぐに 出発だ」
葛謡の 真っ黒な 瞳が きらりと 輝いた:「もう 一つ 方法が あるわ!あなたが 葛家に 婿入りする のよ。草原の 決まりでは、勇士だけが 美女を 持つ 資格が あるの。たとえ 蛮家が 文句を 言って きても、規則に 従って、蛮多の 痩せ 猿を あなたと 一対一で 戦わせ なければ ならない。常山陰さん、あなた そんなに 強い んだから、蛮多の 奴を 豚みたいに ブタブタに できるに 決まって いるわ!」
方源は 笑顔を 引き 締めた:「言った だろう、お前に は 興味が ない と」
葛謡は さらに 熱心に なった。北原の 女性特有の 直で 奔放な 性格を 露わに して 言った:「どうして 興味が ないの?私 美しく ないと でも 思う?私 葛家で 一番の 美人よ!蛮多の 奴 遠くから チラッと 私を 見た だけで、夢中に なって 親父に 頼み 込んで きた んだから!常山陰さん、婿入り すれば あなたにも いい こと あるわよ。あなた よそ者 だから、婿に でも ならない 限り、誰も あなたを 身内と 思って くれない。北原で ずっと 排斥され、警戒され 続ける のよ」
方源は 厳かな 表情で 言った:「言った だろう、私は 北原の 者だ と」
葛謡は からからと 笑った:「勇士よ、私を 騙せない わよ。その 訛りが 出身を 暴いて いるし、持っている 食べ物も 北原の 茶餅や 干肉では ない じゃない。さあ、素直に 私に 従い なさい よ。私たちの 出会いが 長生天の 采配だ なんて、思わない?」
方源は まぶたを 伏せ、目の 奥に かすかな 冷たい 光が ひらめいた。やがて、彼の 口元に 笑みが 広がって いった。
「少し(すこし) 考え させて くれ。そんなに 急いで 決める こと ない だろう」そう 言うと、方源は 再び 元石を 取り 出し、葛謡に 渡した。
葛謡は うなずいて 言った:「じゃあ、よく、よく 考えて ね」
彼女は 元石を 受け 取ると、今度は 慎ちょうな 口調で 続けた:「この 元石は、必ず 返すから」
方源は 軽く うなずいた。
それを見届けると、葛謡は 黙り、精神を 集中して 元石から 不断 気を 吸収し、真元を 補い、できるだけ 早く 力を 回復しよう と した。
腐毒草原の 奥へ 進む につれて、空気中の 毒気は 次第に 濃厚に なって いった。もともと 肉眼では 確認できなかった が、今では かすかな 紫色が 見え 始めて いた。
「ストップ!狼の 群れが いる!」歩いていた 葛謡が 突然 足を 止め、目に 抑え きれない 恐怖の 色を 浮かべた。
明らかに、先の 毒須狼との 戦いが、彼女に 深い トラウマを 残して いた。
方源も 足を 止めた。三息ほど 経って からで ようやく、自身の 蛊を 通じて 狼の 群れの 気配を 感知した。
彼は 葛謡を 一瞥した。流れる 部族長の 娘だけあって、装備している 探知蛊は さすがに 最上級の ものだ と 感じた。
方源の この 四転の 偵察蛊は、彼が 狐仙福地で 自ら 煉成した ものだ。しかし 北原に 来て からは 抑制を 受け、葛謡の 三転の 蛊に 及ばない。
狼の 群れの 興奮した 遠吠えが、次第に 大きく 近づいて くる。
間もなく、数百頭の 毒須狼が、二人の 視界に 現れた。
「すごい 数の 狼……!」葛謡は 顔色が 青ざめ、体が 震え、思わず 息を 呑んだ。今回の 狼の 群れは、前回の 数倍も あり、千近く に も 及んで いた。
より 強い 獣王で あれば あるほど、より 大規模な 獣の 群れを 統率できる。これは、今回の 百獣狼王が、前回の よりも さらに 強力である ことを 示している。
「ふん、慌てる な。自分の 身は 自分で 守れ」方源は 冷たい 哼き 声を 上げる と、地面を 強く 蹴り、狼の 群れへ 向かって 走り 出した。
葛謡は それ を 見て、思わず 驚きの 声を 上げ、方源を 止め よう と したが、方源は すでに 狼の 群れに 飛び 込んで いった。
数多の 毒須狼が 走り 寄って きて、葛謡に 襲い かかろう とする。
少女は 甲高い 声で 叫んだ:「水甲!」
瞬時に 水蒸気が 凝結し、淡い 青の 鎧が 形作られ、彼女の 全身を 覆った。
瞬時に 水蒸気が 凝結し、淡い 青色の 鎧が 形作られ、彼女の 全身を 覆った。
「螺旋水箭蛊!」
彼女は 手を 差し 出して 続けざまに 指差し、螺旋状の 水の 矢が 飛び 出した。
シュシュシュッ!
瞬く 間に、三頭の 毒須狼を 仕留め、五、六頭(ご、ろくとう)に 傷を 負わせた。しかし 同時に、さらに 十数頭の 毒須狼が 襲い 掛かって きた。
少女は 慌て ふためき、後ずさり しながら、てんてこ 舞い で 応戦した。
「水龍蛊!」彼女は 両掌を 押し 出す と、三本爪の 水龍が 咆哮を 上げ ながら 飛び 出し、周囲を 薙ぎ 払い、澎湃たる 水煙を 巻き 起こした。
水龍が 現れた おかげで、葛謡は ようやく かろうじて 局面を 持ち 直した。
「常山陰さん、死なないで ください!」少女は 急いで 狼の 群れの 中心を 見た。
その 一瞥が、彼女を ほぼ 呆然と させた。
彼女が 当初 予想して いた もの とは 異なり、方源は 狼の 群れの 中で 縦横無尽に 突き 進み、各突進ごとに 大量の 毒須狼を 吹き 飛ばして いた。
凶暴な 毒須狼たちも、彼の 前では、羊よりも 無力に 見えた。
彼の 全身は 金色に 輝く 鎧に 包まれ、時折 金龍を 召喚しては 周囲を 薙ぎ 払っていた。毒須狼の 数は 圧倒的に 多い にも かかわらず、彼を 抑え 込む こと など できなかった。
彼は 凶暴で 無畏の 戦い ぶり で、拳や 足の 一撃ごとに 風を 切る 音が 響いた。その 力は 途方もなく 巨大で、毒須狼は 彼の 攻撃を 一発 食らう だけで、骨が 粉々(こなごな)に 砕かれ、地面に 倒れて 哀嚎する ばかりで、二度と 立ち 上がれない。
それ ばかりか、彼は 狼王とも 激戦を 繰り 広げていた。
この 毒須狼王は、果然 さらに 強力だった。全身に 電光が 走り、時折 緑色の 毒液を 吐き 出し、同時に 動き は 極めて 素早く、走る ときには 残像さえ 残す ほど だった。
「この 狼王の 体には、少なくとも 三匹の 野生の 蛊が 宿っている」葛謡は この 事実に 気づき、胸が 重く なり、方源の 身を 案じた。
しかし すぐに、少女は 不安を 振り 払い、心の 中に 方源への 敬服の 念が 湧き 上がって きた。
方源の 戦い 方は 極めて 賢く、彼は 絶えず 移動し、狼王と の 直接戦闘を 避け、普通の 毒須狼を 盾に して 狼王の 動きを 封じていた。
狼王は 移動用の 蛊を 持って いる にも かかわらず、かえって 群れに 足を 取られ、受け身で 攻撃を 耐える しか なかった。
方源の 一撃一撃が 直撃し、攻勢は 猛烈で、葛謡は 見ている だけで 熱血が 沸き 立つ のを 感じた。
「これが 本当の 漢よ!」彼女は 心の 中で 感嘆し、自分の 周りの 敵を 片付ける と、甲高い 声で 叫び ながら 水龍を 召喚し、狼の 群れに 襲い かかった。
さすがに 三転中階の 蛊師だけあって、彼女の 力は 軽視できない。狼の 群れは この 攻撃を 受け、大混乱に 陥り、一部が 彼女目掛けて 殺到した。
方源の 顔色が 瞬時に 変わり、叱り つける ように 言った:「誰が 来いと 言った!さっさと どき なさい!」
少女は 狼の 群れの 逆襲の 勢いに 顔を 青褪ませ、慌てて 後退した。
方源は 絶え間なく 突撃を 繰り 返し、圧倒的な 気勢で 狼群の 注意を 引き つけ、ようやく その 矛先を 再び 自分へ と 向け させた。
しばらく して、彼は 突然 爆発的な 力を 解放し、獣の 影のような 一撃を 放って 狼王の 防御を 粉砕した。
その 瞬間を 逃さず、猛然と 間合いを 詰め、狼王の 頭部を 地面に 押さえ 付け、拳を 上げ(あ)げて 激しく 殴り つけた。
その 光景は 凶暴で 残酷を 極め、まさに 千獣王に なろうと していた この 狼王は、方源に 生きたまま 殴り 殺される という 結末を 迎えた。




