第十四節:方正の痛み
雲を衝くほど高く聳え立つ 天梯山は、その高さ 百万丈にも及ぶ。
中洲の 真っ只中に位置し、伝承の地、聖賢の山である。古の時代には、さらに 仙と凡とを繋ぐ梯子であり、天廷へと通じていた。
仙鶴門の 精鋭弟子たちが、今 天梯山の麓に立ち、すでに 半时辰(約一時間)も 待ち続けている。
「いったい あとどれくらい 待たされるんだろう?」
「この方源って 随分 尊大な奴じゃないか?」
「しっ、静かにしろよ。彼は 古月方正の実兄で、今では 狐仙福地の主なんだぞ!」
「言われてみれば、方正のこの兄貴は とんでもない奴だな。鳳金煌や 蕭七星、応生機なんて 連中まで 打ち負かしたんだぜ?」
「何が すごいんだ? 俺だって もし 门派の太上長老が 後ろ盾についてくれ、定仙游蛊を 動員してくれたら、福地だって 奪い取れるさ」
「やっぱり 我々(われわれ)の门派の長老たちは 計算高いな。表向きは 方正を出しにして 目をくらましておきながら、本当の 切り札は 彼の兄貴の 方源だったんだ」
……
仙鶴門は、この件を 真実らしく見せるため、门派の弟子たちに 嘘をついていた。仙鶴門の弟子たちは、こうして初めて知ったのだ、自分たちの门派に 古月方源という人物がいたことを。
この三ヶ月間、古月方源は 仙鶴門の弟子たちの間で 最も話題の多い人物となった。彼は 低姿勢で神秘的であり、人々(ひとびと)の好奇心を かき立てた。「鳴かず飛ばず」だったが、一度動けば 大きな成果を上げ、仙鶴門のために 狐仙福地を勝ち取り、门派の面目を 大いに施した。他の弟子たちも 鼻を高くすることができた。
後ろから聞こえてくる 噂話が、絶え間なく 方正の耳に 入ってきた。
方正は 人々(ひとびと)の 最前列に立ち、陰鬱な目付きで 天梯山を 仰ぎ見ていた。
ここ数日、彼は まるで 生ける屍のようで、自分が どうやって ここまで 過ごしてきたのか 分からなかった。
方正が 青茅山を離れる時、彼は 復讐を誓った。死んでいった 族の者たちのために、正義を取り戻すと。
彼は 血の海のような深い怨みを背負い、復讐という強い念が 彼を支え、刻苦して修行に励ませた。彼は 他の誰よりも努力し、ほとんど一瞬の怠りも見せなかった。幾度となく、方源を見つけ出した時の情景を 空想したものだ——方源を打ち倒し、青茅山で 地面に跪かせ、自らの行いを 悔い改させるのだ。そうすれば、黄泉の下で見守っている 族の者たちも 安らかに眠ることができるだろう。
だからこそ、彼が 蕩魂山を登っている時、幾度も 諦めようと思いながらも、また幾度も 踏ん張ってきたのだ。
方源のことを思うたびに、彼の心には 常に 強い力が湧き上がり、彼を支え、登り続けることを 可能にした。
彼は 狐仙の伝承を 必ず手に入れると誓った。それは 師匠や门派の期待を 裏切りたくないからだけでなく、狐仙福地が 彼の復讐の可能性を 何倍にも 広げてくれるからだった。
しかし、彼が 万万思いもよらなかったのは、運命の打撃が こんなにも突然に、こんなにも重く のしかかってくることだった。
古月方源——彼の実の兄であり、幾度も悪夢に登場する主役が、なんと 突然 山頂に現われたのだ! そして 衆人の目の前で 伝承を奪い取り、蛊仙でさえ 為す術がなかった!
敗北した方正は、门派に戻った。
驚愕!
苦痛!
迷茫!
恐怖!
彼は 门派の嘘を知っていた。真相を知る 知情人であった。だが 正に そのためにこそ、彼の心の影は 倍増して 広がっていったのだった。
この影は、幼い頃から 方源が 彼に かけ続けてきたものだった。
どうして 兄貴は あんなに聡明なんだ? なのに 俺は なんて愚かなんだろう!
どうして 俺が あれほど努力して修行しているのに、相変わらず 方源の手に 敗れ続けるんだ?!
どうして 南疆にいた時もそうで、中洲に来ても またこうなんだ?!
「まさか この俺 古月方正は 一生 奴の影に 怯えながら 生き続け、決して 奴に勝つことなど できないっていうのか?!」方正が こう思うたびに、心の奥底から 千万の 無念さが 湧き上がり、それによって さらに 修行に打ち込む 力を与えられたのだった。
しかし、今回ばかりは 違っていた。
まったく 様子が違うのだ。来る前に 门派から 言い渡された 任務のことを思い出すと、方正は 思わず 全身が 微かに震えた。
福地は 方源の手中にある。门派は 狐仙福地を手に入れるため、方源を招き入れようとしている。もし 彼が 狐仙福地を 差し出すことを 承知すれば、即座に 仙鶴門の 長老の地位が 約束されるのだ。
中洲の门派では、下から上へと、外門弟子、内門弟子、精鋭弟子、真伝弟子という 階級が設けられ、一段階ずつ 昇格していく。
弟子の上には 長老がおり、その修為は 通常 四転で、门派の各職務を 司っている。長老の上には 掌門がおり、その修為は 少なくとも 五転中階以上で、すべての事務を 統括している。
掌門の上には、さらに 太上長老がいる。
これらの太上長老は、皆 蛊仙であり、普段は 雲を掴むような存在で、常に 深く修行に潜んでいる。しかし 门派の存亡が 掛かった時や、重大な事件が発生した時には、彼らは 進んで現れ、世に 仙鶴門が 十大派の一つである 深い基盤を 示すのである!
「私は 仙鶴門に入って以来、これらの年 刻苦して修行に励み、外門弟子から 内門弟子に昇格し、さらに 内門から 精鋭弟子に 選び抜かれた。门派の試験では、苦しみながら 精鋭弟子の首席を 勝ち取った。なのに 彼方源は、たった一言 口にするだけで、やすやすと 门派の長老になれる。どんな弟子でも 彼に会えば、腰を折って 敬礼しなければならないのだ!」
方正は このことを思うたびに、心に 計り知れない 苦痛が 満ちあふれるのだった。
もし 方源が 本当に長老になってしまったら、今後 方正が この大きな仇敵に会うたびに、かえって 腰を折って 敬礼しなければならない! そんな人生に いったい 何の趣が あるというのか? 何の意味が あるというのか?
「師匠、まさか 私が これまで 必死に努力してきたことすべてが 無意味だった ということですか?」この瞬間、方正は 天梯山の麓に立ち、方源からの召見を待ちながら、避けられずに 深い 自己嫌悪に 陥っていた。
天鶴上人は 即座に 慰め、諭すように言った。「方正よ、君は 心を 正さなければならない。仙鶴門は 狐仙の伝承のために、多く(おおく)の犠牲を払った。その中には 一匹の仙蛊さえも 含まれているのだ! 门派のためなら、我々(われわれ)は 大局から考え、一時的に 個人の恩讐は 脇に置かなければならない。方正よ、分かってくれ、君を育てたのは 仙鶴門だ。今 门派は 君に 少しの犠牲を 求めているのだ。君は 大局を見る目を持たなければならない、恩を忘れて 不義理をすることなど あってはならない!」
そう言いながら、天鶴上人は 心中 ひそかに 嘆息した。(どうやら、彼の心の傷は 思った以上に 深いようだ……)
彼は 方正のことを よく理解していたからこそ、心のなかで 一層の 憂いを募らせた。
これまでずっと、復讐の念は あたかも 支柱のように 方正を支え、前進させる原動力となっており、もはや 彼の修行における 執念と化していた。しかし 今、门派の命令によって この執念を 瓦解させられようとしている——これは どんな肉体的な傷よりも 致命的な打撃となるだろう。高い確率で、方正は この衝撃によって 廃人同然となり、二度と 立ち直れなくなるかもしれない。
「しかし、他にどうしようもないではないか! 考えてみろ、あれは 福地だぞ?それに 蕩魂山のような 秘禁の地まで 付いているのだ! 山の胆石を 门派の弟子に供給すれば、门派全体の実力が 急激に向上する。それ以外にも、方源の手には 血颅蛊があり、さらには 仙蛊の 定仙游までも 持っている!これらすべての価値は 実に あまりにも大き(おおき)すぎて、たかが 一人の 精鋭弟子が 比べるものではない!」
天鶴上人は 心中 悲嘆したが、口では 方正に こう言い聞かせた。「愛しき弟子よ、その復讐心を 抑えなければならない。小なるを忍べば 大なるを謀る——これを 心性を鍛える 試練だと思いなさい。兄に会ったら、決して 手を出してはならない。福地の中では、君が 兄に敵うはずがない」
ここまで言うと、天鶴上人は 思わず 出発前に 鶴風揚から 受けた 言づてを 思い出した——
「私は 方源と方正の 兄弟の確執を 知っている。必要であれば、方正を犠牲にすることも やむを得まい。貴方が 方正に代わって 交渉してくれ!」
鶴風揚自身も 巨大な圧力に晒されていた。すべての 太上長老たちが この件を 注視しているのだ。
「師匠、これを 鍛錬だと言うのですか? 私… 努めて そう思うようにします」方正の 両拳は 緩んでは締まり、締まっては緩み、内心の 葛藤、苦痛、鬱憤を 露わにしていた。
人によっては、復讐を志し、苦練の末に 成功するが、仇が 既に死んでいたことに気付く。これが 苦痛である。
また 人によっては、復讐を志し、苦練の末に 仇を訪ねるが、勝つことができず、仇が 幸せに暮らしているのを目にする。これは さらに 苦痛である。
さらに 人によっては、復讐を志し、苦練の末に、仇に勝てないばかりか、むしろ 友好的な態度で 交渉し、仇が 自らの上司になることを 願わなければならない。これは 苦痛の中の 苦痛というべきだろう!
「ほうほう、方正よ、あまり こだわり過ぎるな。方源の身の上も 楽ではない。福地には 地災が 迫っている。地災の威力は、君の想像力の 及ばないものだ。あの兄貴が たとえ仙蛊を持っていようと、所詮 凡人に過ぎない。すぐに、地災の恐怖を 骨身に沁みて 悟ることになるだろう。その時には、地災で 欠陥が 続出し、必ずや 甚大な被害を被る。君の今回の任務は、成功の可能性が 十分にある」天鶴上人は さらに 彼を 慰めた。
この言葉を聞いて、方正の心情は かすかに 和らいだ。
「地災が 始まったようだな」鶴風揚は 低声で 呟いた。彼が 後方に潜んでいるのは、第一に この精鋭弟子たちを 保護するため、第二に 他の蛊師の 不審な動きに 備えるため、そして 第三に、いざという時 方源が 地災に 耐え切れなくなった場合、自ら 出て行って 助けるためであった。
その時、彼は 天梯山に隠された 狐仙福地の地点を 凝視し、地災特有の 破滅的な気配を 感じ取っていた。
間もなく、彼の口元が ほころんだ。天梯山に 異変が 現われ始めたからだ。
一塊、また一塊と、草原の 虚像が 天梯山に 現われた。それは 煙のようでもあり、光の霧のようでもあり、虚ろで 現実のものとは 思えなかった。
山の上に どうして 草原など 存在するだろうか?
これこそが 福地の ほころびなのである——しかも 比較的に 大きなほころびで、外界の者が 福地内部の様子を 覗き見ることを 可能にするのだ。
この程度のほころびでは、せいぜい 何匹かの 蛊虫を 押し込める程度で、蛊師が 行き来できるほどでは まだ 程遠い。
その時 向こう側から 天鶴上人の声が 飛んで来た。「ほころびが 現われたぞ! 急げ、電文紙鶴蛊を 中に 飛ばせ!」
方正は 悔しそうに 唇を噛みしめ、後ろの 仲間たちの 注視を浴びながら、真元を注ぎ、蛊虫を 駆り立てた。
電文紙鶴蛊は 稲妻のように ほころびへと 飛び込んだ。
しかし すぐさま、草原の虚像は 一団の 元気の塊と化して、天地の中に 消散してしまった。電文紙鶴蛊は 二周ほど 飛び回ったが、仕方なく 再び 方正の手の中へ 戻ってきたのだった。
「どうやら 方源め、自から 福地を 切断して 放棄したようだな!やつも、ほころびが 通道と化して 外部の蛊師が 侵入するのを 恐れていると見える」鶴風揚は 軽く驚いたが、すぐに 冷やかな笑いを浮かべた。「切り捨てろ、どこまで 切り捨てられるか 見てやろう。福地を 一切切り捨てることは、まさに 自らの 心臓を えぐり取るようなものだ」
しかし しばらくすると、鶴風揚の表情は 完全に 変わってしまった。
「まだ 福地を 切り捨て続けているだと? もう 数千畝は あるだろう! なかなか 度胸があるな。道理で あえて 危険を冒して 伝承を 奪い取ったわけだ」
さらに しばらく経つと、鶴風揚の顔色は 著しく 険しいものとなった。
「どうやら 今回の地災は 相当に 深刻なようだ。だが いったい あとどれだけ 切り捨てるつもりだ? もう 数万畝にも なっている。この 放蕩息子め!」




