数ヶ月後。
狐仙福地では、狐の群れが幾重にも重なる軍陣を組み、蕩魂山を 隙ないほど包囲していた。
方源は両手を背中で組み、山頂に聳え立って 空を仰ぎ見ていた。その顔には 深刻な緊張感が浮かんでいた。
時は 静かに流れ、今日こそ 第六次地災が 訪れる日であった!
例え 五百年の前世を持ち、蛊仙としての経験がある方源といえども、地災に直面して 心の平静を保つことは難しかった。
地災は その度に 強大さを増していく。福地と蛊仙にとって 生死を分ける 過酷な試練なのである。方源が福地を掌握した時、残されていた時間は わずか一年三ヶ月しかなかった。
この時間は実に短すぎた。彼が出来るだけ準備を整えたのは、運河を開削し 水と火を調和させることが第一。狐の群れを育成し 大きく繁殖させることが第二。逃げ道として 「定仙游蛊」を残しておき、随時撤退できるようにすることが第三であった。
空一面に広がる雲海や西部に潜む あの「魅蓝电影」に対しては、全く 力及ばなかった。
微風が次第に止み、遠くの空では 雲海が渦巻き、一つの光が 熟成しつつあった。
「来る」方源は瞳を細め、静かに呟いた。
雲海の中で、その光が突然爆発し、雄大な白い光の円門を形成した。それは広大な福地を真正面に見据えていた。
光の門は 眩しいほど輝き、巨大な怪物が 黄褐色の体で、さながら巨大な岩のように 光の門から ゆっくりと降り立った。
「この様子では 荒獣災害か!?」方源は両目を細め、一瞬も見逃すまいと凝視した。
巨大な岩は 絶え間なく降り注ぎ、物音一つ(ひとつ)立てない。
方源は思わず乾いた唇を舐ったが、心は 冷やかに沈んでいった。
地災には無数の種類がある。中には 荒獣が災害と化すものも存在する。
福地の中に 一頭あるいは複数の荒獣が出現し、共に福地中枢を襲撃。福地の中で 大暴れし、思う存分に破壊を繰り広げるのだ。
もし 即座に これらを討滅しなければ、どれほど広大な福地でも 彼らに破壊され 滅びてしまうだろう。
「ちくしょう、まさか荒獣だとは。どうかこの荒獣の体に仙蛊が寄生していませんように!」方源は心のなかで思わず呪った。
荒獣がもし仙蛊を宿していたら、その戦闘力は普通の蛊仙を凌駕する!この神秘的な荒獣は、その体躯にまったく見合わない軽やかな勢いで地面に降り立った。
遠くから見ると、それは一枚の巨岩のようで、やや扁平だった。
しかし方源が映像を通じて間近で観察すると、この巨岩が実は黄褐色の甲羅であり、金属の光沢を放っていることに気づいた。甲羅の上には、分厚い泥が纏わりついていた。
ちょうど方源が「こいつは一体何の奴だ?」と推測しているとき、一対の巨大なはさみ足が、鋼鉄のハサミのように、その四角い甲羅から伸びてきた。
続いて、十八本の細長いはさみ足が、両側からそれぞれ伸び出し、地面に着くと、軽々(が)とその重い体を高く持ち上げ、地面から離した。
「デイヅァオシエ(泥沼蟹)!」この姿を見て、方源は口から出たように叫び、この荒獣の正体を見抜いた。
これは巨大な蟹で、山のような雄大な体躯をしている。体を持ち上げると、その高さは蕩魂山の四分の一に達する。
その第一のはさみ足は鋼鉄のハサミよりも恐ろしく、軽く挟むだけで山の岩を断ち切り、蛟竜を剪断できる!
残りの十八本のはさみ足は、第一の一対よりは細長く華奢だが、実は百年の古木よりも太く強壮である。
その体には大量の蛊虫が寄生しており、多くは水と土の二系統の蛊である。時には、まるで一つの蛊群全体が寄生していることもある。
「幸いにして狐仙福地には仙元が充満している!」方源は歯を食いしばり、心中少しばかり安堵した。
泥沼蟹が現われた直後、地霊はすぐに動き、天地の偉力を加えて、その体中の蛊虫をすべて禁錠した。
一転の蛊であれ五転の蛊であれ、その威能を発揮することはできない。
問題の鍵は、この荒獣の体に仙蛊が宿っているかどうかである。もしこの泥沼蟹が仙蛊を持っているなら、さらに どのような仙蛊なのかを見極めなければならない。
仙蛊は唯一無二で、俗世を超越しているため、福地では到底禁錠することはできない。
仙蛊こそが、大局を左右する 鍵となる要素なのである!
泥沼蟹は肢を完全に伸ばし終えると、ゆっくりと体を動かし始め、蕩魂山へと直進した。
方源は瞬時に思案を巡らせた。大群の狐たちが、山や野に満ち溢れ、まるで潮のようになだれ込み、荒獣へと押し寄せた。たちまち、それらは泥沼蟹を包囲した。
牙と爪が泥沼蟹のはさみ足を噛みつき、体の頑丈な金狐は体当たりしてくる。
しかし泥沼蟹は桁外れに巨大で、まさに超巨大生物であり、止まることなく前進を続ける。普通の狐の群れには阻止できず、むしろ踏み潰されて肉塊と化してしまう。
方源は冷徹な表情で、相変わらず狐たちに死を覚悟して突撃するよう指揮し続けた。
彼がこれほどまでに繁殖させたのは、犠牲にするためだった。ダメージは 少しずつ積み重ねていくものだ。今この時、たとえほんの少しでも 魂獣の前進を阻むことができれば それで良いのだ。
しかし泥沼蟹は、圧倒的な勢いでゆっくりと進み、微動だにしない。あたかも 山が歩いているかのようで、足下の狐の群れには 一切構わなかった。
色とりどりの攻撃の波が、泥沼蟹の体にぶつかる。さながら無数の鮮やかな花火が炸裂するかのようだ。
これは狐群の中の百獣王、千獣王、万獣王が力を発揮しているのだ。彼らの体には、数多の蛊虫が寄生している。
群れを成す蛊の力によって、泥沼蟹の体を覆う厚い泥は、ことごとく打ち落とされた。
この巨大な荒獣は、有史以来、ついに一瞬の停頓をみせた。
すると突然、口器を開き、大量の泥沼を噴き出した。同時に腹部には、無数の小さな水門が開いたかのように、黄色い泥がどっと噴き出し、まるで黄泥の瀑布のようであった。
泥沼が草地に落ちるやいなや、瞬時に広大な沼地を形成した。
黄色い泥の中から、一匹また一匹と 風変わりな形の蟹が立ち上がった。あるものは体が巨大で、猛虎のような勢いがある。あるものは鋏が鋭く、鋼の針のようだ。あるものは脚が八本あり、もの凄い速さで動く。
瞬く間に、百万もの 蟹軍が形成された。
「やはり、泥沼蟹だ! こいつはいつでもどこでも 単為生殖でき、無数の子蟹を生んで 大軍を形成する」方源の表情は一層険しくなった。
狐の群れと蟹の軍は激突し、激しく入り乱れて戦った。
狐は大幅に減り続け、甚大な被害を被った。蟹軍の死傷者は狐の群れよりも数倍多かったが、荒獣が絶え間なく生産を続けるため、膨大な数の蟹が 途切れることなく湧き出てきた。
方源は急いで、山の外に潜伏させていた狐の群れを すべて呼び寄せた。
「幸い、発情蛊を使い切って 狐を大量に繁殖させておいた。でなければ 戦力が絶対に足りなかっただろう!」
この短い時間の間に、方源は 目眩を感じた。彼が指揮する狐の群れの数は、実に膨大だった。たとえ彼の魂魄が 普通の人間の六倍であっても、耐え切れるものではなかった。
蟹軍が道を開くにつれて、泥沼蟹は前進を続け、以前の速度を回復した。
その体の両側から伸びる鋏足は、交互に地面を踏みしめ、あたかも曲を譜するかのように、優雅なリズムを刻んでいた。
しかしその足元は、惨烈な戦場と化していた。血の川が流れ、屍が積み重なり、一寸の土地ごとに血で染まっていた。
泥沼蟹は敵味方の区別なく、一本の鋏足が踏み下ろされる度に、惨たらしい血のしぶきが噴き出した。鋏足が上がる時、地面に残された深い凹みには、狐の皮と肉のペースト、そして蟹の砕けた甲羅と断肢が詰まっていた。
この荒獣の体格は、実に巨大で雄大であった。率直に言って、その前進速度は決して速くはなかった。
しかし、それ故にこそ、それは人に巨大な精神的圧力を与えた。その姿が押し寄せてくるのを見ていると、方源は 死の断頭台が 自の首に懸かっているのを感じたようだった。
「憎らしい!」方源は歯を食いしばった。
眼前のこの荒獣は、泥沼の帝王であった。その体全体は甲羅に覆われ、常に泥沼の深くに潜み、目さえ完全に退化しており、弱みらしきものは 一片も存在しなかった。
方源は狐の群れを動員し、必死に阻もうとしたが、すべて無駄だった。
彼はただ、茫然と見つめることしかできなかった——泥沼蟹が 刻一刻と 接近してくるのを!
「あの巨大な蟹を転送できるか?」方源は突然振り向き、地霊の小狐仙に尋ねた。
蛊仙によって異なり、福地によって違うように、地霊の能力もそれぞれ異なる。転送能力を持つ地霊もいれば——例えば三王福地の あの霸亀のように——全く持たない地霊もいる。風を呼び雨を降らせる地霊もいれば、時間の流れを自由に操れる地霊もいる。
「試してみる」小狐仙は息を詰まらせ、巨大なプレッシャーを感じながら、仙元を駆り立て、力の限りを尽くした。可愛らしい小さな顔は、必死の努力で真っ赤になっていた。
「うぅぅ〜〜!」彼女は 乳臭い 甲高い声で 気合いを入れた。
サッという軽やかな音と共に、巨大な泥沼蟹は 元の場所から消え、九千歩も先に 転送された。
「成功した!」小狐仙は顔を赤らめ、息を切らしながら呻いた。
方源も安堵の息をついた。
「ご、ご主人様……たった今、青提仙元を 丸々(まるまる)一個消費してしまいました」小狐仙は胸が痛む思いで報告した。
「構わん」方源は冷たい表情のまま、再び無数の狐を動員し、泥沼蟹へ向けて突撃を続けさせた。ほんの短い時間のうちに、泥沼蟹は再び 眼前まで殺到してきた。地霊は やむなく前と同じ手を使い、再び(ふたたび)それを転送した。
また 青提仙元一個が失われた。
小狐仙は胸が張り裂けるほど痛み、方源の心も血が滴る思いだった。
狐仙福地の中にある 青提仙元は、すべてで七十八個しかない。方源は一顆を使って 定仙游蛊を飼育し、今さらに二顆を費やして 泥沼蟹を転送したのだった。
彼は将来、この仙元を 蛊の錬成に、そして福地全体の経営に 使わなければならない。
仙元を使うべき場所は多いが、狐仙は既に死んでしまったため、これらの青提仙元は 水源のない水のようなものだ。使えば使うほど減っていく一方で、補充することはできない。
何匹かの蟹が、防御の手薄な方向から 突破して山に攻め上がってきた。
方源は冷やかに鼻で笑い、直ぐに地霊に命令して、蕩魂山の一部の威能を解放させた。
たちまち、蟹軍が進んでいた地域は 死の領域と化した。無数の蟹が瞬時に死亡し、体は無傷で地面に横たわりながらも、魂魄は粉々(こなごな)に砕け散っていた。その光景は 非常に(ひじょうに)不気味だった。
「残念ながら、蕩魂山の力は魂魄に対する持続的な殺傷力だ。荒獣の魂魄は強力だから、しばらくの間は耐えられる。絶対に 蕩魂山に到達させてはならない。この貴重で唯一無二の秘禁の地を 破壊させるわけにはいかない!」
方源は自ら戦いに参加しなかった。
たとえ彼が あの力蛊の一揃いを使ったとしても、その殺傷力では 泥沼蟹の甲羅を破るには 不十分だった。
さらに重要なのは、泥沼蟹が まだ仙蛊を使っていないことだ。方源にも、果たして それが仙蛊を持っているのかどうか 分からなかった。
未知であること自体が、強烈な威圧感となり、方源を 軽率な行動を控えさせた。
こうして、泥沼蟹が再び攻め込んできた。三度目に転送されようとしたその瞬間、小狐仙の表情が 突然激変した。
方源が反応する間もなく、彼女は咄嗟に手を伸ばし、方源の腕を掴むと、二人はその場から 瞬時に消え去った。
その直後、凶悪な霹靂の電光が、彼らが さっきまで立っていた場所を 激しく打ち貫いた。
ドーン!
爆音が轟き、山岩が飛び散った。
電光は一瞬止まり、猛然と反転して上空へ舞い上がった。それは 人型の稲妻と化し、凄厉な 叫び声を発した。
この襲撃の 黒幕こそ、あの「魅蓝电影」であった!