「定星蛊は、首に巻き付けられた絞首繩のようなものだ。対処する手段は持っているが、多量の時間を要する準備が必要だ。今すぐに定星蛊を排除するには、白凝冰自身が回収するか、もしくは自分の左前腕を断ち切るかだ……」方源の心中に強い衝動が湧き起こった。
定星蛊は方源の左前腕に潜んでいた。仮に左腕を捨てれば、鉄家四老が拘束して来るのは、方源の断たれた肢に過ぎない。
しかしそうすれば、方源は左腕を失う。
今後、治療して断臂を再生させ、無から有を生じさせるには、並々(なみなみ)ならぬ苦労が必要となるだろう。
治療の面倒さは言うまでもなく、重要なのは、一旦 左腕を断つことを選べば、それは蛇を驚かす草を打つような行為になるということだ。鉄家や白凝冰は即座に、方源が何かを察知したことを悟り、高い確率で攻勢を開始してくるだろう。
そうなれば、群雄の陣営に、鉄家と白凝冰が更に加わることになる。
方源にとって、この状況は前世よりも无疑しく一層悪化している。
「蛇を驚かす草を打ってはならない!幸運にも重生できた自分が、前世と比べて唯一持つ優位性は、出来事の展開を知っていることだ。計略に乗って逆に利用すれば、鉄家と白凝冰を当分の間、己の為に使うこともできる。一旦 腕を断てば、鉄家や白凝冰を敵に回すだけでなく、状況が即座に変化し、前世の発展から外れてしまう。そうなれば、重生の優位性は瞬く間に失われてしまうのだ」。
しかし、腕を断たない場合、どうやってこの絶体絶命の窮地を打ち破り、絶地からの反撃を開始すればよいのか?
方源は細やかに思案を巡らせた。様々(さまざま)な人物、事件、要素が走馬灯のように、彼の心中に絶え間なく閃いた。
王逍、仇九、武神通、章三三、龍青天、蕭芒、鉄若男、白凝冰、魔無天、炎軍、風天語……
奴隷蛊、碧空蛊毒、地霊、青銅大殿、仙元、定星蛊、第二空窍蛊、百戦不殆蛊……
無数の選択が、無数の可能性を生じさせる。無数の可能性が、互いに影響し合う。
方源の頭脳は高速で回転し、様々(さまざま)な閃きが暗闇の中で火打石が衝突する如く迸った。
どう行動すれば、自身を守りながら、最大の利益を確保できるのか?
彼は頭を絞り、心神を尽くした。ほんの短い時間のうちに、両耳が耳鳴りするほど思い巡らせた。
「待て!」突然、方源は巨体を震わせた。「もしかすると……一歩引いて視野を広げられるかもしれない? もっと先まで見据えるべきなのだろうか?」ともすると途方もない考えが、彼の脳裏に浮かんだ。
「駄目だ、そんなことをすれば、リスクは更に大きくなる!」彼は即座に首を振り、呟くように独言を言ってその考えを否定した。
しかし、その考えは、老いた樹が根を張るかのように、簡単には払い去れなかった。
「もしこれが成功すれば、俺の得るものはさらに巨大になる!」方源の両目は輝いた。
しかしその瞬間、彼はまたも無意識に首を振った。「この方法は、計算にほんの少しでも手落てがあれば、俺は万劫のふちに落ち、鉄若男の手に落ちるよりも悲惨な目に合う。何といって春秋蝉は一度使用したのだから、当分の間は重生の可能性など無いのだから……」
考えれば考えるほど、方源の目は次第に深みを増していった。
突然、彼は軽く笑い声を上げた。「俺のような大物の魔頭が、いつの間にそんなにびくびくして、あれこれと臆病になってしまったのだ? たとえ一筋の希望でもあれば、躊躇なく手を出すべきだ。圧倒的な利益があるのならば、危険など顧みる必要はない。富と繁栄は危険の中にこそある。穩便に勝利を求めたり、ゆっくり積み上げたりすることなど必要ない。俺は一足飛びに頂点へ上るのだ!」
「然り、これだ!失敗すれば屍の埋める場所もなくなり、成功すれば蛟龍の如く天へ昇り、将来の大計にとってさらに有利となる。ははは、人生は慌ただしい百年、まさに一か八の大勝負だ!」
「小獣王様、衝動は禁物です。何か話がおありならゆっくりお聞かせください。巫山への道についてなら、話合いの余地は十分にありますので……」足元の王逍は懸命に命乞いをした。
方源は気が向けば狂笑し、時には沈黙し、眉をひそめたり朗笑したりと、その気まぐれな様子に、巫山の主であり堂堂たる五転蛊師、一代の魔頭枭雄である王逍も恐れ震えた。
王逍の心中では、方源はもう狂人、正気の沙汰ではないと決めつけられていた。
魔道は極端で、家族の支援もなく、修行は非常に困難である。生死の境で足掻くことも頻繁で、心理的な圧力も極めて大きい。故に、精神的に異常を来す場合は、魔道蛊師の間では珍しいことではない。
特に方源は時には独言を呟き、時には詩詞を吟じ詠う様で、王逍の心中の不安を一層深めていた。
正常な相手に対してなら、王逍には数多の方法がある。しかし狂人に対しては、仮え蛊仙と雖も心中確かなところはないのである。
「おや?巫山への道を教えるつもりか?」方源は眉を吊り上げ、見下ろすように王逍を見た。
「無論です!ですが、私の命だけはお助けください!」王逍は方源が遂に反応したのを見て、慌てて声を張り上げた。
「ふん!」方源の眼光が鋭く変化したかと思う間に、足で強く踏みつけた。ズシャッ!という音と共に、王逍の頭部は無惨に潰れた。
王逍は枭雄である。陰険で残忍、冷淡で非情だ。彼から巫山への道を聞き出そうとすれば、章三三の五転奴隷蛊を使用するより他に方法はない。
しかし、方源の新たな計画において、王逍は既に捨てるべき駒と決まっていた。当然、彼と無駄話をする必要などなく、即座に殺してしまった方が痛快なのである。
哀れな王逍よ。堂堂たる巫山の主でありながら、再び方源の手によって無念の死を迎えた。
王逍を殺した後、方源は当然のように彼の蛊を奪い、更に獣力胎盤蛊を用いて彼と雲落天の空窍を吞噬した。
「これで獣力胎盤蛊の資質は8割3分に達した。仙元の消費はわずかに増え、2份より少し多くなった。霸龟、お前は俺に手を引けと言うのか?」方源は突然口を開いた。
地霊:「えっ!?どうして私の心中の考えが分かるのですか?」
「知っているに決まっているだろ。」方源は冷やかに哼い、即座に春秋蝉の気息を放った。「霸龟、よく感じてみろ。これは何だ?」
地霊は果たして、再び激しく動揺した!
「こ、これは六転仙蛊の気息だ!まさか、まさか春秋蝉ではないか……春秋蝉は天下奇蛊第七位に名を連ねる!お前のようなただの凡人が、どうしてこのような仙蛊を持てるのだ?」
前世では、方源は地霊と長い間議論を重ね、最終的に地霊を説得することが不可能と悟り、一か八の賭けに出て最大の切り札を暴き、ようやく地霊を説得した。
今、方源は最初から春秋蝉の気息を露わにし、単刀直入に核心を突いた:「霸龟、隠さずに言う。俺は未来から来た蛊仙だ。春秋蝉で重生して戻ってきたのだ」
「な、なにっ?!」地霊は驚きの余り言葉を失った。この報せは衝撃的すぎて、すぐには受け入れられない。
方源は傲然とした様子で言った。「俺は過去に戻り、一切を知っている。霸龟、俺はお前が将来仕える主人だ。前世では見事に第二空窍蛊を煉成したのだ……」
方源は自信に満ちて語り続けた。
前世で既に地霊を説得できたのだから、今は未来を知る先見の明と、第二空窍蛊を煉成したという実績が証拠としてある。地霊は瞬く間に再び説得された。
「若者よ、本当にあなたが私の未来の主人なのですか?あなたの話を聞くと、本当に第二空窍蛊を煉成したようです!嘘であろうとなかろうと、私はとても嬉しい。何といってこれは、第二空窍蛊の成功の可能性がさらに三割も高まったことを意味するからです!」地霊は喜びの声を上げた。
「余計な話は後にしろ、霸龟。俺が重生して戻ってきたのは、今が如何に危機に満ちた状況かを知っているからだ。まず最初に、一人殺す!」
……
片刻の後、龍青天は方源の手によって無惨な最期を遂げた。
前世では、この龍青天が脆弱な場所を見つけ出し、碧空蛊を利用して天地を腐食させ、穴を開けたことで、福地に多大な損傷を与え、同時に方源にも多大な妨害をもたらしたのだった。
今、方源は重生すると即座に行動を起こした。龍青天がその脆弱な地域に入る前に、天地の偉力を利用して圧迫し、労せずして彼を葬ったのだ**。
「若者よ、今では私も君を信じる気が強まっている。君は危険を萌芽のうちに摘み取った!ああ……三王がこの福地を改造したため、私のこの領域への支配力は高くない。それなのに君はこの危機を事前に察知できた上に、春秋蝉まで持っている。君は本当に未来から来たのだな……」地霊は感概深く言った。
方源は軽く嘆息した。地霊は老い衰え、今にも枯れ果てそうな老木のようで、若い地霊に比べると及ばない。
例えば、自分の左前腕に潜む定星蛊のことを、地霊は微かにも察知することができなかったのだ。
方源は地霊との無駄話は省き、時間を惜しんで龍青天の蛊を奪い、更に彼の空窍を吞噬した。
前世では、碧空蛊毒の影響で、方源は龍青天を殺したものの、戦利品を回収できなかった。今では事前に斬り捨てたため、龍青天は碧空蛊を使用する間もなく、方源は何の躊躇いもなく行動できた。
龍青天から搾取した方源の収穫は少なくなかった。
空窍は別として、最大の戦利品は何といっても碧空蛊である。
この蛊は墨緑色の竹の幹のような形をしており、手の平ほどの大き(おおき)さで、中央は空洞になっており、触ると玉のように細やかで潤いがある。
五転碧空蛊は太古の時代に起源し、現在では極めて稀少である。その毒は極めて猛烈で、有効な対処法は難しく、稍も不慎にすれば毒が回り、青い光となって散ってしまう。
この蛊は後の大きな用に備え、方源は慎重に収めた。
「霸龟、至急、私を此処に転送しろ」
次の瞬間、方源は魔道蛊師で馭獣大師の異名を持つ章三三の面前に現れた。
章三三は反応する間もなく、方源の毒手に倒れ、非業の死を遂げた。
方源は人を殺し蛊を奪うという行為に慣れ熟していた。再び空窍を吞噬し、獣力胎盤蛊の資質を一層高めた。
章三三は隻の四転蛊師に過ぎなかったが、五転奴隷蛊を所持していた。方源が彼を殺した最大の目的は、正にこの蛊にあった。
再び光が閃くと、方源は殺人鬼医の仇九の面前に現れた。
「ん?小獣王!どうやってお前が……」仇九は突然 方源を目にし、強く驚き、激しく動揺した。
方源は平淡とした表情で、五転奴隷蛊を放った。
奴隷蛊は黄い光の影と化けて爆散し、仇九に覆い被さった。
仇九は恐怖に駆られた:「ちくしょう!五転奴隷蛊か!!士は殺すべくも辱めるべからず。俺を奴隷にしようなどと、痴れた夢を見るな……」**
彼は知る由もなかった——前世では、自分から方源に奴隷蛊の使用を懇願していたということを。
地霊に抑圧されている仇九は蛊を催動できず、奴隷蛊が種まれるのを無為に任せるしかなかった。
しかし、五転蛊師を制御するのは容易ではなく、それは魂魄と魂魄の間の戦いにかかっている。
仇九が必死に抵抗するにつれ、方源の魂魄は激しく震え、一時は拮抗し、力比べの様相を呈した。
仇九は冷やかに笑い、額に大粒の汗を浮かべて言った:「小獣王、君は甘すぎる。奴道蛊師にとって、魂魄の底蕴は厚ければ厚いほど良い(よい)。獣を制御するのでさえ容易ではないのに、ましてや人を操ろうなどと?人は万物の霊たる存在だ。それにお前は階級の違いまで飛び越えて俺を支配しようとしている。まったく痴れた夢だ、はは……うわっ!」
仇九は突然 悲鳴を上げた。得意げな笑い声は、方源の一つの掌撃によって遮られた。
この一撃によってかく乱され、彼は魂魄の闘いにおいて気が散り、黄い光の影が徐々(じょじょ)に彼の体に融け込んでいった。
完全に融け込み切った時、仇九は方源にとって最も忠実な奴隷となるのだ!