方源の優位は長続きしなかった。
拳脚の応酬で息が乱れる少年に対し、高碗の呼吸は深く安定していた。
「ガキ、俺に勝てるわけねえだろ! 族規で学舎での蛊使用は禁止! お前はもう終わりだ!」高碗が歯を剥き出して嘲笑する。
方源の瞳孔が冷たい湖のように静かに光る。「月光蛊」
掌に青藍の輝きが漲ると、後方へ軽やかに跳ね退いた。
「族規違反だと!?」高碗が顔色を変える。
方源が薄笑いしつつ掌を虚空に一閃。ズバッと空気が裂ける音が響いた。
シュッ!青い月刃が高碗の顔面を目指して飛び出した。
高碗は歯を食いしばり、両腕を顔の前で合わせて腕の盾を作り、足を止めずに方源へ突進した。硬く食い止めて速戦即決を図ろうとする。
ズブッ!
月刃が腕に当たると、肉片が月明かりの中で飛散し、激痛が高碗の神経を貫いた。予想外れの痛みに、高碗は卒倒しそうになる。
「まさか…!?」突進を急停止した高碗は恐怖に震えながら、両前腕に深い横切れ傷が入っているのを発見した。傷口からは絶え間なく血が流れ出、横から見れば血塗れの筋肉が覗き、白く折れた腕骨まで見える状態だった。
高碗は心底から震撼した:「あり得ない! 一転初階の月刃なら、せいぜい皮肉を傷つける程度だ! 骨まで切れるなんて…これは二転中階でしかできないはずだ!!」
彼には知る由もなかった——方源は一転初階ながら、酒虫による真元の精製で中階レベルの真元を有していたことを。
月光蛊が中階真元で発動されれば、月刃の威力は当然初階を凌駕する。
「やべえ…! こいつ普通じゃねえ!!」不意打ちを食らった高碗は戦意を完全に喪失し、即座に撤退を決意した。
「逃げられるとでも?」方源が嘲笑しながら、手から次々(つぎつぎ)と月刃を放つ。
「助けてくれええっ!!!」高碗が金切り声を上げながら逃げ惑う声が、静寂した学舎に遠くまで響き渡った。
「何の騒ぎだ? 誰か助けを求めてる!」声に驚いた近隣の学舎警備が駆け付ける。「漠家の漠顔お嬢様が残していった家僕だ」
警備員たちは追跡状況を目撃するや、足を止めた。
「単なる家僕ごとき、守る価値なし!」
「こいつを放置するだけで、漠家への義理は立つ」
「でも油断するなよ、追い詰められて方源様を傷つけるかも」
緊張した警備たちが包囲しながらも手を出さず、傍観者として立ち尽くした。
高碗という家僕が死んでも自分達には関係ない。しかし方源が死亡したり負傷したりすれば、自分達の責任となるのだ。
この光景を見て高碗は心の底から冷え切り、金切り声を張り上げて叫んだ:「俺達みんな外様の者だろうが! 見殺しにするんか!」
失血が進むにつれ、足取りが鈍くなる。
背後から迫る方源の声が凍りついた刃のように響いた:「喚いても無駄だ」
掌を反転させ、二連の月刃が飛翔する。
シュン、シュン!
刃が首筋を貫いた瞬間、高碗は深淵に突き落とされるような寒気を感じた。
視界がぐるりと回転し、自分の足や胸、背中――そして切断面から噴き出す首の断面を目撃する。
やがて全て(すべて)が闇に包まれた。
ゴロリ
首が転がり、胴体が十米走り倒れた。切断面から鮮血が噴水のように噴き出し、周囲の草花を真紅に染めた。
「人殺しだ…!」
「方源が人を…!」
警備たちが低い呻き声を漏らす。全てを目撃した者たちは身震いし、恐怖の戦慄に襲われた。
十五歳の痩躯の少年が無表情のまま巨漢を屠った――これが蛊師の力だった。
戦局は決した。
方源は足を緩め、ゆっくりと歩き出した。
平然とした顔色は、まるで日常茶飯事を済ませたかのようで、警備たちの背筋に冷たい汗を走らせた。
転がる高碗の首は目を見開いたまま。方源は無表情で蹴り飛ばすと、警備たちが目尻をピクつかせた。
痙攣を続ける胴体に近づくと、血溜りが石畳に広がっていた。深い傷口を凝視する方源の表情が険しくなる――中階真元の存在を露見しかねない傷跡だった。
「目撃者が多すぎる」周囲の警備十数人を瞥見し、高碗の足首を掴んで逆さまに引き摺り始めた。
「方源様、ここは私共に…」震える声で近づく警備を、方源が静かな視線で制する。
「刀をよこせ」
威圧的な命令に最前列の警備が反射的に佩刀を差し出す。
東雲が学舎の石段を染める中、蒼白の少年が左手に刀、右手に首無し死体を曳きずりながら歩いていく。青黒い石に引かれた血路が朝日に照らされ、警備たちは凍えついたように立ち尽した。
ゴクリ。
誰かの唾を飲み込む音が、凍てついた空気を震わせた。