普通の人間ならこの中年男の視線に圧倒されていただろう。
だが方源は一瞥した後、興味を失ないように食事に集中し、男を透明人間扱いにした。
「あの人誰? 奴隷みたいな格好で蛊師でもないのに、方源様に詰問してる!」隅に隠れた店員が不思議そうに聞いた。
「ああ見えて漠家の飼い犬さ。飼い主の威を借りて吠えてるだけだ」別の客が嘲るように笑った。
「でもただの人間が蛊師に噛みつくなんて…珍しい経験だな」
「蛊師って大したことないぞ。方源は一転初階の新米だ。あの筋肉ムキムキの男に勝てるかどうか…」
「店内の物が壊されませんように…」
店員たちが小声で囁き合う中、中年男が苛立ちを露にした。
「まだ食ってるのか? 嘘だと思ってるのか? もうすぐ漠顔様が到着する。逃げられねえからな!」
方源は無視し続け、男の顔に恐怖の色が欠けていることに苛々(いらいら)した。
「蛊師の新米なんて拳法で十分倒せる。月刃だって掌サイズの傷しか作れねえ」と内心で嗤い、漠家の後楯を頼りに威嚇を強めた。
「随分図太い野郎だ…」男が袖を捲くり上げ、傷跡だらけの太い腕を露にした。前腕の血管が浮き出ており、上腕は方源の太腿より太かった。
客が慌てて退散し始めた時、玄関で高い声が響いた。
「方源はここか!?」
漠顔が青い武闘服姿で店内に踏み込んだ。腰の赤い帯に「二」の刻印が光る。任務の疲れが残る顔に、精悍なオーラが漂っていた。
「ははぁ! お嬢様、高碗でございます!」中年男が急に腰を低くし、諂う笑みで跪いた。
店員たちはこの変貌に目を丸くした。巨漢が小さく縮まる様は不格好だが、逆に漠顔の威圧感を際立たせていた。
漠顔は跪いた高碗を無視し、方源を睨みつけた。
「貴様が方源か? のうのうと食ってる場合じゃないぞ。拳骨の味、教えてやろうか?」
しかし手を出さず、方源の余裕ある態度に違和感を覚えた。
「調べた限り孤児で後見人もいないはず…この落ち着きは何?」
方源が嗤いながら問う:「誰が俺を古月方源だと?」
漠顔が瞬く間、高碗を疑う視線で射た。
高碗がようやく立ち上がったかと思うと、再び膝まずき、額に冷たい汗を浮かべた:「ご主人様、下僕は…」
彼らは方源の肖像画を持っていたが、双子の方正と酷似していることを知っていた。
「道理で余裕がある訳だ。こいつは方正だったのか」漠顔の家臣たちが疑いを抱いた。
漠顔は内心で葛藤した:「甲等の天才である方正を敵に回す訳には…」
宿屋の店員たちだけが真相を知っていたが、口を噤んでいた。
食べ終えた方源がゆっくり立ち上がり、漠顔を見やった:「方源を探すなら学舎へ案内しよう」
「貴様が方正なら手出しできないが、方源なら途中で正体暴ける」漠顔が決断し、道を譲った:「了解。学舎へ行きましょう。先にどうぞ!」
方源が昂然と歩き出し、漠顔と高碗が後を追った。
学舎正門
警備員が手を広げて制止:「関係者以外立入禁止です!」
「無礼者! 私の顔も忘れたか!?」漠顔が眼光を鋭くする。
老練な警備員が頭を下げた:「お嬢様なら家臣1人まで同伴可能です…」
「全員待機。高碗だけ付いて来い」漠顔が歯を食いしばって命令。高碗が胸を張り「光栄です!」と叫んだ。
学生寮前
方源が鍵を外し扉を開けると、漠顔が意地悪な笑みを浮かべた:「学弟さん、案内感謝するわよ」
方源は無表情のまま部屋へ入った。鍵穴から抜いた針金が袖に隠れているのが、夕日に照らされて微かに光った――
彼が一歩部屋へ踏み込むと、足を止めた。
開け放たれた扉の奥には簡素な家具しかなく、人気は全くなかった。
漠顔が入口から中を覗き込み、険しい表情で言った:「後輩さん、説明してもらえるかしら? 誰もいないじゃない」
方源が薄笑いを浮かべた:「私がここにいますよ?」
漠顔の目が鋭く光った:「私が探してるのは『古・月・方・源』よ!」
方源が軽く肩を竦め:「僕が古月方源じゃないなんて、一言も言ってないけどね」