「二つの獣力虚像を同時に… 俺の目は節穴か?」場外で、炎突も思わず目を見開いた。
「二つの獣力虚像を同時に現せるとは。一体どんな蛊を使ったんだ?」巨開碑の表情が険しくなり、両眼を方源に釘づけにした。突然、瞳孔が収縮した。「来る!」
直進蛊!
方源の顔は冷酷無残で、深淵のような黒い瞳が巨開碑を射抜いた。彼は突進を開始した。
同時に、彼の頭上の半空に、駿馬と山猪の虚像が湧き上がった。
山猪の力が突進の破壊力を増幅し、駿馬の力が方源の速度を爆発的に加速させた。
二つの力が重なり、方源は凶暴な山猪と奔流の駿馬が合体したような存在と化し、巨開碑の瞳孔の中で急速に巨大化していった。
龍行虎歩蛊!
方源の猛攻に直面し、巨開碑は身を翻した。龍の吟と虎の哮が再び響いた。
今回、彼は自ら避け、方源は彼の脇を擦り抜けた。
直進蛊の欠点はここにある——突進が直線的すぎ、容易に見切られ、避けられやすい。攻撃が空振りに終わるのだ。
「巨開碑が自ら避けた!」
「彼は常に猪突猛進で、避けることは稀だ。開戦以来、これが初めての回避だ」
「方正は同時に二つの獣力虚像を現せるが、巨開碑の慣力蛊は再蓄力が必要だ。避けるのは賢明な判断だ」
「方正はまだ未熟だ。良い蛊を持っているが、戦闘経験は巨開碑に遠く及ばない。今回の攻撃の処理は理想的では…おっと」
場外のこの人物の評価の言葉が終わらぬうちに、場内で異変が起きた。
方源が巨開碑と擦れ違った後、突然全力蛊の駆動を停止した。二つの獣影が消え、突進力が急激に低落した。そして彼は一つの黒石柱に激突した。
黒石柱が倒れ、方源の勢いは瞬く間に殺された。
横衝蛊!
方源は体を横に捻り突進し、両拳を直撃させた。棕熊と白象の二大虚影が、突如空中に湧き上がった!
距離が近すぎて、巨開碑は対応できず、強烈な一撃を食らい、体が高く吹き飛ばされた!
先程「未熟だ」と評した者は、言葉を失った。
多くの者の目が輝いた。
方源の今回の攻撃は、見かけは普通だが、実には多くの工夫が込められ、実に見事だった。
全力以赴蛊は、駆動すれば強力な攻勢を発揮できるが、解除することも可能だ。
駆動と解除を瞬時に切り替えることで、方源は攻撃を自由自在に操り、驚異的な柔軟性を見せた。
同時に、彼は地形を巧みに利用し、衝撃を瞬時に止めた。
巨開碑が方源の一撃必中を食らったのは、彼が愚鈍だったからではない。慣力蛊に慣れ過ぎた豊富な経験が、却って思考の死角を生じさせたのだ。
方源は再び襲いかかった!
巨開碑は奮起して抵抗したが、方源の二つの獣力虚影が同時爆発し、その猛威は怒れる獅子の如く、傍観者すら肝を冷やすほどの凶悍さだった。
巨開碑はサンドバッグのように打たれ続け、反撃の隙も与えられず、息を殺して守勢に徹した。
「ああ幽魂魔尊よ!方正は三转巅峰に過ぎないのに、巨開碑を圧倒している!」
「眼前で起きているとは信じ難光景だ」
「やはり全力以赴蛊は伝説の蛊だ!その妙用は、四转の慣力蛊さえ及ばない!」
「方正は全力以赴蛊を神技の域にまで極めた。戦闘経験は乏しいが、その才覚がすべてを補っている!」
場外は騒然とした。
ドスン!ドスン!ドスン!
砂煙が渦巻き上がり、巨開碑の巨躯が飛び上がった麻袋のように、何本もの太い黒石柱に次々(つぎつぎ)と激突した。
ズバッ!
彼は堪え切れず、再び鮮血を吐いた。もがきながら起き上がろうとしたが、方源が既に襲いかかってきて、一息つく間も与えなかった。
足を踏み鳴らすと、駿馬と青牛の二つの獣力虚影が同時に現れた。
巨開碑は咄嗟に地面を転がるようにして、間一髪で攻撃をかわした。
方源の右足が地面を強く踏みつけ、ドンという鈍い音が響いた。土石が飛び散り、演武場全体に微震が走った。
彼の足元には、明らかな凹みが即座に現れた。
直進蛊!
方源は再突進し、棕熊と白象の虚影が同時に閃いた。
「くそっ!」今度は巨開碑も回避が間に合わず、歯を食いしばり巨腕を盾に防いだ。
ゴオオッ!
巨開碑の体から、突如二頭の龍象虚影が湧き上がり、半空に昇った。方源の棕熊と白象の二影は、瞬く間に霞んで見えるほど圧倒的に劣った。
方源は巨開碑の体に真正面から激突したが、巨開碑は僅かに後退しただけ。逆に方源自身が吹き飛ばされた。
二つの獣力虚影で一頭の龍象力を押さえ込めるが、二頭の龍象力が押し寄せれば、方源は不利になる。
「ついに双龍象力を打ち出せた…」巨開碑は濁った息を吐いた。方源の戦闘力の凶暴さに驚かされたが、双龍象力を爆発させてこそ、局面を挽回できるのだ。
慣力蛊は、四转であっても、確かに全力以赴蛊に及ばない。
巨開碑が慣力蛊を駆動すると、力は蓄積し続け増強するが、獣力虚影が現れる時機は予測できない。仮え発現しても、一発爆発した後は再蓄力が必要で、その間戦闘力が一時的に低落する。
巨開碑の力は、水瓶のようなものだ。慣力蛊は桶のようで、毎回水を汲み上げるように、力を引き出す。
一方、全力以赴蛊は、方源の心のままに操れる。爆発させたい時は即座に発動し、止めたい時は駆動を停止できる。発動と停止が自由自在で、心の赴くままだ。
これにより、方源は攻撃と防御を自在に切り替え、威猛でありながら、驚異的な柔軟性を兼ね備える。
「もし私が全力以赴蛊を持っていたら…ああ! 残念だが、たとえ勝ったとしても、商燕飛が全力以赴蛊を渡すことを許さないだろう」巨開碑は心の中で深く悔いた。魔道蛊師だった頃、彼は自由自在に振る舞えた。正道に投靠してからは、安泰で資源も豊富だが、行動する時、手足を縛られるような感じがする。
「もし本当に全力以赴蛊を選んだら、どうなるだろう?」
こんな考えが突然頭をよぎったが、すぐに消し飛ばした。
そうすれば、間違いなく商燕飛の怒りを買う。商燕飛は五转の強者であるだけでなく、商家を掌握している。もし命令に背けば、たとえ逃げ出しても、安寧な日々(ひび)は二度と訪れないだろう。
「待てよ!今何を考えているんだ?最も重要なのは、今方正を倒すことだ!」巨開碑は目を凝らし、龍行虎歩蛊を駆動し、方源へ向かって攻撃を仕掛けた。
方源は先程負傷し、鮮血を吐いた。鉄のように硬い腕骨も、骨裂が生じていた。
激痛が走ったが、方源は逆に口元を歪めて笑った。
全力以赴蛊!
棕熊、白象、青牛の三つの虚像が、一斉に爆発した!
さすがの巨開碑も、思わず目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。
今方源の身に起きた事態が、そのまま彼の身に起ころうとしていた。
巨開碑は勢いに乗って追撃しようと、自ら攻撃を仕掛けたが、逆に真っ直ぐに吹き飛ばされた。胸板の厚く堅い象牙白甲が砕け散り、大きな穴が開いた。
彼は大口に鮮血を吐き、黒石柱に激突し倒壊した。砂煙が舞い上がる中、巨開碑は歯を食いしばり、慌てて起き上がった。
「三頭の獣力虚影!」場外は騒然となった。
先程の一瞬、誰もがはっきり見ていた——方源が三頭の獣力虚影を同時発現させたのだ!
「どうやったんだ?」多くの者が顔を見合わせた。
「さっきまで二頭だったのに、今は三頭…」言葉を失う者が続出した。
さらに多くの者が推測し始めた:「まさか…」
巨開碑が方源を食い入るように睨み、歯の間から一語を絞り出した:「苦力蛊…!」
その通り、正に苦力蛊だ。
苦力蛊は四转の蛊で、力道蛊師の絶つ好の相棒だ。蛊師が負傷すればするほど、感じる痛みが深ければ深いほど、発揮できる力が大きくなる。
ただし、発揮できる力にも上限がある。蛊師個人の実力と底力次第だ。
方源の体には八つの獣力虚影が宿り、蓄えられた力は巨大な水槽のようだ。全力以赴蛊は、随時開閉できる配管のように、絶え間なく水を汲み出している。
今、方源が負傷した後、更に苦力蛊を使うことで、水槽の周囲に無数の排水口が開いたかのようになった。全力以赴蛊がこれらの排水口に配管を取り付け、方源が心の向くままに力を流し出せるようにしたのだ
単独で全力以赴蛊を使う場合、方源は一本の竹管で水を汲むように、一度に一頭の獣力虚影しか発現できない。
しかし今、彼は負傷の影響で苦力蛊を併用したため、水槽に新しい二つの排水口が増えたかのようだ。
その結果、方源は全力以赴蛊を駆動するだけで、同時に三頭の獣力虚影を打ち出せるようになった。
「まさか苦力蛊が彼の手に…?競売会では、商睚眦が落札したはずでは? まさか彼の持つ苦力蛊が、商睚眦のものだったのか?」場外の炎突も真実を見抜いた。
彼の目は細く見開かれ、前所未有の険しい表情を浮かべた。
「もし方正の持つ苦力蛊が、商睚眦のものではないなら、競売会で彼は見事に商睚眦を出し抜いたことになる。もしこれが商睚眦が落札した蛊なら、さらに恐ろしい! 商睚眦は先頃、方正と組んで不正会計を働いたため、若様の座を剥奪された。おそらくこの苦力蛊は、方正の戦利品だろう! この小僧、並み一般ではない。巨の弟分、踏み止どまれよ…」
炎突は思わず巨開碑の置かれた状況を憂えた。
巨開碑は口の中に広がる苦みを感じた。
最初は全力以赴蛊、今度は苦力蛊…。この二つの蛊は、彼が夢にまで見て、必死に探しながら、手にできなかったものだ。
しかし方源は若いのに、二つの蛊を手にしている。こんな運と巡り合わせに、彼のような先輩も羨ましくて目が赤くなるほどだ。
苦力蛊を駆動するほど、方源の傷が深ければ深いほど、体は力の水槽に開いた穴のようになり、戦闘力は増す一方だ。
言い換えれば、巨開碑が与える一撃ごとに、逆に方源の戦闘力を助長していることになる。
この感覚は、まことに堪らぬものだ。根性が足りない者なら、もはや戦う気も失うだろう。方源は戦えば戦うほど強くなり、傷が深ければ深いほど力が増える。さらに決定的なのは、彼が八つの獣影を有し、もし一斉に爆発させれば、たとえ巨開碑の三龍象同時発現でも、太刀打ちできない。
巨開碑をさらに愕然とさせたのは、方源の手には、更に自力更生蛊という蛊があることを知っていたからだ。
自力更生蛊は、方源にとって驚異的な治療効果をもたらす。
方源は負傷しながらも治療しつつ、自らの力を常に恐ろしい水準に維持できる。
全力以赴蛊、苦力蛊、自力更生蛊の三つは、巧妙に緊密に連携し、堅固な基盤を形成している。
ここまで来て、方源の計画した蛊虫の組み合わせは小成に達し、枠組みが構築された。その効果は抜群で、四转の巨開碑でさえ、この蛊の組み合わせの前には苦戦を強いられる。
方源は商家城での二年余りで、多くの蛊師が生涯かかっても成し得ない蓄積を成し遂げた。巨開碑のような古参蛊師でさえ、羨望と嫉妬を覚えるほどだ。