「あの戦いを見たか? 実に見事だった!」
「白凝冰は初めての敗北を喫したが、炎突も楽には勝てなかった」
「二十元石も払ったから、最初は心が痛んだ。だが見終わった今、この値段は十分元が取れたと実感した」
白凝冰と炎突の一戦は、巨大な岩が湖に投げ込まれたように、商家城中に 広範な反響を呼んだ。
大通り小路で、人々(ひとびと)はこの戦いについて語り合っていた。
「亀の甲より年の功で、やはり炎突様の勝ちだ」
「だが白凝冰は敗れても誉れ高い。ここまで戦えるとは、彼女の将来は計り知れない」
「残念だ、この戦いを生で見逃してしまった」
「本命の蛊を失い傷を負ったが、氷晶蛊は補充が容易だ。彼女の実力に大きな影響はないだろう」
「今や、方正と巨開碑の一戦が待ち遠しい」
「その通りだ!必ずや、竜虎相搏つ激戦となるだろう」
方源と巨開碑の戦いは七日後に予定された。白凝冰の目覚ましい活躍で、無数の注目を集めている。
しかし白凝冰は忽然と失踪した。
あの戦いの後、楠秋苑には戻らなかった。
「何かあったのでは」商心慈は心配そうに言った。
「安心しろ。彼女のことは良く知っている。傲岸不遜な彼女が惨敗を喫したのだ。一人にさせてやろう」方源は逆に商心慈を慰めた。
白凝冰は女の身でありながら、男の心を持つ。
男というものは、傷を負うと、荒獅子や孤高の狼のように、人のいない隅に独り佇み、黙々(もくもく)と傷口を舐める。
しかし女は違う。少しの悔しい思いをしても、誰かに打ち明けたくなる。彼女たちは守られ慰められることを渇望する。
商心慈は優しく頷き、水のように柔らかい瞳で方源を心配そうに見つめながら言った:「戦いに行かないでほしい。巨開碑は炎突と並ぶ存在なのよ。白雲姉さんは敗れて氷晶蛊を失った。巨開碑は力道蛊師だから、もし黒土兄ちゃんが全力蛊を失ったら…」
白凝冰が氷晶蛊を失っても補充できるが、方源が全力蛊を失ったら、埋め合う術がない。
方源は淡く笑い:「それゆえに、尚更負けられない。よし、この数日は蛊の錬成に閉じ籠る。先に帰ってくれ」
巨開碑の実力は、方源がとっくに探っていた。白凝冰と炎突の戦いを経て、更に多くの推測を得た。
巨開碑は四转初階の蛊師で、炎突と互角だ。方源は自らを測り、現状の手段で巨開碑に勝つ希望は三割しかないと悟った。
三割の勝機は、一見低いようだが、実は、双方の修為が一つの大きな境界差を有することを考えると、三割でも十分高いと言える。
「もし蛊の錬成に成功し、その蛊の助けを得られれば、勝機は六割にまで上昇する!どうか錬成が成功しますように」
方源は密室に潜り込み、蛊の錬成に取り掛かった。
……
第一内城。
書斎には柔らかな灯りが灯っていた。
商燕飛は静かに目を凝らし、眼前に浮かぶ彩の煙を見つめていた。彩煙は翻えり、白凝冰と炎突の一戦の光景を再現していた。
商燕飛は戦いの始まりから終わりまでを漏らさず見届け、それから彩煙を収めた。
白凝冰は敗れた。
本命の蛊を失い、傷も負った。
風雨楼が収集した情報によれば、白凝冰は今、素手医師のもとで療養中だという。
こうして彼女が仕組んだ二人の子への策略も、罰と教訓を受けることになった。
商燕飛は静かに目を閉じ、背もたれに寄りかかった。
今は敗れて試練を突破できなかったが、彼女の天賦の才はすでに公認されている。時を経れば、必ず炎突を超え、大きな業績を成し遂げるだろう。
これが天才というものだ。
商燕飛も才を愛し、惜しむ人である。
白凝冰のこの戦いぶりを見て、商心慈のために彼女を招き入れたいという渇望が更に強まった。
「白凝冰の次は方正の番だ。彼がどんな驚きを届けてくれるのか。ただ、彼の手に天元宝蓮があると聞いているが…」
天元宝蓮は、商家城の活宝門の中にも二株保存されている。さらに天元宝君蓮も一株ある。
しかしこれらの宝蓮を取り出すには、多大な代償が伴う。
活宝門は厳重に守られており、商燕飛が一族の長であるとはいえ、祖先が定めた規則を厳守しなければならない。
「方正は力道蛊師だ。天元宝蓮を持っていても、その真価を発揮できまい。ならば心慈に与えよう」
商燕飛は少し沈思した後、姿勢を正し、一枚の紙鶴の密書を発した。
紙鶴は密道を伝って飛び、一つの密室に到着した。
巨開碑と炎突は即座に感応が生じ、密室に集った。
「主上から再び密書が届いた!」炎突は密書を広げ、一目見ると巨開碑に渡した:「君へのものだ」
巨開碑は一読し、独り言のように言った:「主上は方源の手に天元宝蓮が一株あるかもしれないと推測している。もし私が勝ったら、この草蛊を要求してみよとのことだ。もしその蛊がなければ、全力蛊を選んではならない」
そう言いながら、巨開碑は眉をひそめた。
元々(もともと)、方源の全力蛊を要求するつもりだった。この伝説の蛊は、力道蛊師である彼にとって、非常に魅力的なものだ。
しかし、商燕飛がこのような命令を下した。
「主上は、方正の才能を愛で、彼の成長を守ろうとしている」炎突は分析した。
巨開碑が眉をひそめているのを見て、彼は慰めるように言った:「巨兄、心構えに注意しろよ。我々(われわれ)は商家の隠家老だ。族長の命令は絶対だ。もはや外で自由気ままに振る舞えた昔とは違う」
巨開碑は重そうに頷き、感慨深く言った:「あの頃は本当に懐かしい。天地を独行し、自由自在で誰の束縛も受けなかった」
「まさか巨兄、再び魔道蛊師に戻りたいのか?」炎突の口調は厳しかった。
巨開碑は嗤った:「炎の兄貴、俺のことを分かってるだろ? ただの愚痴さ。魔道蛊師は自由だが、プレッシャーもリスクも大きい。いつ野晒しになってもおかしくない」
炎突はようやく表情を和らげた。
巨開碑と炎突は、かつて独行の魔道蛊師だった。
南疆で名を上げ、数十年も倒れずに立っていた。しかし次第に疲れを感じるようになった。魔道蛊師の生活は自由だが、プレッシャーは大きい——蛊を養う餌、元石、自身の安全など、心配事が尽きない。
二人は徐々(じょじょ)にこの生活に倦きてきたが、抜け出す勇気はなかった。
ある日、二人は野原で遭遇した。
魔道蛊師同士の間には信頼がほとんどない。互いの気配を感じるや、即座に攻撃を開始し、主導権を握ろうとした。
しかし、この戦いは互角の力となり、昼から夜まで戦い続けた。その間、知略を巡らせ、罠を仕掛け、あらゆる手を使い、手段を選ばなかった
夜明けまで戦い続け、二人とも力尽き、真元も枯渇し、全身傷だらけになった。目と鼻の先にいる相手を、とどめを刺す力さえ残っていなかった。
朝日が二人の顔を同時に照らした時、二人は同じ決断を下した。
「こんな生活に飽きた。もし生き残れたら、商家に行って正道に改める」炎突は声を潜めて呟いた。
「疲れたぜ!この戦いが終わったら、商家の外姓家老の座を狙う!」巨開碑は激しく罵った。
なぜか、二人は口を揃えて言った。
言い終えると、互いに顔を見合わせた。
一瞬の沈黙の後、二人は同時に爆笑した。
これが縁というものだ——天の配剤のようだった。信頼など微塵もなかった二人の古参魔道蛊師が、この日、同時に生涯の親友を得た。
過去の生活の影を完全に振り切るかのように、二人は変わり始めた。互いを信じることを選んだ。
この信頼は、一切の保留もない、完全な信頼だった。二人は一つの極端から、全く別の極端へと移った。
「そう言えば、炎の兄貴、今回は大きな損を出して、顔に泥を塗らされたな」巨開碑はウインクし、からかう口調で言った。
普段の巨開碑は鉄面皮で、一糸も乱さない。この表情を見たら、誰も彼だとは思わないだろう。しかし実は、これは魔道を駆け巡った頃に身に付けた仮面に過ぎない。
炎突という生涯の親友の前でだけ、彼は真の自分を現わす。
炎突は冷ややかに鼻を鳴らし、次第に眉を開き、嘆息混じりに言った:「白凝冰は並み一般ではない。いつか必ず我々(われわれ)二人を超えるだろう。今回の勝ちは紙一重だった。もし彼女が四转なら、結果はどうなったか分からない」
巨開碑は頷いた:「君の戦いも変装して見た。実に後生畏るべしだ」
炎突は巨開碑の肩をポンと叩きながら言った:「方正は白凝冰と並び称され、同時に商家城に来て同居している。二人の関係は尋常ではない。『演武双星』とも、『黒白双煞』とも呼ばれている。白凝冰がこれほどの実力なら、方正も必ず弱くない。巨の弟分よ、油断大敵だ。最強を自負する時こそ最大の隙だ」
巨開碑は得意げに笑った:「兄貴、これを見てくれ」
そう言いながら、空窓から一匹の蛊を取り出した。
この蛊は拳ほどの大きさで、甲虫形態、鉄のように黒い。
「おお、硬気蛊か!」炎突の顔に驚きが走り、次に喜びの色が浮かんだ。「良かったな巨の弟分。奥義を使う時、防御が低下する弱点を、この蛊で補える。この蛊は貴重で珍しい、しっかり養えよ」
巨開碑は頷き、硬気蛊を仕舞い込むと、嘆息を漏らした:「惜しいことに、これは硬気蛊であって、力気蛊ではない。もし力気蛊があれば、戦闘力が質的変化を遂げ、戦力が二倍以上に跳ね上がったのに…」
炎突は高笑いした:「欲張りは蛇に呑まれるぞ! 上古の気道は既に消滅し、力気蛊は絶えた。お前が硬気蛊を手にできたのは運が強かったからだ。分をわきまえろ」
巨開碑も笑い出した:「その通りだ。だが、隴を得て蜀を望むのは人の常だよ、ハハハ…」
上古の気道は、力道よりも早く出現した。
気道の蛊虫は、有形と無形を転換でき、効果は通常奇妙だ。上古の気道全盛期には、蛊師十人のうち八人が気道を修めていた。
しかし、花は咲けば散る。盛んなるものは必ず衰える——これが自然の法則だ。気道もこの法則から免れられなかった。
一時の隆盛の後、気道は次第に衰微し、力道に取って代わられた。白凝冰の朝気蛊、巨開碑の硬気蛊、方源の風気蛊も、すべて気道に関わっている。