時間が経つにつれ、演武場の周りの観客たちは次第に感嘆の色を浮かべ始めた。
「白凝冰がこれほど強勢だとは思わなかった。炎突様と互角に渡り合っている」
「二转の氷锥蛊で炎突に対抗し、劣勢を見せない」
「移動中に蛊虫を発動させるのは蛊師の基本だが、白凝冰はそれを完璧にこなしている」
「疑いなく白凝冰は天才だ。基礎も堅実だからこそ、これまで縦横無尽の不敗を続けてこられたのだろう」
人混みの中、方源は平然とした表情で見つめていた。
魏央と商心慈も来ており、今彼の傍に立っている。
三人とも変装し、群衆に紛れていた。
「白凝冰は強気に戦っているな。氷锥蛊を使っているとはいえ、数が多くなれば、真元の消耗も増大するのに」魏央の顔に一抹の憂色が浮かんだ。
「三转と四转では、真元の量に差があるのは当然だ。しかし炎突も丹火蛊を使い続けており、彼の真元も減り続けている。炎突は四转だが、乙等資質に過ぎない。白凝冰は甲等資質の真元回復速度を利用して、炎突の四转修為に対抗しようとしているのだ」方源は白凝冰の戦術的思考を見抜いた。
「そうだとすれば、白凝冰にとって今日の戦いは間違いなく過酷なものになるでしょう」商心慈は感嘆した。
今や彼女も蛊師だ。商燕飛の手厚い薫陶を受け、見識が広がり、多くのことが見抜けるようになっていた。
三人が話している最中、場上の状況が突如変化した。
「小娘、良く跳ね回るな」炎突は口元を歪め、薄笑いを浮かべた。突然、右腕を伸ばし、数十歩離れた白凝冰を虚空を掴むように狙った。
彼の右手は爪の形に変わり、掌の中心に蛊虫の印が一瞬光った。
ヒューッ!
猛火が唸り、瞬く間に巨大な炎の爪が形作られ、遠く離れた白凝冰を目指して飛んだ。
炎の爪は三本指で、鷹の爪のようだった。全身橙赤色で、猛火が燃え盛っている。迫ってくるだけで、白凝冰は肌を焦がすような猛烈な熱気を感じた。これは三转の火爪蛊だ!
白凝冰は慌てて移動蛊を発動させ、速度が激増し、距離を取った。
彼女は前もって準備をし、炎突の内情を探っていた。この火爪の攻撃範囲は丹火ほど広くなく、炎突を中心とした数丈の範囲でしか動けないことを知っていた。
しかし炎突はガハハと笑い、同じく移動蛊を発動させ、影のように白凝冰に迫った。
彼の移動蛊は四转の蛊で、白凝冰のものより効果が遥かに優れている。そのため、白凝冰は距離を取るどころか、逆に炎突に詰め寄られてしまった。
火爪は空中で次々(つぎつぎ)と落ち、執拗に掴もうとする。
白凝冰の回避は困難だった。炎突の熟練の技で操られる火爪は敏捷でありながら重厚な動きを見せた。
白凝冰は次第に追い詰められ、草原の上を転げ回るしかなかった。
ドカン!
火爪が白凝冰の肩をかすめ、草地に落ちた。瞬時く間に草は燃え上がり、猛火が周囲に広がり始めた。
炎突が心に念じると、炎の中から火爪が再び立ち上がった。しかし最初に放った時より勢いが衰え、萎靡した様子だった。
だが炎突の空窓の中で真元海の水面が微かに下降すると、火爪は瞬く間に勢いを盛り返し、萎靡が一掃された。
霜箭蛊!
白凝冰は態勢を立て直し、小指を伸ばした。そこには霜箭蛊が宿り、青い紋様が浮かんでいた。
氷藍の霜気が突如として放たれた。
瞬く間に、霜気は空中で一本の飛矢へと形成された。
飛矢は見事に火爪を直撃し、その猛威を一気に押さえ込んだ。
霜箭蛊は四转の蛊で、白凝冰が拍売会で手にしたものだ。発動すると即座に効果を発揮した。
火爪が消えかけたのを見て、炎突は眉をひそめ、真元を激しく鼓動させ、消耗を顧みず火爪を再起させようとした。
しかし白凝冰がそれを許すはずがない。シュッ、シュッ、シュッと氷锥蛊を一斉に放ちながら、密かに氷爆蛊を発動させた。
バン、バン、バン!
氷锥が火爪に当たると次々(つぎつぎ)に爆発し、猛烈な爆風が火爪を完全に粉砕した。
火爪蛊が飛んで戻ってきた。炎突は失うわけにはいかないと、数歩連ねて駆け寄り、掌で掴んだ。火爪蛊は再び印の姿に戻り、掌に収まった。
白凝冰は勝ちに乗って追撃し、両手に長い氷刃を凝結させた。左右から炎突に斬りかかる。
刃が届く前に、炎突は鋭い殺気を感じた。氷の風が顔を撫でるようだった。
「良い刃だ!」炎突は異様な笑い声を上げ、突然鼻を鳴らし、両鼻から二本の火蛇を噴き出した。
火蛇は最初首飾りほどの大きさだったが、すぐに風を食って膨張し、見る見る巨きくなった。
瞬く間に、長さ数丈、太さは桶ほどもある二匹の巨大な炎の大蛇へと変わった。
一匹の火蛇が首を持ち上げ、白凝冰の前で蛇陣を結び、彼女の双刃を阻んだ。もう一匹は横から回わり込み、うねうねと移動して白凝冰の背後から攻撃を仕掛けた。
「炎突様の双蛇攻が始まった!」
「悔しいが、私もこの手に敗れた」
「炎突の双蛇の操りは神技だ。左右から挟み撃ちされると、防ぎ切れずに右往左往するしかない」
炎の大蛇が観客を騒然とさせた。
白凝冰の表情は険しく、青い瞳には氷のように研ぎ澄まされた戦意が宿っていた。炎の大蛇が巨大な圧力をかけてくるが、それこそが彼女の闘志を燃え立たせる。
しばらくの間、白凝冰は双刃を掲げて二匹の火蛇と渡り合った。一方で炎突は場外に立ち、精神を集中して操縦した。
炎突には一心三用の才がある。今は二匹の炎蛇だけを操っているが、技の妙が絡み合うため、かえって精神の消耗が激しい。
火蛇蛊は四转の蛊だ。二匹の四转蛊に挟み撃ちされ、白凝冰は次第に劣勢に立たされた。
防御が次第に苦しくなってきた。何と言っても彼女の移動蛊も防御蛊も特に優れてはいない。白凝冰は攻撃特化型の蛊師で、蛊虫の組み合わせも攻撃を主としている。移動と防御は弱点なのだ。
これは致し方がない。
蛊師の真元は限られている。無限の真元など存在しないのだ。だからこそ真元配分が重要で、白凝冰は真元の大半を攻撃に割り当てている。そのため移動や防御に回せる余力は少ない。
ゆえに選ばれた移動蛊や防御蛊は、真元消費が少ない種類ばかりだ。
蛊虫の真元消費が少なければ、効果も当然劣る。安物買いの銭失いというものだ。
「この二匹の火蛇が白凝冰の実力発揮を大きく阻んでいる。見ての通り(どおり)、火蛇が白凝冰の攻撃で損傷し萎えると、炎突は真元を消耗して火蛇を回復させる。この調子ではまずい」場の端に立つ魏央は眉をひそめた。
方源の目が一瞬光ったが、何も言わず、白凝冰の応対を待ち望んでいた。
その時、白凝冰が突然爆発的な反撃に出た。
霜息蛊と霜箭蛊を次々(つぎつぎ)と繰り出す。
絶え間なく放たれる霜凍の気が火蛇の攻勢を著しく滞らせ、抑え込んだ。
しかしこの狂おしいほどの猛攻で、彼女の真元は急激に減り続けた。
「小娘、死に物狂いの抵抗はやめろ」炎突は高笑いし、次々(つぎつぎ)と丹火を放った。
丹火の一部は白凝冰に飛び、彼女を翻弄した。他の丹火は火蛇に命中し、萎えていた火蛇を再び活気づけた。
これは丹火蛊と火蛇蛊の連携戦術だ。
炎突は演武場で数百回もの戦いを経験し、千錬百錬の末に体得したものだ。
一方で白凝冰は天性の聡明さと悟性の高さを持つが、積み上げた経験の厚さでは炎突に及ばない。
白凝冰が爆発的な攻勢で火蛇を撃退しようとしたのを、炎突は見抜き、即座に反撃した。同様の攻勢で白凝冰の企みを瓦解させ、老獪さと経験の差を見せつけた。
「これは如何にすべきか?」魏央の眉は深く刻まれた。
「状況は思わしくない…」商心慈も次第に局面を分析し始めた。
白凝冰の紺碧の瞳に決断の光が走った。
氷晶蛊!
彼女は敢然として本命の蛊を発動させた。真の切札だ。
本来は早々(ばや)に使うつもりはなかったが、致し方がない。戦いが始まってから、初めの膠着状態を除けば、炎突は次第に主導権を握り、至る所で彼女を押さえ込んでいた。
白凝冰は攻撃特化型の蛊師だ。主導権を奪い戻すには、攻勢をさらに強めるしかない!
ガリガリッ…
白凝冰の全身から水が瞬く間に氷に変わるような音が響いた。瞬時に彼女は氷像と化した。体形は微かに膨張し、銀髪も霜に覆われ固まった。氷晶が両手の氷刃に伝わり、刃は更に鋭く、更に寒冷に、更に堅固になった。
「おいおい、小娘、命懸けか」炎突は嘲るように言ったが、直後に笑みが凍りついた。
白凝冰は氷晶の姿となり、攻防一体で一切の躊躇なく炎突に体当たりした。一瞬で火蛇の阻止を突破し、炎突目指して突進した。
射人先射马,擒贼先擒王!
炎突は慌ててもう一匹の火蛇を動かし、白凝冰の行く手を遮った。
霜息蛊!
白凝冰が青い霜気を一息吐いた。
氷晶の姿から放つ霜気は、威力が格段に増していた。
火蛇がこの霜気を直撃され、瞬く間に萎れた。
白凝冰はそのまま炎突に突進しながら叫んだ:「炎突老、真正面から戦え!」
炎突の表情が険しくなった。彼は接近戦が得意ではない。白凝冰の威圧感は凄み、もし間合いを詰められたら、大変な目に遭うだろう。
四转の境界にあり、火道蛊師として派手な戦い方をする炎突だが、戦法は狡猾で老獪だった。白凝冰の挑発に乗らず、移動蛊を発動して後退を続けた。
白凝冰の心が沈んだ。
氷晶の姿では、移動蛊の効果が以前より更に低下していた。
炎突に追いつくには、彼の速度を遅らせるしかない。
そこで白凝冰は霜箭を連射した。霜箭の氷寒の気には、筋肉や血液を凍結させ、動作を鈍らせる効果がある。
しかし炎突は軽やかに回避し、身のこなしが極めて巧みで、霜箭は一つも当たらなかった。
霜箭が炎突に命中しないため、白凝冰と彼の距離は開く一方だった。
炎突はニヤリと嘲笑した。先輩でありながら後輩に追い回されるという状況でも、少し(すこし)も気にしない。
彼は最も正しい選択をしたのだ。
氷晶蛊は常用できない。使用し過ぎると体が完全に氷結し、蛊師は氷像と化してしまうからだ。
そのため白凝冰は氷晶蛊を発動させながら、同時に朝気蛊も催動して自らの生気を維持している。
しかし朝気蛊があっても、氷晶蛊の使用時間を延ばせるだけに過ぎない。
炎突はこの弱点をよく知っていた。白凝冰が彼の情報を探ったように、彼も白凝冰の情報を収集していた。時間稼ぎさえ成功すれば、この戦いは必勝だ。
このような戦い方は、火道蛊師らしい派手さはないが、間違いなく最も省力的な戦術だった。
白凝冰は足を止めた。
「老いぼれに当たらなければ、局面を変えられるのはあの手しかない」
彼女の目に一瞬の迷いの光が走った。
「この手を使うべきか?」