「奴らは中で何をしている?もう半刻以上も経つのに……」密室の扉の外で、鉄刀苦は腕を組んで立ち、疑念が募るばかりだった。
密室は音を遮るが、完全ではない。戦いが起これば、即座に察知できるはずだ。
しかし最初からずっと静まり返っており、鉄刀苦には見当がつかない。
きいっ
ちょうどその時、扉が内側から開かれた。
「刀苦兄貴、入ってください。話は終わりました」百家の蛊師が声をかけた。
鉄刀苦が足を踏み入れると、真っ先に目に飛び込んだのは、百戦猟の拳で叩き壊された食卓だった。色とりどりの料理が混ざり合い、床に散乱して無残な様相を呈していた。
鉄刀苦は思わず眉をひそめた。
明らかに、この宴は続けられそうになかった。続けられたとしても、場にいる百家の者たちに食べる気はないだろう。
彼らの顔色は土気色で、虚ろな表情をしており、大きな傷を負ったようだった。
ただ一人、方源だけが平然として、むしろ血色の良い顔をしていた。
彼は百家の者たちと合意に達し、毒誓蛊を使って誓いを結んだ。すべては既に決着がついていた。
「一体何が起きたのだ?」鉄刀苦の心には疑念と不安が入り混じった。
「我先に失礼する。自重されたし」方源はそう言い残し、密室を出ていった。
「方正、演武場で待ってろ!」鉄刀苦が唸るように言った。
方源は全く無視し、姿を回わすと視界から消えた。
「皆さん、一体何があったんだ?」鉄刀苦は万の疑念を抱き、振り返って問いただした。わずかな時間の話の後、百家の人々(ひとびと)の気配が一変し、復讐心の影も感じられない。
「はあ…」百風は深い嘆息をついた。
鉄刀苦を見上げ、複雑な眼差しで言った。「鉄どの、突然の事で詳しくは言えん。我が百家は引き下がる。方白の二人への追緝は終わりだ」
「何だと!?」鉄刀苦は思わず声を失い、信じ難い表情を浮かべた。
「我が百家は小さい身分、波風を立てる余裕はない。失礼する!」百風は立ち上がり、真っ先に密室を出ていった。
「皆さん心配ご無用。奴が商家に頼ろうと、我が鉄家も南疆の覇者ではないか!」鉄刀苦は慌てて説得した。方白の二人に対処するには、人手は多ければ多いほど良い。もし百家が離れれば、彼は独りぼっちになってしまう!
しかし彼にはその裏の事情が分かるはずもない。
肝心な点を外した説得では、百家の決別を止められなかった。
百家の一行が去って行く背中を、氷のように冷たい目で見送りながら、鉄刀苦は呟いた。「戦わずして人を屈すとは……方正、見事な手管だ!だが俺鉄刀苦が諦めると思うな。ふん!」
彼は意志が固く、他の者が引き下がっても、一人で戦い続ける覚悟だった。
「今すぐ演武区で登録する。演武場で方正を狙い撃つ!」と決意した。
「お客様、少々(しょうしょう)お待ちください」店の者が駆け寄り、丁寧に笑顔で行く手を遮った。「お会計がまだお済みでないようで」
「えっ?」
鉄刀苦は呆然と足を止めた。
「五十万元石……こんな大金、一日でどう工面するというのか?」広い街路を歩きながら、百蓮は憂い顔で言った。
「私が家老の身分で質屋から三十万は借りられる。残り二十万の不足分は……小竜巻を質に置くしかない」百風は覚悟を決めていた。
一同は息を呑んだ。
百戦猟が声を上げた。「家老様、小竜巻蛊はお前の本命蛊では!本当に質に出すのですか?」
百風は苦笑いを浮かべた。
「家老が小竜巻を質に出しても二十万には足りまい。私の蓮衣蛊も質に置きましょう」百蓮は唇をきつく結んだ。
この言葉を聞いて、百家の他の者たちも覚悟を決めた。
「私の思若泉涌蛊も質に置こう」
「私の小钻风蛊も加える」「俺の三叉骨枪も役に立ててくれ……」
百風はゆっくりと頷いた。「皆が小我を捨てて一族のために尽くすなら、我が百家の再興は必ずや!今日の恥は、いずれ千倍万倍にして返してやる。だが今は一族を第一に。この件の全責任は私が負う。族に戻れば、私一人が引き受ける」
「家老様!」一同は驚愕した。
復讐ならず、かえって辱めの条約を結ばされた。最善の選択とはいえ、一族に戻れば非難囂々(ごうごう)、重圧に苛まれるのは必至だ。
政争は至る所に存在する。
しかし百風が全責任を一身に背負うことで、百蓮や百戦猟ら若手の政治的将来を守ったのだ。
百風は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、嘆息混じりに言った。「言うな。私はもう年老いた。家族の未来はお前たちの双肩に懸かっているのだ」
「犠牲なくして得るものなどない。数多の者が身を捧げ、数多の者が辱めを耐え忍ぶからこそ、一族の栄華は続き、愛しい者の笑顔が守られるのだ」
「はい!」百蓮と百戦猟は深く頷き、悟りを得た。
彼らの土気色の顔は次第に晴れ、瞳の奥に灯った光が強まっていった。
……
三日後、大規模な競売会が開かれた。
「諸君、ご覧に入れるのは霜息蛊です。三转の蛊で、氷霜の息を吐き、相手を凍傷状態にして動作を遅らせます。最大の長所は、使用毎の真元消耗が淡銀色の真元半分と少ないこと。最低価格は二万三千元石!」円形の台の上で、主催の蛊師が拡声蛊で声を響かせた。
「二万五千!」
「二万八千!」
「三万!」
激しい入札合戦の末、霜息蛊は三万八千元石で落札された。
方源は円台を見下ろし、静かに席に座っていた。
彼の座っている場所は高所の個室で、外からは正体が分からない。これが紫荊令牌所持者の特権だ。小規模な競売なら、紫荊令牌で前もって商品を購入できるが、大規模なものはそうはいかない。
「次は炎心蛊です!微細な火山のような形をしており、蛊師が煉化した後心臓に宿します。ご存知の通り(とおり)、火類の蛊の攻撃力を増強する効果があります。三转の炎心蛊、開始価格三万元石!」台上の蛊師が声高に叫んだ。
その声が消えるか消えないか、「三万五千!」という声が即座に響いた。
一気に五千元石も上乗せし、勢いを示した。
だが、これで意欲ある者たちの熱意を止められるわけがなかった。
「三万六千!」
「三万八千!」
「四万……」
価格は最終的に四万二千で落ち着いた。
「どうやら皆、買い物には理性的だ。この値段は適正だな」方源は個室に座り、しばらく眺めながら心で思った。
商家城では取引が頻繁で、この種の大規模な競売会も定期的に開かれる。城に住む蛊師たちはすっかり慣れており、賢くなったのだ。
誰も愚か者ではない。
無論、時には千金を一擲する者もいる。
しかし方源が長らく観察した限りでは、今日の競売会にはそのような者はいないようだ。
これは彼にとっての幸運であり、他の者にとっても幸運である。
もし本当にそのような者がいたなら、方源は価格をつり上げて、事前にその者の資金を枯渇させただろう。このような知恵比べは、方源にとって児戯に等しい。
大規模な競売会では、珍稀蛊ばかりが並ぶ。少なくとも三转以上で、三转未満のものはほぼ皆無だ。
蛊虫以外にも、珍しい蛊の餌、貴重な炼蛊の補助材料、炼蛊の秘伝、伝承に関する情報、極上の頑石、それに女奴隷や男奴隷、生捕りにした獣王などが並ぶ。
霜息蛊や炎心蛊のようなものが三、四万(さん、よんまん)で売れるのは、出品物の中では低価格の部類だ。
間もなく、方源は四转の草木皆兵蛊が二十五万元石で落札されるのを目にした。
草木皆兵蛊は蛊師の周囲の草木を一定範囲で攻撃手段に変える。南疆のような森林地帯では、絶対的な殺戮兵器となる。
普通の四转蛊は概ね一万から十万の間だ。草木皆兵蛊の価格は既に五转蛊並みである。方源の手元には五十万あるが、この競売会で言えば大した額ではなく、草木皆兵蛊二匹分に過ぎない。
一蹴而就蛊は四转の珍稀蛊だ。
競り勝った方源は十八万余りの元石を支払った。
続いて総額八万三千の元石で白银舍利蛊と金罡蛊を購入した。
その後は、もはや手を出さなかった。
元石は無駄に使えない。有効な場所に使わねばならない。現在、全力尽くし蛊を核とし、自力更生蛊は手に入れたが、まだ苦力蛊が欠けている。こいつは高価で極めて稀だ。商家城でも滅多に見かけない。
なぜか?
使う者が少ない上、合成錬成の成功率が極めて低いからだ!
蛊虫の売買も市場の需給関係に従う。需要が少なく、コストが高ければ、品物は自ずと少なくなる。
「苦力蛊が買えなければ、自ら合成錬成するしかない。ただ、この成功率は頭痛の種だな」
「白銀舍利蛊は手に入れたが、急いで使う必要はない。私一人で修行するなら早く使った方が良いが、今は白凝冰を頼っている。この白銀舍利蛊は後で使おう」
「今日は二十七万余りの元石を使い、二十二万余りを残した。貯めておこう。二年に一度、商家城では超大型の競売会が開かれる」
「李然から聞いたところでは、百家の一行は確かに商家城を去ったという。三百万を脅し取ったが、この一族を侮ってはならない。辱めを耐え忍び、犠牲も厭わない。道理で前世に百家は台頭したのだ。今百家は白骨伝承の開発を口実に、白骨山の元泉を大規模に探索している。進捗は前世よりずっと速い。警戒を怠れない」
「百家が既に追って来ている。鉄家も遠くあるまい。鉄家、鎮魔塔……あの鉄刀苦は当分心配いらないが」
方源が将来を謀る一方、獅子楼の入口では、十八人の異国の少女たちが二列に並び、気兼ねなく談笑していた。
彼女らは皆、肌を露にした服を着て、甘い香りを漂わせ、豊満な胸と尻が妖艶な雰囲気を放っていた。客を引き寄せようとしなくても、立っているだけで最高の看板となり、数多の蛊師を惹き付けていた。
鉄刀苦は冷徹な表情で傍らに立ち、他の数人の蛊師と共に門衛を務めていた。
面目丸潰れだ!
彼は心の中で恥ずかしくてたまらなかった。
獅子楼の宴がこんなに高いとは思わなかった。金が払えず、働いて弁償するしかなかったのだ。
「誇り高き鉄家の蛊師である私が、よくもまあこんなことを!相手には後ろ盾があり、鉄家の者ということも全く顧みない。ああ!誰にも見られるな、特に知り合いには絶対に……」鉄刀苦は心の中で祈り続けていた。
「おや?この方は鉄刀苦殿では?どうしてここに?」
鉄刀苦は呆然と固ばった。
知り合いだ……
知り合い……
だ……
「あああ!方正め、覚えてろよ!」鉄刀苦の額に血管が浮き上がり、心の中で狂ったように叫んだ。