ガオッ!ガオッ!ガオッ!
獣力虚影が狂おしく閃き、その勢いは天を震わし地を揺るがす。背山蝦蟇は痛さにゲロゲロと悲鳴を上げ、猛然と方源に体当たりしてきた。
方源は冷やかに鼻を鳴らし、間一髪でかわした。
背山蝦蟇は山を背負い、重すぎて動きが鈍い。方源の回避は軽々(がる)としていた。
横進蛊と直進蛊を次々(つぎつぎ)に使い分け、背山蝦蟇が何度攻撃しても、方源の皮膚すら掠められない。
観客は呆然と見つめていた。
人々(ひとびと)の心の中で「微動だにしない」と刻まれた背山蝦蟇のイメージは、今や方源に殴られて喚き叫ぶ姿に変わっていた。
「こいつ、まさかここまで凶暴だとは!」李好も肝を冷やし、歯を食いしばって背山蝦蟇を高く跳び上がらせた。
「小僧、粉々(こなごな)の肉塊にしてやる!」李好は口を歪めて陰陰と笑い、殺意が沸騰していた。
しかし、背山蝦蟇が落とす影は方源を狙わなかった。
逆に、李好自身の上に落ちてきたのだ。
背山蝦蟇の巨体が落下を始め、李好めがけて墜落していく。
この光景を見て、多くの者は呆然とし、理解できなかった。魏央を始めとする少数の者だけが、目に鋭い光を走らせ、李好の戦術を見抜いた。
単純に背山蝦蟇を方源に落とすだけでは、攻撃は簡単にかわされる。
方源は横進蛊と直進蛊を持ち、余裕で回避できるからだ。
しかし背山蝦蟇が李好目掛けて落ちる時、李好は移形蛊で方源と位置を交換できる。時機を適切に捉えれば、方源が反応する間もなく背山蝦蟇の下敷きにできるのだ。
背山蝦蟇の重さなら、仮え即死しなくとも、確実に致命傷を負わせられる。
だが背山蝦蟇が跳び上がった瞬間、方源は真っ先に李好へ突進した!
横進蛊と直進蛊を連続発動、瞬く間に李好の真横に迫った。
「畜生!こいつ俺の戦術を見抜いてやがる!」この瞬間、李好は心底業腹に思った。
方源はまだ彼から距離があったが、今移形蛊を使えば、方源は余裕で背山蝦蟇の攻撃を避けられる。
しかし今使わなければ、方源が接近した後で移形蛊を発動しても、逃げ切れず、方源と共に背山蝦蟇の下敷きになるだろう。
やむなく、李好は移形蛊を催動し、方源と位置を交換した。
ドッ!
背山蝦蟇が地面に激突する瞬間、方源は横進蛊で見事に回避した。
彼は常に横進蛊と直進蛊の使用間隔を三呼吸に保っている。五十歩程度の突進時間を考えれば、常に移動蛊を使える状態を維持できるのだ。
細部にこそ勝敗が宿る。
方源は前世の豊富な戦闘経験により、完璧な戦術を構築していた。
彼は再び背山蝦蟇へ突進し、拳打蹴撃を浴びせた。攻撃は剛猛そのもので、硬打硬落の一撃が炸裂した。
山猪、棕熊、鰐の獣力虚影が順番に閃き、凶暴極まりない破壊力を放つ。
背山蝦蟇は再び嵐の如き攻撃に晒され、ゲロゲロと痛みを叫びながら、背中の岩が粉々(こなごな)に砕け散った。
場外で嘲り笑っていた観客たちは沈黙に包まれた。
多くの者が口を開け、呆然とこの光景を見つめていた。
全力以赴蛊が方源によってこれほどまでに威猛に使われ、背山蝦蟇さえもが袋叩きにされる弱者と化すとは!
一方の戦場では凄まじい熱戦が繰り広げられていたが、李好の立つ場は風も波もない静寂に包まれていた。
李好は思ってもみなかった――方源がこれほど執拗に背山蝦蟇を攻撃し続けるとは。
これまでの相手は皆、李好を倒せば背山蝦蟇も自然消滅すると考え、巨蝦蟇を無視して李好を狙ってきた。
それが賢い選択というものだ!
だが方源は違った。彼は最悪の攻撃対象を選んだのだ。
全火力を背山蝦蟇に集中し、肝心の李好を完全に無視している。
李好は蚊帳の外に置かれ、戦況と無関係な傍観者のような気まずい立場に立たされていた!
獣力虚影が絶え間なく閃き、空中で交錯する。方源は背山蝦蟇を囲むようにして、凶暴な攻撃を浴びせ続けた。
巨蝦蟇の威容あふれる巨体は、今や無様に映る。
「まずい!背山蝦蟇が血を吐いた!」遠くで見ていた李好は手足が冷やっとした。
移形蛊!
彼の目が異様な光を放ち、方源を捉えた。
瞬時に、方源の視界がガラリと変わり、気が付くと遠くへ飛ばされていた。
一方李好は、方源の位置と取り替わり、背山蝦蟇の傍らに立っていた。
彼は両手を伸ばし、背山蝦蟇の体に押し当てて治療を開始した。
蝦蟇の傷の深さに、心の奥で驚きを禁じ得なかった。
演武場で数多の戦いを経験してきたが、これほど重い損傷を見たことはない。
「まさかこの戦いで、俺が敗れるのか?こんな若造に?いや、ありえない!」敗北の予感が、李好の心の底で初めて強く湧き上がった。
方源は冷やかに笑い、突進を開始した。
李好が自分の眼前で公然と背山蝦蟇を治療するのを、どうして許すことができようか?
方源が猛進してくるのを見て、李好は歯を食いしばり、治療を断念して反対方向へ走り出した。
方源が背山蝦蟇の眼前に迫った時、再び移形蛊を使う。
こうして再び背山蝦蟇の傍らに立ち、方源を遠くへ飛ばすのだ。
しかし方源は全く意に介せず、相変わらず突進に専念した。
李好の治療は度々(たびたび)妨害され、方源の突撃も毎回空振りに終わった。
それでも彼は執拗に攻撃を繰り返し、諦めようとしない。
数度の攻防の後、逆に李好が自ら治療を止め、顔色が明暗交錯した。
この場面に、観戦する多くの者が首を捻った。
だが、賢い者はいた。
「方正の突進は一見無駄に見えるが、実は李好の真元を激しく消耗させている」
「その通りだ。移形蛊は奇跡のような効果があるが、欠点もある。真元の消耗量が膨大なこと、それが一つだ」
「距離が遠ければ遠いほど、対象の実力が強ければ強いほど、李好が移形蛊を発動する際の真元消耗は増大する」
「方源は山猪二頭、鰐一頭、棕熊一頭の力を持つ。李好が移形蛊を使う度に、膨大な真元が消費される。さらに背山蝦蟇の治療まで行えば、三转の真元量でも持ち堪えられない」
李好もこの点に気づいたからこそ、止むなく治療を中止したのだ。
彼の真元は、もはや残り少なかった。
方源が再び突進してくるのを見て、李好の目に一瞬の躊躇が走ったが、やむなく身を挺して応戦した。
方源は拳を握り掌を翻すと、即座に背山蝦蟇を捨て、李好へ向かって攻撃を開始した。
パン!パン!パン!
拳の一撃一撃が空気を打ち抜き、轟音と共に剛猛無比の攻撃が炸裂。岩礁を打つ怒涛の如き連打だ。
僅か数合で、李好はもはや持ち堪えられなかった!
彼の蛊は一応揃ってはいるが、真の核は背山蝦蟇と移形蛊にある。
移形蛊の真元消耗を減らすため、体に潜んでいた獣力虚影も消していた。
方源の攻撃は実に猛烈で、嵐の如く怒涛の攻勢に、李好は息も詰まるほどだった。
かつて力の道を修めた下地で辛うじて数度耐えたが、やむなく再び移形蛊を使い、背山蝦蟇を呼び寄せた。
方源は李好を追わず、背山蝦蟇を狙って攻撃を開始した。
山猪、棕熊、鰐の虚影が次々(つぎつぎ)と閃光を放つ。
瞬時に岩が飛び散、背山蝦蟇は血を吐き出しながら狂ったように反撃した。
だが方源が横進蛊と直進蛊を巧みに使い分けるため、蝦蟇の反撃は不器用きわまりなく映った。
「どうしてこんな事態に……」
「李好様まで戦いに加わり、背山蝦蟇の負担を分かち合わざるを得ないとは」
「方正の攻撃は恐ろしいほど猛烈だ。李好も背山蝦蟇も完全に押され気味だ」
戦況がここまで進展するとは、多くの者の予想を裏切った。李好が力の道を捨て補助に転向して以来、彼がこれほどの劣勢に立たされるのを見た者はいなかった。
李好の戦術は実に巧妙だった。移形蛊と背山蝦蟇の連携は、一たび成功すれば絶大な効果を発揮する。
方源でさえ、この戦術を完全には破れなかった。
しかし……
方源は破る必要などなかったのだ!彼は最初から戦術を破ろうなどと考えず、ただ鉄拳を振り回し、「万変に一つの不変で応じる」を貫いた。誰が現れようと、容赦なく叩き潰すだけだ!
この行動は一見愚鈍に見えるが、実は大智が愚に似るの境地。
狂瀾の如き気迫、霸道無比の風格が、瞬く間に全てを圧倒した。
「これは良い方法だ」ある者が目を輝かせた。「俺も李好と戦う時は方正を見習い、余計なことは考えず、背山蝦蟇に猛攻を浴びせよう」
この言葉に、周りの者は即座に否定と嘲笑の声を上げた。
「馬鹿言うな!お前に真似できるとでも?頭おかしいのか?方正ができるのは、彼が力の道の修め手で真元消耗が少ないからだ。お前みたいな火の道の修め手が背山蝦蟇に攻撃を無駄にすることこそ、李好の望むところだ」
蛊師の真元が尽きれば、戦力は暴落し、凡人同然になる。
戦いの中で、真元が多い方が優位に立つ。その差が大きければ大きいほど、優位性は圧倒的になる。
方源を真似ようと思っていた蛊師たちは、この言葉に喉が詰まり、反論できなかった。
ある者が膝を叩いて叫んだ。「はっと気づいた!力の道にも利点があるんだな!」
「その通りだ」すぐに同調する声が上がった。「力の道の攻撃は体を借りるから、力蛊には真元消耗が少ないという共通の長所がある」
「どの蛊修流派にも各々(おのおの)長短がある。力の道が上古時代に赫々(かっかく)たる名声を博したのには、道理があるのだ」
人々(ひとびと)の視線が再び場内へ集まった。
李好とその背山蝦蟇は、方源の猛攻の下、押され続けていた。
全力以赴蛊の真元消耗は極めて少ない。
方源の真の攻撃力は、幾多の獣力虚影に由来する。
しかしこれらの獣力虚影そのものは、全く真元を必要としない!
ここにこそ最大の驚異がある!
他の蛊師が方源の立場に立てば、十数回も戦えば力尽きるが、方源は戦えば戦うほど猛威を振るい、驚異的な持続力を見せる。
彼の気迫は上昇を続け、拳の一撃一撃が風切音を生じ、猛虎の咆哮の如く、巨熊の雄叫びの如く、剛猛無比だ!その姿に、人々(ひとびと)は上古の力修が天下を睥睨した風格を彷彿とさせられた。
心臓が激しく鼓動し、胸中の熱血が沸騰する。方源は打てば打つほど快感が増していった。
転生以来、彼は常に薄氷を踏む思いで、心に鬱屈した気持ちを溜め込んでいた。その鬱憤が、今拳脚の狂熱と共に爆発し、一気に吐き出された。
心の陰鬱が一掃された。
疑いもなく、全力以赴蛊を手にしたことは、方源の人生の転換点だった。
それ以前、彼は東へ西へ奔走し、明日をも知れぬ生活で、満足に食べることもできなかった。少し大きな問題に直面すれば、心身を削って対策を考えねばならなかった。
しかし全力以赴蛊を得てから、彼は初めて誇るべき資本を手にし、拳で多くの問題を解決できるようになったのだ。
今の彼は、李好の精巧な戦術を破る必要などない。ただ拳を振り回し、横殴りにするだけでいい。
魔は狡猾であり、さらに魔は霸道だ!
天を払い地を掃い、山河を巻き込み、血で乾坤を染め、一力で十会を制す!
お前が凶暴なら、俺はもっと凶暴に!お前が横暴なら、俺はもっと横暴に!
魔よ!魔よ!魔よ!
殺せ!殺せ!殺せ!
方源は痛快極まりなく打ち込み、胸中に渦巻く激情がついに爆発、長嘯となって迸った。
「因为困难多壮志,不教红尘惑坚心(ふきょう こうじん わくけんしん)。今身暂且栖草头(こんしん せんしょ せいそうとう),它日狂歌踏山河(たじつ きょうか とうさんが)。」
今日からこそ、真の雄起の道を歩むのだ!
塵を払い尽くし、荒波に笑いかける。
青山を踏み、碧海を渡り、蒼龍を縛り、長空を撃つ!
風雨に浴し、魔魂を磨き、旗を掲げて高歌猛進、天に逆らい、運命に逆らい、乾坤を覆せ!
ドゴォーン!
拳が激しく打ち下ろされ、背山蝦蟇は遂に耐え切れず、背中の山が崩れ落ち、血を噴き上げながら、方源に生きたまま殴り殺された。
横進直進蛊!
李好が高々(たかだか)と吹き飛ばされ、十数歩も投げ出された。
ドスン!
泥沼に墜落、微動だにしなかった。
黒濁した泥水と鮮紅の血が混じり合い、瞬く間に彼の花柄の袍を汚染した。
彼は慢心が招いた代償を、命で支払ったのだ。
戦いは戛然と止み、方源は傲然と場中に立ち、陽剛で猛烈な気迫が全場を威圧した。
演武場には、今も彼の長嘯の余韻が反響しているようだった。
その他は、ただ静寂が支配し、誰一人声を立てる者はいなかった!