「なぜ止める必要がある?」学堂家老が眉を吊り上げ笑った。指で方源を指差しながら続けた。「あの子は完全に局面を掌握している。首の左右だけを狙い、後頭部を攻撃しないのは致命傷を避けるためだ」
護衛頭領が額に汗を浮かべて進言した:「家老様、あの横暴さは学風に悪影響を――」
「フン、お前たち自身の尊厳が傷つけられたとでも思うのか?」学堂家老が不愉快そうに舌打ちし、刃のような眼光で護衛たちを睨み付けた。「この小僧に無視されたと?」
護衛たちが一斉に頭を垂れ「決して!」と声を揃えた。
「喧嘩が悪いってのか? 人命さえ出さねば、戦意を鍛える良薬となる!」家老の声が氷のように冷たく響いた。「今までの届けに喧嘩がなかったとでも言うのか? 毎年、後半になれば力に溺れた若造が暴れ回っていた。その時はなぜ止めなかった?」
「例年の諍いは一対一が多く、今回ほどの規模は――ですが、方源のやり方は明らかにやりすぎです!」護衛頭領が答えた。
「いや、違う」学堂家老が首を振る。「お前たちが阻止できぬからだ。半年後には蠱師は凡人を超えた戦闘力を得る。塵ほどの身分の者が何で阻止できよう? 今方源を止めようとするのは、奴が未熟だと侮り、下僕の尊厳を傷つけられたと感じたからか? 覚えよ、彼らは古月の血を引く――お前たちの主だ!」
家老の声が雷鳴のように轟いた。
「古月の名を持たぬ者が何様のつもりだ? 忠義を見込んで下僕に地位を恵んだだけ。本質は依然として奴隷! 奴隷が主の事に口出しするとは!」
護衛たちが土下座して震え上がった:
「そのような――!」
「恐れ入ります!」
家老が護衛頭領を指差し「不義理の罪で解任する」。続いて「半月後に新頭領を決める」と宣言。
護衛たちの目が貪欲に光った:
「頭領になれば月に元石半個増し!」
「人上になれる! 主以外には平伏すぞ」
「俺が頭領になったら…」
家老が床を蹴り「まだ居座っておるか! 騒動が終わったら掃除しろ!」
護衛たちが慌てて退出:「承知しました!」
階段を下りる途中、誰かが足を滑らせ「ドタン!」と転ぶ。連鎖的に護衛たちが崩れ落ちたが、家老の威光を恐れ笑いを噛み殺した。
階下で鈍い音が響く。家老は嗤いながら思った『下僕は鞭と飴で飼い馴すもの。頭領の座など犬の骨同然よ』
護衛たちが欲望に目を輝かせ退出する中、家老は窓から門前を眺めた。地面には新しく十数人の生徒が倒れていた。
三人の少女が壁に背中を押し付け震えていた。
「き、来ないで!」
「本気で月刃を放つわよ!」
方源が嗤った:「学規で蠱虫を使えば除籍だ。覚悟はあるか?」
少女たちの手の光が消えた瞬間、方源が二人の後頸部を劈いた。
残りの少女が泣き崩れ「お願い…許して!」と懇願する。
方源が影のように覆い被さり「元石一個だ」と冷たく言い放った。
少女が財布を逆さまに振り「全てあげる!」と四個を差し出した。
方源は無表情で右手を伸ばし、人差し指と親指で少女の手から元石一個を摘み取った。
少女は全身を震わせながら、その蒼白で細い指先を魔の爪のように感じていた。
「最初に言った通り(どおり)、一個だけだ」方源が淡々(たんたん)と告げる。「行ってよろしい」
少女が呆然と座り込んだまま動けず、恐怖で足が萎えていた。
学堂家老が首を振る。彼の観察目的の一つは、生徒たちの戦闘適性を見極めることだった。この少女は丙等の資質でも心の弱さから戦場不向きと判断された。
「しかし方源は…」家老が顎を撫でながら目を細めた。戦闘の才に加え節度を弁える様に興味を覚えていた。一個という線を越えなかったことが評価のポイントだった。
最終組の五人が到着。中には双子の弟方正の姿もあった。
「兄貴! 何てことを! 家老に謝らないと除籍だぞ!」
方源が薄笑いする:「もっともな意見だ」
方正が安堵の息を吐いた途端、兄が続けた:「一人一個だ」
「え!? 俺も払うのか?」
「愛しき弟よ、拒んでも構わん」方源が倒れた生徒たちを指差す。「ただしあの様になるがね」
周囲から非難が湧く:
「肉親にも容赦ない!」
「狂ってる…!」
「勝てっこないんだ。長い物には巻かれろ。今は払って切り抜けよう」
「そうだな。一個くらい我慢して、後で親分にチクってやれば逆襲できるぜ!」
先例を踏まえ、残りの少年たちは悔しげな表情で元石を差し出した。「待て」方源が彼らを呼び止める。
「方源、約束を破る気か!?」少年たちが緊張で硬直する。
方源が地面に転がる生徒たちを見下ろし「俺が自らポケットを漁るとでも思ったか?」と冷たく言い放った。
少年たちは赤面しつつ躊躇した。方源が目を細め、冷たい光が瞬くと、五人は背筋に寒気を覚えた。
「わ、分かったよ…」
「手伝ってやるよ…」
方源の威圧に屈して、少年たちは倒れた者の懐から元石を集め差し出した。
57名の生徒から1個ずつ巻き上げた結果、方源の手には56個が。既に持っていた20個(10個で竹酒を購入)と補助金を合算すると、総額79個の元石となった。
「強請りほど儲かる商売はないな」方源が懐の膨らんだ袋を確かめながら大手を振って去った。
呆然と見送る方正を残し、護衛たちが慌ただしく動き回る。
「急げ!」
「若旦那たちを手当てしろ!」
「治療蠱師はまだか!?」
頭領の座を賭け、護衛たちはやる気満々(まんまん)で奔走していた。