「娘だと?」
若様たちは揃って驚きの色を浮かべ、互いの顔を見交わした。
商睚眦は突然悟った。額をポンと叩きながら――なるほど、そういうことか!だから父上がこの二人を厚遇していたのか!
神秘のベールが剥がれ、商睚眦が方源を視る目には深い憎悪が秘められていた。
もはや恐れることはない。
正体が分かった以上、今度の考課を乗り切り、息を整えたら、ゆっくりとこの畜生どもに仕返しをしてやる!
瞬時く間、小庭に深い静寂が漂った。
商燕飛は微笑みを浮かべ、周囲を見渡し、人々(ひとびと)が理解する時間を与えた。
方源は「協力」して呆然とした様子を見せた。悟ったような表情に疑いの色を重ね、呟くように言った:「まさか…あの?」
「然り」商燕飛は彼を見つめ肯いた。「正にお二方が行商の途上で護り通した張家の令嬢。彼女こそが我が娘だ。商家城に足を踏み入れた瞬間から血脈を感じ取り、今親子の縁を結んだ」
「張心慈!」白凝冰が思わず叫んだ。
商燕飛は朗笑した:「ははは、今は張ではなく商を名乗る。愛娘の命を救ったお二方は、商家の恩人だ。故に一族揃っての献杯に値する」
その言葉が終わらぬうちに、庭門がそっと開かれた。
少女蛊师田藍が下女風の装いで扉を押し開き、商心慈の傍に戻った。
「お姫様…」小蝶は庭中の人々(ひとびと)を見渡し、思わず尻込みした。
「さあ、入りましょう」商心慈は重い息を吐き捨てると、衆目の注視を浴びながら中庭へ足を踏み入れた。
突如、彼女の足が止まり、顔に驚喜の色が溢れた。
方源と白凝冰の姿を見つけたのだ。
「まさか…本当に彼女だったのか!」その瞬間、白凝冰の瞳が針の先のように縮んだ――彼女は完全に驚愕した!
この場にいる誰も、今彼女の胸中に渦巻く衝撃を理解できはしない。
白凝冰の心を震わせた衝撃は、商心慈ではなく、方源へ向けられたものだった。
彼女は聡明だ。商心慈が姿を現した瞬く間、すべてを悟った――方源が秘め続けてきた真の目的を!
張心慈こそ商心慈だった。故に彼は道中で護り続けた。どうやって彼女の素性を知った?この一切が彼の策略だったのか?!
白凝冰の思考は激流のように渦巻き、心に怒涛が轟いた。
「黒土兄!白雲姉!どうしてここに?」商心慈は一瞬も目を離さず方源を見つめ、瞳を輝かせた。
「慈児、父が驚きを約束した通り(とおり)であろう?」商燕飛は温やかに笑った。
商心慈は万福の礼を述べた:「父上様、ありがとうございます。慈児、商家城に来てから最も嬉しい日です」
この数日間の迷いを経て、彼女は商燕飛が実の父である事実を受け入れた。
たとえ父が母にどれほど申し訳なくとも、彼は血を分けた肉親だ!
心の奥底に商燕飛へ対する怨みと憎しみが潜んでいても、善良な彼女にとって、血縁という深い絆は永遠に断ち切れない。
商燕飛が娘から初めて「父上」と呼ばれ、口元が思わず緩み、深い笑みが溢れた。
商心慈は慌てた様子で方源に振り向き、弁解した:「黒土兄、騙すつもりはなかったんです。母上が亡くなる前、商家城へ行くよう言い残しまして…その真意は父上に会うまで分からなかったのです」
この言葉が白凝冰の心に霹靂の如く響いた。
青く冴えた瞳が細く閉じられ、心の内で激しく渦巻いた:「まさか商心慈自身も素性を知らなかっただと?なぜ?なぜ方源だけが一切合切を知り尽くしているのか?」
元より方源は彼女の心の中で霧に包まれた存在だったが、今やその霧は倍の濃さとなった。方源は一層神秘のベールに包まれ、測り知れぬ存在となった!
「成程、道理で商家がこれほど厚遇するわけだ。そういうことだったのか…」方源は天を仰ぎ長嘆し、ゆっくりと首を振り、感慨に浸った。「まさか君が商家族長の娘だとは、夢にも思わなかったよ!」
「黒土兄、許してくれますか?」商心慈は手をぎゅっと握りしめ、声を詰まらせた。
商燕飛は微かに眉をひそめた。娘の様子と言葉から察するに、この若者は彼女の心中で決して軽くない位置を占めているようだ。
方源は朗笑した:「構わぬよ。君を責めるわけがない。知らぬは無罪、実は俺も君を騙していたのだ」
「え?」商心慈は呆気に取られた。
方源は鼻を触りながら言った:「黒土も白雲も偽名に過ぎぬ」
商心慈は即座に微笑み、穏やかに呟いた:「それはとっくに気付いてたわ」
方源はわざと躊躇を見せた後、歯を食いしばり拳を重ねて言い切った:「恥ずかしい話、拙者の本名は古月方正、こちらは相棒の白凝冰と申す」
「古月方正、方正…」商心慈はその名を口の内で転がし、骨の髄まで刻み込んだ。
商燕飛の顔の笑みが深みを増した。彼は方源の率直さを賞賛している。
実のところ、商燕飛は既に徹底的に調査を済ませていた。
古月山寨は滅んだが、商家の力は絶大で、賈家から多くの情報を得ていた。
古月山寨に確かに古月方正という若者が存在し、甲等の資質を有して古月一族の若頭領候補として育てられていた。
同様に白凝冰も存在し、白家寨の若頭領に内定されていた。二人とも天才の名を馳せている。
彼等が偽名を使い商隊に潜んだ理由は、さらに容易に調査できた。
白骨山の秘伝を巡り、百家の二人の若様が方白の手に掛かり、秘伝の大半が奪われたのだ。
百家が発した手配書が、何よりの証拠だった。
「成程、道理で!実は私、今まで心の内で引っ掛かっていたんだ」商蒲牢は高笑いした。
「父上、誠にお目出度う」商贔屓が祝辞を述べた。
「何か困ったことがあれば、遠慮なく兄貴に言え」商囚牛は商心慈を向いて言った。
「素敵!妹が増えて、今回の家宴に来た甲斐があったわ」商螭吻は跳ね上がって喜んだ。
……
若様たちは驚きから醒めると、次々(つぎつぎ)と祝賀の言葉を贈った。
「これは皆で分かち合う慶びだ。何故なら、お前たちに新たな肉親の妹が増えたのだから」商燕飛は子どもたちを見渡し、彼等の心中を十二分に看取していた。
「商心慈の出現は明らかな脅威だ」
「若様の座を争う者が一人増えた」
「昔商拓海も父上の落とし子だったが、今や商家の若頭領ではないか!」
「心配無用。張家は武家に附属し、商家とは宿怨がある。商心慈は基盤皆無、対処は容易だ」
若様たちの顔には笑みを浮かべながらも、心の中では各々(おのおの)違う思いが渦巻いていた。
帝王家に親情なし。
帝王の座は無上の利益に繋がる。親子の情けも利益の前には敗れる。
商家は南疆の覇者である。将来族長の座に就けば、南疆を治める数人の権力者の一りとなる。権勢高く世俗の頂点に登る――その利益は計り知れない。
商家の歴代族長で、血なまぐさい争いを経ずに登極した者などいるだろうか?
商燕飛は当人の経験者として、その内幕を誰よりも知り尽くしている。
故に、彼の胸中に商心慈へ向ける憐憫の情が一層湧き上がった。
今商心慈の身分を公やかにするのは、彼女を愛護するが故だが、同時に争いの渦中に立たせることにもなる。
「さあ、慈児、我が傍に座れ」商燕飛は腰掛けている椅子を軽く叩きながら言った。
「はい」商心慈は応え、方源を深く一瞥した。方源は微笑みながら肯いた。
商心慈は歩き寄り、商燕飛の身傍に坐った。
侍女の小蘭と小蝶は二人の後ろの両側に立つ。
この光景を若様たちは各々(おのおの)複雑な表情で見つめ、視線を交わした。
彼等が成長して以来、父上が子ども一人をこれほど寵愛するのを見たことはなかった。
例え当時の落とし子である商拓海でさえ、このような待遇を受けたことはない!
「さあ、皆着座せよ」商燕飛は手を招き、続けて方白の二人を向いた。
彼は口を開いた:「古月方正、白凝冰、お二方は我が愛娘を救い、護送してくれた。商家一族は深く感謝している。望むものは何でも申し出よ。商家の族長として、力の限り叶えよう」
若様たちは思わず方白の二人に羨望の眼差しを向けた。
これは商家族長の感謝であり、南疆の覇者の一りが約束した言葉だ。その重みは青山を重ねたほど!
だが方源は首を振りながら言った:「族長様、私どもが商心慈様を護ったのは、先に受けた恩に報いるため。恩は既に帳消しとなり、清算済みです」
この言葉に、場内の者は皆呆然とした表情を浮かべた。
商負屓は即座に反応し、目を細めて、この返答の妙に心の内で賞賛した。
方白の二人が商燕飛の実娘を救った以上、商燕飛は必ず厚く報いねばならぬ。もしこのような功績さえ軽く扱えば、世間は商家をどう評するか?万一将来、商家の若様が危難に遭った時、誰が助けようとするだろう?
商心慈は方源が褒美を辞退するのを見て内心焦り、商燕飛に口ごもりながら言った:「父上様、実は行商の途中、黒土兄は多くの財貨を失われました…」
商燕飛は何と精明な人物か。商心慈の言葉が終わらぬうちに、既に実娘の心を見抜いていた――これは方白の二人のために褒美を願い出ているのだと。
彼は軽く肯いた:「お二方は蛊师ならば、百万枚の元石を贈り、感謝の意を表そう」
この言葉を聞き、多くの若様は唾を飲み込むのを必死で堪えた。
彼等は商家城の多くの産業を司るが、衆目監視下で年次考課もあるため、私腹を肥やすのは困難だ。
商睚眦も才能はあったが、貪り過ぎて業績が危うくなった。
だが方源は再び首を振り、落ち着いて言った:「偽り申さず、拙者は虎の口から牙を奪う如き危険を冒し、一つの秘伝を奪取しました。今はそれを売り払い、当分元石に困っておりませぬ」
「ほう、そうであったか」商燕飛は深い意味を込めて商睚眦を一瞥した。
その瞬間、商睚眦は心臓が一拍飛んだかと思い、喉が渇き、額に冷や汗が噴き出した。
商睚眦の所業を、商燕飛が知らぬはずがない。例え虚偽の帳簿でも、彼は少しばかり見当を付けている。
だが商睚眦は所詮実子。商家の規矩に背いても、露見しなければそれも彼の手腕だ。
商燕飛の地位に至れば、とっくに悟っている――規矩を守るのは能にあらず。真の能は、規矩を破り利益を享けながら罰を免れること。真の大能は、旧秩序を破壊し新規矩を打ち立て、永に利益を享け続けることだと。
商燕飛は機会を借りて商睚眦を戒めると、続けて別の報酬案を述べ始めた。
商心慈は半分も聞かぬうちに、瞳から輝きが迸った。
まさにこれこそ、方白の二人が最も必要とするものだった!