「古月方正だと?」魏央の報告を聞き、商燕飛は微かに眉をひそめた。
古月という姓は珍しい。商燕飛は記憶を遡り、瞬時く間にその出所を見出した。
「青茅山の三家の一つ、古月一族か。数百年の歴史を持つと聞く。青茅山と言えば…」彼の双眸が微かに光った。半年前のある情報を思い出したのだ。
青茅山が一夜にして神秘の打撃を受け、緑豊かな山から氷雪の絶域へと変貌したという。
何が起きたのか、誰も知らない。
今なお全山を覆う氷雪は完全には融けていない。
だが人々(ひとびと)は、至る所に残された蛊师同士の激戦の痕跡を認めている。
今や青茅山の滅亡は神秘事件として南疆に広く伝わり、その原因に至っては諸説紛々(ふんぷん)である。
だが特定の者にとって、青茅山に残された痕跡は如実に物語っていた。
十絶体の秘密は蛊师界の上層部では半ば公然の情報となっている。
商燕飛はこの情報を得るや、即座に看破した——
この一切は十絶体の一つ「北冥氷魄体」の仕業であろう、と。
「ならば古月方正の出自も合点がいく。墓碑山の調査隊からの報せにも疑点はない」
商燕飛の脳裏に事件の全貌が瞬時く間に浮かび上がった。
「残る疑問は一つ(ひとつ)。なぜ偽名を用い、商隊に潜んだのか?」
彼は幾つかの可能性を想定したが、調査は尚継続中だった。
「ところで、手合わせをしたとのことだが、彼等の手並みは如何に?」
魏央は襟を正し恭しく答えた:「天与の才!時を経ば、必ずや我を超えましょう」
「ほう…そなたがかくも高く評するとは?」商燕飛は微かに驚いた。
魏央は肯き、述べ続けた:「彼等は蛊虫で気配を隠しているが、これほど長く戦い抜いた以上、少なくとも三转の実力。加えて其の年を考えれば、甲等の資質に相違ございます」
商燕飛は嗤った:「だが忘れるな、魏央。甲等は天賦に過ぎぬ。乙等のそなたが、今わが外姓家老であるが如し。これまで何人の甲等がそなたの手に斃れたか?呵呵、そなたこそが生ける証ではないか」
普通の村寨では甲等の出現は大事件だが――
商家に在っては、甲等など珍しくもない。
商家に甲等が珍しくない理由は三つ。
一つに、商家は家業が大きく、族員も多い。二つに、魔道蛊师を招き入れることができ、演武場で勝ち抜けた魔道蛊师の資質は必ず優れている。三つに、商家の富が山の如く、資質を変える蛊を購入する力が十分にあるからだ。
「族長様の過分なお褒め言葉、身に余ります」魏央は謙遜しつつも続けた:「拙者もその理は存じております。故にこそ、彼等が決して池の中の魚にあらざることを確信するのです」
「両人とも戦闘才情に溢れ、戦局に対する天性の鋭敏さは、まさに戦いのために生まれたかのよう。使える蛊虫は二、三匹と欠けているのに、それだけで長く持ち堪えたのは、実に感服せざるを得ませんでした」
「心性において、両人は驚くべき粘り強さを備えている。劣勢に陥っても挫けず、拙者が加える圧力の下で即座に突破を図り、絶えず調整を重ねて連携を深めた。陣脚は次第に固まり、進歩の跡が歴然と見て取れた」
「具体的には、両者は対照的だ。古月方正は生来直情で勇気並ぶ者なく、猪突猛進の気概を備える。一方白凝冰は機敏な思考の持ち主で、万事を謀りて後に動く。戦闘中も常に拙者の隙を窺い、眼光鋭く見据えていた。特に古月方正は、拙者が光源蛊を明かすや、潔く敗北を認めた。その寛大な胸襟、常人の及ぶところではない」
「族長様、この両者は陽の丘の子虎にして、浅瀬の若龍。一つは陽気にして剛猛、一つは陰気にして謀略。両輪の如く相補い、双星が煌めき交わすが如し。もし商家に招き得ば、誠に善き哉!」
商燕飛は思わず表情を緩めた。
先程まで方白の二人を眼中に置いていなかったが、魏央の評言を聞いて興味が湧き立った。
「魏央、そなたが我が側に仕えて久しい。そなたの眼識は信頼している。だが己を卑下するには及ばぬ。仮い彼等が成長せんとも、必ずしもそなたに及ぶとは限らん。そなたは資質に制されたのみ。然らざれば、そなたの才は今より優っておろう」
商燕飛は一息つき、約束した:「気にかけるな。脱胎蛊が手に入り次第、そなたに取っておこう」
脱胎蛊は蛊师の資質を上昇せしめると言われる。稀有にして、その価値は計り知れない。
魏央の両目が瞬く間に赤らみ、涙が光った:「族長様の御恩、末代まで忘れませぬ!」
「うむ、余は忠義を尽くす者を決して冷ややかには扱わぬ。下がれ。この数日も彼等をもてなし、商家への思いを探れ。招き入れられるかどうか、見極めよ」
「承知いたしました!」魏央は深く頭を垂れ、退出した。
……
瞬く間に三日が過ぎ、楠秋苑にて。
応接間で方源と商睚眦が向かい合って坐っていた。
方源は悠々(ゆうゆう)と茶を啜り、商睚眦の顔色は険しい。
「ここ数日、誠意を込めて訪ねてきたが、貴殿の提示価格は日増しに高騰するばかり。初めは六十五万元石だったものが、毎日数万ずつ値上がり、今日に至っては八十万とは!ふざけるな――貴殿、我れを弄びの玩具と心得ているのか?」商睚眦は胸の内で鬱憤が煮え滾り、歯を食いしばって言い放った。
以前なら、とっくに茶碗を床に叩き付け、方源の顔面に投げ付けていたところだ。
だが今はそれができない。
何故か?
この男、何と最高権力者に直通する道を持っているからだ!
父親様とどんな関係にあるのか、見当もつかぬ!
ここ数日、魏央が終始この二人をもてなし、街を散策し城を巡る案内役を務めていた。
魏央とは何者か?商家第三の切っ先と称され、父上の腹心である!
彼の行動は、往々(おうおう)にして自らの意志ではなく、商燕飛の意向を体現しているのだ。
だが、どこから湧いて出たのか分からぬこの二人が、何故父上からかくも厚遇を受けるのか?
商睚眦は幾度思い巡らせても解らなかった。
事あって以来、狂おしいほどに調査を繰り広げたが――
無駄だった。
彼は所詮一りの若様に過ぎず、勢力は商家城内に限られる。商燕飛ほどの巨大な力など持ち得ない。
調査で結果が出ない以上、商睚眦は推測するしかなかった。
父上は何故懇意を示すのか?
彼等の持つ秘伝のためか?否、一つの秘伝が普通の一族を興すことはあっても、商家は別だ。六转蛊仙の秘伝でもなければ、錦上に花を添える程度に過ぎぬ。
それとも彼等の人材としての価値を重んじているのか?それも違う。演武場には商家に寄り添おうと張り付いている忠実な魔道蛊师が数多いる。皆戦いも強い。だが父上は彼等を眼中に入れぬ。ましてやこの二人を?商睚眦には到底理解できぬ。
二つの推測が外れた時、一つの念が自ずと湧き上がった。
まさか彼等の中に、父上の落とし子がいるのでは?
今の若族長である商拓海も、元を正せば父上の落とし子ではないか!
だが商睚眦が再考すると、違和感を覚えた。
血を分けた子は絶大な意味を持つ。商拓海は発見されるや、瞬時く間に厳重に保護された。眼前の二人とは比べ物にならぬ扱いだ。
商睚眦は悪戦苦闘の末、何の進展もなせなかった。
故にこそ、方源たちへの警戒心は増す一方だった。未知こそが最大の恐怖なのだ。
方源は見抜いた――眼前のこの商睚眦若様が日増しに焦燥に駆られ、苛立ちを募らせていることを。
正に狙い通りの展開である。
価格の引き上げは彼が故意に仕組んだものだ。
仮に一度に六十五万から八十万へ跳ね上がれば、間違いなく交渉は決裂する。だが幾度にも渡たる数万単位の値上げは、商睚眦の拒絶の意を削り取った。
時は熟した。
方源は手にした茶碗を置き、微えんだ:「品物には値値がある。他の者にとっては、単なる蛊师の秘伝に過ぎぬ。だが貴殿にとっては、若様の座を守る最後の望みだ」
「であるなら、値は高くあるべきだ。評定の日が迫るほど、この秘伝の値値は増す。故に一日置きに値上げするのは、理に適ったことでは?」
「ふふ、今安値にすれば、この最後の望みに対し申し訳が立たぬ。商家の若様という重き地位にも背く。覚えておけ、若様こそが若頭領の座を争える唯一の存在なのだ」
商睚眦はこの言葉を聞き、目尻がピクピクと震えた。方源は脅し、坐に乗じて値を釣り上げているのだ!
人の道を外れるにも程がある!
商睚眦は方源を八つ裂きにしたい衝動に駆られた。だが若様の座を思い、歯を食いしばって堪え込んだ:「抜け目のない算段よ。仮え八十万で買い取ったところで、これは割に合わぬ取引。却って俺の評価を下げかねぬ。評定を司る家老連中、馬鹿ではないぞ!故にこの値段では買うわけには参らん」
方源は前もって商睚眦がそう言うことを読んでいた。口元が微かに吊り上がり、笑みを浮かべた:「故に良案がある。表向きは六十五万で売るが、実質は八十万を払え。若様の座は守れ、我れも望み値で売れる。双方満足とはこのことでは?」
商睚眦は瞬時く間に顔色を青ざめ、目を見開いて方源を睨み付けた:「虚偽の帳簿を作れと?断っておく!発覚すれば、何時であろうと即座に若様の座を剥奪され、厳罰に処される!」
方源は軽く眉を跳ね上げた:「言い分が違う。誰が虚偽の帳簿だと?秘伝を売るのと、貴殿が慈善心に駆られて誠実な我れに元石を贈るのは、まったくの別物だ!」
その瞬間、商睚眦は呆然と方源を見つめ、言葉を失なった。
かつて方源を図々(ずうずう)しいと蔑んでいたが、今こそ悟った――自らが彼の図々(ずうずう)しさの深淵を到底見極められなかったことを!