商燕飛は微笑みを浮かべて部屋へ入った。
小蝶が慌てて礼をする中、商心慈は机の傍らに坐ったまま微動だにせず、瞳さえ動かさなかった。
商燕飛も机の側に坐り、声は極めて穏やかに:「慈児、今の気分はどうか?」
商心慈はわがままな性格ではなかった。立ち上がると数歩後退し、軽やかに万福の礼をしめした:「商家の族長様、ご心配には及びません。この私はただ気が高ぶり過ぎて気絶しただけで、今は回復し、耳も澄み目も冴えております」
商燕飛は慌てて手を振った:「ははは、慈児が無事ならそれでよい。坐れ、坐って話そう」
商心慈が「商家の族長」と呼ぶその意図的に距離を置いた口調に、彼の胸が締め付け(つけ)られるようだった。
商心慈が再び坐ると、小蝶は我に返り商燕飛に茶を注いだ。
「話してくれ、これまでどのように過ごしてきたのか?」商燕飛は優しい眼差しで商心慈を見つめた。
「まあまあです」商心慈は簡潔に答え、明らかに深く話すつもりはなかった。
逆に小蝶が憤慨して言った:「お嬢様は小さい頃から一族に排斥されてきました。奥様が亡くなってからは、さらに理不尽にも我が家の財産まで奪い取ろうとするのです!旦那様、どうかお嬢様の為にお取り計らいを!」
「小蝶、茶を注ぐのに専念しなさい」商心慈が小蝶を睨みつけた。
小蝶は即座に口を閉じ、黙り込んだ。
商燕飛は軽くあしらわれたが、怒りの色すら見せず、むしろ慈しみの念を深めた。
彼は笑って言った:「ところで、どうやってここまで来たのだ?張家からここまで、随分長い道程だ」
「旦那様、もう少しでお嬢様に会えなくなるところでした!この旅路は死の危険ばかりで、商隊数千人が最後には四人だけに。幸い黒土様と白雲様というお二方に助けていただき、でなければ…」小蝶はまたしても思わず口走った。
「小蝶!」商心慈が鋭い眼差しで小蝶を睨み付けた。
小蝶は再び口を押さえ、黙り込んだ。
商燕飛は「黒土」と「白雲」という名を心に刻み込みながら、微笑んで言った:「これからはここに住むがよい。ここは安全だ。暇な時は庭を散歩したり、街を歩いたりするといい。慣れない土地では迷子になりやすいからな。環境に詳しい侍女を一人つけよう。では、ゆっくり休むがよい」
商燕飛は、商心慈がまだ心の整理をつける時間を必要としていることを見抜いていた。
今彼女に必要なのは、適応するための空間と時間だった。
「旦那様は本当に良い方ですね。商家の族長でありながら、こんなに優しいなんて。お嬢様、何せ実の父上ですから…」商燕飛の去り際の背中を見送りながら、小蝶は諭すように言った。
「分かっている。初めて顔を合わせた時から、母上の深い思惑が理解できた。母上が臨終に商量山へ来いと遺言しながら、明言しなかったのは…父が私を娘と認めるか確信できなかったからだろう。今は認めてくれたが、胸の内は複雑だ。すべてが急すぎて…」
「お嬢様、どこへ行こうとも、小蝶はずっと傍にいます」小蝶は机に坐り、商心慈の手を握り、そっと励ました。
「うん」商心慈は感きょうに肯き、もう一方の手を小蝶の手の上に重ねた。
「もちろん、お嬢様がここに留まってくださればなお良いです!何せここは商家ですよ!天よ、富と栄華が手に入れやすいのです!張家なんて商家の草鞋を提げる値打ちもありませんわ!」小蝶は変顔を作りながら叫んだ。
「あんたはもう」商心慈は呆れ返りながらも愛おしさを覚えた。
小蝶がクスクス笑い出すと、その笑い声は次第に商心慈にも伝染し、胸の澱を少し解いた。
商燕飛が屋外へ出ると、顔の笑みは瞬時に消え失せた。
漆黒の衣に血のような赤髪、端麗な面差しに冷たい眼光。常に結ばれた唇が、その断固たる決断力を物語っていた。
彼こそ商燕飛——当代の商家族長!
その手口は苛烈を極め、族長の座を得るため、二人の兄弟と一人の姉妹を自殺へ追い込んだ。
剛毅果断にして、就任早々(そうそう)、辺境の山寨が「天高く皇帝遠し」と侮り商家商隊を襲った時、反対を押し切り巨費を投じて遠征。山寨の老若男女を殲滅し、降伏した捕虜の首を斬り落として小山を築き、当時反対した家老たちの眼前に晒した。
彼の手腕は強悍で、就任以来、権勢を固め、腹心を抜擢し、異分子を弾圧。十数名の外姓家老を一挙に登用した。わずか三年で、商家の上層部は彼の声のみが響く場と化した。
経営の才に秀で、在任中に商家商隊の規模は三倍以上に拡大。百を超える一族が商家に帰属し、巨大な潜在勢力を形成した。
能力本位を貫き、実子にも容赦なく。若様の席は十五から三分の一に削減。
更に稀なるは、甲等の資質を持ち、族務を掌中に収めながら修為も並行して進む——人を羨望と嫉妬に駆り立てる存在だ。
これこそが商燕飛、南疆の俗世の頂点に立つ男である。
「下僕、族長様に御目にかかります」一人の少女蛊师が深く頭を垂れて礼をした。
「田藍、今日から慈児様に心を込めて仕えよ。分かったか?」商燕飛は冷たく言った。
「承知いたしました」少女は恭しく肯いた。
「慈児様の傍では、よく観察し、探りを入れよ。慈児様は寡黙だが、侍女の小蝶は口が軽い。彼女がお前の突破口だ。どうやって商量山まで来たのか、必ず聞き出せ」
「畏まりました」
「よし、行け」「下僕、失礼いたします」
田藍は商燕飛が拾い育てた孤児で、忠誠心厚く、信頼できる。手腕も確かで、三日後に任務を完璧に遂行した。
「黒土と白雲?魔道蛊师か…」商燕飛は顎を撫でながら呟いた。「もし事実なら、二人に深く礼を述べねばならぬ。だが他の可能性に備え、改めて調査するが良い」
そう考えると、魏央を呼び寄せた:「黒土と白雲という魔道蛊师を探せ。男女の二人組で、容姿の特徴は…」
魏央は直ちに承諾し、深く一礼して退いた。影のように消え去る背中に、商燕飛の信頼が懸かっていた。
第三内城。
「もう三日経つ。あの二人は相変わらず楠秋苑に籠りきりか?」
「はい、若様。あの日以来、ほとんど外出せず。せいぜい牛乳や羊乳を買いに出る程度です。おそらく飼育している蛊の餌でしょう」
「くっ…」商睚眦は歯を食いしばり、刃のような眼光で方源たちを凝視した。握り潰したい衝動を抑えきれない。
査定会が目の前に迫っている。十人の若様の中で最下位の自分が、これ以上実績を上げられなければ、脱落は必至だった。
商燕飛には子が多いが、商家の若様の席は十に限られる。
普通の子と若様とでは、待遇が天と地ほどの差がある。若様は衆目が集まり、商量城の一産業を掌中に収める——栄光に満ち、収入も潤沢だ。若族長ともなれば更に別格である。
だが普通の子の待遇は、一般の族員と大差ない。
商睚眦は既に若様の権利の滋味を味わっていた。元の生活に戻るくらいなら、死を選ぶ!
故に、あの伝承は必ず手に入れねばならぬ。
手に入れるだけでなく、買い値段も抑え込まねばならない。
値段を抑えれば抑えるほど、彼の実績は輝くのだ。
だが困ったことに、方源と白凝冰の二人は岩のように頑固で、一向に頭を垂れようとしない。
もし第四内城や第五内城なら、強硬な手段で屈服させることもできたろう。だが二人が住むのは第三内城——商睚眦に百の胆力があろうと、ここで暴力を振るう勇気などない。
「このままではいけない。奴等は時間稼ぎできるが、俺にはそれがない。自ら出向くしかあるまい、ふん!」
商睚眦は考えば考えるほど居ても立ってもいられなくなり、遂に腹心を率いて楠秋苑へ赴いた。
楠秋苑は貴賓用の庭園である。
第三内城には宿屋はなく、すべてこのような小規模な庭園が宿泊施設となっている。
滞在費は一日三十元石。十日で三百元石、一月なら千に近い元石を要する。
楠秋苑の料金は第三内城では廉価な方。大型庭園の中には一日百元石を超えるものもある。
だが特別級の庭園ともなれば、元石を持っていても入れない——商家の通行令が必須となる。
商家城では、土地は寸にして金の如し。第三内城に至っては、物価は更に高騰している。
商睚眦が腹心を連れて押しかけて来た時、方源と白凝冰は蓮池の畔の東屋で囲碁を打っていた。
「ふんふん、お二人様はお優雅なこと。どうして他店で問い合わせたりはなさらないのですか?」商睚眦は皮肉たっぷりに言い放った。
「問い合わせる必要があろうか。買いたい者は自ずと訪れてくる。そうではないか?」方源は涼やかに笑った。
「貴様!」商睚眦は逆上した。方源の澄ました態度が癪に障った。
商睚眦は歯を食いしばり、感情を押し殺して高びった口調で言い放った。「貴様らも大変だろうと情けをかけてやる。よし、五十万元石だ。満足したか?」
「五十万?ふっ、売らん。最低六十五万だ」方源は商睚眦を一瞥すると、再び碁盤に視線を戻した。
商睚眦は目を細め、数歩踏み出して方源の耳元で脅すように呟いた。「魔道の小僧共が、よくも白々(しらじら)しく… とっくに調べ上げ(あげ)ておる。百家から奪った伝承だろう?二人の若頭まで始末したとか?足るを知る者こそ身を全うするのだ。手早く処分しろ。この数日、鉄家の探索隊が商量山に入り、お前らの行方を探し回っている。お前らの居場所を教えたら…どうなると思う?」
「ほう?なら告げ口に行けばよかろう」方源は高笑いした。
「貴様!」商睚眦が方源を指差し、堪忍袋の緒が切れた。「五十万は我が誠意の証だ!売る以外に選択肢があるとでも?ここは我が縄張り、分を弁えよ!」
その時、一筋の光が天より降り注ぎ、一人の蛊师が現れた。
魏央は周囲を見渡すと、恭しく一礼し言上した:「黒土様、白雲様、下僕魏央は族長のご令旨を奉じ、第二内城へご招待申し上げます」
「なっ!?父上が直々(じきじき)に!?」商睚眦は青天の霹靂を喰らったかの如く、目を見開き恐怖に震えた。
「しまった…!」