
丁浩は茂みに身を隠し、山麓の商隊を見下ろしながら、思わず興奮して唇を舐った。
「洞窟に残されていた伝言通り(どおり)、千人を虐殺し僵尸部隊を揃えれば、ここを離れ沼沢山へ行き、正式に師匠の弟子になれる!」
彼は元々(もともと)山野の村人に過ぎず、村を通り掛かった商隊に労力として雇われていた。
しかし墓碑山を通過する時、商隊は大群の僵尸に包囲攻撃された。彼は盾として捨てられ、他の数十名の家僕と共に後衛を務めた。
他の者は全て死に、彼は必死に逃げて山中へ迷い込んだ。途方に暮れていた時、突然洞窟が安全な避難所だと気づいた。周囲の僵尸は決して洞窟口に近づこうとしないのだった。
その洞窟に入ると、彼は魔道の継承を発見したのだ。
元より、昔の魔道蛊师は一つの一族を虐殺し、廃墟に墓碑を建てた後、更にここに秘伝の継承を密かに残していたのだ。
この継承は深く隠されており、凡人でなければ受け継げない。
丁浩はこの洞窟で、まず開竅を果たし、徐々(じょじょ)に修行を積みながら試練を乗り越えていった。
当初は丙等の資質に過ぎなかったが、洞窟内に珍稀の蛊があり、それを使って乙等の資質に昇格した。
丁浩は墓碑山で一心に修行に励み、八年余りの歳月をかけて三转境に達し、基準を満たして最終の密室へ踏み入れた。
密室には、その魔道蛊师が自ら二代目僵尸王と称する碑文が残されていた。曰く、真に後の者が此処へ至れば縁ある証、望まば沼沢山へ師を尋ね、共に南疆を駆け巡れと。
最後の試練として、二代目僵尸王は後継者に千人の斬殺と僵尸軍の編成を命じた。詳細な基準も定められており、白毛キョウシは少なくとも何体、黒毛キョウシは何体、青毛キョウシは数体など。但し藍毛キョウシが居れば、わずか一体で十分に門出とする、と。
丁浩は実直な人間だ。実直な者には往々(おうおう)にして長所がある。地道さだ。
彼は墓碑山で孤独に修業を重ね、丸八年あまりの歳月を過ごした。寂しさと孤独に耐え、僵尸だけを相手に微々(びび)たる力の積み重ねで三转境に到達した。
元は家僕に過ぎず、蛊师の世界を端から眺めていたに過ぎない。故に、その実態を理解してはいなかった。
途惑いの時、この碑文が紛れもなく新たな生の指針を示し、彼に奮闘目標を与えたのだ。
二代目僵尸王も元は家僕であり、両者の出自が同じだったことが、丁浩の心の奥底にある共感を一層強めた。
この碑文を目にした後、丁浩は直ちに行動に移り、人を殺し始めると同時に僵尸を増やしていった。
すぐに彼は気付いた——この二つの任務は実に相補い合っているのだと。
人を殺せば死体を利用して新しい僵尸が得られ、新しい僵尸が加われば手中の戦力が増大し、より多くの人を殺せるようになる。
墓碑山は南疆の三大商路の一つに位置しており、毎月商隊が通る。
丁浩は更に三年近くの歳月を費やし、今ようやく成功目前となった。
そして山麓のこの商隊こそ、彼が成功へと歩み出す最終の踏み台だ!
これは絶好の獲物であった!
商隊に大小あり、大規模な商隊が通ると、丁浩は毎回遠くへ逃げ隠れた。中型の商隊に対しても、彼は容易に攻撃を仕掛けられなかった。小規模の商隊のみ、丁浩は手を出し、密かに僵尸を指揮して追撃させた。
運が良ければ、それらの商隊は自ら家畜や家僕を捨て去った。
運が悪ければ、手強い敵に遭遇し、逆に僵尸が虐殺され、多くを失った。仕方なく再び蓄積し直すのみだった。
だが山麓のこの商隊は小規模商隊よりも劣り、既に傷ついていた。風前の灯の如く、今にも消え入りそうで、指一本で押し倒せそうに見えた。
丁浩にはこの商隊を制圧する自信があった。
天が自らに贈った大きな贈り物だと思えたのだ。
夜も更けて人声絶え、一つのかさ雲がゆっくり漂い月光を遮った。
陣営の周りが暗みに沈む。
「殺。」丁浩の双瞳が瞬くように輝いた。密かに配置した僵尸軍が四方八方から陣営へ忍び寄る。
「何の音だ?」陣営の外で見張っていた偵察蛊师が鋭く警戒した。
「異変か!?」脇にいた数人の蛊师が身を固くする。
五人の視線が一斉に前方の暗闇へ釘づけになった。
月明かりは雲に遮られたが、陣営では巨大な篝火が焚かれていた。
山風にあおられた篝火がヒューヒューと音を立てる。
揺らめく炎の中、全身を白い体毛に覆われた僵尸が、ピョンピョンと跳ねながら偵察蛊师の視界にぼうっと浮かび上がった。
数人の蛊师たちは顔を見合わせ、笑い出した。
「はっはっ、白毛僵尸か」
「ちっ、大騒ぎすんなよ、くそ、驚かせやがって」
「小三、その不運な僵尸を始末してこい…」と、蛊师隊の頭目が漫然と命じた。
こいつら白毛僵尸は戦力が最弱で、普通の野獣にも劣る。
「了解です、親分」若い蛊师が含み笑いしながら近づいた。
「屍毒に気をつけろ。あれにやられたら厄介なことになる。俺に解毒の蛊はねぇからな」治療係の蛊师が戒めた。
「わかってるよ、わかってるってば。子供扱いすんなよ!」歩み出した若い蛊师は嫌そうに大仰に手を振った。
もし真に屍毒に感染したら、他の蛊师に治療を頼む必要があり、少なくとも半塊の元石が必要だ。
だが、こいつら白毛僵尸の攻撃動作は型通りで、簡単に避けられる。墓碑山に来てから、この若い蛊师も少なからず仕留めてきた。
「こんなもん、避けることさえ気をつけてりゃ何も…ぐはっ!」若い蛊师が呟いている途中、突然声が途切れ、軽快な足取りが途端に止まった。
瞳が極端に縮み、口を大きく開け、極度の恐怖が露わになる。
「どうした!?」後方の五人の蛊师は異変に気付き、慌てて問いただした。
若い蛊师はその声で雷に打たれたように身体を震わせ、くるりと踵を返して全速力で逃げ戻った。
「信号を!キョウシが…キョウシが来る!」叫び声は裏返り、面は恐慌に歪む。
「たかが白毛キョウシ一匹で、萎縮すんなよ…わ、わぁクソっ!」
四人の蛊师が同時に叫び上がった。
数百頭もの白毛僵尸がピョンピョンと跳ねながら陣営へ押し寄せてきた。白毛僵尸の中には、さらに強力な黑毛僵尸も混ざっている。
篝火がパチパチと燃える暗闇に無数の影が蠢いており、どれだけのキョウシがさらに近づいているのか分からない。
カーン!カーン!
陣営中で突然銅鑼が鳴り響いた。
「僵尸の群れが陣営に迫ってる!」
「陣営全体を包囲されたぞ!」
「早く!早く!全員起きて防衛せよ…!」
賈龍と副首領数名が急造の木塀に登り、顔面が一様に険しく歪んでいた。
「クソッ、この商隊は一体何の神を怒らせたんだ?運の尽きもここまでだ!」
「俺が墓碑山を通るのは十数回になるが、今日のような大規模なキョウシの群れは初めてだ…」
「諸君、愚痴は無駄だ。事ここに至れば、命を懸けて戦うのみ!」
「共に協力して、僵尸の群れを撃破せよ!!」
陣営の者たちは怒号を上げ士気を高めた。一方、外周の僵尸軍は沈黙し続け、跳ねる足音だけがドスン!ドスン!と響いた。
両陣営が不気味な対照を描く中、殺戮の幕が瞬く間に張り巡らされた。
蛊师たちは木塀を盾に防衛し、様々(さまざま)な遠距離攻撃を尽くした。陣営周りには虹色の光がきらめき、氷礫や火炎球、蔓草、転石などが僵尸の先鋒部隊に痛撃を加えた。
膨大な白毛僵尸が地面に倒れ砕け、焼げ焦げ、凍り付き、ペチャンコに轢き潰された。
「殺れ、殺れ。くくく…」丁浩が中腹に潜み、嗤った。
もはや初陣ではなかった。この数年で蓄積した経験から、これらの白毛僵尸は盾に過ぎず、蛊师たちの真元を消耗させるための捨て駒なのだと知っていた。
案の定、しばらくすると蛊师たちの攻撃が段々(だんだん)まばらに、手弱になった。
「ダメだ…真元が底をついた」
「俺も真元を回復しなきゃ!」
「誰か代わってくれ!クソッ、白毛僵尸が湧きやがって止まんのかよ!?」
商隊の蛊师は数が少なく、白毛僵尸は際限なく押し寄せ、ついに木塀下まで押し込まれた。
僵尸群の衝撃を受け(うけ)、急造の粗末な木塀が軋み呻きを発した――イキリと危うげな音が響く。
「ちくしょう、支えきれ!絶対に支えろ!!」
「予備隊を急いで呼び出せ!」
両陣営は木塀を挟んで膠着した。一方は突破せんとし、他方はこの要衝を死守すべく戦う。白毛僵尸が大きく減耗し、丁浩も心が疼いた。「出番だぞ、愛しい者たち」念うや瞬く間、一群の黑毛僵尸が後方から殺到し戦局に加わった。
白毛僵尸は動作が緩慢で日光の被害を受け、白昼の下を歩けなかった。
新鮮な血液を与え続け、数年の年月をかけて黑毛僵尸へ成長する。全身に黒い体毛が生え、筋力は増強、防御も向上、跳躍速度は加速した。日光による焼け焦げは受けるものの、最早白毛僵尸の如く懼れることはない。
黑毛僵尸の戦闘力は既に百獣王に匹敵する!
丁浩が差し向けた黒毛僵尸50頭余りが集結し突撃した。陣営の防御薄弱な箇所を衝き、一片の囲いをズタズタに破壊し崩れ落ちさせた。
陣営側は人手を繰り出して食い止めようとしたが、なお数頭の黒毛僵尸が陣営の奥深く侵し込んだ。
一頭の黒毛僵尸が両腕を振り回し、一転蛊师を吹き飛ばした。
蛊师は地面に倒れ起き上がれない。黒毛僵尸は真上へ跳ね上がり、襲い掛かろうとした。
「これで終わりだ!」蛊师が絶望的に目を閉じた瞬間、バーン!という衝撃音が響いた。
目を見開くと、頑丈なシルエットが自分の前に立ち塞ぎ、あの黒毛僵尸は遠くに倒れていた。
「張家の黑土様だ!」蛊师の胸が衝いた。
ガオッ!
あの黒毛僵尸は方源の一撃で胸郭が陥没したが、死には至らず、再び跳ね上がって方源へ襲い掛かってきた。
方源は全身を白い光の虚甲で覆われ、微かに眉をひそめた。間合いを計り、相手が間近に迫るとその両腕を掴み、猛然と引き裂いた――ビリッ!
黒毛僵尸は方源の怪力により真っ二つに断たれた。
飛び散る屍毒混じりの黒い血潮は、虚甲の白い光に跳ね返された。
方源は流れるような動きで両断された死骸を投げ捨てた。これほどの損傷なら万獣王級の藍毛僵尸すら消滅する。
「黑土様、救命の恩、感謝いたします!」助けられた蛊师は完全にその気迫に圧倒され、心から敬服し崇めるように叫んだ。
方源は微動だにせず、ただ乱戦に揺れる戦場を見据えた。