「錦上に花を添えるより、雪中に炭を送る方が尊いではないか?」
「疾風に勁草を知り、乱世に人心を見る。」
方源は商心慈の表情を見たが、自慢げでもなく、次が肝心と悟っていた。
彼は続けて言った。「ただ一つ、貴女にはっきり伝えておかねばならぬことがある」
「お話ください」商心慈は玉葱のよう白い指を伸ばし、そっと目尻を拭い、心を整えた。
「私と白雲は、魔道の者だ」方源が告げた。
商心慈は意外な様子もなく頷いた。彼女も既に予測していたことで、以前張柱も方白二人を警戒するよう忠告していた。
故に彼女は既に心構えができており、ごく自然にこの事実を受け入れた。
彼女には修行の素質がなく、庶子として生まれた。異なる生活経歴が彼女を早熟させ、この世の本質を深く認識させた。
況して今の彼女に選ぶ余地などない。
方源の声が冷たくなる:「魔道の者は、元来非情で残忍だ。私も白雲も例外でなく、命を奪った過去がる」
商心慈は思わず唇をきっと結んだ。
「貴女が信じてくれなきゃ、力になれない。だが安心しろ――君への恩を返し終えたと感じた時、黙って去る。魔道との繋がりは作らせない。だがそれまで我々(われわれ)は張家の蛊师として振る舞う。令嬢には体裁を繕ってほしい」方源は淡々(たんたん)と言い切った。
商心慈の眼差しに一瞬の決意が走った:「黒土様、直接私を心慈と呼んでください。貴殿は魔道の身ながら、誠実な方です。原則を持つ方。心慈は杓子定規ではありません。この正道にも偽りの輩が多いのです。貴殿の庇護を得られるのは心慈の幸福です」
「ふふふ…」方源は長く笑い、深みを帯びた眼差しで商心慈を見た。「将来後悔しなければよいが」
商心慈が言葉を発しようとしたところ、天幕外から突然声が響いた。
(帳を押し開く音がドシンと鳴った)
「張心慈はこの天幕にいるのか?」傲慢な男声が響いた。老いてはいない。
「蛊师様、お待ちください。お嬢様は要事の商談中でございます」小蝶が遮った。
「要事?ふん、お前の張家は貨物を寄付しただろうが、何の要事だ?」来訪者は嗤い声を立てた。
「蛊师様……あっ!」小蝶が突然悲鳴を上げ、蹴り倒される音が聞こえた。
「どけ、賤しい女!我が欧飞の行く手を阻むとは!」
商心慈の美眸に一瞬慌てと心配が走り、立ち上がろうとしたが、方源に押さえつけられた。
帳がいきなり捲られ、陰険な目付きの若い蛊师が二人の前に現れた。
「張心慈!」青年蛊师の視線が瞬時に商心慈へ集まり、その欲望と貪欲を露わにした。
「はは、ここにいたか。随分探させやがったな」口元を歪め、尊大に顎を上げながら、商心慈の全身を支配者の如く舐め回すように見下ろした。
商心慈の緑の衣は蓮の花のようで、美しくて目を離せない。
この姿はとっくに商隊の多くの者の心に刻まれており、欧飞は夢にまで見、幾度も求めたがすべて拒絶されていた。強引に迫ろうとしたが、張柱が邪魔で我慢していた。
今、張家唯一の蛊师である張柱は死に、商心慈はたかが凡人。この美貌を欧飞は虎視眈々(こしたんたん)と狙い、遂に絶好の機会を掴んだのだ。
欧飞の欲望と侵略的な視線に、商心慈の心臓が締め付け(つけ)られ、悲しみが湧き上がってきた。
自ら進んで貨物を捨てたのに、安全も得られない。自分の容姿が災いの種になる。この正道の蛊师どもは普段もっともらしい顔をしているが、時が来れば本性を現わす。
商心慈は分かっていた——欧飞は只の焦れったがりに過ぎず、その背後には同じ狼の目をした者が数多いるのだと。
「欧飞様、何の御用でしょう?」商心慈は立ち上がり、礼を正して尋ねた。
「ハハハッ!」欧飞が高らかに笑い「心慈を助けに来たんだ。愛しい人よ、家の蛊师は戻らぬ。死んだに決まってる。か弱い女一人、俺に縋るしか生き延びられんぞ。可哀そうに、礼など言わんでいい。俺様の情けだ。さあ来い」
そう言いながら手を伸ばして引っ張ろうとする。
商心慈の顔色が真っ青に変わり、少女とあって思わず一歩下がった。
この弱々(よわよわ)しく憐れな姿に、欧飞の胸の欲火が一層燃え上がった。
「お嬢様、あの男について行ってはいけません!」小蝶が走り込み、両腕を広げて欧飞の前を遮った。
欧飞は激怒し、「バシッ」と音を立て小蝶の頬を殴り付けた。
小蝶は瞬く間に床に倒れ、頬が赤く腫れ上がり、その一撃で目眩いしてふらついた。
「小蝶!」商心慈は急いで膝まずき、彼女を支え起こした。
「お嬢様、逃げてください!私が死んでも、あの男にお嬢様を渡しはしません!」小蝶は必死で立ち上がると、欧飞を睨み付けた。目には恐怖と怒り、そして決死の覚悟が宿っていた。
「下賤な女、死にたきゃ叶えてやる!」欧飞が癇に障って手を振り上げたその時、
虚空から伸びてきたような巨きな手が突然現れ、彼の腕を掴んだ。
「何者だ!?」欧飞が驚いて見れば、下僕姿の醜男が己の腕を握っていた。
「犬畜生の分際が!」欧飞の顔が怒りで歪んだ。
腕を引き戻そうとしたが、方源の手は鉄の枷のようで微動だにしない。
「下賤な奴隷、まだ放さんか!?」欧飞は殺意を露わに真元を催そうとしたその時、方源が不意に笑みを浮かべた。
火傷の痕跡だらけで片耳の欠けたその顔に浮かぶ冷笑は陰惨で恐ろしい。欧飞の心臓が瞬き止まった瞬間、方源は手を離した。
そして――
足を上げて欧飞の腹を蹴り込んだ。
ドスン!
欧飞は巨きな力を感じ、抵抗できなかった。激痛が走り、彼はボロ袋のように吹き飛ばされ、天幕を破って二丈余り先の地面に叩きつけられた。
この騒動は大きく、天幕から突然人が放り出された。
周囲の人々(ひとびと)が足を止めて見物している中、方源は帳を押し開き、不気味に焼け爛れた顔を露わにした。
帳もろとも引き裂かれていた。
破れた大きな裂け目から、商心慈と小蝶は地面に倒れ微動だにしない欧飞を目にした。
二人の女は呆然と固まっている。
商人は常に和を尊び、時には理不尽を受けても笑顔で応じてきた。商心慈は卑しい出生ゆえ早くから忍ぶ術を学び、俯いて過ごすことに慣れていた。三轉の張柱がいたとはいえ治療専門の蛊师で、数多の衝突は「上善は水の如し」「陽春の雪解け」の如く温和に解決されていた。
だが方源の突然の強蹴は、天を裂く稲妻の如く、断崖の如く、緩衝の余地なく強硬かつ恣意的に炸裂した。
この強烈な暴力は、二人の女の予想を遥かに超えていた。
欧飞は地面に倒れたままで、数呼吸ほど呆然と横たわっていた。やがて腹の激痛が、強烈な羞恥心と憎悪を爆発させた!
己が蹴られ、それを加えたのが相手方の家僕だぞ!
「畜生、よくも蹴ったな! 卑しい凡人め、お前は死んだも同然だ。八つ裂きにしてやる!」欧飞は怒りの咆哮を発ち、地上から起ち上がった。
顔中を真っ赤に染め、歯軋りしながら方源を睨み付けた。食らいつかんばかりの獣の如き怒りに充ちた双眼だ。
「死ね!」怒りの脚で踏み込み、方源へ狂ったように突進してきた。
方源は前へ重厚な一歩を踏み出し、胸を張って二人の女の前に立ち塞がった。
欧飞が間合いに迫り、突然高々(こうこう)と跳び上がると、地面から二丈も離れて――真っ逆さまに突っ込んで来。
「肉のペーストに叩き潰してやる!」叫びながら両掌を突き出した。
蛊虫の作用で、彼の両掌が突如三倍以上に膨れ上がり、風を切り裂く轟音と共に凄まじい力で方源を叩きつけようとした。
もし方源が真の凡人なら、この一撃で骨は砕け肉は裂け、即死していただろう。
しかし彼は凡人ではない。
二転上級の蛊师であるばかりか、その空竅には三転の頂点たる雪銀真元が蓄えられていた。
二転に昇格して以来、方源の空竅は雪銀真元を保持できるようになっていた。獣群の襲撃が頻発するこの期間、彼は不測の事態に備え常に一たまりの雪銀真元を蓄えていたのだ。
故に方源は二転上級ながら、戦闘力は決してその程度ではない。
一方この欧飞、所詮二転初級の程度の者に過ぎなかった。
ヒューッ!
烈風が顔面を襲い、二人の女の髷を乱した。
天神の如く天降り、両掌で叩き潰さんとする欧飞の凄まじい威勢に、小蝶の顔は血の気を失った。
商心慈の心臓が激しく鼓動し、思わず叫んだ:「危ない!」
方源は鼻で笑い、人差し指を折り曲げ、軽く弾いた。
螺旋骨槍蛊。
一本の螺旋骨槍が突如射出し、天を衝いて上った。
「何だと!?」欧飞は驚愕し、慌てて避けようとした。
骨槍は彼の防御を貫き、肩を刺し貫いて肩甲骨に食い込み、血しぶきを飛ばした。
激痛が走り、欧飞の突進は止まり、惨めに地面に落ちた。
「お前、蛊师だったのか!」驚きと恐慌に満ちた声を上げた。
方源は無視し、一直線に突進し、右拳を握りしめて振りかぶり殴りつけた。
欧飞の眼前が真っ暗くなり、拳の影が瞳に急速に拡大していくのを見た。
「畜生!」彼は呪いの言葉を吐き、慌てて蛊虫を強く催した。無意識に団扇のような両掌を前に掲げて防いだ。
ドカン!
双豚の力と一鱷の力が爆発した。
凄まじい力で方源の鉄拳は欧飞の掌を貫き、防御を粉砕し、そのまま顔面を強打した。
鼻骨が瞬時に折れ、顔全体が陥没した。彼は吹き飛ばされ、血を吐き散らしながら飛んだ。ボロ袋のように地面に落ちた時、完全に絶命していた。
「畜生!人殺しだ!」
「蛊师が殺されたぞ!」
周囲の者は皆震撼し、悲鳴を上げる者、怒号を発つ者がいた。
方源の全身を白い光の虚甲が包んでいた——天蓬蛊が作動しているのだ。この防御がなければ、彼も力を存分に発揮できなかっただろう。
「蛊…貴方、蛊师だったの!?」小蝶の目が見開かれた。
商心慈も驚きで言葉を失い、方源の背中を見つめながら、彼が先程言った言葉を思い出した——「魔道の者は元来非情で残忍だ。私と白雲も例外でなく、命を奪った過去がある」
果たして魔道の蛊师だった!