「忘れるな、紫幽山には紫楓葉が腐るほど生えている。買い手も採取の手間を省ける手軽さ目当てだということを。まあ、言っても馬の耳に念仏というやつか。仕方あるまい…」
老村長は繰り返し首を振り嘆いた。
方源が髪をかきながら言った。「おらたち、元手を回そうと、ついでにおふくろたちにも孝行したくて、値を張っちまった。骨身削って働いた荷が、一本も売れねえなんて思わなかった」
声には焦りが滲み、かすかに詰まらせた。
その言葉に老村長の心は瞬くほど和らぎ、胸中の怨みの霧は跡形もなく消えていった。
「村長どの、焦らねえでくんろ。おらたち、明日から商隊に付いて行ぐすっと。値を下げて、そん時売るっきゃねえべや」と方源は続けた。
「商隊に付いて行ぐだと?誰が許可しだ!?」老村長は目を剝いた。
方源は至極当然に言う:「商隊の中、凡人が一杯おるだがや。奴らが行げるなら、おらたちが行ぐのが何で駄目なんだ?」
老村長は手で額を押さえた:「連中は蛊師様の家僕じゃ!商隊が猫も杓子も付けて行ける場所だと思うのか?万が一悪党が混じったら、どげすんだ!」
「ええっ!?」方源は口をぽかんと開け、その場に棒立ちになった。「そ、そんで、商隊は明朝に出るずら…」
「ふぅ…」老人は深い息を吐き出した。「まあいいさ、情けを掛けるなら最後までってことじゃ。明日の朝、俺が願ってみる。加われるかは、お前たちの縁次第だ」
夜が明け切らぬ空は淡い青に染まり、名残りの星が数個煌めいている。遠望すれば紫幽山は暗紫のベールを纏い、幽けく神秘に満ちていた。
一夜の休息を経て、商隊は発進準備に取り掛かっている。
「貨物の確認を徹底せよ!」
「縄は確かに縛ったか?輸送中に落としたら百叩きだぞ」
「早く早く!黒甲虫に十分な餌をやれ!」
……
蛊師たちが雷鳴の如く命令を飛ばし、凡人家僕たちは右往左往していた。短気な蛊師は革鞭を手に、動作の遅い者を見るや「ビシッ!」と一撃を浴びせる。蛊虫を寵愛する者は自ら餌を与えている。
「陳様…」老村長は腰を屈め、商隊の副首領の一人にご許可を賜りたく請い出た。
「おい、張じいさんか。ちょうど忙しいんだがな、用があるなら早く言えよ」陳姓の蛊師が応えた。
「実はあの、二人の若者が小商いをしておりまして…」老村長が言いかけると、陳蛊師は突如怒鳴った。「陳鑫!貴様ふらふら何してやがる!今すぐ翼蛇に餌をやれ!下僕どもに任せておけるか?この数日でお前の翼蛇、三人家僕を丸呑みしたんだぞ!」
「は、はっ!家老様!」陳鑫は捕まって首を垂れた。
陳蛊師は許さず、更に叱責した:「何度言えば分かる!家老家では家老と呼ばせ、商隊では副首領と名乗れと!」
「へへっ…かしこまりました、副首領様」陳鑫が答え、蹴るように走り去った。
「この小僧め…」陳蛊師はプイと舌打ちし、老村長に顔を向けた。「今何と言ってた?ああ!二人の若造を商隊へ入れるよう保証しろってか?」
「お見通しでございます、その通りで」老村長は慌てて答えた。
「ふうむ…」陳蛊師はわざとらしく沉吟した。
老村長を蛊师に開眼したのは、商隊必経の地に自分の子飼いを置いておくためだ。
商隊行商では山寨が貿易の要だが、沿道の凡人村も疎かにできぬ重要な存在である。
商隊は人員が錯綜し、生活物資が消耗すれば補充が必要だ。家僕も同様で、危難に遭って欠員が生じれば、沿道の村々(むらむら)から凡人を徴募する。
正直言って陳蛊師の配下の家僕は不足気味だ。商隊では凡命は紙のように軽く、口を利き動く消耗品に過ぎないのだ。
「今後の行商で紫幽山に寄る際には張じいが必要、断れば彼の忠誠心を冷ややかにするのか?丁度人手不足でもあるし、ただ即座に承諾するわけにはいかん。値踏みしてやれば恩も売れるというもの」
陳蛊師が考え込んでいるとき、一人の伝令蛊師が駆け寄ってきた。
彼は紙の束をぶるぶる揺らしながら、叫びつつ走る:「皆注意な!新しい通緝令だ!新通緝令が出たぞ!」
叫びながら黒甲虫の甲殻に片端から貼り付けていく。
「新通緝令?どこの氏族の?懸賞金は幾らだ?見せろ」陳蛊師は食い気を見せた。
「承知、副首领」伝令蛊師は大急ぎで一通を手渡した。
陳蛊師が目を通す:「ほぉ、百家発布の通緝令か。情報確実なら千枚もの元石とは!随分高いな!」
陳蛊師は目を輝かせ、すっかり食い付いた。
通緝令には通常二種類の報酬額が記載される。一つは情報提供対価、もう一つは捕殺達成対価だ。
千枚もの元石という情報提供価格は、通常名を馳せた魔道の実力者に懸けられるものだ。だがこの令状に描かれた肖像は二人の若者——整った顔立ちの男と、端麗な女である。
何と新参者ではないか!
「一転と三转の蛊师、情報提供価格が千枚とは。捕殺達成なら五千八百枚もの懸賞金か。ふむ、百家がよほどこの魔性の小僧共を恨んでいるようだな。ふふっ…」陳蛊師は他人事のように嘲笑った。とにかく陳家とは無関係のことゆえ。
彼は全く気づいていない——この魔人たちが今まさに眼前にいるとは。
老村長も思わず令状に目を落とし、背筋が凍るのを覚えた。
「蛊师の世は実に危うい…あんな端麗な若造が凶悪犯とは!彼らがわが村に来なきゃいいが」
「分かった、お前の長年の労を思って、今回は願いを聞いてやろう」陳蛊師が言った。
「ああ、ありがとうございます!すぐに二人を呼んで参らせます!」老村長は有頂天になった。
陳蛊師は手を振った:「よせ、忙しいんだ。陳鑫のもとに行くように言うがいい」
二人の凡人に会う興味などなく、ましてや眼前の人物が通緝令の人物と結びつくこともなかった。何せ百家の通緝令、数千里も離れた百家寨の事件だ。陳蛊師は本能的に「こちとら安全圏」と思い込んでいた──完全な灯台下暗しだ。
これは極めて常識的な思考パターンだ。
現代の地球でも、他の省都で起きた凶悪事件は、例え如何に残忍でも、他の省民には深刻な危険感を抱かせない。交通機関がこれほど発達した現代にあってさえも。
更に甘えの心理がある。
広い世の中、衆生多しと言えど、この賊人二人がわざわざ我が身の所まで逃げ延びるはずがない!そんな不運な目に遭うほど運が悪いわけがない――そう信じたいのだ。
人は不幸が自分の身に降りかかるなどと考えたがらない。
何より通緝令は山ほどあり、多くは魔道の巨頭や極悪人、陰険な曲者が目立つ。方源や白凝冰のような三转と一転の新参者など、大した脅威にもならないではないか?
陳鑫が方源たちを見たとき、通緝令との関連など微塵も思い浮かべなかった。
方白二人は姿形を一変させており、顔を潰した方源は言うまでもなく、白凝冰もここ数日の偽装訓練で堂に入ったものだった。
陳鑫は一目で興味を失、特に方源の容貌には嫌悪感さえ抱いた。
彼自身は一転初阶の域であり、一方方源は数日前に二転境へ昇格していた。
陳鑫は素早く見定め、蛊師の気配を感知できなかったため、老練な使用人を呼び寄せ、方白二人の配属先を指示させた。
「二人、名は何と申す?」老使用人が尋ねた。
ここに至って初めて名を問う者が現れた。
「おら、黒土だ。家内は白雲って言う」方源は即座に応えた。
「女か?」老使用人は振り返り、眉をひそめた。
白凝冰を一瞥する――煤けた肌に棒のように固い表情の女が白雲だ?この黒土も十分醜い!
「女は厄介じゃ。肝に銘じておけ。何か起きても、小老が警告しなかったとは言わせんぞ!」
「おら、分かってる。荷車に紫楓葉積んであるだど。家内はそっちで荷物見張りすべ、おらたちは他人と絡みたくねえんだ」
「ふん、分かっておればよい」
老使用人は二人に荷降ろしの肉体作業を割り当てた。しかし方源と白凝冰にとっては取るに足らぬ仕事で、寧ろ白凝冰の方が凡人偽装のため息を切らす芝居に気を揉んだほどだった。
程近くで、数人の家僕が隙を窺い腰を下ろして休憩していた。
数人の視線が方白二人に注がれる。
「强哥、新顔が二人だ。聞けば私物の荷車持ち込みらしいぜ!紫楓葉を丸ごと一台だ!」痩せた家僕が興奮気味に言う。
新入りを搾取するのは商隊の古参たちの慣例だった。
强哥は蹲り、細めていた目を見開いた:「見たぞ、痩せ猿、お前が行って手応えを探れ」
屈強な体躯は牛の如きが、決して無鉄砲ではない。蛊师が尊ばれるこの世界で、凡人の武勇など取るに足らない。彼がこの小さな縄張りの中心に立てるのは、少しばかり利口だからだ。
痩せ猿は「へい!」と応じ、仲間の視線を背に方源へ歩いていった。
「旦那っ、どちらから?おいらを猿兄貴って呼んでくれ、これから一緒に働くんすから、よろしくな」痩せ猿は顔いっぱいに笑みを貼り付けた。
方源は一瞥し、たった一言――
「どけ」
痩せ猿は瞬く目を見開き、怒りを爆発させた。
方源は相手を無視し、貨物の搬送を続けた。前世の商隊経験で、この腐り切った構図を熟知している。
業界用語で言えば、痩せ猿は「地盤探り」をしている最中だ。まず言葉で相手の素性を探り、弱点あらば集団で苛め、利益を絞り取る。
実際、凡人だけに限らず、蛊师の間でも似たようなものだ。ただ、やり口が少しばかり上品に見えるだけである。
独りで冒険するのは野獣と戦うことだ。集団で動けば同類と争わねばならぬ。
利が生まれる場には必ず争いが起きる。世界はかくも狭く、誰もが大きな縄張りで生きてゆきたいと願えば、どうする?
他者の領域を侵し取るしかないのだ。
痩せ猿は方源がこれほどまで見下すとは予想せず、棒立ちになって睨みつけた。
方源はこんな小物など眼中になく、凡人の命など塵芥。一人ふたり始末したところで、何の咎もない。
貨物輸送に支障さえ起きなければ、上層部の蛊師も干渉すまい。
仮に問題になっても、方源には収拾の手段が用意してある。
一言で言えば――方源を舐めたら死を招くに等しい。
「何だ、まだどかねえのか?ぶん殴られてみたいか?」方源が冷ややかに痩せ猿を睨み返した。
痩せ猿は「ちっ」と舌打ちしたが、手出しできず、しっぽを巻いて退いた。
この強硬な態度に、强哥は用心深くなった――まさか彼らに何らかのコネがあるのでは?でなければここまで強気に出るはずがない。念のため、様子を探ってみよう。