方源が幽豹の遺骸へ歩き出すのを眺め、白凝冰は自然と視線を注いだ。
前者は蹲み込むと、両豹の耳に手を突っ込み始めた。
程なくして方源は、雄豹の左耳から一枚、雌豹の右耳から更に一枚の、濃い紫に輝く小さな葉を取り出した。
これが斂息蛊である。
三転級の草蛊にして、蛊師はこれを用いて自身の気息を隠し、修為を覆い、一定の偽装効果を得る。
各頭の幽豹の耳の中には、ほぼ一片の斂息蛊が潜んでいる。だが幽豹は常につがいで行動し、少なくとも千獣王級の実力を有し、奇襲を得意とし、極めて高速で敏捷なため、捕獲は危険かつ困難を極める。
更に幽豹は紫幽山近辺にのみ生息する固有種である。故にその耳に斂息蛊が隠されている事実は、未だ広く知られていない。
方源の前世の150年、『狩王』孫干と称される正道人物が現れた。彼が先駆けとなり、幽豹を乱獲して斂息蛊を市場に流通させ、暴利を得て富を築いた。
この事件を契機に、無数の蛊師が紫幽山に押し寄せた。僅か数年の後、幽豹は絶滅している。
しかし現時点において、紫幽山は依然として静寂な地である。
この地では、昼間は安全を保てるが、夜間は極めて危険である。山塞の勢力は存在しないが、その原始形態である村々(むらむら)が散在している。
地听肉耳草による偵察手段は失われたが、幸運にも二匹の斂息蛊を獲得した。
方源と白凝冰はこの蛊を頼みに、幾多の危険を回避した。
紫幽山へ登るつもりはない。二人の現在の戦力は一般的な山林を踏破するに足るが、名だたる霊山の深奥に足を踏み入れる力はない。そのような場所の探索には、百家でさえ多大な代償を払う。ましてや今の二人がどうして......
二人は紫幽山麓を迂回して進み、二日後に山道を発見した。
人為的に開削された山道は、普通の山林より遥かに安全だった。無論、不運であれば危険に遭遇することもあった。
山道を辿って進むこと一日、夕暮れ時に方源と白凝冰はゆらゆらと立ち上がる炊煙を視認した。
顔を見合わせた二人は足を速めた。山間の窪地に、一つの村を発見する。
村の周囲には背の低い石垣が積まれ、日暮れと共に農夫らが三々五々(さんさんごご)、鍬などの農具を担いで帰村していた。集落の要所には数人の見張りが立っている。
しかしこれらは皆、取るに足らない凡人に過ぎなかった。
「行くぞ」方源が先頭に立って村へ下っていく。
「このまま行くのか?」白凝冰は少し驚いた様子だ。
二人の出現は早速、村人たちの好奇と猜疑の視線を集めた。
この世界の村落は大抵排他的だ。特に家族が支配する山塞は警戒心が強く、間者や盗賊が潜入されはしないかと警戒している。「お二人様、遠路はるばるお越しの客人、まさか尊い蛊師様では?」村入り口に着く前に、似通った面影の二人の見張りが迎え出てきた。
白凝冰は沈黙を守った。先の約束通り(どおり)、一切は方源が対応する。
方源は首を振った:「二人の若い衆、おらたちはみんな凡人だべさ」
この言葉を聞き、守衛は明らかに安堵の息を吐き、表情が和らぐ。
若い方の少年は方源の全身を蔑むように見回し、嫌悪感を滲ませて言った:「言った通り(どおり)だぜ、こんなブサイクが大きな面した蛊師様なわけねえだろ?」
方源は全身火傷だらけで、片耳も欠けており、容貌は人を嫌がらせる程醜かった。
一方白凝冰も質素な服装に着替え、銀髪を短く刈り黒く染めた。氷肌の如き白い肌を意図的に煤で汚している。ただ瞳の色だけは隠せないため、笠を被り顔の上半分を覆った。
二人並ぶ姿は、まさしくありふれた村民そのものだった。
「小僧、余計な口を利くな」年長の守衛が弟を叱り付け、警戒の目を方源らへ向けた。「どちらから来た?何の用でここへ?」
「おらたち山の向こうの村から来たんだ。薬草や塩漬け肉をリヤカーに積んで売りに出たんだがよ、道中で虎に出くわしちまってさ。ひえーっ、怖ッて怖ッて!必死で逃げて、やっと助かったんだ。…はあ。当分帰れねえから、おたくの村で一晩泊まらせてけろすか?たった一晩だ、明朝には出るからさ」方源は即座に答えた。
守衛の警戒の目が少し和らぐ。
方源は続けて言った:「お兄さん、弟弟を怒るなよ。この傷は火事で焼けたんだ。あの日家が燃えて、米を担いで逃げたときにこうなっちまった」
「はぁ…この世はみんな苦労が絶えねえな」年長の守衛は息をついた。「入っていいぞ。泊まってくれる家がなけりゃ、隅っこでごまかすんだな」
そう言うと道を開けた。
方源らが村へ入って行くのを見送りながら、守衛の兄は弟に言い付けた:「お前、今すぐ村長に届けに行け。外から二人の者が来たと伝えてくれ。長老は経験豊富だ、改めて目を光らせてもらおう」
「兄貴、心配性にも程があるぜ。考え(かんがえ)りゃ分かるだろ、あんな奴等が蛊師なわけねえじゃん?それに、俺々(おれおれ)みたいな凡人を蛊師が騙して何の得があるんだよ?暇潰しか?」
「行けっつってんだろ!」
「また俺を走らせるのかよ…」若者は文句を零したが、結局駆け出していった。
村の中は一片の平穏に包まれていた。
夕餉のかすかな香りが大気に漂い、一日の労働を終えた家族団欒の笑い声が、方源と白凝冰の耳にも届いてくる。
こうした環境に身を置くことで、白凝冰は思わず安堵の空気を感じた。
偽装の理由は、第一に足跡を露呈させたくないからだ。そうすれば百家の追跡の手が伸びやすくなる。第二、方源の生来の慎重さ──見知らぬ環境では聡明を隠し未熟を露わにし、緊急事態や異常事態へ対応しやすくするためだ。
一軒の家に泊まらせてもらうのは極めて容易だった。砕けた元石を一粒渡せば、彼らは浮き足立って母屋を明け渡すだけだからだ。
しかしそれでは今の二人の偽装身分に沿わない。方源にはより良い方法があった。
彼は村の中を少し歩き、崩れかけた民家の前に立ち止まった。
この家には老婆一人きりが住んでいる。元孫がいたが、外で遊んでいる際、狼に食われてしまったのだ。
家の前で、老婆が井戸から水を汲み上げようと、苦労している様子が見えた。
「婆さん、おらが手伝うど」方源はニタニタ笑いを作り、せっせと走り寄った。
老婆は方源の容貌に一瞬たじろいだが、方源は熱心に振る舞い、素早やかに数桶の水を汲み上げるうち、老婆の警戒心は消えていった。
「坊ちゃん、よその村から来たんだね?」老婆は笑って歯の抜けた口を見せた。
「だんべさ、婆さんのとこに一晩泊まらせてけろすか? その代わりに手伝うでや」方源は愚鈍な口調で応えた。
「そりゃええわい」老婆は嬉しそうに言う。普段村人が助けてくれても、やっぱり労力は必要だった。
後ろで見ていた白凝冰は呆れ返った。
(こいつ…嘘つきが尋常じゃねえ!)
水を汲んだ後は薪割り。方源は自ら進んで炊事もこなし、手際の良さに老婆は絶え間なく褒め称えた。
「ばあさん、もう何桶か水汲んでくるで。水瓶いっぱいにするさかい」夕食を済ませた方源は、進んで手桶を持って外に出た。
老婆は「ええんやで」と断ったが、方源は強いてそうしようとした。
水瓶が満ちると、老婆は潤んだ老眼で言った:「坊ちゃん、お前さんは本物の善人やわあ…ああ、この私と同じ苦労性やのに」
夕飯時に方源が編んだ辛い話が、純朴な老婆の心に刻まれたようだった。
凡人にとって灯油も貴重なため、夜の家の内は漆黒の闇に包まれた。
ただ窓のところだけが、月明かりに静かに照らされていた。
部屋には粗末な寝台が二つ。白凝冰はその上に横になり、満足げに息をついた。連日の歩行の疲れが徐々(じょじょ)に溶けていく。
方源は寝台で結跏趺座し、精神を空窍に沈める。骨肉团圆蛊の状態を点検するためだ。
数日間、彼はこの蛊を使っていない。
秘伝の配合を改竄して合炼したものゆえ、慎重な方源は入念な検証が必要だと判断していた。
突如、方源が目を見開いた。鋭い眼光が一瞬閃いた。
「ほぼ問題なかろう、骨肉团圆蛊が使える」そう言うと彼は一対の玉鐲形の蛊を召喚した。
その二つの玉鐲は、片方は草の如き青、片方は血の如き赤に染まり、互いに嵌め合って分離できない。
先立って方源は既にこれを錬化[※1]していた。しかしその妙なる作用を発揮させるには、片方を白凝冰に譲り、彼女に錬化させる必要があった。
白凝冰は瞑想の座り直し、蛊を受け取りながらも急いで錬化せず、方源を見た:「次の手はどうする?」
方源はフンと笑った:「聞くわけないと思ってた」
暗闇の中でも、白凝冰はこの瞬間の方源の顔に浮かんだ嘲笑を感じ取った。
彼女は鼻で軽く哼いた。
方源も隠すつもりはなかった:「次の目的地は商量山だ」
「商量山?商家か?」白凝冰は思わず眉をわずかに上げた。
商家は南疆随一の勢力で、鉄家や飛家に決して劣らず、ただ武家に半歩後れを取る程度だ。
商家は交易によって南疆に威名を轟かせ、南疆を超えてもなお、見識ある者なら誰もが南疆の商家が交易の中心地だと知り、商家城が如何に絢爛豪華で元石が敷き詰められた地かを理解している。
白凝冰がまだ北冥冰魄体だった頃、商家城へ行ける日を憧れていた。しかし今彼女は不安を覚えた:「百家で起こ(おこ)した事件で、正道から手配書が回されるだろう。商家城へ行くなど自ら網にかかるようなものでは?」
方源は笑った:「南疆に我々(われわれ)を受け入れてくれる場所が二つだけ残っているとするなら、商家城は必ずその一つだ。商家自体は正道の盟主だが、商家城は紛れもない自由の都。魔道の者たち最大の臓物処理場だ。そうでなければ、商家がなぜ南疆一の富豪なのか?武家ですら彼らには足元にも及ばないのだ」
白凝冰は思わず悠然と憧れた:「噂では商家城では何でも買えるというが、本当なのか?」
方源は首を振った:「そんな言葉を口にする者は皆、格が低い。この世には値が付いても流通しないものがあまりにも多い。例えば——ある陽蛊など?ケケケ」