夕陽が血のように赤く、西の空に連なる火の雲。
夕焼けの下、半日も飛び続けた無足鳥が徐々(じょじょ)に降下し始める。
極限を超えた一連の急上昇と急降下に耐え、火の人の爆発にも堪えたが、全身に亀裂が走り、最早飛翔する力はなかった。
ドッ!
轟音と共に、方源が最善を尽くして操縦するも、無足鳥は遂に森林の中へ墜落した。
瞬時に砂煙が舞い上がり、獣たちが四方へ逃げ散った。
「ここはどこだ?」
白凝冰が鳥背から飛び降り、周囲を見渡す。
周りの木々(きぎ)は背が低く太いが、枝葉が特に生い茂り、白骨山の疎らな骨樹とは違う。ここの山林は天蓋のように木々(きぎ)が茂り、葉はすべからく紫色だ。
淡紫、暗紫、紫紅、嫣紫…
夕風が吹いてきて、はるか遠くまで見渡すと、一面の紫色の波が広がっている。
「紫の山林か…北へ一路進んできた。行程から推して、紫幽山辺りだろう」
方源が推測する。
彼の眉間に憂いの影が漂う:
「紫幽山は昼間は安全だが、夜は極めて危険だ。日が暮れようとしている。急いでここを離れ、出来る限り安全な落ち着き所を探そう」
「それも良かろう」
白凝冰が肯く。
一時辰半ほど後、幸運にも洞窟を一つ見つけた。
洞窟の元の主は袋熊。
この熊の腹には天然の育児袋があり、カンガルーのような特徴を持つ。
薪が燃えるパチパチという音、篝火が静かに揺らめき、鉄鍋にかけられた肉汁が沸騰して濃厚な香りを立てている。
ぷりぷりに焼けた熊手も調理済み。これら以外に、兜率花には百家から奪った美食が収められている。
二人がむしゃむしゃと食べるうち、張り詰めた心が徐々(じょ)に解れていった。
白凝冰が突然軽く笑い、青く妖しい双眸を方源に向ける:
「見ろよ、これが報いだ。あの兄妹を焼き殺そうとしたが、すぐさま自らも焼け焦げる姿に」
篝り火の明りが方源の顔を照らし、恐ろしい傷口が彼を一層不気味で醜く見せている。臆病な女性なら、彼の容貌を見て即座に悲鳴を上げるだろう。
だが方源は笑いを零し、全く気に留めず、密かにその事態を喜んでさえいた。
「幸い肉白骨が手にあるからな」
「元通りの姿に戻るのは難しくない」
「全身の焼け爛れた肉を削り落とし、肉白骨で治療すれば、新しい皮膚が生えてくる」
「しかし現状の一転では肉白骨を使えまい」
白凝冰が嘲笑うように続ける:
「頼んでみろよ」
「運が良ければ慈悲をかけ、不憫に思って癒してやるかもしれん」
方源が眉を上げる動作をしてみせる——焼け焦げて眉が無くなった顔にもかかわらず。
「なぜ治療する?」
彼は焼け爛れた唇を歪めて笑った:
「こんな状態が最適だろう」
「百家の二人の少主ことごとく殺し、族長や家老を愚弄した」
「奴らが解放してくれるとでも思のか?」
「この傷跡こそ偽装の手間を省いてくれる」
地聴肉耳草は破壊され、方源は右耳を欠損している。耳には軟骨があり、肉白骨で治癒できる傷ではない。だが治す手段があっても、意図的に耳の欠損を生かし容姿を変えることを選んだ。
昔、魔頭の白鱔子は捕まって牢獄へ投獄されるや、狂ったふりをし、排泄物を全身に塗りたくり、遂には自ら男根の一部を削り取って宦官化した。仇敵は完全に狂ったと見なし警戒を緩めたため、彼は脱獄に成功する。後日、戻って復讐し、敵の一族を皆殺しにした。
正道の巨頭・武姫娘娘は幼少時に実姉に権力を奪われ、忍従を余儀なくされた。姉は彼女の美貌を嫉妬し迫害したため、自ら鼻梁を削いで切り落とし、自らを貶めて成長の時を稼いだ。十数年後に姉の支配を打倒し、権力を取り戻すと、姉の五官を削り落として生きるにも死ぬにも堕ちない苦しみを与えた。
歴代の成大事者は皆、忍耐に長け、容貌や美に耽溺しない。
この点は、正道であろうと魔道であろうと、男性であれ女子であれ、等しく同様である。
武姫娘娘が権力を掌握した後、治療手段があるにも拘わらず鼻を復元せず、自らへの戒めとした。故に武家は南疆第一の家となり、鉄家・商家・飛家を抑え、その覇者の地位は誰も揺がせなかった!
容貌や美に耽溺する者は、概ね浅はかで、大事を成し得ない。
是の世界であれ、地球の歴史であれ、この点を裏付ける事が多い。
周の幽王は愛妃の褒姒を笑わせるため、烽火で諸侯を弄んだが、最後は如何なる末路を辿ったか?衆叛親離し、蛮族に斬殺された。
呂布と貂蝉、呉王と西施、項羽が戦いに虞姫を連れ回したとは、はは、彼らはどんな最期を迎えたのか?
反観してみれば、曹操は背が低く、孫臏は身体障害者、司馬遷は宮刑(去勢)を受けた…
美を愛する心は人の常だが、成し遂げたことと皮肉美は無関係であり、断固として捨て切る覚悟こそが大事を成す礎なのだ。
「実のところ逆に君の」
方源が白凝冰全身を観察しながら続けた:
「青い瞳に銀髪、実に目立ち過ぎる。変える必要がある」
白凝冰は冷やかに鼻を鳴らし、返事をしなかった。
方源が続けて説明する:
「無足鳥は損傷し、数千里しか飛べなかった」
「白家寨からは相当に遠いが、我々(われわれ)が仕掛けた一件で百家は必ず追ってくる」
「依然として危険な状況だ」
「もし奴らが手配書を出せば、今後の生活は更に困難になる」
白凝冰が眉をひそめ思案した後、舌打ちをしながら承諾した:
「よかろう」
「この身なりも少し飽きたゆえ」
「変えてみればこれもまた」
「斯るスリリングな経験となるだろう」
次の瞬間、二人は今回の損害と収穫をまとめ始めた。
損害は存在した。
地聴肉耳草、鋸歯金蜈蚣、甲虫蠱、鉄刺荊棘、隠鱗蠱、無足鳥——これらすべて追撃戦で破損し尽くした。
しかし方源にとって、九死に一生を得たことが最も重要だ。
生きているからこそ可能性があり、希望がある。
これが全て(すべて)の基盤だ。
生き延びるためなら、例え春秋蝉を捨てたとしても何だろう?
一言で言えば:
「捨てるものを知り捨てることを選べる者こそ真の男だ!」
では収穫は?
方源の空窍の中には大量の骨槍蠱、螺旋骨槍蠱——
三転級数の飛骨盾、玉骨蛊、鉄骨蛊、治療用の肉白骨、各種合煉秘方を記載した骨書数冊。
これ以外に、百家営地で得た清熱蛊。
無論、最重要なのは、最終局面で危険を冒して合煉に成功した骨肉团圆蛊だ。
損失に比べれば、これらの収穫は格段に重要だと言える!
毕竟これは完全な伝承だ。あの花酒行者は五転の強者とはいえ、四転の灰骨才子より一籌上だ。だが方源が花酒伝承で得た物は、この白骨伝承に及ばなかった。
理由は他にない。白骨伝承は灰骨才子が入念に設計し、長い年月をかけて準備したものだ。花酒伝承は慌てて作られ、思いつきで作られた産物だからだ。
実際のところ方源は白骨伝承の一本の主線を通っただけだ。まだたくさんの分かれ道や支線が残っており、肉囊秘閣の中でも、大半の歯関は解除されていない。こうしたものはすべて百家寨の儲けとなった。
彼らがこの場所を掌握した以上、時間を費やし、労力を注ぎ続ければ、必ず伝承の全体を手に入れるだろう。
「しかしどうでもいいことだ。計画通りの蠱は全部手に入れた。この骨肉团圆蛊さえ効果を発揮すれば、他のものすべてを上回る。ただ地听肉耳草が損壊したのは少し厄介だ」
方源の理念においては、実用性のあるものだけに価値がある。
鋸歯金蜈を失えば、螺旋骨槍で代用できる。鉄刺荊棘や背甲蛊がなくても、天蓬蛊や飛骨盾が残っている。しかし地听肉耳草を失ったことで、偵察面に弱点が生じた。
以前は治療と移動が不足していたが、今ではその二つはほぼ埋まった。だが偵察面で穴が開いてしまった。
「人生の事、不如意なる者十の八九かな」
紫幽山の夜は、昼間より遥かに騒がしかった。この夜、方源と白凝冰は交代で夜番を務め、共に良く眠れなかった。
洞窟の外からは絶え間なく、野獣の雄叫びや、扼殺する音が聞こえてきた。
特に明け方に差し掛かる頃、洞窟の入り口ほど近くで激戦が繰り広げられ、熟睡していた方源も飛び起きた。
これは二匹の千獣王の大戦だっだ!
二枚の翼を持つ黒い羽の蟒が、幽豹を挑発した。
両者は互いに斬り結び、凄まじい轟音と衝撃を響かせながら激しく戦った。
幽豹は紫幽山の固有の猛獣である。その体はしなやかで力強く、紫がかった斑紋の毛皮を持ち、極めて高速で山林を駆け抜け、幽雅な妖しい残像を残す。狩猟時には無音で獲物に近づき、相手が反応する間もなく腹中の餌食となる。
方源と白凝冰の二人は息を殺して見守った。洞窟に封じ込められた彼らは脱出困難だった。
時が経つにつれ、雌豹は次第に劣勢に立たされた。これは妊娠していた牝だった。幽豹は常に雄雌つがいで行動するが、牝が妊娠中のため牡が狩りに出ていた。そこを黒羽蟒に隙を突かれたのだ。
遂に雌豹は蟒の締め付けで絶命した。
だが黒羽蟒も逃げ切れず、戻った雄豹に見つかる。再び繰り広げられた死闘の末、牡豹は仇を斬り伏せたが、得たのはただ雌豹の冷たい亡骸だけであった。
夜明けが訪れた。
曙の光が、幽豹の優雅で華麗な毛並みを照らす。
だが雌豹は既に息絶えていた。
雄豹は妻の亡骸を囲むように佇み、悲しげな鳴き声を漏らした。二匹の距離は肌を触れ合う程近く、しかしかすかに脈打つ温もりと冷たい硬直感は、生と死という深淵を隔てていた。
「まだ去らないのか?」白凝冰は心で呻いた。
「心配無用だ。幽豹は夫婦同心、片方が死ねば、もう片方は決して独り生きはせん」方源は息を吐き出すと、「我先に二度寝をする」と言った。
彼は洞窟の奥へ戻り眠りに就き、白凝冰が入り口で見張りを続けた。
雄豹はしばし彷徨うと、腹這いになって舌を伸ばし、雌豹の傷口を丁寧に舐め続けた。
雌豹の傷口は漆黒に染まっていた。黒羽蟒の毒による変色である。
生息地を知り尽くした雄豹は、一嗅ぎすれば毒種を識別できた。しかし今や、一切構っていなかった。
やがて輝いていた双眸は徐々(じょじょ)に翳り、瞼が鉛のように重くなっていく。
真昼時を待たずして、雄豹も息絶えた。静かに雌豹の側に横たわり、美しい毛並みが二匹をして、あたかも輝きを保つ工芸品の如きに見せた。
全てを目撃した白凝冰も、思わず目を細めながら深い息を漏らした。
間もなく方源は目覚め、満ち足りた様子で洞窟を出ると、白凝冰が岩壁に寄り掛かり、二匹の幽豹の亡骸を呆然と見詰めている光景を目にした。
「収穫は?」方源が問う。
白凝冰は肩をすくめ、だるそうに言い放った:「飛ぶ蠱虫は全て飛んで行っちまった。俺に捕る手段はない。それに昨夜の戦いをあんたも見ただろう?蠱虫は死ぬか傷つくか、残ったものは俺々(おれおれ)の求めるものじゃない。ふん、でなければ、お前みたいな奴がわざわざ寝たりするか?」
方源は軽く笑った:「確かに二匹の千獣王だが、付いている蠱虫は大したものではない。しかし収穫が無いとは限らんぞ。ふふ」
そう言いながら方源は幽豹の死体へと歩き出した。