駆け抜けろ!
足下の密道は前所未有の長さに感じられる。しかしどんなに長い旅路にも終点はある。
一つの光が方白の視界に現れ、次第に広がっていく。
「出口だ!」白凝冰が思わず叫んだ。
「前世の噂では、この密道は白骨山の断崖絶壁へ通じている」
方源は口を開かず黙々(もくもく)と走り続け、心の中で考えを巡らせている。
失った百生と百花の兄妹に感謝すべきだ。彼らの情報が方源をここへ誘い、彼らの犠牲が方源に骨肉团圆蛊を手にさせたのだ。
突然、後ろから緊迫した足音が響いてきた。
「ようやく追いついた!」
「あの賊どもを見つけた!」
「逃がすものか!」
百家の蛊師たちは殺気立って、追撃をかけてきた。
百家族長が先頭を切り、数名の家老がすぐ後ろを追う。狭い密道が百家の者らを長々(なが)と列に伸ばしていた。
直撞蛊。
突然、一人の家老が急加速し、砲弾のように飛び出すと、方源との距離を詰めてきた。
「白凝冰!」方源が叫ぶ。
白凝冰が歯を食いしばり、掌を後ろへ一払いする。
血月蛊。
(シュッ!)
軽やかな音と共に血の刃が飛翔し、後方の家老に直撃。その突進を阻んだ。
しかし直後、密道に彩りの光が炸裂し、無数の遠距離攻撃が方白二人へ放たれた。
「白凝冰、受け取れ!」
方源が再び叫び、天蓬蛊を彼女に貸し与える。
白凝冰は同時に天蓬蛊・鉄刺荆棘蛊を催動し、更に氷肌の防御を加え、三つの防御を同時に駆使して攻撃の大半を食らった。
「百家、お前たちは二人の少主の行方を知りたくないのか?」方源が叫ぶ。
百家の蛊師たちは百生と百花が依然として方白に拘束されていると思い込んでいた。この言葉を聞いて攻勢が即座に停滞した。
「言え!我が一族の少主をどうした!?」
「二人に何かあれば貴様らは惨めな末路を辿るぞ!」
「我が子を返せ!」
百家族長は逆上して狂ったように、手を伸ばすと冷たい光の束が飛び出した。
寒魚蛊!
この蛊は手裏剣ほどの大きさで、小さな魚のような形をしており、空中で曲線を描きながら追跡効果を発揮する。
方源はむっと呻き声を上げ、避けきれず寒魚蛊に撃たれた。
瞬く間に寒気が彼の全身を包み、移動速度が急激に低下した。
隠鱗蛊。
方源が心念を動かすと、全身に波光が蕩漾し、姿を隠そうとした。
「甘い!」
一人の家老が突然右手を伸ばし、方源を狙って強く握り潰す動作をした。
(プッ)
軽やかな音と共に、隠鱗蛊は方源の空瞼の中にあっても突然粉砕した。
方源は心を強く引き締め、直ぐに跳跳草を催動した。
彼の両足の裏に、痺れるような痛痒さが走り、皮肉の中から無理矢理バネ状の青草が二つ生え出た。
方源は草の弾力を利用して跳びはねながら前進し、速度が爆発的に増加した。
「俺が先に行く! 飛ぶのを忘れるな!」
彼はこの不可解な言葉を残して消えた。
「何だって?」
白凝冰は当然疑問を抱いたが、次の瞬間、背中で風切音が爆発的に増大した。
振り返って見た彼女は、心臓を鷲攫まれたかのような衝撃を受ける。
百家族長が接近しており、両眼が真赤に染まり、まるで怒り狂った雌獅子のようだった。その気迫の烈しさに、白凝冰でさえ心が震えた。
何と言っても相手は四轉の蛊師である。
(ドカーン!)
百家族長が直拳を放ち、その巨きな力で天蓬蛊の白光虚甲を粉砕した。
白凝冰は大きく血を吐き、鋸歯金蜈蚣を召喚する。
金蜈蚣は金の光と化して百家族長に絡みついた。
この好機を逃さず、白凝冰が出口へ疾駆する──
眼前に広がったのは万丈の断崖だった!
この一瞬にして、白凝冰は方源が残した言葉の意味を悟る:
まさに崖から飛び降れというのか!
「逃げられないぞ!」
後ろから白凝冰の怒号が響く。鋸歯金蜈蚣は、彼女の蛮力で数断に引き千切られていた。
白凝冰の目に一瞬の逡巡が走る。
この高さから飛び降りれば十死零生だ。だが今この危機的状況で、もはや選ぶ余地などない。
彼女は歯を食いしばり、断固として断崖から飛び降りた!
「本当に飛んだ!」
「必ず死ぬ!」
百家の蛊師たちの何人かが驚叫し、断崖絶壁の際で足を止めた。
百家族長が下を見下ろすと、白凝冰が墜落していく姿が見えた。彼女の額に青筋が浮き上がり、咆哮した:
「生きて人を見、死して屍を見よ!必ず奴らを捕らえてみせる!」
体が落ち続け、耳元で風切音が轟く。
白凝冰は自らが崖から飛び降りる日が来るとは夢にも思わなかった。
「これで死ぬのか?面白かったが…不本意だな…」
死の気配が目の前に迫り、彼女の心は激しく渦巻いた。
「陽蛊も手にできずに女の姿で死ぬとは悲劇だ。だが粉々(こなごな)に潰れれば、男女の区別もつくまい…」
白凝冰は自らが死の間際に、こんな奇怪な思いが浮かぶとは理解できなかった。
まさにその時、耳元の風音が急に激しくなり、彼女が誰よりも知り尽くした声が響いた:
「白凝冰!」
白凝冰が振り返って横を見ると、そこに方源がいた!
今方源も墜落していたが、違うのは彼の足下に白骨の大鳥がいることだった。
無足鳥!
この鳥には肉がなく、全身が真っ白な骨で出来ている。鷹の頭に鶴の体、燕の尾を持ち、両側に二対の翼があるが足は一本もない。
方源は全身血まみれで、明らかに密道で多くの傷を負ったようだった。
「俺の手を掴め!」
彼は鳥の背中に蹲み、精一杯手を伸ばした。
(パシッ!)
軽やかな音と共に、二つの手が空中で強く握り合った。
方源が力を込んで一引き、白凝冰を鳥の背中へ引き上げた。
しかしその時、突き出した巨岩が百丈も迫っていた。無足鳥は流星のように、その岩へ墜落しそうだった。
「危ない!墜落するわ!」
白凝冰が叫び声を上げると、心臓が喉元まで跳り上がった。
巨岩が彼女の視界で急拡大する。
方源の目に凶光が迸り、凄まじい形相で怒鳴った:
「俺の魔道がこんな白骨山で潰えるものか!起こせ!」
起こせ!~
叫び声が谷間に反響する。
(バサバサバサ!)
彼の操作のもと、無足鳥が狂ったように羽ばたき、全力を尽くして墜落の速度を緩めた。
バキバキッという音が響き、四枚の骨の翼に裂割れが生じた。
方源の空瞼内の真元が急減したが、天元宝蓮が柔らかい光を放ち、膨大な天然真元を噴出させる。方源の真元の海面は減る一方で、再び高まり渦巻いた。
岩山の近くで悠然と歩いていた骨獣の群れが無足鳥の気配を感じ、一斉に仰ぎ見ると、驚いて散り散りに逃げ出した。
一匹の灰骨駝鳥は恐怖の余り、鋭い嘴の付いた頭を白骨の岩に勢い良く突き刺し、尻を高々(たかだか)と突き出した。
駝鳥という動物の天性で、恐怖時に現実逃避しようとする癖がある。
まさに激突間一髪だった!
白凝冰は息を忘れ、方源は目を剥いて凝視する。
凄まじい風圧が岩の上の白骨樹を押し潰した。ついに無足鳥が駝鳥の尻を掠め、斜め上へ逆噴射のように跳ね上がった!
駝鳥の尾羽が根元から削り取られ、丸見えの尻を露呈させた。
「はははっ!」
白凝冰が鳥背で笑い転げる。
死を間一髪で逃れ、緊張が解けると、彼女の心臓が喉元から胸中へ落ち戻っていくのを感じた。
素晴らしい、実に素晴らしい。生死の境の興奮こそが最も魂を震わせる。こうした生き方こそ、彼女が一生求めてきたものではないか?
「無足鳥よ、蒼天へ翔れ!」
彼女は高らかに歌うように叫んだ。
「族長!奴ら…まだ生きている!」
断崖で百家の蛊師たちは全て青ざめた顔色だ。
「追えない…あれは無足鳥、一日で万里を飛べる」
鉄刀苦は無念そうに息を吐いた。
飛行可能な蛊自体が少なく、無足鳥に追いつけるものはさらに稀だ。五転以下では、無足鳥こそ最高峰の飛行坐騎である。
「嗚呼、天罰ものよ!なぜあの極悪人を生かしておけるのか!」
何人かの年寄りは怒号し、胸を叩き大地を蹴り狂った。
百家族長の両眼は血の色に染まり、拳を握り締めて骨が軋むほど、歯がギリギリと音を立てていた。
白凝冰の哄笑を聞きながら、飛び降りて追撃したい衝動さえ覚えた!
百家にも飛行可能な蛊はいた。何人かの蛊師が各々(おのおの)の手段で方白を追ったが、その速度を見れば、追いつけるはずがないことは誰に明らかだった。
強い苦い気持ちが百家の蛊師たちの胸中を満たした。
犯人が被害者の目前で悠々(ゆうゆう)と逃げるのを、彼らは手を束ねて見ているしかなかったのだ。
「否! 絶対に逃がすものか! 許さん!!」
一人の老蛊師が怒号を上げるや、全身が急に燃え上がる熱焔に包まれた!
「百战温!」
百家族長の顔色が一変する。
「家老様!」
一同が震撼する。
「祖父様!」
百戦狩りが涙に濡れる。
「族長、諸君! この悪党を逃がしてはならん!
百家の威信が地に落ち、少主たちへの不倶戴天の怨みも消せぬ!
老灰去りし後は、孫の面倒を見てくれ…
若造の性分は老い灰同様の激しさゆえ…」
ここまで言うと彼の声は途絶えた。
全身の皮肉と骨が炎へと変質し、声帯も当然消滅したのだ。
両眼すら紫黒の円瞳と化す。
彼は人型の篝火となった!
業火が盛んに燃え上がり、気温が急上昇する。
一同は後退を余儀なくされ、山頂に悲しみの歌が響くかのようだった。
火人蛊。
四転の蛊虫で、使用すると全身が燃焼し、炎へと変わる。燃え尽きるまで続く。この百戦温家老は自らの命を捧げて、この強大な力を手に入れた。
「よし! 本族長はここで家老の戦功を見届ける!」
百家族長は感極まった表情を浮かべた。
しかし百戦温家老にはもう聞こえない。
彼は自らの力が前所未有に強いと感じ、命が今燃え盛り、頂点に達し、比い稀な輝きを放っている。
紫黒の円瞳で周囲の者らを見渡し、孫を最期に一瞥すると、然して断固として一筋の流焔と化し天へ昇った。
流焔は猛速で無足鳥へ迫る。
「見事だ!」
一同がこの光景を見て喝采を送る。
鋼鉄の如き冷たい表情の百家族長すらも、高鳴る思いを浮かべた。
「強敵だ!」
白凝冰は顔色を険しくする。
高空での戦闘経験に乏しく、一つ間違えば落下して粉々(ごな)になる危険がある。
(バオォ!)
火人が咆哮し、紫黒の瞳は殺意に満ちている。
炎の閃光と共に、火人の速度が爆発的に上昇し、電光の如く方源へ襲い掛かる。
「しっかり掴まれ!」
方源が絶えず状況を注視しつつ、無足鳥を操って突然羽ばたかせる。
無足鳥が加速して距離を取り、火人の襲撃を躱した。
山崖の上で、悔やしむ声と落胆の溜息が一斉に湧き上がる。
しかし間もなく火人が再び襲い掛かってきた。
無足鳥が横に飛び、危うくかわした瞬間。白凝冰は振り落とされそうになり、慌てて鳥の背中の突き出した骨にしがみついた。
(バオォッ!)
火人が殺到する。
方源が冷やかに笑い、無足鳥が突然骨翼を畳み、地面へ急降下する。
火人が後ろから猛追し、無足鳥より速い速度で距離を縮めた。
無足鳥が四枚の翼を突然広げ、急角度で逆噴射のように跳ね上がった!
(ドカーン!)
火人の飛行は全く炎の噴射推進に依存しており、翼がないため方向転換が追いつかず、直に山石に激突した。
瞬時に、半径十畝(じゅっせ:約4000坪)の地域に炎が広がり、域内の骨獣を全滅させ、数多の骨樹を倒した。
火の海の中から、一つの炎が再び人型に凝集し、飛び立つ。方白の二人を執念深く追い続ける。
しかし蛊虫の実力発揮は使用者次第だ。
蛊師の修行には養・用・煉の三大要素があり、「用」はその一つを占める。誰でも適当に蛊を取り出せば優れた効果を発揮できるわけではない。その中には深い門道と学問がある。
火人蛊は相討ちの手段であり、百戦温家老は当然初めて使用する。一方方源は、今世初めて無足鳥を操縦しているが、前世では数多の飛行坐騎を使い込んでおり、使用心得の豊富さは百戦温の比ではなかった。体に染みついており、魂に刻まれて本能に近いものとなっている。
断崖の縁で百家の者らは空戦の行方を見守り続けていた。
期待と希望から、次第に怒りへと変わっていった。
凡そ眼の明き者なら誰でも、無足鳥が百戦温家老を弄ぶように翻弄しているのが見て取れた。
火人の怒号は、最めは心魂を震わせるほどの威勢があったが、今では虚勢にしか見えず、悲壮感と無念を際立たせている。
「ちくしょう…!」
誰かが拳を握り締め歯を食いしばった。
「どうしてこんなことに…?」
鉄刀苦も方源の技量に驚きつつも、為す術なく嘆息する。
「方正…必ず殺してやる!!」
百戦狩りが叫び、憎悪の種が心の奥底に深く根を下ろした。
百戦温家老の犠牲が、方源の翻弄に遭い、冷笑話や痛烈な皮肉のように、百家の者らの顔面を打つ耳光となった。
次第に、衆人の怒りは落胆から絶望へと変わっていった。
「もう追えぬ…」
「このまま手を束ねて見ているだけなのか?」
「古月方正め…」
誰もが口々(くちぐち)にその名を呟き、歯軋りを食らうのだった。
無足鳥が自由自在に飛翔し、再び火人と危うく擦れ違う。
「少年、鳥を操る腕前は一流だな。ははは!」
白凝冰が大笑いし、警戒心を解いた。
しかし方源の表情が突然強張る:
「警戒せよ!」
(ドカーン!)
激しい爆発が突如起こった。
百戦温家老は追いつけないと悟り、断固として自爆を選んだのだ。
爆炎が無足鳥全体を包み込んだ。
幸い無足鳥は全身白骨で、翼も刃のように薄い骨片の集積だ。
炎による損傷はなかったが、本当の脅威は爆発衝撃だった。
無足鳥の体に裂割れが急増し、爆風で平衡を失い、頭から地面へ墜落し始めた。
しかし墜落し続けることしばらく後、方源の操縦で再び平衡を取り戻し、翼を震わせて遠方へ飛び去っていった。
「方源!」
白凝冰が思わず叫んだ。
先程方源は天蓬蛊を彼女に貸していたため、彼女は蛊虫に護られていたが、方源には防御手段がなかった。
突発の事態で、方源も蛊を催動する間がなかった。
無足鳥が炎を抜けた時、方源の全身が灼熱の焰に包まれていた。
強風が炎を煽り、右耳の地聴肉耳草は焼け焦げた。だが彼の表情は鋼のように冷徹で、当事者とは思えぬほどだ。
無足鳥が完全に安定した後、方源が兜率花を吐き出し、乳泉の水を頭から浴びせた。
炎は消えたが、全身には大規模な熱傷痕が残り、顔面は完全に破壊され、惨めな様相だった。
白凝冰は口を開いたが、言葉が瞬く間に出てこなかった。
逆に方源が焼け爛れた唇を歪めて笑った:
「無足鳥が好きだ…理由が分かるか?」
彼の笑い顔は実に不気味だった。
「なぜだ?」
「足がないからだ…翼だけがある」
「故に飛ぶしかない」
「地に降り立つ時、それは破滅を意味する」
全てを懸けて飛ぶか、死ぬか!
青い瞳孔が拡大し、輝き始めた。向かい風が銀髪を乱す中、白凝冰の口元が微かに上がる:
「ふふふ……さあ、一緒に羽ばたいて高く飛び立とうぜ!」

無足鳥が遥か遠くへ飛び去り、視界の点となり、遂に見えなくなった。
断崖の上、百家の人々(ひとびと)は「声もなく凝視」し、誰も言葉を発しない。
不気味な静寂が全員を包んだ。
天地は何と広大なことか!
空は紺碧に澄み、骨の山は雪のように真白、斜めから差す陽光を浴びて。無足鳥と方白二人の背中が、深く彼らの心に刻み込まれる。
怒りが醸され、怨みが芽生える…
(ぺっ)
百家族長が突然鮮血を噴き出し、仰向けに倒れこんだ。意識を失った。
「族長!」
「族長様!」
「急げ!治療蛊師を呼べ!族長を救え!」
断崖は戦慄と慌てふためく叫びに包まれた。