百家族長の顔色は業鍋のように陰った。
全て(すべて)が明らかだ!
さきほどまで疑いと躊躇が胸中にあったが、彩煙に映る光景を見れば、愚か者すら見分けられるところだ。
百家族長は愚か者などではなく、常人よりもはるかに英明果断だった。方源の前世の歴史においても、彼女は百家を率いて移動を成し遂げ、次世代の繁栄のために盤石な基礎を築いたのだ。
「くそっ! なんでこうなる!?」
「あの薄汚れた賊どもがまさか魔道蛊師だとは!良くも演ったな!」
「若頭領様が二人とも奴らの手の中に…我々(われわれ)はどうすれば!?」
帳中の蛊師たちはこの光景に慌て騒ぎ、正常な判断がつかない様子だった。
状況は最悪の極み──
方源に双生児を人質に取られ、
全員が手出しできずにいた。
百家族長は必死に冷静を装う。
百花と百生の実母として、その焦りと心配は並大抵ではなかった。
だが上に立つ者は、常人を超えた能力を持つものだ。
母親という立場を除けば、彼女は一族の統率者であった!
彼女はまず部下に命じて鉄刀苦の拘束を解かせた。
「鉄家の好漢を誤解し、礼を欠いたことを詫びる」
彼女は立ち上がり、深く腰を折って誠実な様子で礼を述べた。
鉄刀苦は冷やか鼻を鳴らした。
心の中では大いに不快だが、百家族長がかくも潔く非を認める姿勢には、密かに関心せざるを得なかった。
何せ今の自分はあくまで囚人であり、
生死さえも彼女の一声にかかっているのだ。
彼は歯を食いしばって床からよろめきながら起き上がった。
体が極度に衰弱していたため、この動作すらも困難を極めた。
「者ども、鉄家の賓客に上座を用意せよ」
百家族長が即座に命じる。
鉄刀苦は腰を下ろすと、両眼を彩煙の映像に釘づけにした。
方源と白凝冰を凝視し、その目は紅蓮の炎のように灼けつくように輝いて、見る者を圧倒するほどだった。
青茅山から逃れた魔道蛊師は、まさしくあの二人なのか?
あの爆発を招いた罠は、奴らが仕掛けたのか?
鉄傲天少主の死、そして今の我が窮地も、二人の少年が招いたものなのか?
鉄刀苦は方と白の顔や体つきを、脳裏に深く刻み込んだ。
「いや…違う可能性もあるかもしれん」
鉄刀苦は即座に別の可能性を思い巡らせる。
彼は正直な性根の持ち主で、決して無実を斬ったりしないのだ。
「しかし如何であれ、我が身で確かめる!」
「もし違わねば、真の黒幕を追跡するまで!」
「だが奴らならば…この小僧らを空竅砕き、八つ裂きにしてくれるわ!」
その想いを胸に秘め、彼は口を開いた:
「百家族長、焦眉の急はこの賊どもを捕縛しつつ、御家の若頭領をお救い出すことでしょう」
「鉄家の好漢よ、何か良き手段は?」
百家族長は鉄刀苦の口から有効な情報を引き出そうと目論んだ。
だが彼女の期待は空しく潰えることとなった。
鉄刀苦は首を振り、苦い笑みを浮かべた。
洞窟の中、弓の弦を張り詰めたような緊迫が漂う。
「引っ込んでくれ。何度言わせる?」
方源が冷笑を孕み脅した。
「方正殿!何をなさるのです!?」
「これ(※)は一体どういうこと?!なぜ二人の少主を人質に!?」
百蓮や百盛景ら三人は呆然と口を開けていた。
元泉が見つかると期待していたのに、すべては電光の如くだった。
まさか方源が突然牙を剥き、目前の少主を二人とも拉致するなど想像だにしなかった。
シュッシュッシュッ!
三つの影が忽然と形現した。
「方正め、よくも我が族の若頭領を人質に取るとはな!天まで届く不届き、決して許しはせぬ!」
「直ちに少主を解せ!命だけは助けてやる!」
「方正殿、今ならばまだ遅くない!我々(われわれ)と戻り、礼儀正しくお送り出ししてあげよう!」
三家老が各々(おのおの)一言ずつ放ち、その顔色はいずれも土の如く青白い。
彼の者らは強大な修為の持ち主であり、元より密かに隊列を護衛していた。
変事を察知し、最も早く駆け付けたのだ。
「とうとう隠れきれなくなったか。上等だ…」
方源が嘲笑いをやめず、その手の中では百生と百花の双生児が狂ったように激しくもがいていた。
「悪の賊め、離せ!」
「俺たちを殺せば、貴様らも死の呪いを受けるぞ!」
二人の子供は辛うじて叫び、顔を真赤に染めていた。
方源に首筋を絞め落とされ、息が詰まり、徐々(じょ)に窒息しつつあった。
この二人の子供は、後年には五轉の蛊師となり、百家の主として正道の双璧となるはずだった。しかし今、彼の者らは雀一羽すら殺せぬほど無力で、方源に完璧に抑え込まれている。
ほんの一瞬のうちに、
彼の者らの両目は天を仰くように白く剥かれ、
生気が蜉ろうのように衰え始めた。
「方正!これ以上過ちを重ねるな。直ちに二人の少主を解せ」
「機会は与えた。少主を放せば、百家は何も咎めず自由に行かせる」
「何が欲しい?元石か?それとも蛊虫か?」
三家老は焦燥の色を濃くし、目に凶光を宿して身構え始めた。
「フン…今の俺の言葉で足りなかったか?全員、失せい!さもなくば──」
方源が不気味に笑い、白凝冰に目配せした。
白凝冰は頷き、鋸歯金蜈蚣を取り出す。
真元を注ぐと、銀色の縁の鋸が狂ったように回転し、
ブーンブーンという耳障りな音を立てながら、百花の柔らかい腕へゆっくりと近づけて行った。
「妹を放せ…は、離せ…」
百生が目を真っ赤に見開き、声を上げて激しく抗うが、方源が軽く力を込めればその言葉は喉に詰まった。
「衝動するな!」
「手を止めろ!」
続けざまに他の蛊師たちも駆け付け、この光景を見て一様に喚き騒ぎ、恐慌状態に陥る。
方源が高笑いしながら宣言する:
「三つ数えよう。その間にこの洞窟を出ぬなら、少主の片腕はもはや無いものと思え!」
皆歯を食いしばり、目の中には火を噴き出さんばかりの怒りが燃え、方源を八つ裂きにしたくて仕方ない様子だった。
「まだ退かぬのか?」
方源が眉を鋭く吊り上げ、腕を一振りすると、百花と鋸歯金蜈蚣の間が俄かに詰まった。
「あっ!」
全員が声を揃えて驚叫した。
「幽魂様もーッ!」
少女蛊師が目を覆う。
「退け!直ちに洞窟を退去しろ!」
家老たちが叫び、人質への気遣いから賭けに出られない。
人々(ひとびと)は徐ろに後退し、去り際に方白の二人を睨みつけた。
もし目に殺意が形になれば、方源は既に何度も殺されていたことだろう。
もし怒りが水となれば、二人はとっくに大津波に飲み込まれているはずだった。
人々(ひとびと)が洞窟を出ると、方源は百花と百生を白凝冰に渡し、辺りを見渡した。
白骨山の全山に、土や石はなく、全て白骨の質地だ。
この洞窟も同様に雪のように白く、周囲の壁面には鋭い骨刺が生えている。
これらの骨刺は一見他の洞窟と変わりないようだが、
注意深く観察すれば、
これらが螺旋状の槍先のように特異な形状をしていることに気づくだろう。
ここは螺旋骨洞。
灰骨才子の伝承の入り口だ。
白骨山には洞窟が数多あるが、
これほど密集した螺旋骨刺が生えているのは、ここだけである。
この伝承を、方源は直接訪れたことはない。
しかし前世に数多の風聞を耳にし、
さらに百家の百生・百花兄妹の自らの口述で確認も得ていたのだ。
「まず螺旋骨洞に入り、意外にも一本の骨刺が捻れることに気づく。これが入り口を開く仕掛けなのだ……」
方源はしばし回想した後、その特異な骨刺を探し始めた。
洞窟内の骨刺は千万と存在するが、方源の前世で、百花が酒宴の席で漏らした詳細を覚えている。
当時、彼女は兄と共に裏山で遊んでいた際、洞窟内で一本の格段に太く、螺旋の紋様が特に密な骨刺を見つけた。
何気なく手を掛けて撫でていると、捻れるように動き、洞口を開いたというのだ。
「方正、お前らは包囲された。翼があっても逃れられまい。さあ出て来い」
「良心に照らせば、我が百家はよそ者に非ず。よくも恩を仇で返すとは!」
「方正、良き言葉を授けよう――人には情けを掛けよ。少主に万が一でもあれば、百家は全てを賭けて復讐するぞ!」
洞窟は深くないため、外から蛊師たちの叫び声が響き渡る。
百花はおずおずと啜り泣き始めた。
百生は言った:「方正さん、お止めなさい。我々(われわれ)を放してくれれば、若頭領として保証する──必ず安全に出行かせてみせる」
幼けない年頃ながら、危うい状況に置かれても大人より冷静だった。
その身からは、未来の星としての輝きが放たれていた。
方源は馬耳東風のごとく、突如目を輝かせた。
一歩前へ踏み出し、手を伸ばして突き出した太い骨刺に触れる。
そっと捻る。
キイイッ…
音と共に、一帯の骨刺が引っ込み、脇から密門が開けて真四角の洞口が現れた。
白凝冰の両眼が鋭く光る。
百花は泣き止み、呆然としてこの異変を見守る。
「あっ!ここに穴が!?」
百生が大声で叫んだ。
「ふん、黙れ」
白凝冰が手刀で百生の後頭部を叩き、失神させた。奴は洞窟外の者らに手がかりを残すため、わざと叫んだのだ。
案の定、洞窟外で人々(ひとびと)が騒然となる。
「入り口だと!?」
「拙い!奴らは逃げるつもりだぞ!」
「急げ!追え!」
方源が低く唸るように命じる:
「誰か洞内へ踏み込めば、真っ先に百生を斬る!」
その声が百家の蛊師を瞬時に黙らせた。
方源は急いで洞内へ入り、白凝冰は百花も昏倒させ、片手ずつ二人を提げて直ちに追った。
この秘密通路へ足を踏み入れると、柔らかい純白の光に満ちていた。しかしこの洞内にも、骨刺が生えそろっており、それはまるで無数の鋭い長槍が洞壁から突き出しているようだった。
骨の槍がびっしりと連なり、通路を完全に塞ぎ、わずかな隙間から方源は密道の奥に広間をかすかに見て取れるだけだった。
「どうやらこれがお前が白骨山に来た理由だな。俺は道を開く!」
白凝冰が前へ進み、鋸歯金蜈蚣を使おうとしたが、方源に遮られた。
「これらの骨槍は極めて堅硬だ。焦るな」
方源は辺りを探り、前世に百花が漏らした情報を頼りに、
身近にある最も短い螺旋骨刺を見つけ、力一杯に引き抜いた。
ガシャン!
機関の音が響き、二人の後ろの洞口が再び閉じると同時に、
密道内の密集した骨槍が瞬く間に洞壁へ引っ込んだ。
突如、前方の道が平坦に開けた。
方源は高らかに笑い、白凝冰へ振り返らずに言う:
「白骨山へようこそ」
白凝冰の目がきらめき、無意識に後ろを振り返った。
後方の洞口は、完全に閉鎖されている。
百家の蛊師が追撃するには、少なくともこの入り口を突破する必要があり、
必ずや相応の時間を要するだろう。
白凝冰は思わず口元を吊り上げ、昂ぶる笑みを浮かべた。
すべてが素晴らしいになっていく。
かくあるべき人生だと──これこそが己が求めるものだと……