三日目、百家族長は再び方源を招く。狩猟の名目で多くの元石を与えた。
晩餐会では、方源は百蓮を盗み見るだけでなく、自ら族長に杯を捧げた。誠実な面持ちに感謝の色を帯びている。
族長は口には出さぬものの、内心では大いに満足していた。
その夜、百蓮が自ら方源を訪れる。毒傷を負った友人がおり、清熱蛊での治療が最適だと訴えた。しか(※)し清熱蛊は稀な蛊だとして、借用を願い出たのだった。
「(ようやく我慢の限界か)」
方源は心で冷笑し、二の句もなく贷し出した。
この後、百蓮は深く感谢している様子を見せた。
方源は更に積極的に話を進め、熱心に打ち解けた。
こうして二人の距離は急速に縮まり、関係は劇的に親密さを増していった。
五日目の晩餐会。
突如、百家族長が直截に問いただした:「賢甥よ、古月一族は白骨山に根を下ろすお積もりか?」
方源は慌てて立ち上がる。強いて平静を装おうとするも、眼の奥の動揺は隠せない。「白骨山は貴族の領地に接するもの、僭越など到底」
(内心ほくそ笑む族長――古月の目論見が白骨山である確信が強まる。
更に偽りの慈情を込めて言い添える:「情勢は複雑でな。我々も重圧に耐えておる。貴公らが白骨山に砦を築き、同盟を結んで頂ければこれ幸い」
方源は慌てて否定。
百陌行も勧告すれど、彼は心動き乍らも頑に口を開かない。
宴の終わり、百蓮も遠回しに探りを入れるが、複雑な表情だけが返って来るのみだった。
「フン、あの小僧、口は堅いわい」宴後の内密の会合で、百陌行は歯軋りしながら嘆いた。
「それが一族の若頭領たるものの本懐よ。驚くには当たらない。ここはさらに一泡吹かせてやろう」
百家族長の瞳が遠くを見据える。
そうして翌朝。
方源がまだ床についていると、天幕の外の争い声に目覚めた。
外に出てみれば、百戦猟と百蓮が引っ張り合っている。
「百戦猟、何度言えば分かるの? 絡むのはお止めなさい」
百蓮は冷ややかに相手の手を振り解く。「用事があって」
「今日の狩猟大比が始まろうというのに? あの古月の色男に会いに行くんだろう?」百戦猟の怒声が滾る。
「何を言うの! 方正様は心優しい方よ。清熱蛊を貸して下さったお陰で、百盛景も早く回復できたんです!」
「蓮よ、あんなに単純でいるなよ。奴が狙っているのは…お前の体だ!」必死な口調。
「百戦猟、いい加減に…あら、方正様!」
争う二人の視界に、天幕の外に立つ方源が飛び込んだ。
方源の颜には微かな当惑と忧いの色が浮かんだ。
「百蓮殿、ご用向きは天幕内で承りましょう」
「小僧!」百戦猟が逆上し、方源に詰め寄ろうとしたが、百蓮が体を張って遮る。
「正気か?貴賓に手出しなど許さん!」
「貴賓?喪家の犬めが」百戦猟は唾を吐き、方源の鼻先を指差す。「勝負だ。刃を交わして、敗者は蓮に近付くな!」
「一転と三転での勝負とは厚かましい」
方源の颜色が険しく歪んだ。「百家に公正はないのか?」
「この世に公平など無い、力こそ全て(すべて)だ。腰抜けめ、お前は腰が引けておるぞ!古月家は腰抜け揃いと見えたな、はははっ!」
百戦猟が天を仰いで哄笑、周囲の者の注目を集める。
「何事だ?」駆け付けた百陌行。
百蓮の説明に、彼は即座に百戦猟を叱責した:「貴賓に無礼とは何事だ!」
「挑戦すら受けられぬ勇士など居るか?その様な者に礼儀も何もない!」百戦猟は傲然と。
「馬鹿げた勝負に誰が応じるものか」
百蓮は柔らかく盾になる。「方正様は傷が元で修為が落ちておられる。全盛期なら貴方に負けはしない」
妙齢の少女がかくも擁護する様に、真に方正ならば感激に浸るだろう。
だが方源は心で舌打ちした:(大芝居よのう)
「私が方正様の代わりに戦いましょう」
百蓮が続ける。
百戦猟は荒い息を吐きながら逆上した:「なぜ(※)奴を庇う!お前に代弁する資格がどこにある?腰抜けの役立たずめ、俺様が十人相手でも軽いものだ!お前とは戦わん、小僧、覚悟があるなら姿を見せろ!黙り込んで男か?」
「望むところだ、来い!」方源は挑発に乗ったふりをし、首筋を張り詰めて衝動的に言い放った。
「家老閣下、聞こえましたか!承諾したぞ!」百戦猟は即座に喚き立てた。
百陌行は眉をひそめる:「挑戦受け入れるは勇士の証。方正賢甥、その勇気は衆目の一致するところだ。しかし貴賓たる君が万が一でも事あれば、我が族は古月に申し開きができぬ。まして双方の修為の差は無視できん」
「ごもっとも、不覚でありました」
方源はわざと躊躇がちに応じる。
その逡巡を見た百戦猟と百蓮は素早く目配せ。
百戦猟は再び挑発を始め、方源の怒りを煽る。
百蓮は唇を噛みながら方源の目前に進む。潤んだ大きな瞳を見開け、柔らかい声で訴える:「方正様、お願いがございます」
「何の用だ?」
「どうかこの勝負、受け入れてください。百戦猟の嫌がらせから…私を解き放して」
涙が零れ落ちそうな声に、細やかな指が震える。
少女が哀願し、男に嫌な追い求め手を追い払ってほしいと懇願する――
そしていま懇願を受けるその男こそ、少女に想いを寄せているのだ。
拒めるはずがあろうか?
かくして方源は胸を叩き、即座に承諾する:「百蓮殿、ご心配は無用。貴女の事は我が事、全力を尽くす」
一呼吸置き、声に僅かな迷いを滲ませて:「只、現時点での実力差は否めぬ。万が一敗を喫したなら…」
「ご安心を」
百蓮が水仙の如く咲く笑みを浮かべ、
百陌行へと向き直る:「家老閣下、決闘は不和の元です。それに不公平過ぎましょう。狩猟大比を借り、五人一組の猟績比べとされてはいかが?」
「良き考えよ」
百陌行は鬚を撫でながら微かに肯く。「然らば人選せよ。但し公正を期し、各人の修為は釣り合わすこと」
百戦猟は不満げに鼻を鳴らした。
「承知!」
百蓮は嬉びに満ちて礼を深くした。
……
半刻もせず、双方の隊は出発した。
方源の隊には三転の白凝冰と百蓮、それに百蓮と同世代の二转修為の女蛊師二人が加わる。
その一人、百盛景は方源に対し深い感謝を抱いている。
彼女こそ先日、方源の清熱蛊に毒を救われた本人だった。
隊内は和気藹々(わきあいあい)。
方源は最弱の修為ながらも、疑いなく隊の中心として輝いていた。
「お気になさらず」
百盛景は活発な性格の偵察役として先導しながら続ける:
「珍らしい獲物の情報は前もって掴んでおりますゆえ」
一行は彼女に従い、確かに並外れた獲物を次々(つぎつぎ)に仕留めていく。
方源の出番は少なく、過程は寧ろ遠足のようだった。
帰路、獲物で満載の最中、百盛景が何気なく尋ねる:
「方正殿、古月一族は白骨山へ移られると伺いましたが?」
「根も葉もない噂よ」
方源が笑って流す。
「あの百戦猟より、殿の紳士的なお人柄が何とぞ……白骨山に定住されるなら、お会いできる機会も増えますわね」
百盛景の言葉は明らかな好意を帯びる。
「はっ」
短く失笑し、方源はさりげなく並走する百蓮を盗み見る。
百蓮が憂いを帯びた表情で言う:「居を構えること、並大抵のことではございませぬ。まず元泉を尋ね当てること。しかし元泉の周囲には元気が濃密で、必ず獣群や強き野生蛊が棲んでおります」
「先人が山寨を築くときには、死闘の末に獣群や野蛊を討伐なさいました。血で血を洗う犠牲を伴ったのです」
彼女は方源を見据え、続ける:
「白骨山に骨獣が無数に棲んでおります。その体躯は鋼のごとく頑丈、対処は困難を極めます。山には土など一粒もなく、草木も生えない骨の石ばかり」
「こ(※)の山に寨を築くのは不可能ではございませぬが……払う代償は膨大となるでしょう」
「ほ、ほう…そうだったのか」
方源の笑みには僅かな無理が滲み、眼差しに一抹の憂色が掠めた。
さりげなく問う:「私は白骨山に興味がおありのようだ。地主ならぬ半地主殿、この山の危険について聞かせてはいただけぬか?」
「お望みなら」
百蓮の唇が花弁のようにはじける。
百蓮は大げさに言い立てながら、密かに空竅の積慮蛊を駆り立てた。
この蛊虫の効能は春風の如く細雨のごとし。音も無く十歩圏内を包み、人心を重くし憂いを深める。
方源の笑みは次第に減り、眼の奥に憂色が溢れてきた。
「ご心配なく、きっと百戦猟に勝てますわ」
百盛景が意識的に宥めるように言う。
方源は頷き応えたが、明らかに上の空だった。
以降、問い掛けは更に増え――
こと白骨山のこと、殊に裏山の特定区画について執拗に尋ねる。
百蓮は辛抱強く答え続けた。
この光景は天幕の中に煙気と共に、実況中継されていた。
「小魚が針にかかった」
百家女族長が得意げに嗤い、
机の上の地図を取って指さした部分を見比べた。