百陌行は今年すでに六十八歳である。
この年齢であれば、とっくに引退しているべきだ。しかし百家寨は近年状況が芳しくなく、彼は族長の叔父として、家老の重臣たる立場で、骨身を惜しまず働き、職務を全うし続けてきたため、抜け出せなかった。まさに一族の存亡が掛かる重要な局面において、彼は使命を受けて隠居から復帰し、行軍中に不意に二人の蛊師の気配を察知した。
「まさか魔道の蛊師ではあるまいな…?」
今次の作戦は百家にとって重大な意味を持ち、失敗は許されない。彼は即座に隊を率いて急行した。
「まさか二人の少年か?」方源と白凝冰を目にした百陌行の心に驚きが走る。
視界を払い、最初に白凝冰の存在で視点が固定される。
冷たい霜をまとったような顔付きで、青い双瞳が百陌行を微とも躊躇せず直視——三転の気配が明らかに流露していた。
「斯くも若年で既に三転の修爲とは——天才か!」百陌行ばかりか、同行の三人も白凝冰を凝視し、同じ思考が脳裏を掠めた。
瞬時の内に四対の視線が一点に集中する。
白凝冰が女体へ転化した容姿は清麗で、冷徹な気配を纏い、氷雪の仙子の如き風貌だった。多少狼狽していようとも、真珠の如き輝きは微みもせず、寧ろ不屈の気性を浮き立たせて、人をして嘆賞せしめた。
それに比べ、彼女の背後の方源は全く見劣りする。
方源は容貌も平凡で、修爲も一転に過ぎない。多く(おおく)の視線は彼を掠めて、再び白凝冰へと戻っていく。
方源は寧ろこの状況を歓迎していた――むしろ注目されないことを願ってやまないのだ。
だが百陌行だけは違った。
瞬く間もなく、彼の視線は方源へと移る。
白凝冰は方源を庇うように身を挺し、決死の構えだ。一方の方源は、彼女の背後に拠りながらも、眼差しは静謐を保っていた。
「あの天才少女が必死に守ろうとする若者、この二人組の首領たる彼は如何様なる人物だ?」百陌行は流石に年老いて妖し、眼光が苛烈極まっていた。
当初、彼は二人を魔道蛊师と断定していたが、今や内心で躊躇いが生じる。
白凝冰と方源の構え、そして正道様式を厳守した蛊师服を見るに、寧ろ落難の名家御曹司 という印象を抱かせたのだ。
「魔道蛊师なら打ち殺せば済む。だが名家の後継者なら別だ。背後の勢力から報復を招いて百家寨に災いを及ぼせば、百陌行この身、一族に対する罪人となる!幸い力は我が方にあり、局面は手中に収めている」
百陌行が思量を巡らせる中、方源が一歩踏み出した。
拱手の礼を取りながら述べる。「若輩は古月方正。青茅山の古月族の若様にござる。先達に御目にかかる」
「青茅山だと?」
「古月の御曹司?」一同は口を揃えたように驚きを隠せない。
白凝冰も意外そうだったが、伏し目がちにし、目付きの綻びを隠した。
「察した」彼女は方源が詐術を始めたと理解した。敵強我弱の今、智謀のみが活路だ。
情勢を見透かす彼女は、連日培われた微かな連携に従い、一歩後退して方源の傍らに立つ。依然として睨み付けながらも、死を覚悟した側衛姿勢 を保つのだった。
「若造、嘘をつけ!」百陌行の冷やかな声が轟く。「青茅山は既に滅んだ!この老いぼれが知らぬとでも?」
方源は苦い笑いを浮かべ、両手を広げて応えた。「正にその故に、此処におるのですよ。畏れながら、先達の御名を承りたく」
百陌行は名乗るか否か迷っていたが、傍らの若者が既に口を滑らせていた:「聞け、我等は百家寨の精鋭だ!此方こそ本家筆頭家老にして、わが叔父――百陌行閣下!」
その瞬間、百陌行は甥を蹴殺したい衝動に駆られた。
今回の百家の行動は大々的だが、真の目的は一族上層部以外知る者はない。従者ですら騙されているのだ。
表向きは狩猟修行による若様の胆力鍛錬だが、真の目的は白骨山の元泉位置の調査と初期駆除であった。
「されど、奴等に推測できまい」と百陌行は方源らを一瞥し、即座に平静を取り戻した。
「果たして百家か」方源は心中で冷笑する。
四人の蛊师が現れた時から、大凡の推測は付いていた。
百家の元泉は枯渇寸前であり、新しい元泉を探して遷徙せねばならないのだ。
家族迁徙は重大事で、準備作業も多岐に渡る。同時に機密保持も必須だ。
敵対勢力に知られれば破壊工作の的となり、百家は族滅の危険に晒される。
ただ方源の予想を超えたのは、百家族長が斯くも遠謀深慮であった点だ。十年前より既に準備を開始、族員を白骨山へ頻繁に派遣し、調査を重ねさせていたのだ。
百家の将来の興盛は、実に理に適っている。
百家蛊师の出現は方源を少し驚かせた。これは間違いなく彼の今後の行動に甚大な影響を及ぼすだろう。
だが顔面には適切な微笑みを浮かべ、拱手して「お見それいたしました。百家寨の御同門とは!」と言う。
振り返り白凝冰に告げた:「凝冰、引け。百家寨は魔道では無い」
その優しく柔らかい口調を聞き、白凝冰は全身に鳥肌が立つほどだった。
内心の不快感を抑え戦意を収め、更に一歩退き、沈黙を保った。この行動に対する四人の蛊师も思わず安堵の息を吐いた。
無論――白凝冰は三转蛊师だ。それも頂点の。
「その娘の名は凝冰か……」百陌行の甥は心で繰り返し、眼差しが少し呆けた。
百陌行は目を細めて探るように言った:「どうやら古月賢兄は道中で魔道中人に遭われたと?」
「然れ。今思い返しても微かに胸騒ぎがする」方源は胸を軽く叩き、眼の中に畏怖の色が滲んだ。「だが幸い族長殿と家老衆が駆け付け、かの三转蛊师を誅して下さった」
「族長と、家老たちが……」百陌行の胸が「ガクッ」と揺れ、慌てて問う。「まさか古月一族の族長や家老衆が近くに?」
方源は首を振り、嘆いた:「本隊とはぐれてしまいましてな」
百陌行は胸中の重荷を下ろした。
すると方源の次の一言が彼の心臓を再び宙吊りにした。「しかし遅くとも近いうちに再会できるでしょう。何せ我々(われわれ)の目的地は——白骨山ですから」
「白骨山だと!?」百陌行の喉が上がる。「何の用で?」
「それは…」方源は意図的に口ごもり、明言を避けた。
百陌行の冷たい哼い声と共に、不吉な答え(こたえ)が脳裏に浮かび上がった。
青茅山が滅んだ以上、古月族の残党が真っ先に行うべきは何か?言うまでもなく陣を張り再建すること!
「まさか奴等も白骨山を選んだのか?呪わしい!」一瞬にして百陌行の心に激しい殺意が湧き上がる。
もし彼の推測が正しければ、青茅山軍は百家の敵でしかない。
しかし間もなく殺意を押し殺した。
彼は既に老いて、若者の如く衝動的ではない。
老獪な処理は常に堅実を旨とする。
気持ちを落ち着けて考え直せば、即座に二人を殺害してもおそらく無駄だと悟った!
彼等を殺害しても、青茅山残党が白骨山に来襲するのを阻めない。それどころか事態を悪化させ、真っ先に強敵を創出する結果となる。
そしてその敵は――根城は無いものの強力だ。古月家の若様が言ったでは無いか?「本隊に族長と家老衆がいる」と。更に警戒すべきは、これらの者は死地に陥れば死兵と化して戦うことだ。
次に、今直ちに手を下したとしても、凝冰という少女は紛れも無い三转だ。こちらは優勢だが確実に損耗を出す。
更に、この様な重大事は己の独断で決めるべきでは無い。族長も遠くでは無いのだ。其方に仰ぎを承るのが妥当だろうか?
百陌行はここまで思索し、方源たち二人を宥めることを決心した。
「これは奇遇だ!」百陌行は熱意に満ちた笑顔を作る。「賢兄よ、我が百家の本隊が近くで毎年恒例の大狩猟祭を催しておる。我々(われわれ)は半分地元の者、ぜひ賓客として地主的義理を尽くさせてくだされ」
「それは…」方源は再び芝居で躊躇する。
「是非!羊の脚の丸焼きは天下一品ぞ!」百陌行の甥も口を添えたが、視線は凝冰に張り付いたままだ。
方源は腹をさすり、困惑と欲求が入り混じった表情を作る。
百陌行の目に鋭光が走り、豪快に笑う:「ためらっておられるな。そうされねば老夫の面目を潰すことになるぞ!」
方源はようやく腰を折り:「ではお言葉に甘えて、貴家にお邪魔する所存でござる」
……
広壮な天幕の中に宴席が展開された。
方源と白凝冰は各々(おのおの)一人前の食案を与えられ、隣接して着座している。
数名の家老が対面に座り、上座には百家族長が鎮座する。
天幕の頂部は撤去済みで、碧天が覗く。中央では小羊の丸焼きが炎の上で焦褐色に輝き、芳醇なる脂香が天幕内に立ち込め、肉汁が炭の上に[ジュージュー]と滴っていた。
「さあ、脚の肉こそ最も柔らかうござる。遠方の賓客よ、心おきてご賞味あれ」百家族長が熱く招く。
彼女は中年の女杰であった。手振りで命ずると、羊を焼く家僕が切り分けた脚肉をまず方源に献上し、続いて銀の大皿に載せた二本目を白凝冰の前に差し出す。
湯気を立てる羊腿――方源が一咬じすると、サクサク、香ばしく、柔らかき最の極み。蜂蜜やクミンの香辛料を添えれば、絶妙なる味わいとなること必定であった。
「まさしく人間の絶味!草裙猴脳にも引けを取らぬ」口数少ない白凝冰ですら口を開いて感嘆した。
「賓客に御満悦頂だきこそ、主人の本望」百陌行が哄笑する。
方源が食べ進む内、涙がこぼれ落ちた。
一同驚く中、百家族長が急いで問う:「方正賢兄、何故の落涙?」
「食の絶妙に心打たれつつも、凝冰と共に明日も知れぬ逃避行を想い、衣は体を隠せず食は腹を満たせぬ同胞の艱難を思い、感無量で堪え難く、どうか御赦しを」方源は起ち上がり拱手する。
家老衆は顔を見合わせ吐息が漏れ、百家族長は問い掛ける:「古月の遭難に対し、衷心より哀悼します。賢兄、青茅山にはいったい何が起きたのか?」