凡そ三转蛊师の獣群戦は、游撃戦で臨むものだ。元石で真元を継続的に回復しながら戦いを長引かせる。白凝冰の正面突破がここまで持ったのは奇跡に近い。
蠱師の真元が干上がれば、戦闘力は底を突く。
彼女は頻りに峭壁を振り返り、登攀による脱出の可能性を探り始めた。
岩壁に悠然と寄り掛かる方源の姿を視認した瞬間、怒髪天を衝いて罵倒する:「ほうげん!私が命懸けで戦う間に、お前は見物かッ!?」
方源は冷ややかに鼻を鳴らした:「元北冥冰魄体の立派な白凝冰が、たかが百獣群にすら手を焼くとはな?」
「口だけの雄たれが! そんなに言うなら自ら出て戦え!」と白凝冰は逆上した。
方源は嘲笑った:「俺が三转の境地ならとっくに掃討している。出る幕など残してやらん」
白凝冰の逆上した呼吸が荒く、怒りで五体が震える。
方源が厳しい口調で諭す:「凝冰よ。湯水のように使い果たす癖がある。元の北冥冰魄体なら真元力回復も速かったろうが……」指摘は苛烈だ。「今は甲等九級の資質だ。それでいて従来の乱用では足りぬのも道理。真の蛊師は真元力を一滴ずつ計って使う。これからは俺の指示で動け。お前の戦術は粗雑過ぎる―― 細密化が必要だ」
「はあ?」白凝冰の口元が痙攣した。「俺の戦術が粗雑だと?族長や家老が幾度白家最強の技巧派と讃えたのを!」
「凡庸どもと較べて何の得があろう?よく聴け…」
白凝冰は冷笑を三度吐いたが、方源は毫も躊躇せず戦術を説き続ける。
その声は白凝冰の鼓膜に不可避に流れ込んだ。初めは無視していたが、次第に表情が変貌し始めた。
侮るような不屑から次第に険しい面持つきへ、ついには深く考え込む様相へ——
方源の言葉は一句一句が真珠の如く輝き、核心を衝き、妙なる極みに達していた!
前世五百年の経験が凝縮した結晶。時の堆積が生んだ精華——白凝冰の如き小僧ならぬ小娘に、震撼を起こさぬはずがあろうか?
方源が前世で生きた五世紀は、人老いて精と化する域に達していた。
この経験値の深淵は、古月一代も天鶴上人すら凌駕する。
この二大の老怪は千年近く生きたとされるが、実のところ活動期間は二、三百年に過ぎぬ。大半を休眠し、虫けらの如く命を繋いでいたのだ。
普段ならば、白凝冰は方源の指針を流聞する程度だったろう。天才の誇りが、たとえ衝撃を受けても服従を拒むからだ。
だが今——死のプレッシャーに押し潰されんとする中、体が先に動いた。すると瞬時く効果が顕現した。
六足鰐が次々(つぎつぎ)に斃れ、彼女の戦闘は加速度的に洗練されていった。
真元も体力も枯渇寸前だったが、一縷の真元も粗末にせず、寸暇を惜しむように使うことで、無駄撃を減らし攻撃効率を高めた。すると逆に戦闘中に真元と体力が、ゆっくりと、しかし確かに螺旋階段状の回復曲線を描き始めた。
一刻後、六足鰐の群れは半数以上を失い、二百余りの屍が砂浜に累積する。ついに攻勢を断ち切り、潮が引くように後退し始めた。
すると同時に、黄龍江の水面が盛り上がる。
その巨影は牙を剥き出し、刃の叢と化した口内。琥珀の竪瞳が白凝冰を歪めて映し、凍てつくような死の意志を放つ。
六足鰐の王——
百獣の王たる雄鰐王!
他の六足鰐とは明らかに異なる。この鰐王の巨躯は牦牛の如く、しかも六足着地せず、後肢二本のみで歩む。
人のように立ち歩く姿に肩幅は熊のごとく、甲板に覆われた尾は砂浜に深い溝を引く。
自由な四肢は全て(すべて)鉤爪状に変形し、実質四本の腕と化していた。その腕は岩のように凝り固まった筋肉に覆われている。
白凝冰は口元を歪めた。
全盛期なら、この百獣王にだって勝機は確かだった。しかし今——激戦後の疲弊で体力も真元も底を突いている。万全の状態の敵に太刀打ちできそうにない。
その時、背後から方源の声が響く:
「取れ」
青白にきらめく光が、彼女の空竅へ吸い込まれた。
蓮華の如き花模様が海底に根付く。
瞬く間に真元の海面が沸騰し始め、水位が暴騰する!
「こ…これは何の蛊!?」白凝冰は驚きと狂喜で震えた。
「天元宝蓮蛊よ」方源の声が虚空から響く。
「天元宝蓮…!?古月一代も渇望したという所以だ!」彼女は感嘆したが、直後怒気を爆発させた:「なぜもっと早く貸さなかった!?」
方源は軽やかに笑い流し、核心を指す:「幸い百獣王級で留まっている。肝心なのは——」
「その胸板の白斑が急所だ」
語り終えると、彼の全身が水光のように波打ち、次第に溶けるように姿を消した。
──鱗隠蛊の発動である。
「奸智に長けた卑劣漢!」白凝冰は心で呪いながら、雄鰐王の胸元へ視線を釘づけにする。
確かに洗面器程の白斑がある。だが、その四本の腕が巧みに死角を護っている——狙い撃つのは至難の業だ。
グオォオッ!
雄鰐王が咆哮し、弾丸の如く突進する。白凝冰は塵を蹴って横転がり、間一髪で回避すると同時に手を翻した。
鋸歯金蜈が豪速球の如く雄鰐王の背甲に炸裂!
バシッ!
散り散る火花が辺りを染め、武器が凄まじい反動で跳ね返る。彼女は危うく転倒しかけた。
背甲には僅かに白い疵跡が浮かんだだけで、雄鰐王は毫の傷も負わなかった。
フッッ!
その尾が一閃。風切音が空間を劈く。
白凝冰の視界に飛び込んだのは黒鉄の鞭──太く長く速い。避ける間などなく、天蓬蛊を極限まで駆動する。
ドガッ!
鈍い衝撃音と共に彼女は十数米吹き飛ばされ、硬岩の絶壁に叩きつけられる!
「ぐっ…!」
冷気を啜るような痛み。天蓬蛊の防御は卓越だが衝撃吸収機能はない。全身の骨が軋んだ。
ドッドッドッ!
雄鰐王が巨木の如き脚を踏み鳴らし、砂浜に巨大な足跡を刻みながら突進する。
岩壁にへばり付く白凝冰へ──死の影が眼前に降り立った!
雄鰐王の凶威は滔々(とうとう)と渦巻き、牙と鉤爪が死の舞を踊る。凡庸な者なら腰を抜かすか、踵を返して逃げ出すところだが、彼女は白凝冰だ。鋼鉄の意志を持つ。
「20歩、15歩、10歩、5歩!」距離を冷徹に読みながら、雄鰐王が殺到する寸前でようやく地を蹴った。
ゴゴゴゴォン!
一髪一毫の差で雄鰐王を躱、巨体は無残にも絶壁に激突する。岩盤が低吼を上げて砕け、降り注ぐ礫の川が瞬時く巨獣を埋もれさせた!
「畜生は所詮畜生!」白凝冰が高笑いしながら踏み込まんとしたが、何か思い付き足を止める。
次の瞬間、雄鰐王が巨尾を猛振して礫を撒き散らす。砕岩の弾丸が四方へ迸った。
白凝冰は静観し、やがて雄鰐王が瓦礫の山を搔き分け現れる。
無残な姿だ——刃牙の半分が欠け落ち、鼻孔から血脈が垂れる。黄金の瞳は今、煉獄の如き朱に染まっていた。
天を仰ぎ絶叫すると、今度は前身を低く伏せ、先よりも速い烈風の勢いで突進してくる!
白凝冰は一歩後退し、微かに笑みを浮かべて、流れるような体捌きで回避。
ドゴォオーン!
絶壁が大崩落。砂煙が渦巻き舞い上がる…
半時後、全身に傷を刻まれた雄鰐王が、虚しく胸の白斑を押さえ、なおも滾り落ちる血潮を止めようとする。
ドスン!
ついに無残に変わり果てた砂浜に、巨体は轟を立てて倒れ伏した。
「この血月蛊、存外に使い勝ってるな。出血止まらぬ特性こそが、雄鰐王をあれほど簡単に斃した所以か」掌の赤き月の刻印を眺めながら、白凝冰は思いを巡らせる。
王を失い、残存する百頭の六足鰐は主心骨を奪われ、一斉に黄龍江へ潰走した。
「ようやく…終わった」鋸歯金蜈を砂に放り出し、力尽きたように砂浜に崩れ落ちる。
方源の姿が現れ、雄鰐王の死骸の側に蹲(うずくまると探るように摸索る。
「見つけた!」掌を引き抜いた時、両手に各々(おのおの)一つずつ蛊を握っていた。
その様を目撃した白凝冰は、呼吸を乱して逆上した。自らが生死を賭して戦い、ようやく斃した獲物の戦利品を、毫も傷つかず、まるで収穫でもするように懐に納めようとする
方源は掌中の二匹を仔細に見据える。
一匹は瀕死の喘ぎを続け、微かに痙攣している。甲羅状で手の平大きさ――隆起した表面が鰐の鱗で覆われている。
背甲蛊だ。
もう一匹は無傷で静寂の如く微動だにしない。方源の人指し指と親指の間に弄ばれるまま。
鰐力蛊である。
小ささは人間の指ほど。超小型の鰐の形で頭と胴と尾があるが、四肢だけが欠けている。
背甲蛊も鰐力蛊も、二转蛊に過ぎない。
そもそも百獣王の体内に寄生するのは二转の野生蛊。千獣王なら三转、万獣王は四转の蛊を宿す。
「当然の結果だ」方源は手のひらの二匹の蛊を見て、些かの驚きもない。五百年の経験があり、雄鰐王の実力を看破していたからだ。
春秋蝉の気配を一縷洩らし、真元を吐き出して瞬時く両蛊を煉化した。
背甲蛊は方源の背中へ吸い込まれ、肩から腰にかけて鱗状の紋様と化わった。背中一面を覆う刺青のようだ。
名の通り、蛊师の背部防御を強化する蛊である。
鰐力蛊は暗黄色の光となって空竅へ没る。
黒白豕蛊と同様の働きで、蛊师の筋力を恒久的に強化する——一鰐の力!市価は極めて高く、普段市場に出回ることのない珍品だ。
「またあの手か…蛊を瞬時く煉化する!」目の当た(あ)りにし、白凝冰は怒りすら忘れ、瞳孔が針の先のように縮んだ。
かつて方源と対峙した時、この常識を超えた煉化速度に気づいていた。
家族に戻り文献を渉猟した際、煉化を補助する蛊の存在は確認したが──
今、改めて目撃し、直感が告げる:「真相はそれだけではない」
「手の内が多すぎる…天蓬蛊や血月蛊、鋸歯金蜈はまだしも、天元宝蓮まで持つとは!?」牙を食い縛る。「戦闘技術は明らかに家伝を超越している。さっき使ったのは一体何の蛊だ…!?」
背筋を這う冷たい戦慄が、脳裏の隅々(すみずみ)まで侵食していくのを感じた。