黄龙江は、南疆で第三の川。全長八千余キロメートルで、黄果山を源として発し、玄冥山、龟背山、青茅山、白骨山、雷磁山などを経由し、最後に海へ流れ込む。
もし南疆全体の地图を鳥瞰すれば、黄龙江は「几」の字の形をしており、南疆の面積の半分以上を貫流している。
幾重もの渦巻きは唸り砂を巻き上げ、一路狂涛の気勢は雄大なり。岸を裂き峡を穿つ大地を驚かせ、雲を帯び霧を吐き蒼穹に嘯く。
黄龙江の水流れは湍急、黄河の水は滔々(とうとう)と流れる。河の魚鳖蛇蚌には、また別の生気がある。今刻、河面の上で、一隻の竹筏が水波の中でがたがたと揺れ流されて流離している。
この青竹色の筏はかなり破れて、傷だらけであった。筏の中央には粗末な帆柱が立てられ、白い古ぼけた帆が掲げられていた。帆柱の周りには物資が積まれ、重心を安定させる役割を果たしている。竹と竹の間は縄で縛り固められており。幾つかの場所は、何度も締め直しが施されており、これは明らかに江面を航行する中で、その場で急に緊急で加えた修正が多々(く)あったことを示していた。
川の水がごうごうと前へ向かって流れ、竹筏は水勢に乗り、波に漂いながら流されていく。
川水が打ち寄せる度に、竹筏は負担に耐えかねているかのような軋む音を立て、聞く者をはらはらさせた。
今にも崩れ落ちそうなこの竹筏の上に、二人の少年少女が乗っている。
一人は平凡な顔立ちの少年。黒ずくめの衣を身にまとい、漆黒の瞳に黒髪。もう一方は少女で、白い長衣を着、青い瞳に銀髪の仙女のような容姿。
まさに方源と白凝冰の二人であった。
青茅山の戦い以来、白凝冰は北冥冰魄体を自爆し天鹤上人を一時凍り付け封じ込んだ。彼等は苦労して氷を破り出て、青茅山の竹を切り倒し筏を組んだ後、即座に逃亡に走り遠方へ遁走した。
方源の千里地狼蛛は既に死んでおり、白凝冰の白相仙蛇は以前に自ら飛び去ったきり、消息が絶えたままである。
二人には移動用の蛊虫がおらず、己が脚力だけに頼れば速度が遅く過ぎ、天鹤上人に追い付かれるに決まっていた。故に方源は止む無くこの方法を取るほかなかった。
黄龙江は青茅山に支流が分岐しており、例の五转蛊である吞江蟾も、黄龙江本流から流れ着いて青茅山の麓に迷い込んだのだった。
竹筏は支流から本流に合流すると、川下へと一路に流れ下り、一日で千里余りを走る——速度は無論極めて迅かった。
「五日も経過した。どうやらあの老いぼれは、来ないようだな」筏の上に立った方源が振り返りながら呟いた。
竹筏の速度は、鉄嘴飛鶴王には到底及ばない。とはいえ飛鶴は獣力ゆえ休養が必須なのに対し、筏は水勢を借りて途切れなく進む。時が経つほど、方源らは安全となる。
加えて方源は覚えていた――天鶴上人が古月一代を斬り倒した時、彼は独りで戻ってきた。鉄嘴飛鶴王は既に死亡している可能性が極めて高い。
耳を轟かせる激流の音。白凝冰は方源を一瞥し、彼の言葉は聞き取れなかったものの、その意図は理解した。
彼女ははっはっはと笑った:「心配することなんてある?あの老いぼれが追ってきたら、踏み止まって死闘すればいいだけ。この黄龙江で戦うのは、きっと壮絶なものになるさ。でもここで死んだら、魚介類の餌食いになるだろうね。ふっ、それもなかなか面白い」
方源は彼女を無視し、遠くを見据えた。
計算すると、五日間の水路移動で、白骨山に極めて近づいている。
彼の記憶では、白骨山には秘蔵の伝承が隠されており、それは正道の四转蛊師が設けたもの。有縁の者を待つためだ。
「白骨山の伝承は、俺の前世では直接経験せず、伝聞だけだ。だが噂では、その伝承の中には二人が心を同じくして協力しなければ突破できない関門があるという」
方源がここまで考えた時、微かに白凝冰を一瞥した。
彼女と同行しているとはいえ、これは状況に迫られたためだ。強敵に追われる中、自身は未だ一转初階に過ぎず、外界を渡り歩くには援護が不可欠だった。更に、白凝冰は女に変貌した。自分は陽蛊[※1]を掌握しており、この最大の弱味を握っていることで、彼女に妥協せざるを得なくさせている。
果たして白骨山に入った時、自分と白凝冰は真に協調できるだろうか?
これは非常に重大な問題であった。
ギシギシ ボキッ
突然、鈍く重い断裂音が轟いた。
「まずい! 縄がまた外れた!」白凝冰は何度も聞き慣れた音だったため、即座に叫んだ。
川の流れは猛烈で、この五日間、青茅竹を縛る麻縄が何度も洗い流されていた。幸い方源は出発前に十全な準備を整えていた。
「新しい縄を早く! ここは当分俺が抑える」方源は慌ててしゃがみ込み、分裂した箇所を両手で押さえつけた。これで最悪の状況の悪化を食い止める。
黄龍江の激流は凄まじく、筏を固定するには相当な力が必要だった。白凝冰には到底無理で、双豚の力を持つ方源だけが可能だった。
幸いこれまで同様の事態が何度も起きていたため、白凝冰も手際よく筏の中央に立つ簡易な帆柱の麻縄を取りに向かった。
「今行く!」急いで戻り、縄を差し出す。
方源は素早くそれを受け取り、汗が噴き出るほど急いで巻き付け、幾重にも縛り直して、かろうじて断裂部を固定した。
「筏は限界だ。この状態ではあと一日しか持たない。明日の今頃には上陸しなければ」方源は吐息を漏らした。
黄龍江は安全などではなく、とうとうと流れる江水の中には無数の危険が潜んでいる。もし筏が川中で分解すれば、方源も白凝冰も水中に転落し、予測不能の命の危機に陥る。
トンッ
突然、かすかな鈍音が響いた。
「何の音だ?」方源は即座に眉をひそめた。白凝冰が耳を澄ますと不審そうな表情で「音? 私は聞こえないが?」
方源の耳介から細い根が生えると――ほぼ同時に、トントントンという連続音が途切れることなく続き、筏がわずかに震動を伝えた。
「川の中から何か筏を攻撃している!」白凝冰が驚声を上げた。
一本の黒線が、シュッと筏の脇の水面から飛射し、白凝冰の肩をかすめるようにすれ違った。
その暗影は信じ難ほどの速度で、視界で捕らえることも難しいほどだった。白凝冰はただ耳元が涼しくなるのを感じ、頬を伝う液体が滴り落ちる。思わず手で触れれば――血だ!
「なんだこの化物は!」彼女が罵声を上げ空を見やれば、梭型の黒魚が空中から江水へ落ちていく姿だけが目に入った。
「梭箭魚だ!畜生、一刻も早く上陸だ!」方源が怒鳴るなり風帆を引き寄せた。
梭箭魚は両端が鋭く、腹部が膨らんだ梭のような姿。大河や大海でしか見られず、無数の群れを成す。肉食で、数十倍も巨大な獲物をも集団で襲う凶暴な水棲生物だった。
シュッ! シュッ! シュッ!
一本また一本と、黒い矢が水底から噴射する。
筏が激震し、無数の棱箭魚が筏を直撃した。幸い青茅竹は竹の中でも最上級の硬度をもっており、辛じて耐え忍いでいた。多数の棱箭魚が筏底に喰らいついたため、筏は今にも崩壊しそうな危険な状態と化す。
方源が風帆を操り、江風を捉えて筏を傾け――岸へ急加速する。
だが江水に潜む棱箭魚の群れは諦めてはいなかった。膨大な黒い影が水中を乱舞し、筏へ激しく突進した。
パキッ
一本の青茅竹が割れ、一匹の棱箭魚が筏を破って跳ね上がる。勢い尽きて白凝冰の足元に落ちた。
全身の鱗が密生し、錐状の頭が鈍く光る。白凝冰は無念そうに見据えた――北冥冰魄体の自爆で、全身の蠱虫は凍死していたのだ。陰陽轉身蛊で命は救われても、蠱虫まで復活させる力はなかった。
バキバキバキッ!
続く竹片の炸裂音。
第一波の攻撃を耐えた筏は十分頑丈だった。だが第二波は無理だった。
江水が浸み込み、筏は破損して沈没を始めた。
「早く早く!」方源は罵りながら帆を守った。帆を失えば筏は推進力を失い、二人は黄龍江に投げ出されて必死だ!
棱箭魚の群れが第三波の攻勢を開始。無数の魚影が逆巻く矢雨と化り、竹材を貫通、麻繩を断断裂き、筏は大崩壊を迎えた。
天蓬蛊!
方源が必死に三转蛊を駆動すると、瞬間に空窍の真元海が恐怖の速度で暴落した。
甲等资质九割の天元宝莲を有する彼ですら、一转初阶の青銅真元では天蓬蛊の要求を満たせない。
白光がかろうじて虚甲を凝結するも、その姿は三转蛊師の威容とは程遠く、かすかに形を保つのが精一杯だった。
ドスン! ドスン! ドスン!
棱箭魚が虚甲に衝突する鈍音が続いた。方源への傷はないが、白凝冰は背中に裂創を負い、筏の上で狂気じみた身のこなしで攻撃をかわしていた。彼女は方源の背後に潜み、その虚甲で矢面の衝撃を耐え凌いでいる。
危機は頂点に――帆には無数の穴が穿たれ、筏の推進力は弱まりつつある。筏は元の三分の一以下にまで減少、増水した江水が足首まで浸り、もはや沈没寸前だった。
「ふざけるな…五转蛊师ですら俺を殺せなかったのに、こんな糞魚どもに果てるのか?」白凝冰は絶叫した。
もう一波の衝撃があれば、筏は崩壊し、水中に落ちれば死は免れない。
ところが——
棱箭魚の群れの攻撃が来ず、白凝冰は息を殺して怯え続けていた。
「岸だ!浅瀬には棱箭魚は来ない…ふぅ…これで当分安全だ」方源が溜息をつくと、全身が鉛のように重かった。
この数日間、彼は眠りも食も満足に取らず帆を制御し続け、体力の限界に達していた。
白凝冰も荒い息を続けた。真白だった衣は血に染まり、全身に数十ヶ所の傷が走る。辛じて戦闘センスで致命傷を避け、筏が魚の衝撃を緩和したため命に別条はない微傷であった。
方源が白凝冰を一瞥するや、自身の体にも鈍痛が走った。
彼も負傷しており、止まらない流血が続いている。
天蓬蛊はわずか数分の駆動で、空窍の真元海を完全に枯渇させていた。防御を失った肉体では、棱箭魚を防げるはずがない。
本来ならもう一日漂流する計画だった。
だが天に不測の風雲あり、人に旦夕の禍福あり。計画は常に変化に追いつけない。白骨山までまだ距離があるが、もはや上陸は必須だった。
帆は完全に機能を喪失していたが、方源は最善を尽くして暗礁を避け、浅瀬の砂地に筏を擱座させた。
二人は腰まで浸る水を蹴り、柔らかな白砂の上に足を踏みしめて岸へ上がった。
白凝冰が傷口を押さえながらドサリと座り込む。顔色は蒼白:「このままじゃ多量出血で…命は五分五分だ!お前の持ってる治療蛊を出せ!」
方源は苦笑いを浮かべた——治療蛊?どこに?ない。