膨大な量の元石が途切れることなく、古月一代の口内へ吸い込まれては噛み砕かれた。
白凝冰は冷たい眼差しで傍観している。
しかし方源は動いた。傍観せず、先の選択とは異なる決断を下したのだ。
「一代祖宗よ、危機迫る状況下、天元宝蓮を捧げ奉ります!」
誠実さを込めた口調で、早足に近づきながら──惜しむような、しかたないといった表情でありながらも、決心を固めた風を見せた。
古月一代は哄笑を轟かせた:「良かろう!我が血脈の末裔だけあって、このような孝心を示すとは、祖宗として誠に悦ばしい!」
彼はかねてより天元宝蓮を渇望しており、刃翅血蝙蝠群を差し向けて方源を追わせたこともあった。だが方源は素早く逃げ切れ、隙を突かせなかった。
しかし今この時、古月一代は微かな疑いすら持たなかった。
第一に、彼は先程まで表向きに敵対せず、「刃翅血蝙蝠群を派遣したのはお前を守るためだ」と言い続けていた。
第二に、方源が自発的に進み出て白眉に触れ、古月一代の真元消耗を支援し、躊躇していた衆人の決心を固めさせた。この忠孝の行いは、古月一代の脳裏に鮮烈に焼き付いている。
最後に、現在の状況は明白だ。方源が生存を賭けるなら、古月一代に希望を託して天鶴上人を打倒する以外に道はない。古月一代は万が一にも方源が自らの強力な味方を裏切り、手出ししてくるとは信じようがない。
故に方源が歩き出すと、古月一代は笑いを続けつつ「天元宝蓮を得ば、我が勝機は二割増しだ。皆、道を空けて通せ!」と命じた。
「天元宝蓮だと?!」血天蓋の外で天鶴上人が一瞬呆然としたかと思うと、絶叫した「絶対に渡すな!」
衆人の見守る中、方源は古月一代の傍まで歩み寄った。
「一代祖宗よ、私は悟りました!この古月山寨を築かれたのは貴方様、貴方様あっての私たち末裔でございます。昔よりかくも豊かな功績と偉大な事業を成し遂げられ、今また古月一族を輝かしい未来へと導かんとしておられる──天元宝蓮は正に祖宗がお使いになるべきです」
彼は崇拝の眼差しを浮かべ、熱く烈しく高揚した口調で訴えた。
古月一代は聞きながら幾度も肯き、心の中で思う:『この酔っ払い、口先はなかなかのものだ。骨法正しいが──それでもやはり後で血を絞って殺さねばならん。やるせないわい』
だがその時!
方源が腰を屈めたかと思うと、突如として手を出した。
古月一代を掴み取るや、腰の力を回し、流れるような動作で両腕を振るった。
低く喝を発して二猪の力を迸しり、全力を奮って激しく投げ飛ばした!
ビュッ!
古月一代は血天蓋の外へ空中に弧を描いて放り出された。
・・・・・
死を思わせる静寂が広がった!
この一瞬、万物がまったく静止したかのようだった。
外の風がそよそよと吹いている。古月一代は地面に打ち付け(つけ)られ、真赤な髪が風に揺られていた。彼は呆然自失の表情で、まだ事態を理解できていなかった。
彼の眼前、十歩も離れていない距離に、あの天鶴上人が立っている。
老人は方源が天元宝蓮を差し出したことに憤慨し、焦燥に駆られていた。まさか次の瞬間、これほどの劇的な逆転が起ころうとは夢にも思わなかった。
彼も固まってしまい、視線を真っ直ぐに眼前の古月一代へ向けていた。
古月一代は不倶戴天の仇敵であるにも関わらず、天鶴上人は夢かと疑い、動こうともしなかった。
血天蓋の内側、衆人は生ける彫刻のように沈黙し固まっていた。
ある者は口を拳ごと入れられるほど見開き、ある者は目を飛び出さんばかりに見開いていた。
白凝冰さえも貴公子然とした物腰を失い、口をぽかんと開けて方源を見つめていた。
血天蓋の中で半壊の竹楼がついに支えきれず、ドッサリと音を立てて倒れ落ちた時、衆人は触れ電に打たれたように我に返った。
「俺は…くっ…クソッ!」罵声を放す者。
「方源!お前何て愚かな!」指をさして全身を震わせる者。
「一代祖宗よ――ッ!」外へ飛び出し古月一代を助けようとしたが、血幕天華が行く手を阻んだ。
「小僧め! よくも祖宗を欺いたな! 生きたまま皮を剥ぐぞ!」
地面に転がった古月一代が反応し、罵倒の声を轟かせた。
「ハッ……ハハッ……ハッハッハッ!」
慌てふためく衆人の中、一人だけ哄笑する者がいた。
他ならぬ白凝冰その人である。
白凝冰は涙が出るほど笑い、方源に親指を立て(た)てて「面白い、実に面白い!
これこそが真の妙芸だ!」
「方源! 正気を失ったのか?」
「方源! 一代祖宗を陥れ、自らの血筋すら謀るとは——お前は人たる資格があるのか?!」
「くっ… 方源、お前は白髪の老いぼれに買収されたに違いない!
裏切り者め! 売国奴が!」
…………
周囲から非難の矢が浴びせられる中、激昂した群衆を尻目に、方源は淡々(たんたん)と笑った。
「我が身は三転の頂点。
何者が我を殺と?
何者が我を殺得ると?!」

この時、血天蓋内の三転蠱師は片手で数えられるほど。しかも全てが先程の真元消耗戦に参加したため真元は僅かで、元石も供出したまま補充できない。その他の者たちは凡に過ぎないか、一転・二転の蠱師に過ぎなかった。
古月一代が去った今、方源は血天蓋の中で確かに衆人を俯視していた。
「フフッ……」
方源は笑いを漏らすと、ゆるゆると腰を屈め、地面の二匹の蠱を拾い上げた。
左手には血颅蛊を載せ、右手には阴阳转身蛊を載せる。この二匹は古月一代の所有物だったが、今は体全体が微かな黄光に包まれ、符底抽薪蛊の封印を受けてしまっている。
古月一代が命がけで召喚しても、呼応できずにいる。
しかしこの封印は、方源にとっても障壁だった。
彼が封印を解かなければ、この二匹の蠱虫を制御し精製することはできない。
力ずくで封印を破れば、蠱虫自体も崩壊してしまうだけだ。
血天華蠱とは状況が異なる。血天華蠱は使用する際、捏す必要があった。封印を砕けば、自然と使用状態に入る。
しかし方源は焦らなかった。
彼は今から起こることを知っている──鎮魔鉄鎖蠱も符底抽薪蠱も、血狂蠱に汚染され、まもなく血水と化して消滅すると。
「はっはっは!我が良き師兄よ、貴様もついに今日という日を迎えるのか!
その命、貰うぞぉおおッ!」
天鶴上人は悦びの叫びを上げつつ天へ跳ね上がり、凄まじい攻撃を放って古月一代へ襲いかかった。
古月一代は鎮魔鉄鎖蠱に縛られ身動きさえままならぬ人形の的と化し、受ける身になって打たれ続けた。
痛みに怒号を上げ、絶叫し続けながら、懸命に縄目を捻じるも──。
不意に、鉄鎖が血の海へと変わり果てると、彼は束縛を解かれ、慌てて飛翔し血天蓋へ体当たりした。
ドカン!
一つの爆音、疑いようもなく、彼は血天蓋に阻まれた。
この血幕天華は彼自らが練り上げ、最も誇る発明であった。防禦力は卓越、一度発動すれば移動不可、解除不能──自らでさえ出るのみで再び入れぬ。
「小癪な小僧!くたばってしまえ!!」
古月一代のこの刹那の無念と方源へ向ける憤懣は、この世の全ての水をもってしても洗い流せやしない。
天鶴上人は勿論これを追い駆け、止め処なく哄笑した。
古月一代は血天蓋を捨て、身を翻して天鶴上人に抗った。先に大量の元石を噛み砕いたため真元は十分、劣勢ではあるものの、何とか防戦体勢を整えるのだった。
「一代祖宗、頑張れ!」
「一代様、私たちが応援しております!」
「祖先よ、貴方だけが希望です…」
二人の五転強豪の戦いは、殆どの者の視線を釘づけにした。しかし方源は視線を引き剥がすと、白凝冰を見つめた。
この局面はまさに二虎競う如く。一方で方源自身は兎に過ぎない。天鶴上人にしろ古月一代にしろ、老獪きわまりない老江湖である。この両者を共倒れさせ、漁夫の利を収めるなど、可能性はあまりに低かった。
誰一人愚かでは無い。ましてやこの二人は、熱戦の最中で頭が熱くなった連中でも無い。
何よりこの血天蓋は、一時的な安寧でしかない。効力が切れたその時、内側にいる者たち――彼自身も含めて――古月一代と天鶴上人の双方から激しい攻撃を喰らうのは火を見るより明らかだった。
まさに先刻再生を経験したばかりで、春秋蝉は再び衰弱状態に陥り、二度と使うことはできない。
今、取るべき策は自らを限界まで強くすること──最大限の努力を尽くし、かすかな生き残る可能性を掴む以外にない。
方源の心には既に定策がある。しかしこの戦略の中、決定的な役を演ずる一人の人物が存在する。その人こそ、白凝冰だった。
北冥氷魄体の自爆が、戦局を揺るがす巨大な力となる。殊に血天蓋の外で二人の強者が互いを消耗させ続けた後であれば尚更だ。
然し乍ら、いかにして白凝冰を口説くべきか?
方源が白凝冰を見据えると、白凝冰もまた感応して視線を返した。
人混みの中、二人は互いを見つめ合う。
黒衣に身を包んだ方源の黒髪は闇を纏い、漆黒の瞳の端に、妖しくも艶やかな笑みが浮かんでいる。
「十絶大限を一時的に解決する方法が在る。
君を死の淵から蘇らせることができる」
彼は第一の言葉を放った。
白凝冰の全身が震える──
『当然…生き延びたかった…!方法だと!?』
だが方源は言の葉を翻す:
「だがな、この方法は成功の可能性は極めて低い。
大方失敗に終わるだろう」
この言葉が、逆に白凝冰の確信を固めた。
続ける方源の第三の言葉が耳に刺さる:
「だが仮え失敗に終わろうとも──」
「その一瞬は、君の最期に永遠の光彩を刻むと約束しよう」
白凝冰の胸中が轟いた。
方源はわずか三言で、彼の心の最深部を貫き、説得したのだ!
彼もまた賢明な者、一呼吸思索した後、直球で問う:
「ならば…私は何をすべきか?」
方源の口元に笑みが広がる刹那、符底抽薪蠱が血水へ溶け落ちた。
血颅蠱と阴阳转身蠱の封印が同時に解け、飛び去らんとした瞬間、方源が鋼鉄の鉤爪で締め上げた!
春秋蝉の気配を振るうと、これら四転の蠱は瞬くして畏怖。
真元を一気に注ぎ込み、刹那にして煉化し、我が物と為した!
「事態は?! くそっ!」血天蓋の外で、古月一代は突然脳天を割られるような痛みと共に、血颅蛊と阴阳转身蛊との繋がりを失った。
驚愕に満ちた彼は冷静さを失い、血天蓋に体当たりしてきた!
「ありえん! お前がそんなに早く…わしの三匹の蛊を錬化できるはずがない!!」
古月一代は凄まじい怒号をあげ、狂ったように血天蓋を攻撃し続ける。方源が虎の口から獲物を奪い、血颅蛊と阴阳转身蛊を奪取したことは、彼にとって命を奪われるに等しかった。
衆人は色を失って後ずさりした。古月一代は絶体絶命の猛獣のごとく、目尻から本物の炎を噴き出しながら怒り狂っている。
しかし間もなく、天鶴上人の追撃が殺到した。
方源が虎の口から獲物を奪い、血颅蛊と阴阳转身蛊を強奪したことは、古月一代の命を奪るに等しかった。
衆人は慄然とし、揃って後ずさる。古月一代は窮地に陥った猛獣の如く、目尻から実の炎を噴き出さんばかりの怒涛の形相。
然れど間もなく、天鶴上人の追撃殺到。
「殺してやる、必ず殺してやるぞぉ!!」
古月一代は狂乱し、防御無き怒りの攻撃を悉く天鶴上人に叩き付けた。
天鶴上人は衝撃を受け、激しい逆襲に遭う。
両者は再びもつれ合い、戦闘は死せんばかりの段階へ突入する。
「フゥッハ!」
方源は哄笑を一つ放つと白凝冰に言告ける「我に従え、屠りを開始せん!」
声の消え去らぬ内に即座に行動──鋸齿金蜈が狂おしい咆哮と共に、方源の側にいた蛊师の同族一人を瞬時に両断した!
血颅蛊!
続けざまに方源は血颅蛊を操り、迸しる鮮血を一滴残さず吸収する。