方源は直ちに鋸歯金蜈蚣と血月蛊を駆動し、氷を破り出ようとする。
だが氷層が極めて厚く、寒気が濃厚に満ちているため、一寸の氷霜を削っても二寸が凝結する。方源は窮地に閉じ込められ、脱出不能であった。
まさにその時、氷河の下から仄暗い血の光が湧き出た。
血光は最初一筋だったが、間もなく拡散し、次第に盛んに輝き、血の霞のように一面に広がった。
「ハッハッハッ!」長笑の声と共に血光が天を衝き、古月一代が氷を破り出た。無様ながらも猖獗さを増して言う:「この北冥冰魄体が四轉の修為を持っていれば、我を封殺できたかもしれん。残念なことよ、たかが三轉の頂点で…」
そう言い終えると、視線を氷河の中に閉じ込められた方源へ向けた。
「北冥冰魄体が貴様を殺せぬなら、兄弟弟子である我れが代わって仕留めよう」
遠くの空から、天鶴上人が悠然と飛来する。座下には例の鉄嘴飛鶴王。先程高天へ舞い上がり、鉄嘴飛鶴王を助けて血河蟒を斬り捨てた後、今勝ちに乗って到来したのだ。
この時、青茅山に残ったのは、最早この三つの者のみである。
白凝冰は氷山と化わって消え、意識もほぼ消滅した。氷河の中に閉じ込められた方源は、まるで昆虫が琥珀の中に封じ込められたようだ。
一方、二人の五轉蛊師に目を転じれば——古月一代は資質を向上させ、空窓に蓄えられる真元も増大している。天鶴上人もまた休息を経て、戦力の大半を回復させていた。
二人の視線が、氷河の中の方源の身に集中した。
古月一代は方源を殺し、その血を搾り尽くそうと企む。天鶴上人は古月一代を阻止せんがため、方源を守って自らの手を縛る愚かさはせず、むしろ先手を打って方源を先に葬ろうとする。
両者の心性から言えば、傍観者を容認する道理などない。万一相討ちとなった時、第三者に漁夫の利を得させることなど、絶対にあってはならないからだ。
方源は長嘆する——二人の視線を見た瞬間、もはや死は必定だと悟った。
今や雷翼蛊も千里地狼蛛も失っており、仮え持っていても、二人の五轉強者の追撃を逃れられる保証はない。
三轉の頂点たる彼の修爲は、五轉と比べるべくもない。この状況で、彼は俎板の鯉。向こうには二振の無双の刃が迫っているのだ!
戦えば勝てず、逃げれば走れぬ。だが方源には、なお一つの秘術が残されていた——
それこそが、春秋蝉!
方源は心神を空窓に注ぎ込む。空窓にはもはや光膜はなく、粗い石窓だけが存在する。
雪銀色の真元の海は、なお大半が残存していた。石窓は真元を回復する機能を喪失しているが、方源は天元宝蓮を持つために、かくも豊富な真元を保つことができていたのだ。
これらは重要ではない。方源が注意を全て向けるのは、石窓の最中央に潜む一つの蛊虫だ。
それは彼の本命蛊、六轉に達する春秋蝉!
ただこの蛊を以て光陰の河を遡行するのみ、奇跡を再現し得る!
不可能の手段で、運命の結果を簒改せんと!
だが――
この手段を用いるは、極めて危険である。
第一に、光陰の河は大いなる道の禁域
凡の身が足を踏み入れれば、天の法を犯すことに等しく、必ず天罰地災を被る。
次に、春秋蝉は未だ全うせず
穴だらけの難破船の如く、強引に光陰の河を渡らんとすれば、半途で転覆し沈没しかねない。
最後に、方源は三轉の頂点に過ぎず
六轉の春秋蝉を駆使するなど、乳児が大鉈を振るうが如し
扱い損ねれば刃で深手を負う羽目になる。
「もし春秋蝉を使えば、自爆を招くことになるだろう」
全て(すべて)の修為を、血肉骨の一切を、他の蛊虫の全て(すべて)を滅ぼし
一つの推進力と化わらせ、春秋蝉を推し進めねばならぬ
前世と比べても、この自爆の力など微々(びび)たるもの
「ああ、大方単なる自殺に終わるだろう」
されど今この時、途は尽き果て
この蛊を用いるより他ない!
方源も止むを得なかった。
先に、彼は石窓蠱を使い果たしても春秋蝉を動かしたくなかった、これほど危険だったからだ。
成功の可能性は十中に一すら怪しい。
蛊師が高轉の蛊虫を駆動するとき、反噬の代償を払うのは常だ。古月青書がそうであったように。今、方源が望むのは「春秋蝉が本命蛊である」という一事のみだ。
「小僧!命を捧げよ!御先祖様に血の力を奉ずるがいい!」
「小僧、そは不運というものだ…卑劣な先祖を持ったのが災いだ。我が儂が貴様を解放してくれよう!」
古月一代と天鶴上人が同時に襲いかかる。
方源は絶壁の際に追い詰められ、ただ身を躍らせるより他なかった!
「春秋蝉、来れッ!」
彼の双眸に奇異な光が迸し、叫び声と共に体が青黄い二色に爆閃した。
「この気息は?!」
「ありえぬ!まさか六轉蛊虫だ!?」
この瞬間、二人の五轉蛊师は愕然とした。だが直後、貪欲な表情が面に溢れた。
「殺して六轉蛊を奪え!」
「天降の機縁だ!小僧、素直に献上するなら生かしてやるぞ!」
突進の速度は三割増しとなる。
だがその時こそ、ドカン!!!!!
方源自爆!
「何っ──!?」消滅寸前、五轉蛊師二人の悲鳴がかすかに聞こえたような気がした。
伝説によれば、この世界には「光陰」という名の長い川が存在する!人はその川の中の魚のようなもので、流れは非常に急で、ほとんどの魚は流れに身を任せるほかない。ごくまれに、一匹か二匹の魚が水面から飛び跳ねて、川下の情景を見ることがあるが、それがすなわち未来の予知である。
この光陰の川がなければ、世界は完全に静止し、一枚の絵に成り果ててしまう。この川があるからこそ、すべてが変化し、世界が生き生きとし、衰退し、あるいは繁栄できるのだ。
光陰の長河は滔滔と流れる。一滴一滴の波しぶきが、一つの物語であり、かつて起きた一瞬の情景である。
急流のさなか、小さな蠱虫が一匹、流れに逆らって遡ろうとしている。
その虫は両翅を奮って進むも歩みは困難を極める。荒れ狂う激しい奔流は、波が打ち寄せるたびに、その虫を危うく飲み込みそうになる。
蠱虫は方源の意識と記憶を背負い、体からは黄緑色の微光が輪を描いて放たれている。その光は奔流の中であたかも風前の灯のように揺らめいている。
ついに、ほんのわずかな距離を遡ったところで、黄緫色の微光はほとんど消えかかる。春秋蝉が限界に達した瞬間、シュッと一筋の光跡に変化し、一つの波しぶきの中へと飛び込んだ。
方源は全身を震わせ、両眼の奥で一瞬黄緑がかった微光が走った。
その光は瞬時に消えると同時に、彼はぶるっと寒気のような震えを覚えた。
意識と記憶が脳裏を衝き、瞬時に融け合った。
成功だ!
胸中に狂喜の奔流が渦巻く──また再び生き還ったのだ!
この事実を悟るや、即座に目を光らせ周囲を見渡し、自身の状況を観察した。
真元が刻々(こっこく)と消耗していること、手首や胴体が白眉に絡み取られていることに気付く。
更に見定めて、ああ!
なるほど、この時だったかと理解した。
鉄血冷の仕掛けが発動した。古月一代は全身が鉄鎖に縛られ身動きが取れず、額には黄色の符が貼られている。これぞ鎮魔鉄鎖蠱と符底抽薪蠱だ。
一方あの天鶴上人も地上に降り立ち、白い光輪に包まれながら、揚眉吐気蠱を全力で発動させ、古月一代の空竅内の全ての真元を消耗させようと試みていた。
方源は目を細めた。現時点では自らも白眉に絡まれ身動きが取れず、真元を消耗し合いながら好機を待つしかない。
符底抽薪蠱の作用で、一つの黄い光が古月一代の体内から飛び出した。
拳よりも大きく洗面器ほどもあるその黄光は、ゆらゆらと漂いながら地面へ落ち、光の塊の中にある血颅蠱を現わした。
「血颅蛊よ!数百年の時を経て、ついにお前と再会できた!」天鹤上人は遠くにそれを見つけるや、喜びの涙を浮かべ、激昂した表情で叫んだ。
古月一代は焦燥の余り牙をギリギリと嚙みしめたが、縄で五重に縛られて身動きできず、悔しさに身悶えていた。
黄い符の表面から更に一つの光塊が抽出され、地面へ落ちた途端、白黒入り混じった太极の光球へと化した。
その光球の中では二匹の特異な蠱虫が互いに絡み合い、追いかけ合っていた──これぞ阴阳转身蛊である。
方源の記憶通り、天鹤上人が大声で嘲った:「阴阳转身蛊!!親愛なる师兄よ、良くもまあこんな良品を探し出したものだ。はっはっはっ!人に転生しようだなんて?残念だったな、俺様の妨害に遭ってしまって!」
方源が再び古月一代を見る。
果たして彼は地面に座り、焦って足をバタバタさせ、絶叫を繰り返しながら、乱れ狂った髪を振り乱す──まさに完全な失態ぶりだった。
「まだ待て。時機は迫っている」方源の瞳に鋭い光が走りながらも、動かずにいた。
第三の黄光が抽出され地面へ落ちると、それは半透明の水球のような真紅の蠱と化した。
方源は胸中で震えた:「血幕天華蠱!」
正にこの蠱が状況を一変させ、古月一代を窮地から救うことになるのだ。
血幕天華蠱は古月一代が開発したもので、方源も以前は知らなかったが、今ではその特性を明確に理解していた。
果たして直後、古月一代が叫んだ:「早く早く誰か来て、この蠱虫を斬れ!」
数人の蠱師はこれを受けて即座に前へ進み、蠱を叩き潰した。
ブーン!
かすかな共鳴音と共に、血幕天華が「再び」天地に展開。真紅の球状天蓋が内外を遮断した。
一部が半球の外に阻まれる一方、他の者たちは内部に閉じ込められる。
血の天蓋は白眉を断ち切り、方源らは天鶴上人との真元消耗戦から解放。瞬くして拘束を脱し自由の身となる。
天鶴上人は障壁に阻まれよろめき立ち上がると、冷やかな笑いを漏らした。
問答を交わした後、彼は血天蓋への攻撃を試みるも効果なく手を止め問う:「この蠱は何者だ?」
古月一代は得意満面に答える:「良くぞ問うた。我が独自で合練し生み出した血幕天華蠱よ。
水幕天華は四転ながら五転の攻撃を防ぐが──」
「我が蠱は五転の高位ゆえ防御力は遥かに優れる。
水幕天華は主すら通わぬが、血幕天華は我がみ自ら『出れど入らぬ』」
「師弟よ、心行くまで打ってみよ。力の限りをな。
我が真元が恢復した暁には、お前の腐った首を刈りに外へ出てやる。フゥハッ!」
天鶴上人は激怒し再攻撃を試みるも、またも失敗。
冷静を取り戻すと、その場で真元を補充し、血天蓋が時限を迎えるのを待つ選択をした。
蠱師たちは血天蓋が泰山のごとく安定しているのを見て狂喜し、自らの命が助かったと確信。我先に古月一代へ媚びへつらい始めた。ただ一人、白凝冰だけが冷やかに鼻で笑った。
古月一代は流れに乗り大量の元石を要求。衆人は我先に財布を解き、進んで差し出した。
鉄鎖に縛られ不自由ながらも、血濡れの巨口で元石を噛み砕き、真元を驚異的な速度で補充していく。
天鶴上人はそれを見て怒鳴った:「馬鹿どもめ!
彼が動きを回復した時、お前たちの血で自らの資質を洗練し昇華させるために、お前たちを殺すというのに!
自らの首を絞めておるのだぞ!」
衆人は当然信じようとしない。
「フン、こんな幼稚な離間策を未だ使うとは、人に笑いものにされるとも知らぬか!」
「急げ急げ!老害が渡すなと言うなら、尚更元石を捧ぐのだ!」
「一切は古月一代様にお任せいたします!」