古月一代の笑声が一層高まったが突如止み、横を向いて天鶴上人を振り返り、怨念に満ちた声で言った:
「師弟、まさかこの日が来るとは思わなかったろう!我々(われわれ)は共に孤児で師匠に拾われたが、小さい頃から師匠はいつも貴様を寵愛した。
何故だ?
貴様の資質が甲等なのに対し、我が身は丙等だったからに他ならない!
貴様は甲等の資質だから、当然修為の進みも速い。
この丙等の身が、貴様より何倍もの汗と努力を費やさねば、辛うじて貴様の後を追えたことか分かるか?
表向きは『正道双鹤』と謳われても、常に主は貴様、我は従う身。輝くのはいつも貴様だった!
これも全て(すべて)、貴様が甲等の天才だったからだッ!
然も図らずも貴様は血海老祖の真伝の一つを手にした。
血髑蠱は肉親を斬り、純粋な血泉を抽出して空窓に灌ぎ込み、資質を向上させる事ができる。
この時の我が心境が分かるか?
この血髑蠱こそが唯一の希望だったのだ!
我が寝ても覚めても、頭から離れなかった希望だ!
これさえあれば人生を変えられ、運命を変えられたのだッ!」
「だがそれは俺のもの、俺のものだッ!」天鶴上人が地団太を踏んで罵倒する。
「ああ、お前のものだ」古月一代が肯く。「お前は資質も良ければ、運勢も良い。明らかに二人で出発し、共に敵を討ったのに、天は偏えに貴様だけを贔屓し、血海の真伝を授けた。分かるか?貴様が得意満面に将来を語る姿を見ながら、その時、作り笑いを続けていた我れに突然悟りが訪れたのだ」
「天は貴様を偏愛し、甲等の資質を与え、血海真伝を授けた。我れはどうすれば良い?我れは取るに足らない丙等だ。己だけの力でどうやって成功などできよう?奪い取るしかない!我れのものではないものを、我がものへと変えるのだ!天が我れに定めた運命とは、下僕扱いされ、他人の影になることか!我れは納得できん。なぜ我が身なのか?なぜ我れが下で貴様が上なのだ!?」
ここまで言うと、古月一代は逆にシクシクと泣き声を漏らし始めた。
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血鬼屍の躯は恐ろしき極み、この奇怪な声を発して、人の心に寒気を走らせずにはおかない。
「天が我れを偏愛せず、師匠も寵愛せず、世間も見込まぬならば、我れはなお一層自らを愛し、自らを信じ、自らに頼るしかない!
より一層努力し、より危うきを冒し、より奮起する!
ただこのみが我れを成らしめる!
だが正道とは綱常・倫理・情義・経歴・世代の枠に囚われる。このような背景も、才能も、資源もなき小人たる我れに何で成功せよというのだ?

「正道を歩めば、貴公子様や天才どもの搾取の的となり、老いぼれるまで経歴を積み、微かな成果しか得られぬ。
これこそが正道…クソ正道めッ!」
「魔と成り果て、倫理も情けも捨て、俗の決まりを投げうって、苛烈な代償を払う時にのみ、新たなる道を荆棘の中に切り開けるのだ!
故に我れは貴様を謀り、血海真伝を奪い、魔へ堕ちたのだ!
ガハハハッ!それならば、我れは魔と成り果てるまでだッ!」
「それならば我は魔となり果てるまでだッ…
そう、魔となり果てるまでだッ…」
声が血幕の内に幾重も反響する。
護罩の外では、天鶴上人は一瞬黙然とした。古月一代は笑いを収め、再び殺戮を始めた。数多の蛊师が斬殺され、鮮血は血髑蠱に吸尽される。そして凝練された血泉精華は古月一代の空窓へ灌がれ、彼の資質を昇華させる。
資質が高まるほど、空窓には更に多くの真元を蓄えられるのだ。
古月一代が古月族人を斬殺すればするほど、その資質は上昇する。元石を咀嚼した後は真元も貯蔵し増し、戦闘力が更に強大になる。
血幕の外で、天鶴上人は焦燥して五内を焼かれたが、血幕天華が天険の如く隔たり、為す術もなく嘆息するばかりだった。
遂に護罩の中に残ったのは、数名だけになる。
「小僧よ、天元宝蓮を奪ったな?
罪を償う機会を与えてやる。素直に差し出せ!
命だけは助けてやるぞ!」古月一代がじりじりと近づき、殺気を方源に集中させる。
方源は生存の可能性が極めて低いことを理解しつつも、微動だにせず冷笑した:
「その戯言は三歳児でも騙せまい。
ふん、これ以上近づけば天元宝蓮を潰してしまう。
忘れるな、この蛊は私が煉化したものだ。
心念ひとつで自壊させられる。
覚悟のほどを見せてみよ!」
古月一代の足取りは一瞬緩んだが、間を置かずに確固として方源へ迫る。
「小僧、なかなか度胸と知恵があるようだな。
その通り、お前は我が子孫、血を吸収し資質を高めるため、当然逃さぬ。
残念だが、かつて血種蠱で子孫の血脈を洗練し、古月陰荒体の出現を画策した。
もしそんな天才が現れれば、その血を尽くしくれば我が資質は甲等九割九分へ暴騰できたのだッ!」
「そのような者が現れれば貴様らも助けただろうに、運がなかったな。
フンフン、我が生き様で最も人に指図されるのは耐えられん。天元宝蓮は仕方なしだ、喰らえ、死ぬがいい!」
語音未だ落ちず、背中の翼を一振りするや、電光の如く身を射す。瞬く間に方源の眼前に出現した。
右の手を伸ばして捕縛せんとする。その刹那、方源の瞳孔が猛烈に収縮し、全身の毛が逆立つ。慌てて後退したが——
五轉強者をかわすのは所詮容易ならず。魔爪が届く寸前で、横から氷の如き巨掌が割って入った!
ドカンッ!
衝突音の中で氷手が砕け散り、寒気が迸る。古月一代は一歩後退した。
「白凝冰!?」方源が振り返り、手を出した者を見て少し驚いた。
白凝冰は切断面から冷気が白煙の如く湧き上がる断臂を引き込むと、瞬く間に新たな氷手が形成され、元通りに戻った。だが氷のままで血肉にはならなかった——十絶大限が目の前に迫っている証拠だ。
「まさか、こんな見事な死に様ができるとはな。
この戦いの結末を見届けられぬのが残念だ!」白凝冰は長嘆し、突然笑い出した。紺碧の双瞳が方源を捉える:
「方源よ、貴様と我は同類だ。
我が死は決まっているが、貴様までも死ぬのは勿体ない。
守ってやろう――
ただし一つ条件がある。」
白凝冰は三転に過ぎないが、死に近づくほど戦力が噴水の如く高騰していた。最後に古月一代を倒せる希望は彼のみだ!
「ほう、どんな条件だ?」方源の双眸が光る。
白凝冰は両腕を水平に伸ばし、あたかも世界を抱擁せんとするように。白髪が風に靡き、眉を軽く跳ね上げる:「代わりに生きてくれよ──この世の万般の精彩を目撃し、味わうがいいッ!」
一瞬、方源は心を動かされた!
この男は…
白凝冰を注視する方源の瞳に、かつて(た)の自分が浮かび上がった。
白凝冰の言葉は荒唐無稽に聞こえようとも、実に偽りのない真情にあふれている。常人なら決して信じまいが、方源だけがこの言辞に込められた深遠な意味を理していたのだ。
白凝冰は天稟の才に恵まれながらも、命数は紙の如く薄い。己の道を見出し信念を得た彼は、死を畏れぬが、この世への未練を断ち切れない。
心中には憾みがあり、万策尽き果て、その未練を方源に託すより他にないのだ。
「おおっ、なんと本物の北冥冰魄体か。
惜しいことよ、我が血筋ならば全員死なずに済んだものを」古月一代は残忍な笑いを漏らす、「北冥冰魄体だけを持って我れを阻もうとは?
甘すぎるわッ!」
語尾も消えやらぬうちに影が閃き、再び視界に現れた時には既に白凝冰の眼前にあった。
ドオォン!
爆響が轟き、両者の激突が炸裂する。
古月一代が二歩後退し、白凝冰の頭蓋の大半と上半身が爆砕される。
されど転瞬にして、ガリガリッ…
冷気が迸り、霜が結晶し、新たに躯体と頭部が再構築される。白凝冰が復活したのだ!
「まさか!」古月一代は衝撃を受けた。十絶体との対決など初めての経験だった。
両者は激闘を繰り広げる。白凝冰の修為は所詮及ばず、圧倒的に劣勢だった。しかし古月一代が幾度殺そうとも、彼を絶命させることはできなかった。
北冥冰魄体は今や不死身に等しく、傷の深さなど無関係に、瞬時く氷結して再生した。
これに古月一代の怒りと畏怖は倍増し、攻撃は更に狂瀾の如くなった。白凝冰は次第に生気を失ない、動く氷像へと変貌した。雪の如き白髪さえも、一条一条の氷糸と化わっていく。
時が、ついに来た。
死が、まさに今、訪れんとしている。
「万丈红尘缤纷彩
天涯云水路遥长
此刻风流归天地
不胜水中明月光!」
白凝冰が長吟し、ほのかな微笑みを浮かべる。
かくて、表情は永久に固まる。
寒風が驟然に巻き起こり、霜気が霧の如く猛烈に湧き上がった。
ガリガリッ…
大量の氷霜がその足元から蔓延し、みるみるうちに山脈が成長するが如く、氷河が地からせり上がる!
澎湃磅礴たる白氷が、竜獣の如く奔騰し、山崩れ海嘯の如く古月一代へと押し寄せる。古月一代は絶叫し、渾身の力を奮って抗う。頭の赤毛が逆立ち、全身から血霧が噴き上がる。無数の血滴子と刀翅血蝠蛊を駆使し、氷河にぶつかって推し進む速度を微かに遅滞させる。
しかし最終的に、彼は氷河に押さえ込まれ、幽閉され、飲み込まれた。
巨大な氷河が血幕の全空間を充満させた。ただ一つ方源のいる場所以外、白凝冰が特わざ残した人が立てるだけの小空間だけが例外だ。
ドッ!
軽やかな音と共に血幕天華蠱さえも氷河に押し広げられて破れた。阻害物が消えた途端、大量の寒気が狂乱の如く迸り、瞬く間に氷霜が結晶して氷河が四方八方へ延び広がる。
「血幕天華蠱すら押し破られただと!
この破壊力は…!」天鶴上人はその鋭鋒に触れようとはせず、急いで高空へ舞い上がった。
彼が震撼しながら見下ろすと、氷河が青茅山全山に拡大していくのが見えた。山頂から麓までを刹那の間に覆い尽くし、元鬱蒼と茂り生気溢れた青茅山を、一面の白銀世界へと変え、危険極まる凍土へと堕ちさせたのだ。
足元の氷地が絶え間なく隆起し、方源もその光景を目撃した。
この千里に連なる氷河は、一人の少年天才の散華を証し、白凝冰の無念と無常の嘆息を封じ込んでいる。
「不味い、直ちに脱出せねば!
白凝冰の意識が減衰し制御不能に!」方源は気付く——身を置く空間が縮小し続け、氷霜が際限なく増殖し、生存領域が刻々(こっこく)と浸食されていると。