蒼穹の高みに、碧く澄んだ青空。綿のような雲が幾朵も浮かぶ。
蠱師の老人は白鶴の背に騎乗し、刃のように鋭い白眉の下で、双眸が深沈とした殺気を放っていた。
「ふふふ…この恨みは、まずお前の子孫から清算してやろう」嘲笑いながら、眼下の戦場を見下ろし、枯れ木のような細い指を静かに下へ差し伸べた。
座下の白鶴は、すっと優雅な長い首を反らせ、清冽で長く響く一声をけたたましく放った。
鳴声が広大な空へ拡散し、余韻が嫋々(じょうじょう)と続く中、無数の共鳴が幾重にも重なって返ってきた。
「この音は何だ?」方源が地聴肉耳草を駆使している最中に、真っ先にこれを聴き取り、一瞬にして警戒心が張りつめた。
鶴の啼き声が途絶えることなく、甲高く鳴り渡り、まさしく壮観の極みであった。一二百の群れでも、二三千の鶴の共鳴でもなく、少なくとも一万頭もの飛鶴でなければ、このような効果は生じえない。
「まさか渡りの鶴群が来るというのか?」訳もなく、方源は極度の不吉な予感に襲われた。
鶴の鳴き声は戦場の蛊师たちの注意も引き、総べてが空を見上げた。
「あの空の正体は?」
「音からすれば、大型の渡り鳥群だろう。すべての蛊师に警告せよ——むやみに手を出し、厄介事を招くな!」白家の族長がそう言いかけた時、突然声が途切れた。
その眼窩が徐々(じょじょ)に広がっていく——視界に一羽、二羽、三羽…そして何千何万もの鶴が、密になり重なりながら、地面目掛けて急降下突入してくるのが見えたのだ。
「な、何だこれは?!」
「急いで防備せよ、防御体制を!」
「逃げたほうが早い!飛鶴は万単位、必ず万獣王がいるぞ!」
「狼襲が去ったばかりなのに、今度は鶴災だと?天よ……この青茅山は
誠に災難続きだ」
蛊师たちは総べて呆然となり、騒然となる中、心揺るがされ、戦意も揺らいだ。
狼襲を辛うじて凌いだばかりなのに、今度は鶴災が。青茅山の三大家族はいずれも甚大な損害を被り、この膨大な鶴群と戦う力など残されていなかった。
飛鶴は翼を畳むと、空を覆い尽くす矢の雨の如く、激しく降り注いだ。
怒号、恐慌の叫び、断末魔の悲鳴が同時爆発し、月刃・水弾・鉄棘などが各色の光芒を放って天空へ反照した。
短くも激烈な抗戦の後、蛊师たちは半数以上が死屍累々(ししるいるい)となった。
この飛鶴の嘴は鉄錐の如く、翼の一撃ごとに猪突の力を宿し、鋭い鉤爪は岩石さえも粉砕する。普通の飛鶴でさえ手強いのに、ましてや鶴群の中には百獣王級が大量におり、千獣王級さえ少なくなかった。
一族は狼襲に備える豊富な経験を歴史的に蓄積し、何よりも堅固な山寨に依存して防御できる。だがこの場所は山野が広々(ひろびろ)と広がるだけ、防御施設などどこにあるというのか?
最初の攻撃波だけで蛊师の半数が喪失した。飛鶴の鉄錐のような嘴が心臓を貫き、鉤爪が頭蓋骨を穿ち、翼の一撃で人間は血を吐きながら遠方へ放り出され、全身の骨が粉々(こなごな)に砕けた。
方源も攻撃を受けた。両眼は依然と白い混濁に覆われており、地聴肉耳草だけを頼りに攻撃を回避していた。
「方源!踏み止どまれ!」その時、背後から古月博の叫ぶ声が届いた。
方源は内心で訝しんだ。
古月博はどうしたというのだ?
先に自分の名を呼んだ時から声の調子がおかしく、奇妙にも自分を守ろうとする意思さえ感じられた。
その上、今はわざわざ支援に駆け付けるとは。
方源は老獪な策士ではあるが、神業のように全て(すべて)を見通せるわけではない。
このような緊迫した状況で、鉄若男が自分を十絶体と見做すことまで予測できようはずもなかった。
古月博は四転の強者。
方源を取り囲む飛鶴は単なる猛禽に過ぎず、彼の手にかかれば容易に撃殺され、あるいは散らされてしまう。
「方源か?お前か?」古月博が迷津霧の外に立つ。
方源の脳裏で思考が稲妻のように駆け巡った:
今この危険極まる状況において、古月博に寄り添えば生存率は飛躍的に向上する。
即座に応えた:「俺だ」
古月博が方源の声を聞き分けると、胸中の大石が転げ落ちた:「良い!方源、過去の事は水に流そう。とにかく一族がお前を守る!山寨へ戻り、我れが護衛して撤収する!」
しかし彼は知らなかった——山寨など方源にとって、逆に竜潭虎穴であるということを。
だが鶴災と山寨を天秤にかければ、前者が目前に迫り、逃げなければ即死。後者はまだ猶予がある、差し迫った脅威ではない。
方源は一つ息を吐き、躊躇しなかった:「族長、道案内を。必死で付いていく!」
だがその刹那、一羽の巨鶴が天から降り立ち、白眉の老蛊師が鶴の背中に端座する。凍りつくような声が響いた:「誰も逃がすものか。全員、此処で死に果てよ」
目が見えぬ方源だったが、隣の古月博が絶叫するのを聴き取った:「五转の蛊师!?」
明らかに古月族長には、相手の実力を看破する探知手段が備わっていたのだ。
方源は思わず心臓を掴まれた:なぜまた五転の強者が現れた? 小さな青茅山など、名山でも大河でもなく、天地の霊気が宿る場所でもないのに。なぜ五転の強者たちが次々(つぎつぎ)に現れるのか?
「まさか…古月一代と関係があるのか?」方源の脳裏に電光のよう閃いた。
心臓がドキリと跳ねた!
もし単なる鶴災なら、もう彼に勝機はなかった。野生の鳥類を利用することは難しく、自らの修為は三転の頂点にあっても、五転には到底及ばず、局面を打開することなど不可能である。
しかし今ここに、この五轉の蛊师が、無限の危機をもたらすと同時に、ほんの一筋の打開の希望ももたらしてくれた。
今の青茅山の局面で、三人の五轉蛊师こそが鍵の中の鍵。他の者は全て添え物に過ぎない。
五轉蛊师に相対できるのは、五轉蛊师だけである。
一瞬のうちに方源は決意を固めた。
時は来た!この賭けに乗るしかない!「族長殿、初代の祖が地底で復活しました。山寨に戻れば安全です!」方源が声を張った。
「な、何だと⁉︎」耳元に古月博の驚愕の叫びが響く。
その動揺こそが、かえって方源の心に確信を生んだ。
「こんな重大なこと、軽々(かるがる)しく言うはずがありません。山寨にたどり着いてこそ、命は保てます!」方源が続ける。
古月博も断固たる決断力の持主。即座に方源の腕を掴むと、山寨へ向かって突進した。
だが飛鶴は絶え間なく襲来し、行路を阻む。百獣王級、千獣王級が次々(つぎつぎ)に現れた。
古月博は血に染まりながら奮戦し、方源を必死に庇う。徐々(じょじょ)に足取りは重くなり、飛鶴の幾重にも重なる包囲の中へ陥った。方源は古月博の保護で、当座は安全を保っていた。
時が来て、迷津霧は自然に消散した。
方源が戦場を見渡すと、戦場には累々(るいるい)と死体が転がり、凄惨を極めていた。蛊师たちの犠牲は甚大だったが、鶴群も多数が倒れ、人間の切断された手足ばらばらに散る中で、黒白の模様の鶴の屍が目立っていた。
「これはまさか…鉄嘴飛鶴では?」方源の心に疑念が湧いた。
他の者たちは見分けがつかない、なぜならこの飛鶴は南疆の土着の鳥ではないからだ。だが彼だけが知っていた——この鉄嘴飛鶴の起源は中洲であると。
「む? 万獣王か、五転の强者!」次の瞬間、方源は半空中で巨鶴がゆったりと羽ばたき浮遊しているのを視認した。その背中に、白眉の白髪の冷酷な老人が座っている。
方源が視点を移し、傍らにいる古月博を見る。
この古月族長は体中傷だらけで全身血まみれとなり、死闘を繰り広げている。幾度も回避できたはずの攻撃を、方源の安全を守るために、自ら進んで身を挺して受けている。
「族長! 今の状況は極めて危険だ。蛊师たちはバラバラに戦い、飛鶴に切り分けられていずれ飲み込まれる。力を結集しなければ山寨へ戻れない!」方源が古月博に進言した。
「君の言う通りだ」古月博は戦場を鋭く見渡し、雷鳴のような声で呼びかけた。「諸君!大敵當前、わが古月山寨には対抗手段あり!我の下へ急ぎ集結せよ!」
その声は戦場に木霊し、たちまち無数の視線を釘付けにした。
「何?! 古月家に五转蛊师を制する切り札が?!」
「ないよりあったほうがましだ!」
「兄弟たち、古月族長の下へ突っ込め!!」
蛊师たちは既に絶望していたが、古月博の言葉に一筋の希望を見出した。
死の脅威のもと、かつて敵対していた蛊师たちは手を携え、速やかに一つに集合した。
「古月家…ふん。みんな師兄の血筋か」巨鶴の背中で、白眉の老人が嘲笑った。鶴群を指揮し遮ろうとしたが、考え直してその思いを止めた。「逃がしておいて一網打尽にするのも良かろう。奴らは皆、師兄の子孫だ。激闘の時に人質として使えるかもしれん。だが三人の四转蛊师は戦局を乱す能力がある。残しておけぬ。真っ先に始末してしまえ!」
そう思い至ると、白眉の老人は不気味な金切り声を上げ、指を弾いた——三つの白い光輪が飛翔して射かれる!
「この蛊は何だ⁉」熊家の族長が真っ先に被弾、白い光輪に覆われるや、動作速度が急激に低下し、蝸牛が這うように遅滞した。
残りの二人の族長も同様であった。
「方源よ、急いで行け!古月一族の者よ、命を賭けて方源を守れ!手段を知る者は彼だけだ!」古月博は数多の手を尽すも、光輪を解くことができなかった。叫び声を挙げ、覚悟を決めて白眉の老人へ向き直る。
方源は振り返り、この古月当代の族長を深く見つめた。
「方源家老、我れらが護衛する!」即座に大勢の古月の者たちが、方源の周囲に集結し、厳重に彼を包囲した。
治療の光芒の波、加速する旋風が次々(つぎつぎ)と方源の身に降り注いだ。
背中の向こうで轟音が響く。玄妙で残酷な運命に導かれ、かつては互いに疎んじ合っていた三人の族長が、今緊密に団結し、神秘の老人と生死を賭けた大戦を繰り広げていた。
戦闘結果に疑念の余地はなかった。
三人の族長は次々に戦死し、白眉の老人は悠々(ゆうゆう)と袖を払うと、巨鶴の背に微動だにしない。飛鶴の大軍が空を覆い尽くし、緩やかに古月山寨へ押し寄せる。
山寨内は混乱の極み。
泣き叫ぶ声が絶え間なく響く。
無数の竹楼が倒れ落ち、廃虚の間に並べられた死体は白布で覆われ、傷病者の呻き声が地に伏す者から漏れる。治療に奔走する蛊师たちの額には冷や汗がにじむ。
族長居館は半壊し、広場には深さ一指ほどの血の水溜が広がる。この異変に族民は戦慄した。
鉄血冷と古月一代の激闘が山を揺がせ、その振動が真上にある山寨を直撃していたのだ。
山寨に待機していた古月薬姫が待っていたのは古月博ではなく、三族の残兵たちだった。
「どういうことだ?」彼女は冷たい声で詰め寄った。
方源は沈黙を貫いた。背後の空を埋め尽くす飛鶴の大群こそが、最も雄弁な答えだったからだ。
「これは?!」
「天よ…」
「まさか我が古月一族が、今日滅亡するというのか?」
瞬時く間に古月山寨は大混乱に陥った。
「師兄、兄弟はるばる会いに来たというのに、なぜ出迎えないのかね?」白眉の老人が鶴の背中に居座り、声には氷りつくような殺意が満ちている。
その余韻が消えやらぬうちに、山寨の広場で血の水溜が突然十米も吹き上がった!
朱に染まった棺桶が垂直に現れ、血鬼屍へと変貌した古月一代が棺の中に立ち、刺すような赤目で白眉の老人を睨みつけている。
「お前も死んでいなかったのか…どうやってここを突き止めた?
さては先程の蛊师がお前の差金だな!?」古月一代が骨の通るような怨念の声で問い詰めた。