夕焼けが空を赤く染め、天辺の紅霞が火のように燃えている。
白凝冰は白い衣に雪のような白髪、丘の斜面に立っている。沈みかけた落日の残光が、彼の両目を照らし、まさに消えようとする命を暗示しているようだ。
「こんなに美しい落日を、あと何度見られるか……この天地の精彩を、僕はその中の点ほどの微塵しか見てこなかった。本当に惜しいことだ。特に周囲には、目障りな奴らが騒いでいてな」
白凝冰は心中で冷ややかに笑い、視線を引き戻し、周囲を一巡に見渡した。
古月と熊家の連合は、残り百人余の蛊師たちを集結させ、白凝冰をがっちり包囲している。
「白凝冰、お前が自ら予選から退けば、命は助けてやる!」
「そうだ、身の程をわきまえるなら、慈悲をかけて逃がしてやってもいい」
「白家の蛊師は、もう我々に殲滅されたも同然。残りも全てそ撃で足止めしている。援軍など期待するな。絶対に来ないぞ!」
方正、熊驕嫂、熊林、赤城の四人を首謀として、若手蛊師たちが代わる代わる挑発の言葉を投げ、白凝冰の戦意を削ごうと企んでいた。
しかし、それらの言葉は、白凝冰の心に微かな揺らぎようもなかった。
「ネズミどもが巨象の前で騒ぐとは、笑止千万だな」白凝冰は冷やかに笑い、軽蔑の色を浮かべて周囲を見渡した。「お前たちの中で興味があるのは古月方源だけだ。惜しいことに未だ現れておらん。ふふ…全員でかかってこよう」
そう言うと白凝冰は氷刃を凝らし、冷気がほとばしる透明な刃を手で撫でながら、周囲を一目も見ようとしない。
「こいつは傲慢すぎる!」
「ふん…我々(われわれ)を眼中に置いてないだと」
「兄弟たち全員で一撃ずつ加えれば、十人の白凝冰でも肉泥にできるぞ!」
蛊师たちは一時ざわめいたが、実際に無鉄砲に手を出す者は誰もいなかった。
白凝冰は孤軍ながら圧倒的な気魄を放ち、包囲する全員に畏怖の念を抱かせていた。
「皆、慌てるな。白凝冰の挑発に乗るでない。我々(われわれ)は事前に訓練しておらず、連携に齟齬がある。同時に手を出せば却って足並みが乱れ、奴に漁夫の利を与えてしまう」熊林が呼び止めた。
「じゃあ誰が最初に手を出すんだ?」赤城が問う。
熊家と手を組み白家に対抗しているとはいえ、この同盟は一枚岩ではない。先に動けば危険が増し、先攻側もまた敵方に利を奪われる懸念を抱かなければならなかった。
「構わん、私が先陣を切ろう。白凝冰、率直に言えばお前と戦いたくて仕方なかったんだ」熊驕嫂は腕組みをしながら一歩踏み出した。
彼女が鋭い口笛を一吹きするや、遠方から獣群の奔る音が響いた。林には瞬く間に無数の黒影が現れ、二百頭余りの黒熊が姿を露した!
先頭の黒熊は同種より一回り巨大で、百獣王級の存在だった。狼潮は危険であると同時に機会でもあった——熊驕嫂はその危機を乗り越え、三転蛊師へ昇格。馭熊蛊も三転に進化し、獣王級の熊を制御できるようになったのだ。
これが熊驕嫂の切り札だった。
「姐御が凄いぜ!」
「くそっ…こんなに熊がいるとは」
「熊の大群に我々(われわれ)の百人だ。はっ、白凝冰の息の根も此処で止まるな!」
熊家の蛊師たちは興奮のざわめきを立てた。一方古月一族の表情は複雑だった——熊驕嫂は熊力の死後、熊家の担い手となった。対照的に古月家は青書の死後、漠塵までもが落命した。方源は三転に昇格したものの、丙等の資質では大きな期待が持てない。
「幸いに我々(われわれ)には甲等資質の古月方正がおる」多くの蛊師が方正を仰ぎ見ながら胸を撫で下ろす。特に今回の三族大比武では、彼は驚く程の成長を見せ、白家の蛊師を次々(つぎつぎ)に葬っていた。その手辣な戦い振りは族中の慰みとなっている。
「甲等の天才の名に恥じぬ器よ!」
「大局は決した!たとえ三轉の頂点であり、才能に恵まれていようと、百人の敵ではあるまい…青書様、今度こそ貴方の仇を討って見せます!…その後、もし兄貴が現れたら…」方正は白凝冰を睨みつけ、脳裏で想いが渦巻く。
「たかが獣王一頭だけか。詰まらない芝居だな」熊の群れが迫り来る中、白凝冰は悠然と欠伸を一つ。
全身から微かに白い冷気が滲み出ていた。
「北冥氷魄体…まもなく持たぬか」彼は既に天命が尽きるのを感じ取っていた。この体は限界に達し、遠くない内に命を落とす。今この瞬間さえも、肉体が崩壊の淵に立ち、全身の血肉が霜へと変移する兆しがあるのを悟っていた。
だがその中でさえ、白凝冰は平然とした様子を崩さない。夕焼けの残り火を一目見やると、ゆっくりと首を回して、襲い来る熊の群れへと視線を向けた。
「そんなに死にたければ、慈悲深く逝かせてやろう。これもわが命に一片の精彩を添えるかもしれん」微かな嘆息が漏れた。
少し離れた場所で、三族の族長と蛊師たちが黙然と立ちつくす。
「ついに決戦だ!白凝冰を討てば、これ以上の勝利はない!」熊家族長は心の内で興奮を噛み殺した。
「ふん…罠にかかったな。よくも結託して…くっくっく、白凝冰を侮り過ぎたな。さあ驚くがよい」白家族長は水面のように静かな表情を浮かべ、目を細めつつ謀略を巡らせる。
古月博は憂色を湛えていた。
今に至るまで、方源も鉄血冷も姿を見せない。
三族大比武の重要さは言うまでもなかったが、彼の心は日増しに戦場から離れていた。
「古月陰荒体…もし方源が本当にその資質なら、必ず彼を護り、血潮墓所へ連れて行かねば!」そう考えると古月博はそっと傍らの铁若男を一瞥した。
この铁家の少女は深い背景を持つが、既に古月博の掌握下に置かれていた。
铁若男は自らの状況を全く憂慮しておらず、父を信じ切っている。今彼女が一途に想うのは方源を捕えることだ。
方源の真の資質など、本気で調べれば判明する。もし本当に十絶体なら、彼の嫌疑が最も濃厚だ!
「ちくしょう!」方源は心で呪いながら、千里地狼蛛の背中にへばりつき、振り落とされぬよう必死にしがみついた。
彼は元々(もともと)、花酒行者が拓いた通路を利用して楽に前進しようと考え(かんがえ)ていた。
しかし好況は長く続かず、間もなくして千里地狼蛛は凶暴化したのだ。
空気中の元気を吸収し始め、己が力と化す。同時に三対の触肢を激しく動かし、新たな坑道を掘り進みながら地下を無軌道に暴走しだした。
その様子に方源は悟る。
この千里地狼蛛は花酒行者の指揮下で古月一代と激烈な戦闘を繰り広げた際、
すでに血狂蛊に汚染されていたのだ。
花酒行者は千里地狼蛛に乗って遠遁し、急ぎ山体の秘洞を改造。遺産を残した後、悔いを抱いて息を引き取った。
千里地狼蛛は主を失い、制御不能に拍車がかかり暴走。錯乱の末、逃亡時に掘った坑道へ戻った。
死が迫る中、幸運にも千里地狼蛛は自ら自我封印を施して休眠状態へ。死期を遅らせ、かすかな生機を保つ。
数百年後、方源がこの地に到着。石繭を掘り開き、千里地狼蛛を覚醒させる。しかし血狂蛊の弊害は根絶されておらず、時の経過と共に再発したのだ。
地下深くで、方源独りの力では地表へ脱出不可能。千里地狼蛛の能力に頼るしかない。
千里地狼蛛の凶暴化が著しく、制御は日増しに困難となる。方源は背中に騎乗したまま、運任せの賭けに出るより他なかった。
しかし幸いにも、事態はまだ始まったばかり。千里地狼蛛が暴走する頻度はさほど高くなく、方源もかすかな制御力を残していた。
制御度は低くなりつつあるものの、全体的には依然として正確な方向へ向かわせることに成功。千里地狼蛛に可能な限り地表へ掘り進ませているが、特定の到達地点を指定することは叶わない。
西天に残る陽は血痕の如く、戦場の至る所に肢肉片片が散らばる。
白凝冰は戦場に凛然と立ち、足下には厚い氷霜が刻一刻と広がっていた。
残存する蛊師三十人に満たず、互いに体を寄せ合い、僅かな安心感を得ようと必死だ。
熊の群れは既に全滅、熊驕嫂に至っては白凝冰の一太刀で斬首され、美しい頭部が遥か遠くへ飛び、頸からは血の泉が涌き出ていた。
熊林は白凝冰の氷錐に全身を貫かれ、古月赤城は氷像へと凍りついた。氷棺の中、彼は死の直前に必死で回避しようとした動作を留め、顔面には驚愕と恐怖、震撼の表情が生々(なまなま)しく刻まれていた。
方正は全身に傷を負いながらも出血せず、氷霜が傷口を閉じ込めている。
荒い息を切りながら白凝冰を睨む――この数分間の惨劇はまるで悪夢のようだった!
白凝冰の放つのは明らかに三轉の氣息。だがその戦闘力は既に四轉に迫る領域に達していた!!
「ふん…奴には似ているが、お前はお前だ。つまらん」白凝冰は一步、また一步と方正へ近づく。方正がここまで生き延びたのも、白凝冰が意図的に見逃した結果だ。
蛊師たちは騒然、士気は最低限まで落ち込んでいた。自らの族長が近くで観戦していると知らなければ、とっくに崩壊して逃散しているところだった。
「くそっ!くそっ!!なぜ戦力差がこんなに…俺は甲等の資質だぞ!ここで終わるわけには…!」方正は歯を食いしばり、心の中で咆哮した。
「死ね」
白凝冰が縦身に跳躍、空中で氷刃を高々(たかだか)と掲げる。
斬ッ!
刃身が急激に膨張、五倍以上に巨大化。抗い難い威勢で人々(ひとびと)へ叩きつけた。
「死じゃょ…!」
「あああっやめろ…!」
その刃を前に、多くの蛊师たちが崩壊し、絶望の慟哭を漏らした。
「くそっ…まさかここまで!」熊家族長は土気色の顔で呻く。
古月博が身動きせんとしたその時、白家族長が嘲笑を浮かべて阻んだ:「古月族長、誰も介入を許されん。契約を反故にするおつもりか?」
古月博は細目にしつつ言下に詰め寄る:「白凝冰は三轉に過ぎん!この戦力はありえぬ…貴公は公然の不正行為を働いている!」
「不正だと?ふっ…白つらに教えてやろう、我が族の白凝冰こそ北冥氷魄体である!」白家族長が声を張り上げて言い放つ。
「何?! 十絶天資だと?!」古月博と熊家族長の二人の表情が一変した。
「急報!族長殿、突如として正体不明の地震発生!山寨の竹楼数棟が崩壊、地面より血の混じった水が滲み出でております!死傷者は少ないものの、混乱の極みでございます!」古月家の蛊師が息切れながら急いで駆けつけてくる。
「まさか…そんなことが!」古月博の顔面が強張った。