血蝠群の中で雄の蝙蝠は一匹のみ、残りは全て(すべて)雌であり、雄蝙蝠の指揮命令に従っていた。
雄蝠と雌蝠は外見が似ており、差は大きくなかった。だが、方源の前世ではこの刀翅血蝠蛊を知り尽くしていたため、十分な時間さえあれば見分けることができた。
雄蝙蝠を失ってしまったこの群れは混乱に陥った。
方源はこの隙を狙って、鋸歯金蜈を振るい大殺戮を行った。
僅かな時間のうちに、二十数匹もの刀翅血蝠が討取られ、正に豊富な戦果であった。
だが、激烈な死闘のため、方源の空竅の真元の海は半分以上も減ってしまっていた。
「撤退だ!」方源は即断し、足を返した。
背後の血蝠群が態勢を整えた時には、既に百歩も離れていた。なお二十数匹の刀翅血蝠が追いすがり、残りは散り散りに飛び去っていった。
「はあはあ…」狭い洞窟を息を切らせながら駆け抜け、天元宝蓮を必死で起動する。
先の戦闘で消耗した空竅内には雪銀真元のみが残り、低迷した真元の海面は徐々(じょじょ)に、しかし確実に回復しつつあった。
時間が経つほど、方源の戦力は加速して回帰する。
突然──背後で雷翼がいきなり激しく羽ばたき、その推力が方源の体を押し流し、危うく洞壁に激突しそうになる。
雷翼蛊は血狂蛊に汚染され、ある限界に達したため、既制御不能の兆候を見せ始めていたのだ
「まだ遠くないうちに、雷翼蛊は血の池と化して新たな汚染源となるだろう」そう悟るや、方源は躊躇なく三度に渡って強制起動を試み、ようやく言うことを聞かない雷翼蛊を背中から剥がすことに成功した。
「行け」方源は決然として雷翼蛊を後方へ投げ捨てた。
後ろから迫ってきた刀翅血蝠群は、直ちに雷翼蛊をぐるりと包囲し、一気に群れ寄って切り刻んだ。
この妨害で、方源にもわずかな息抜きの時間が生まれた。
再び刀翅血蝠に追いつかれた時、彼の空竅内の真元は既に半分近くまで回復していた。
雪銀真元は淡銀真元よりも遥かに高効率だった。方源の戦力は初階時と比べて格段に向上している。
彼は朗らかに笑い、鋸歯金蜈を再び振るって激戦に突入した。
七、八匹(しち、はっぴき)の刀翅血蝠を斬り倒すと、残りは轟音と共に飛び散った。
「惜しいことに、俺は鉄手擒拿蛊の類の蛊を持っておらぬ。刀翅血蝠蛊の飛翔速度は速過ぎ、翼は刃の如く鋭く、徒手で捕えるのは到底無理だ。二匹なり三匹なり捕獲できたなら…」
方源は鋸歯金蜈を収めると、洞窟の奥へと足を進めた。天元宝蓮を奪った代償に、血の奔流に巻き込まれて落ちてきたのだ。これは必ずや、古月一代の仕業に違いない。
古月一代は血鬼尸蛊を駆使し、飛僵すなわち飛行可能な僵死へと変貌した。空竅は死んでおり、最早自らの力で真元を回復することは叶わぬ。元石を消費して補給しない限り、空竅内の真元は使い切れればそれまでである。
だがもし彼が一株の天元宝蓮を有するならば、ほぼ限りなくこの弱点を補強できよう。
故に、つい先ほど、彼は二群の刀翅血蝠を意図的に方源に差し向け、捕縛を企んだのだ。幸い、方源は異変を察知し機転を利かせて回避した上、鉄血冷も間接的ながら彼に一助を貸してくれたのだった。
「鉄血冷と古月一代の戦いは、どうなったことやら」方源の視線は重たげだった。
どちらが勝利しても、彼に難題を押し付けるに決まっている。
鉄血冷は彼を逮捕するだろうし、古月一代は彼が手にした天元宝蓮を狙っている。
刀翅血蝠群は潰走したが、方源の危機は去っていなかった。
「青茅山から一刻も早く脱出しなければ、急げ!」方源は歯を食いしばった。後戻りは許されず、唯だこの洞窟を進み、果たして出口があるかどうかを確かめるしかなかった。
この洞窟は明らかに人為的な痕跡を留めているが、長い歳月を経ており、一部の区間では小規模な崩落が起きていた。
方源は黙々(もくもく)と前進し、そのような場所に遭遇すれば鋸歯金蜈を駆使せざるを得なかった。
鋸歯金蜈は元来地底生物であり、穴掘りに長けていたため、ここぞとばかりに大いに活用された。
方源自身も二匹の猪に匹敵する膂力(りょりょく=腕力わんりょく)を有しており、土を掘り進んで行った。
だがこれによって彼の速度は著しく低下し、三、四時間後、ようやく洞窟の最奥に到着した。
一つの堅剛な岩壁が、完全に行く手を塞いでいた。
鋸歯金蜈をもってしても、この岩山を穿つことは不可能だった。
「まさか…この洞窟はとっくに古月一代によって封じられていたのか?」方源の心が沈んだ。
…
ドスン!
両者が掌を激しく打ち合わせると、熊家の蛊師は米袋の如く吹き飛ばされ、高く空中に放り出されてから、地面へ重々(おもおも)しく叩きつけられた。
ゲホッ。
熊家の蛊師は鮮血を一口吐くと、即座に昏睡状態に陥った。
空には太陽が燦然と輝き、灼熱の光線を降り注いでいる。木漏れ日が樹海を透かし、斑模様の光点が白重水の脂乗った顔面に揺らめいていた。
この白家の若手は得意気に笑った:「熊家の蛊師がどうした?オレ様と力比べする度胸があるなんてな!」
彼女は太った「デブ体」を揺すりながら、止めを刺そうと前へ進み出した――ついでに名札[刻印板]も奪い取ろうという瞬間、不意に一本の月刃が襲いかかってきた。
バンッ!
白重水は体躯を捻じ、口を開いて水弾を一発吐いた。
水弾と月刃が空中で衝突し、轟音と共に散り散りに砕けた。古月方正を首とする三人の蛊師が、梢から降り立っている。
「古月家の者よ、こいつはオレ様の戦利品だぞ?」白重水が細目にした瞳の奥に危険な光が揺らめいた。
血走った眼を凝らす古月方正が詰め寄る:「それがどうした?今お前はこっちの獲物だ!」
その時、林の反対側から足音が響いてきた。
数人の人影が姿を現す──熊家の天才少年・熊林である。剃り上げた頭頂部が陽光を反射し、眩いばかりに煌めいていた。
「フフフ、この展開は面白くなってきたぜ!」白重水は哄笑したが、次の瞬間、その笑い声は寸断された。
両側の陣営が同時に攻勢を掛け、白重水は不意を突かれ袋の鼠と化した。
白重水が血の気の引いた顔で怒号する:「なんだと!? 古月家の連中、お前たち熊家の卑劣な輩と手を組んだのか!?」
古月方正は無表情のまま、殺気を漲らせて一歩また一歩と白重水へ詰め寄った。
熊林はニヤリと笑って言い放つ:「この戦いは今後百年の三族体制を決める。教えてやろう、古月家は既に熊家と同盟を結んだ。白重水、お前の死期は今だ!」
血混じりの唾を吐き捨てた白重水は、挑むように周囲を見渡し、捨て台詞を吐いた:「私が死んだとて何の足りる!...恐れているのだろう?我が一族の白凝冰をな。無駄だ!これはまだ序盤戦に過ぎん。続く個人演武で、お前たち両家の誰が白凝冰に敵う?白家の首位は決まりだ!」
「フフフ…だからこそ、この序盤で手を組み、白凝冰を始末してしまおうと決めたのだよ!」熊林が高笑いで応酬した。
……
ブンブンブン……
鋸歯金蜈の銀縁の鋸歯が岩壁を激しく削り抉り、洞窟中に軋むような轟音が反響した。
この岩壁は硬質で分厚く、唐突に現れた異様な存在感を放っていた。方源は汗まみれで、鋸歯金蜈と血月蛊を交代で駆使、岩壁を猛攻したが、半日がかりでも削れたのは僅か半米ほどだった。
「まさか…ここが絶路か?」方源の心が一瞬揺らぐ――その刹那、岩壁の奥から微かな生気を感じた。
急いで地听肉耳草を起動。岩壁に耳を押し当てて聴くと、壁の向こう側に確かに何か神秘の生物が潜んでいる……だがその気配は極めて弱々(よわよわ)しい!
半時間後、方源が掘り進んだ先の穴の中で、神秘の生物が姿を現した。
その全身は漆黒で金属のような光沢を放ち、鋼の如く鉄の如し。胸部装甲も背甲も、硬質な稜線で覆われ、獰猛な気迫を誇示している。三対の触脚を持ち、各々(おのおの)の先端は螺旋状になっていた――地球の電気ドリルを思い起こさせる形状だ。
「なんだ…千里地狼蛛か!」方源は豁然として悟った。同時に一りの人物を思い浮かべる――花酒行者である。
方源の心の中に渦巻いていた霧が、忽ちに大半が消散した。
かつて花酒行者は天元宝蓮を栽培するため古月山寨を訪れた。しかし最終局面で古月一代に阻まれ、巧妙なる手段によって血河墓地へと引き摑り込まれたのだった。これこそが真相の一端を垣間見せた!
花酒行者もまた五转の強者であり、必ずや古月一代との激戦を展開したことだろう。古月一代は数百年にわたりこの地を縄張りにしていたのだ。地の利を存分に活かす一代に対し、花酒行者は敵わず、遁走を余儀なくされたのだ。
彼は千里地狼蛛を駆使してこの洞窟を穿ち、戦場脱出には成功したものの、最早致命傷を負い回復の見込みはなかった。最期の時に急ぎ己の継承を残し、最終的な復讐を図った――すなわち、後継者に天元宝蓮を奪取させ、古月一族の根幹を破壊させることこそがそれだ。
これが花酒行者の亡骸が血に濡れ、全身深傷に覆われていた理由を解くことになる。
しかし、千里地狼蛛が何故ここで長眠し自らを封じたのか、その理由は依然として謎のままである。また、古月一代が何を企んでいるのかも、大きな疑問が残る。
「これらの疑問は、今は枝葉末節に過ぎぬ。まずはここを脱出することが先決だ!」方源は手を伸ばすと、真元を迸しらせて千里地狼蛛を煉化した。
この頑丈な岩壁は、実は千里地狼蛛が休眠状態に入り自らを包んだ石の繭であった。その衰弱具合は、方源が地蔵花から酒虫を取り出した時と同様に極めて甚だしい。
故に、五转の蛊でありながら、方源が軽易に煉化することを許してしまったのだ。
方源は雷翼蛊を失ない、自身の移動能力に致命的な穴が開いたと悩んでいた。ところが今、この千里地狼蛛を手に入れ、正に窮極一転とも言える状況となった!
この千里地狼蛛は騎乗型の巨大蛊に属し、土を食べて生き延びられるため、飼育が容易である。
方源が雪銀真元を注ぎ込むと、千里地狼蛛は次第に蘇生し、その気勢も盛んになっていく。
千里地狼蛛が食べ始めた。現地の土を大きく口を開けて豪快に飲み込み込んでいる。
衰弱状態がある程度回復するのを待ち、夜長夢多を恐れた方源は直ちにその背中へ飛び乗り、前進を命じた。
千里地狼蛛は未だ一部の回復に過ぎないものの、何といっても五转の蛊である。三対の触脚が交互に動き、機動速度は驚異的に速い。
加えて、石繭が崩れた後、洞窟の先が再び見通せるようになったのだ。
この道こそ、かつて花酒行者が逃げ延びるために開拓したもの。先人が植えた樹が後人に涼みを届けるが如く、先人が拓いた道は方源に窮地からの脱出という途方もない便宜を提供してくれた。
唯一、方源を煩悶させたのは――騎乗型蛊の一切の行動は、蛊師の真元を消費することだ。それはまさしく真元を食う虎の如く、底の知れぬ穴を見る思いだった!
千里地狼蛛は五转の蛊。三転の真元では到底支え切れない。一定の間隔で方源は足を止めざるを得ず、千里地狼蛛の背中に腰掛け、天元宝蓮を催動させつつ、元石から天然真元を吸収し続けねばならなかった。
この二重の手段に加え、彼自身の丙等素質による回復能力も相まって、空竅内の真元回収速度は驚異的に向上した。以前とは比べ物にならぬほどである。
千里地狼蛛を駆動し前進する──足を止めて真元を回復する──遭遇した小規模な崩落部は直に穿ち抜ける。この過程を繰り返す中で、方源は徐々(じょじょ)に血湖墓地から遠ざかり、地表へと近づいていった。…大地の胎内を縫う旅は続く。