「誰も居やしない!」家中を探し回った古月博だが、方源の姿は見つからなかった。胸中が巨石のように重く、方源の失踪と鉄血冷の消失が容易に結びついた。
「方源はどこだ?!」水を打ったような表情の古月博が、駆け付けた鉄若男に爆発的な怒声を浴びせる。
「方源がどこにいるかなんて、俺に知るものか!」鉄若男は圧に微動だにせず、四転の強者を前にしても全く怯まない。
「では血冷はどこへ消えた?鉄家の娘よ、説明してくれんか?」言いながら古月博はじりじりと若男に詰め寄る。
少女はわずかに呆然、事の始まりからしてずっと気味が悪かったのだ。
「元々(もともと)の計画では、彼女と父は来年にここへ来る予定だった。当時、鉄血冷は別の事件を調査中で――そこへ突如天から舞い降りた一羽の白鶴が現れた。
白鶴は一巻の書簡を咥えて、鉄血冷に渡す。
鉄血冷がその書面を閲した後、突如計画を変え、手掛けていた事件を中断して青茅山へ赴いた。
もしこの書簡が届いていなければ、鉄家父娘がこんなに早くここへ来ることは不可能だった。
娘として、鉄若男は父を理解している。通常、重大な案件なら鉄血冷はそう決断するものだ。
だが彼女の不可解はここにあった――青茅山の事件は、所詮賈金生の死亡事件に過ぎないのでは?
賈金生の死は、賈家の家産争いに絡んでいるとはいえ、事件の重大性はあくまで凡庸で、神捕がここまで注目するレベルには遠く及ばなかった。
鉄若男はこの点をずっと不審に思っていた。
しかも今、鉄血冷が神秘的に失踪し、実の娘にすら一言も告げずに消えた。
父は一体どこへ?何をするために?
「父上、あんな古傷を抱えているんだから※、絶対に…お体を大事にしてください!」若男の心配が胸中に渦巻く。
こうした状況は、実は過去にも数回あった。その度に、鉄血冷は強敵と対峙し、若男への気配りも出来ず独りで戦いへ赴くのだった。
彼の体に刻まれた負傷こそが、過去に同様の状況下で強敵から受けた深手の証だった。
「父上は五转蛊師の傷を負ってはいるが、普通の四転蛊師など敵ではない。父上…信じてる、必ず帰ってくると!」鉄若男の瞳に光が瞬いた。
古月博がじりじり詰め寄るなか、少女は顔を上げ、凛として見据えた:
「説明?説明が欲しいとでも?教えてやると思うか?」
古月博の表情がさらに険しくなる:「小娘、口が堅いな。…ならお前を捕らえ、方源と交換するまでだ!」
「ふふふ…」鉄若男は逆に笑い出した:「古月族長、本気で手を出せるものか?わが叔父は当代の鉄家族長だ。鉄家と戦端を開くおつもりか?」
古月博の足が地に釘づけされた。焦燥に駆られて忘れかけたが――
鉄家か!
あれは数千年の伝統を誇る名門。不朽の権威だ。鉄家山寨に聳える鎮魔塔は、無数の魔道蛊師を幽閉する正派の巨頭の象徴※1。
古月一族は中規模の一族に過ぎず、賈家に及ばない。しかも賈家に至っては新興勢力で、鉄家とは比べものにならない!
南疆全域を通してみても、鉄家は影響力を握る一流勢力。根深い歴史が築く巨大な権威なのだ!
「お言葉を変えましょう」鉄若男の声が柔らぐ:「古月族長、敵対するつもりはございません。私の誠意を信じてください。父の行方は知りませんし、逃げ出すつもりもありません。鉄家に逃亡者の臆病者はおらず、戦死の鬼のみ※1。私は逃げ出さないばかりか、賈金生殺害の犯人を必ず捕らえてみせます!」
「方源が犯人とは限らぬ!」古月博は眉をひそめ、眼光に凶刃のごとき輝きを宿した。
「だが可能性はある!」鉄若男は目を据えて挺然と立ち※2、英気あふれて一歩も引かなかった。
両者の睨み合いはやや長引いた。
鉄若男が口を開く:「方源の失踪は逃亡の可能性が高く、疑いは深まった。だが私は決して――無実の者を冤罪に陥れはしない!」
「願わくはそうあれ!」古月博は袖をひらりと振ると去っていった。
一刻前……
ごぷごぷ、ごぷごぷ。
元泉の渦が絶え間なく湧き上がり、一輪の蓮が虚影のように泉水に浮き沈む。
一つまた一つと元石が方源の手から泉へ投げ込まれ、天元宝蓮の輪郭が次第にくっきりと。
「同窓会での供物である一万塊の元石に加え、古月漠塵から分割で支給された四万塊をすべて注いだのに、どうしてまだ実体を現わさぬ?」
水晶壁越しに元泉を凝視する方源の眉根に微かな疑念が刻まれる。
天元宝蓮は極めて貴重。六转へ昇華すれば、その価値は蝉にも引けを取らぬ※1。
前世でさえ伝説は聞いたことがあっても、実際に手にしたことはない。
故に今世のこの初めての邂逅に、一抹の不安が付きまとうのも無理はなかった。
だが彼はすぐに心を整え、自嘲気味に嗤った:
「合計五万塊の元石で十二分だ。俺は一体何を得ようとして失うことを恐れているのだ?
たとえ煉化に失敗しようと、何が問題か? ふっ」
この思いが頭をよぎると、彼はもはや躊躇なし。深く息を吸い込み、身を翻して壁へ飛び込んだ!
この壁は通堑蛊の化したもの。
方源がぶつかるや、水に飛び込んだように壁面に波紋が走り、瞬時く彼の身を飲み込んだ。
泉水が即座に四方八方から包み込む。
水中で方源が眼を見開いたが、天元宝蓮は見えなかった。天元宝蓮は採集前は水晶越しでなければ、人の肉視では捉えられぬ。
方源は予想済みで動じなかった。先刻距離を割り出し、光線の屈折すら計算していた。記憶を辿り、前方へ手を伸ばし掴んだ!
この一掴みは、魔法の如き妙技だった──
無から有を生じ、一輪の蓮華を現出させた!
青白く染まった花弁は閉じたまま、ランタンのようにふっくらと膨らみ、神聖な雰囲気を漂わせている。しかしその蓮には意思が宿り、方源の手に掴まれながらも、微かに抵抗の気配を見せていた。
しかしこれも些細なこと!
春秋蝉の気配がほのかに漏れただけで、この三転花蛊は瞬時に方源に炼化された!
天元宝蓮入手!
泉中で、方源の口元にほのかな微笑みが浮かぶ。
心念ひとつで、天元宝蓮は青白い光の奔流と化わって空窍へ吸い込まれた。
天元宝蓮が消えた途端、元泉に絶え間なく渦巻いていた無数の渦がドオーンと消散。
かつて生命を漲らせていた泉は、今やまるで風もない池の如く、微動だにしない死水と化した。
「元泉は廃れた、ここに長居はできん。今こそ遁走を計るべきだ」
方源の表情が険しくなる。まさに来時の道へ戻らんとした瞬間、異変は突発した!
泉底の深淵より、灼熱の血芒が爆散!
急激な吸引力が湧き上がり、方源は不意を突かれて※2渦中へ引きずり込まれた。
泉水は赤黒く変色、血潮と化わって方源を牢の如く拘束し、深淵底へ引き摑んだ!
天蓬蛊!雷翼蛊!
危機一髪、方源が心で咆哮するや、
全身に白亀甲の如き光甲が瞬結し、
背後から雷光の翼が轟音と共に展開した!
雷翼が激震するも、持ち上げる浮力は微々(びび)たり。
血潮は幾重にも巻き付き、吸引力は瞬く毎に倍増していく——到底抗い難い!
ふぅ…
耳元で水流の激走が轟く。方源は膨大な力に引き摑まれ、水路に沿って急降下を続けている。
息継ぎの限界を迎えんとした瞬間、周囲の水圧が急に消滅した。
方源が深く息を吸い込み、辛うじて窒息を免れた。そして気付いた――今彼は高所から真下へ墜落している事実に。
無意識に背中の翼を打とうとするも、雷翼蛊は萎靡しきっていた。
かつて強靭だった二枚の翼は、今微かに震えているだけだ。
心を強く引き締め、空中で必死に平衡を保ちつつ、降下速度を遅らせた。
そこは地下の空間だったが、暗闇ではなく、赤光に満ちていた。方源が約十五米の高さから落ちてゆく真下に広がっていたのは――地底湖だった!
だがその湖水は、普通の透明色ではない。鮮血のごとく紅く染まっている!
否、紛れもなく血だ!
刺すような血腥臭が、方源の降下につれて鼻を衝く!
状況はあらゆる点で怪異に満ちている。慎重を期して、方源は安易に血湖へ落ちるまいとする。鋸歯金蜈よ!
鋸歯金蜈を召喚すると、掌を口器に嵌め込み、鞭の如く振るった!
金蜈の胴体が最長に伸び、鋭い尾端が岩壁に食い込む!
念じるままに金蜈が体を縮め、それに引かれて方源の身が壁面へと引き揚がった。
岩肌は滑りやすく、足場に適さない。だが金蜈に縋り、辛じて凹凸のある断面を見出し、踵を踏ん張った!
「一体ここは何なんだ?」一時的に身を落ち着かせた方源は即座に周囲を見渡した。
方位を計測すれば、ここはさらなる地底――鍾乳洞の更なる下層にあるはずだ。
(なぜこんな場所が存在する?)方源は内心で訝しんだ。前世では地位が足らず、上層部の機密に触れることなどなかった。
実のところ、ここは血湖墓地――初代族長の柩が眠る禁域だ。家老でさえこの秘密を知る者は一握りのみ。
血水の湖を俯瞰する方源。
湖面は紅蓮のごとき光を放ち、山塞よりも広大で、怪異と恐怖の気配に満ちている。
洞窟の天井には百を超える洞口が開き、地下水路から流れ出す水が、牡蠣、亀、雷魚などの野生生物を吐き出しながら激しく落下している!
ざあざあ……
洞頂の穴から幾筋もの水流が絶え間なく注ぎ落ち、血湖を激しく叩く。
血水が逆巻く間に、無数の魚や蝦が跳ね上がり、血湖へ墜落。数息の後、それらの生物は全身の血液を抜かれ、干からびた屍と化わって、血に染まった波頭の間を浮遊する。
血湖の色は一段と深紅を増す。
方源がそれを見つめ、瞳孔が微細に収縮した。もし己がこの血湖へ落ちたなら、天蓬蛊の護りあれど、末恐ろしい結末を迎えたであろう。
凝視を続けると、生なましい死骸のほかにも、血波の間に度々(たびたび)骨が浮き上がってくる。
細かい魚骨、巨大な熊の骨、そして紛れもなく人の骨格。
ここは広大な墳墓の地──不気味で血生臭い。
血湖の逆波が周壁を洗う。鮮烈で光沢のある血水が周辺の土中へ浸透し、周りの土を真っ赤に染めた。この赤土が形成されている。