「『なぜあの蛊師が俺を襲ったのか』だって? 知るもんか!」鉄若男の質問に対し、方正は瞬きしながら無実を装った。
「もし何か行っていれば、決して隠さないでほしい。無自覚な一言が事件解決に大きく役立つかもしれないから」少女は誠実に訴えた。
方正は首を振る:「俺も腑に落ちない。あの時期は無我夢中で修行してただけなのに、なぜ狙われたのか。でも後に仲間が分析してくれたんだ──あの魔道蛊師は他の二家族に雇われ、俺みたいな新星を扼殺しに来たんじゃないかって」
「知っての通り、白家と熊家は昔から古月家を憎んでいる。特に熊家が最も怪しい。奴らは以前、魔道蛊師を迎え入れたことがある」
「熊家か……」鉄若男はため息をつきながら落胆した。熊家砦は既に狼の大群に飲み込まれており、この手掛かりも潰えたようだ。
しかしその時、門外で喧噪が沸き上がる。
「見ろよ、熊家砦の者じゃないか?」
「熊家砦は全滅したはずだ。まさか使者が来るとは!?」
熊家砦の使者到来が山寨全体を巻き込む騒動を引き起こし、人々(ひとびと)の噂が飛び交った。
直ちに族長屋敷から情報が伝わる。
「熊家砦には多数の生存者がおる」
「奴等は自発的に撤退し、先祖が残した蛊一匹を利用して大勢の者の姿を隠し、凡そを欺いたのだ!」
「この非道な連中め!戦いを避けた挙句、狼をこちらに蔓延させおって」
「ふん、熊家砦の連中は筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)に見えて実は陰険で悪質だ。狼の大群を利用して我々(われわれ)の戦力を削ごうと企んでいる。卑劣の極み(きわみ)だ!」
古月族の者は皆、義憤に燃えていた。
熊家砦の使者到来は、青茅山全体の局面を一変させた。
今後は白家と古月家の二強対立になると予想されていたが、蓋を開けてみれば依然として三家による覇権争いであった。
だが、よく考えれば納得がいく。熊家砦は数百年も倒れずに存続してきた一族であり、同様に深い底蕴を有している。各家が祖先伝来の奥の手を持たぬはずがあろうか?
熊家砦の使者が去ると、古月博は直ちに家老会議を招集した。
「熊家砦の犬畜生ども、本当に酷い。まさか撤退するとは!」
「何者も侮れないな。熊家砦は常に我々(われわれ)と白家の後塵を拝し、青茅山では最下位の勢力だった。だが、このような陰謀を企んでいたとは。今後一層警戒が必要だ」
「奴等は人を借りて殺つつ、狼の大群で我々を駆逐しようと企んだ。実際に成功しかけていた──例え狡電狈がいなかったとしても、我々があれほど多くの家老を失ったとは限らない。奴等は死に値する!」
「鉄神捕が現れなければ、両家族の族長さえ命を落としていただろう。奴等を無駄に赦すわけにはいかない」
「賠償請求は必須だ。我々が白家と共に狡電狈の脅威を処理したのだ。しかし、どのように賠償を請求するかは慎重に詰める必要がある」
家老たちは議論を重ね、最終結論を導き出した。
古月一族は使者を熊家砦に派遣し、熊家の虚実を探るべきだ。
もし熊家が強大なら白家と連合せよ。逆に弱体化していれば直接討伐隊を送り、彼らの元泉を奪ってもよい。
「では、誰を熊家砦の使者とするか?」古月博が周囲を見渡して問う、「この重任を担える家老はおるか!」
広間に一瞬の静寂が張り詰める。
家老たちは顔を見交わせ、誰一人として名乗り出ようとしない。
今まさに内輪のもめ事が緊迫し、利権配分の饗宴たけなわだ。この時期に熊家砦へ行けば、自派が舵取りを失い、他派に付け入られる隙を与える。帰還した頃には大局が決しており、泣き寝入りする羽目になりかねない。
「わしは思う、熊家寨への使者は、老練持重で経験豊富、単独で局面を切り開ける者でねばならん。ここに居並ぶ者の中では、漠尘家こそがこの重任を担いうる!」古月药姫が突然口を開いた。
古月漠尘は鼻で嗤い、即座に反論した:「資格と申せば、药姫殿の方がわしより遙かに上だ。特に人望においては、わしなど遠く及ばぬ。この役目は药姫殿にご尽力願うべきでは?」
「漠尘家老の言う通り(とおり)、私も药姫殿を推挙します」と一人の家老が進み出た。
「むしろ漠尘様こそ適任と存じます」別の家老が即座に反論の声を上げる。
場内は一転して混沌とした。
古月博は上座に高らかに座り、冷ややかな眼差し(まなざし)で事態を静観し、声を発しなかった。
薬脈は既に自立の意思を示し、彼の支配下にはなかった。それゆえ古月博はどちらの派にも与せず、場内の情勢を静かに観察していた。
これは薬脈と漠脈の初の対決である。
双方が政治的同盟者を抱えており、裏では両派の首脳が数多の妥協と利益交換を重ねていたことが窺える。しかし総体として薬脈の方がより強勢である。
古月药姫の声望、そして赤脈の支持姿勢がこの局面を生んだ主因であった。
古月博は冷眼を持って傍観し、個々(ここ)の陣営を密かに脳裏に刻んだ。
族長として、権力が他者に移る事態を望まぬのは当然だ。これらの家老は皆彼の対抗勢力に他ならない。しかし彼はまず事の成り行きを静観し、秘して発せぬと決意した。
「漠脈の掌握する資源と権限が多きに過ぎ、継承者も失ってしまった。ゆえに薬脈が焦って飛び出し、食い物にしようとしているのだ。つまりこの争いの鍵は一人の人物にある」
古月博は暗中で考えを巡らせ、視線を方源へ移した。
方源は最初から席に端座し、沈黙を貫いていた。
「どうやらこの方源は漠脈と密接ではなく、利益一致の協約も結んでいないようだ。さもなければとっくに発言しているはず。これは我が好機となるか?」古月博は思わず思案した。
しかしその時、方源が突然席からいきなり立ち上がる。彼のこの動作に、たちまち場内の注目が集まった。
そして彼は驚天動地の発言をした:「使者派遣は極めて重要であり、我が一族の興亡に関わる。拙者、自ら進んで使命を受け、一族のために熊家砦の虚実を探り尽くさん!」
「何だと?」
「方源が自ら志願するだと?」
「これはどういう了見だ? 本気で馬鹿なのか、それとも偽りか? 帰還する頃には権益が分捕り尽くされていると気付かぬのか!」
家老たちは一様に驚愕と疑念の色を浮かべた。
方源には独自の思惑があった。使者として熊家砦へ赴けば、三家族の対立を煽る機会を得られるかもしれない。たとえ叶わなくとも、離脱の契機にはなる。
「待たれ!誰が使者になろうと、方源だけは絶対に駄目だ!」
大扉が突然開かれ、鉄若男が真っ先に踏み込んで直に押し入った。
方源が身を翻して振り返ると、瞳孔が微かに収縮した。鉄家の父娘が歩み来る姿、そして背後に二人の人物が続いているのを認めた。一人は方源と瓜二つの容貌、弟の古月方正である。
もう一人は古月江鹤だった。
「鉄神捕殿、何の御用で?」古月博が立ち上がって迎え、不満げな口調で尋ねる。これは古月一族の内議だ。無断で入られては困る。
「古月族長、ならびに諸家老各位へ。小女が調べ上げましたのは、古月方正を襲撃した魔道蛊師の真の正体でございます」鉄血冷が口を開いた。
「おお?それは……」
「その魔道蛊師は熊家砦の差し金ではなかったのか?」
「まさか何か裏があるというのか?」
「然り。この魔道蛊師の真の正体は、実は山麓の村の猟師だった。ただ時運の巡り合わせで魔道蛊師となった者だ。その名は王二。古月方正を襲撃した動機は、方正の実兄である方源にあった!」
そう言いながら、鉄若男は灼熱の視線を方源に向けた。
「兄上、まさか貴方がそんななんて!」傍らに立つ方正は拳を握り締め、眼差しに怒りを滲ませた。
「その言うことは一体全体どういう意味だ?」古月漠尘の声は低く沈んでいく。
「まさか、方源がこの魔道蛊師を雇って、実弟の方正を暗殺せよというのか?」古月药姫の声には抑えきれない高揚が含まれている。
古月博すら表情をわずかに崩し、席上で姿勢をわずかに直した。
「見当ち違いも甚だしい」しかし鉄若男は首を振る。「真実はこうだ──方源が無関係の者を惨殺し、王の老爺一家を殺害したために王二の復讐を招いた。だが王二は方源に双子の弟がいることを知らず、方正を方源と取り違えて襲撃し、仇を討とうとしたのだ」
「何事も証拠が肝心だ」とある家老が口を開いた。
「当然、証拠は揃えてある。古月江鹤、知っていることをすべて述べよ」鉄若男は周到な準備を整えており、慌てる様子もない。
古月江鹤は深い嘆息を漏らし、畏れ多きことながら鉄家の親娘を一瞥すると、ブルブル震えながら前へ進み出た。そしてドスンと床に跪くと、泣き叫んだ:「これは配下の失職でございます!族長様、どうか処罰を!」
古月博の面つきは水のように陰り、声を潜めて言った:「まず事の次第を申せ。ほんの些細なことでも隠すでないぞ!」
当時、方源が王老爺一家を殺害した事件は、古月江鶴の管轄区域で発生した。現場に駆け付けた彼は真相を発見するが、業績評価への影響を懸念し、この件を押し込んで隠蔽したのであった。まさか今になって露見し、鉄若男に暴かれるとは思わなかった。
「事の次第はこうです……」江鶴は口ごもりながら述べ、内容は誇張も脚色も無く、極めて素直で実情に沿っていた。
この時、彼は嘘をつく勇気など無い。方源も家老であり、大袈裟に言い募るわけにもいかない。
「まさか真相がこのようなものだとは!」
「方源が王二の父を殺害、王二が復讐に来て方正を見つけた。成程……」
「方正は不慮の災いに遭い、方源の身代わりとなってしまったのだな」
家老たちはひそひそ声で論議を交わした。
方正は拳を一層強く握り締め、心中に怒りが沸騰していく。ついに堪えきれず、方源に向かって低く唸るように言った:「兄上、どうして人の命を虫けら同然に扱えよう?あの老人も少女も何の罪も無い凡人だろうが!よくも手を下せたものだっ!」
弟の詰め寄る声に、方源は冷然として反応せず、まるで聞こえないふりをしていた。
古月方正など問題外だった。
方源の視線は鉄家の父娘へと向く。これほどの短時間で真実の層を穿つとは、流石神捕の名に恥じない。
彼らがどんな蛊虫を使おうが、如何なる手段で江鶴を屈服させ、自らの秘密を露わにさせたかは知らぬ。だが、確かな手腕だ。
その手腕こそが、方源をして一段と確信させた――贾金生を殺害した件も、遅かれ早かれ鉄家の父娘に暴かれると。
やがて時と場所の問題に過ぎないのだ。何故なら、蛊の世界においては蛊虫で罪を犯し、また蛊虫で罪を暴くこともできるからだ。
重圧がじわりと増していく。