白凝冰は全身傷だらけで、息を切らし、無様な姿だった。
方源が駆けつけた時、二人は呆気に取られた。
運命というものは、実に不可思議だ。つい先程まで生死の仇敵同士だった二人が、相手を葬ろうとしていたのに、今この瞬間では、共に手を組まなければ逃亡すら叶わない。
白凝冰と協力するのか?
方源の瞳が幽かに光る。心に思量が渦巻く。「彼は確かに狂気に満ちているし、自らの運命にも気づいてはいるが、生き延びたいと思っていないわけではない。」
生存本能とは生命の根源的衝動であり、最も基礎的な欲求である。
実のところ、白凝冰が一方で強烈な生き延びたい欲求を抱きながら、他方で変革不能な破滅の運命に直面しているからこそ、あのような性分が形成されたのだ。
この世界には永遠の敵など存在しない。白凝冰と手を組む基盤は十分にある。だが、どう口を切れば彼を説得できるか?
「はっはっは、ほうげん、まさかお前とはな!」白凝冰が先に口を開き、高笑いしながら強硬に言い放った。「なら俺と共に死ぬがいい。お前という道連れがいるなら、この人生の終わりも悪くない」
「面白いか?」方源は心中で思案が纏まり、微笑みを浮かべて白凝冰へ緩やかに歩き出した。
周囲から雷電狼が襲いかかる。ほうげんは手を振り、鋸歯金蜈が風を切って鳴り、二匹三匹の雷電狼を即座に叩き潰し、弾き飛ばした。
戦闘を続ける内に、鋸歯金蜈の二列の鋸歯は大半が損耗し、切断や攪拌の能力は大幅に減退していた。もはや打撃で叩き潰すことしかできない。
「この狼たちに囲まれた中で、我々(われわれ)が命懸けの死闘を繰り広げるほうが、よほど面白くはないか?」方源は徐ろに白凝冰へ迫りながら、口元に冷徹な笑みを浮かべた。
白凝冰の瞼がピクッと震えた。方源が自分より強硬に出るとは予想していなかった。
しかし、これこそが彼の本心に叶うものだった。もし方源が態度を軟化させ、生存ばかりを求めて協力逃生を哀願してきたら、むしろ彼を見下し、抑えきれない屈辱感に駆られて殺意を抱いただろう。
この世には、こういう人間が存在する。ひたすら善意を注げば、弱く見えて軽視される。逆に強硬姿勢を見せれば、かえって尊敬を勝ち得るのだ。
「本気で死にたいのか?ならば叶えてやる!」白凝冰が細目になり、危険な気配を漂わせた。
方源は朗々(ろうろう)と笑い、足を緩めて悠然たる感慨を込めて言った。「人生は百年と言えど忽焉として過ぎ去る。夢幻泡影の如し。人は何故生きるのか?畢竟、一度の旅に過ぎぬ。ただ精彩を目撃せんがためだ。我は死にたくはないが、死を畏れはしない。既に道を歩む。散りぬべき時ならば悔いなし」
これは方源の心底からの言葉であった。
古より死なぬ人あらめや。
例え九転蛊師たるとも、人祖たるとも、長生あれど永生ならず。終には滅亡を免れぬ。
死ぬるは即ち死ぬるなり。何の大したることか?仮令次の瞬間に狼潮に斃れようとも、後悔などあろうはずがない。
何故なら、既に己の目標のために奮闘し、尽力し、意のままに生きてきたからだ!
生死を放下して初めて、人生は広大となり、真に優雅たるを極める。
白凝冰はこの言葉を聞き、身体が激震した!
彼が口々(くちぐち)に「死を恐れない」と豪語しながらも、実は真の達観ではなく、生死を見透せず、執着から解放されていなかったのだ。
人が恐怖に駆られた瞬間、奴隷と化す。
思えば白凝冰など、生死の前に跪く一介の囚人に過ぎぬ。
だがこれも無理はない。彼は未だ若すぎる。多くの真実は、幾多の経験を経て初めて看破できるものだ。
しかしながら、方源の示した言葉は、長年この葛藤に縛られていた彼に啓示の窓を開いた。
「証となろう……その途上に……死して後悔せず?」白凝冰は呟き、突然問う:「道! 道とは何か?」
方源は冷ややかに笑い、なおも迫る:「人それぞれに道がある。俺の道はお前に語る必要はない。お前の道など、俺が知るわけがない」
この世では、多くの者が生まれてから死ぬまで道を持たない。またある者は道を歩きながら、暗中模索のうちに心の聖地へと進んでいく。
白凝冰の天のような青い双眸が、突如きらめく光彩を爆発させた。
「道…その通りだ! 俺の道を探そう!」
この瞬間、彼の心に湧き上がった激しい高揚感は、他人に理解できるものではない。
あたかも、女性を求めて苦しみながら追い続けても得られなかった男が、突如正しい方法を見出したかのように。また宝物を探す者が、最後の関門で長い間阻まれていたのに、ついに突破する手立てを見つけたかのように。さらには何年も悩み続けて進展のなかった難問の解決策を、突如発見したかのようでもあった。
白凝冰には道がなく、生きる意味を見出せなかった。故に迷っていたのだ。
方源は彼の迷いを直接解くことはできないが、婉曲に示すことで一筋の希望を与えた。死を目前にした心の慰め――歩き続ける道さえあれば、例え死んでも後悔せず、死そのものも恐ろしくなくなるのだと。
「ついに道を見つけるところだ!」白凝冰は拳を固く握りしめ、表情が非常に高揚した。
方源を見据えて深みのある口調で言う:「君と俺の違いがようやくわかった。君は既に道を歩んでいるが、俺は彷徨っていた」
「くっくっく」突然笑い出した彼は、興奮のあまり凶暴な形相になっていた。「方源、戦いたけりゃ最後まで付き合う!だが今はダメだ。協力しろ。俺は電眼蠱[※1] を持っているが、視界が遮られて30歩[※2] しか見通せない。ここを脱出したら、改めて日を決めて大勝負をしよう。昔の敵と手を組むなんて、ますます刺激的で面白いと思わないか?」
「ほう、どうやってお前を信じれば?」
「信じろとは言ってない。信じてもいいし、疑ってもいい。背中を預けてもいいが、いつでも俺を襲ってくらっても構わない。フフ、すべてはその時の君の気持ち次第さ!」白凝冰は笑いながら肩をすくめ、いさぎよい飄逸さを放った。
濃い煙が滾り、周囲で狼の群れが吠え叫んでいる。
方源は微かに目を伏せ、白凝冰の提案を考えているようだった。
実を言えば人を説得するのは難しいが、同時に簡単でもある。肝心は相手の心の奥底を正確に衝くことだ。
「よかろう」方源は鋸歯金蜈[※1]の暗金の甲羅を撫でながら顔を上げた、「だがな、俺に襲われる覚悟はしとけよ!」
「はははっ」白凝冰は口を歪めて不気味な笑いを浮かべた。突風が吹き抜ける中、深く垂れ込める黒煙。折れた腕の袖が風に煽られてひらひらと揺れていた。
濁った煙の中で方向を判断するのは極めて困難だ。視界が狭ければ狭いほど、方向感覚を容易に失う。
しかし白凝冰は電眼蠱を持ち、探索範囲は50歩(ごじゅっぽ・約38.1m)に達していたが、今濃煙に阻まれて30歩(さんじゅっぽ・約22.9m)まで縮小している。それでも方源の肉眼より遥かに勝っていた。
ただし白凝冰は電眼蠱を有しながら、大局的な認識に欠けていた。
目前の光景しか把握できないため、突撃した挙句、却って狼群の包囲網に飛び込んでしまうことすらあった。
一方方源は地聴肉耳草[※1]を有する。
濃煙は視野を弱めるが、音の伝播を遮断することはできない。
周囲は音に満ちており、地聴肉耳草なら200歩(にひゃっぽ・約152.4m)先まで探知可能だ。しかし方源は流されるままだった。視界が著しく狭いため、傍らの一本の木や一塊の岩石しか識別できず、参照物の対比ができず方向を見失っていた。
協力!
白凝冰の電眼蠱と、方源の地聴肉耳草が合わさる。
二匹の蠱虫が相互補完した結果、戦況は即座に緩和した。
「こちらが南だ。この方向は、お前たち古月山寨[※1]に直結している」青白い電光が白凝冰の瞳を走り、即座に告げた。
「無理だ。そちらは狼群が多過ぎる。迂回せねば」方源の右耳にある肉耳草の触手が風に揺れる。
「へへ……それでは南東へ向かって迂回するのはどうだ?」白凝冰が舌で唇を舐めた。
方源はしゃがみ込み、肉耳草の根を湿った土壌に埋めて聴き入れた。
その間に迫る電狼は、白凝冰によって次々(つぎつぎ)に処理されていった。
方源はしばらく聴き込んだ後、背筋を伸ばして立ち上がった:「南東に突破口がある。だが急がないと、すぐ塞がってしまう!」
「なら突撃だな」白凝冰はそう言いながらも、急いて動こうとしない。
依然として方源に警戒心を抱いており、前線で戦うことで背中を晒すことを恐れていたのだ。
方源は冷ややかに笑った――彼も同様に白凝冰を警戒していた。
結局、二人は五歩の間隔を保ち、横並びで突撃していった。
電狼がウゥーンと吠え、二人を包囲殲滅せんとした。
しかし電眼蠱と地聴肉耳草の連携により、方源と白凝冰は虚を衝いて実を避け、絶え間なく移動し、好機を捉えて猛然と突破した。情報優位がこの時鮮烈に発揮された。
白凝冰や方源が単独で戦えば、悲惨で窮迫した状況に陥っていただろう。ところが今協力すればこそ、逆に主導権を握り、悠然としている余裕すら見せた。
しばらく突撃した後、眼前が突然開け、まばゆい陽光が二人を同時に照らして思わず目を細めた。
「脱出だ!」白凝冰が天を仰いで高らかに笑った。
方源が振り返ると、背後には濃厚な黒い煙が、まるで巨大な鍋底を逆さまに被せたかのように広大な山林を覆っていた。
黒煙の中から、絶え間なく激しい爆発音や怒号が響いてくる。明らかに二人の族長が狡電狈と交戦中だった。
「お前と協力するのも悪くないな」白凝冰は微かに体を斜めに向けて微笑んだ。
「同感だ」方源の口元にも笑みが浮かんだ。
そして次の瞬間、二人の瞳に鋭い殺気が閃いた。
氷刃蠱!
鋸歯金蜈!
細長い氷の刃が空中に冷気の軌跡を描く。
太っこい金色の蜈蚣が風切音を発して横薙に叩きつけた。
バンッ!
両者が激突し、氷刃が金蜈の背中に傷痕を刻んだかと思うと、次の瞬間砕け散った。
方源と白凝冰は各々(おのおの)後方へ跳躍、双方の瞳に濃厚な殺意が渦巻いた。
束の間の協力など、敵対心を変えられるはずもない。
黒髪を翻す方源、白衣を靡かせる白凝冰――互いに似通う部分が多すぎるが故に、両者は宿命の仇同士となっていた。
黒い瞳と青い双眸が凝視し合い、空間に火花を散らさんばかりの気迫を放つ。
しかし双方の殺意は、徐々(じょじょ)に薄らいでいった。
「ふん…死にかけた者にわざわざ手を下さなくても、天がその命を召すさ。今一番大事なのは白凝冰じゃない。天元宝蓮[※1]だ!狡電狈が古月山寨を襲えば、最悪の事態になる。今こそ決断して動かねば…」方源は瞼を伏せて思い巡らせた。
一方白凝冰の双眸は徐々(じょじょ)に輝きを増し、口の中で呟く:「道…後悔せず…そうだ、人祖[※2]とて死を免れない。生まれれば必ず死ぬ、それならば轟々(ごうごう)と生きて、死をも恐れまい」
その想いが頭をよぎると、瞳が突如強烈な光芒を放った。
「はははっ!俺もついに道を見つけたぞ――この世の驚異を誰よりも見届けることだ!方源、決戦はまた後日な。その時はお前の死が、俺の人生に最高の輝きを添えてくれればな!」
そう言い終えると、彼は数度にわたり後退して距離を取り、背を向けて去って行った。
無様で傷だらけ、顔は煤に塗れ、片腕を失っていたが、その背筋は刀のように真っ直ぐだった。もはや迷いなど微塵もない。
ついに彼は自らの道を掴み取ったのだ。
言い換えれば――
真に己と成った!