「こ、こいつはお前がそうさせたんだ!」白凝冰が歯を食いしばり、氷刃を一振り凝結させた。
同時に、旋踵蛊と狂風蛊を密かに駆動。
白い氷刃嵐が再び巻き起こる!
最初は僅かだったが、瞬く間に体積が膨張。氷風が咆吼し、霜雪が横溢する。地面には堅氷が蔓延し覆い尽くし、鋸歯金蜈の地底からの奇襲を有効に封じた。
この氷刃嵐は白凝冰独自の奥義にして、北冥冰魄体の戦闘才知を顕彰するものだ。
氷刃蛊、旋踵蛊、狂風蛊の三蛊を同時に発動させ、攻防一体の絶技を形成する。防御蛊二体以上が協働しなければ、到底防ぎきれない。
狂風が咆哮し、氷刃が凍りつく。白い嵐が旋回し迫る様は、巨獣が覚醒し大口を開けて方源を飲み込まんとするが如し。
三蛊同時発動のこの攻勢の凌厲にして狂猛なること、一切の生気を凍結せしめる。方源には天蓬蛊の防御ありと雖も、防ぎきるのは困難だろう。
嵐が襲いかかる中、ほうげんは逆に冷笑を浮かべた。
背中の雷翼が一瞬で開くと、電光の如く後方へ跳ね退き、氷刃嵐と大きな距離を取った。
今は昔と違う。以前なら彼の移動速度はこの嵐に到底及ばなかったが、今や嵐は彼に追いつけていない。
方源の瞳に鋭い光が走り、体勢を半空中で軽やかに翻すと、谷底へと飛翔した。
背後の氷刃嵐は執拗に追跡し、決して離さない。
「来るな!」
「どけ……!」白家の蛊师も古月一族も怒号し、叫んだ。
方源は冷笑を漏らすことなく、無言のまま一直線に突進。
背後の凄まじい氷刃嵐の中から、白凝冰の大笑いが微かに響き、彼を執拗に追跡してくる。
「これ以上は通さぬ!」一人の白家蛊师がほうげんの眼前に立ち塞がった。
ほうげんが手をかざすと、地面から太い金の線が飛び出し、右腕に絡み付いた——分厚い大剣の如くに。
ブーン!
不気味な鋸歯の回転音が響き、この白家蛊师の瞼をピクピクと震わせた。
方源は右手に鋸歯金蜈を握り、左手に血光が瞬いた。血月蛊は放つ間を狙い、全身に白い虚甲を纏い、背中の雷翼は狂ったように震え、黒髪が風中で翻る。背後には小山の如き白色嵐が控える。
この威勢は天を衝かんばかりで、双眼には鋭い殺気が迸る。さながら戦場を縦横無尽に駆抜け、七度も敵陣へ突入した猛将の如く――あらゆる敵を肉泥と踏みにじり、如何なる相手も粉骨砕身に斬り伏せんとする気迫だ。
「ああああっ!」白家蛊师は比類なき圧迫感を感じ、額に青筋が浮き出た。思わず雄叫びを上げて自らを奮い立たせようとしたが、叫ぶうちにほうげんが無我夢中で突進してくるのを目撃すると、突然声を殺し、足に鞭打って逃げ出した。
恐怖に挫けたのだ!
心の臆病さが、彼の戦意を消散させた。
ほうげんは彼を顧みず、猛進しながら突破し、谷底で瀕死の雷冠頭狼へ直行した。
風切り音が轟くほどの衝勢。彼が通る先では、蛊师たちが皆避けて散っていった。
雷冠頭狼が必死に気力を振り絞り、首を翻してほうげんへ向けた。鋭い牙の間に電光が走り、万獣の王としての誇りが、死を甘受せず反撃を試みさせた。
まさに隕石が大地へ激突する如く、ほうげんが雷冠頭狼に衝突せんとした刹那、足元で地面を蹴り、天へ駆け上がり、斜めに弧を描いて谷外へ飛び出した。
谷を出た直後、背後で激烈な轟音が響き渡るのを耳にした。
雷冠頭狼の断末魔の叫びと、氷刃嵐の咆哮が絡み合う音だった。
氷刃嵐という技は、白凝冰の独自の創意といえるが、欠陥もある――意図した制御が難しいことだ。
無論(無論)、この嵐が雷冠頭狼に衝突したのは、白凝冰の気性も関係していた。
雷冠頭狼は白い嵐に苛烈に押さえ込まれた。
元々(もともと)重傷で瀕死だったが、今や抵抗など不可能だ。鱗甲が断片に切断され、血肉が四方へ飛散し、白骨が露わに露出するや、瞬く間に氷刃が骨粉へと切り刻んだ。
「くそっ!」この光景を目撃した古月一族は皆罵声を放った。
白家の蛊师も心痛の表情を浮かべる。
白凝冰がこんな手口を使えば、雷冠頭狼の死後に価値ある戦利品は残らないだろう。
だが白凝冰は気にせず、かえって回転を速め、万獣王を凌遅する快感を享けているようだった。
一匹また一匹の蛊虫が光と化して、雷冠頭狼の体から飛射した。
これらの野生蛊は雷冠頭狼に寄生し、互恵共生を保ちながら共に生存していた。今や雷冠頭狼が滅亡せんとしているため、まるで遭難した商船の船員が沈没する船を見捨てるように、それぞれ逃げ出したのだ。
「捕まえろ!」
「急げ! こいつらを阻め!」
両族長が同時に怒鳴る。
場面は再び混乱に陥った。家老たちは互いに手を出し、相手の足を引こうとした。両族長も動けず、結局、移動能力のある蛊虫を持つ二、三人の家老だけが幸運にも谷間の外へ飛び出せた。
野生蛊虫が四方八方へ逃走する中、方源は集中して凝視し、懸命に見分けようとした。
「惜しいことに、俺の偵察用蛊は地聴肉耳草だ。視力強化はできん。あの雷冠頭狼の体には、治療用蛊が寄生しているに違い(ちが)ない。捕まえられるかは、運次第だ!」
まったくの運任せの勘だが、方源にも打つ手がなかった。
偵察に使える蛊虫は無数にあるが、今彼の手にあるのは地聴肉耳草だけだ。
雷翼を広げると、最寄の蛊へ突進。その蛊は青い光に包まれ、遠方へ飆び射つように飛んでいた。
ほうげんは追いつくと、大きな手を伸ばして掴みにかかった。
ビリッ!
その蛊虫は全身から強烈な電流を爆発させ、ほうげんへ襲いかかる。
雷翼は電流凝縮体ゆえ速度はあるが、機敏さに欠ける。ほうげんは重い呻き声を漏らし、天蓬蛊に頼ってこの電流を喰らった。
無理に掴むことも可能だったが、彼は賢明にも放棄を選択した。
この蛊の能力は露見した――敵を電気で攻撃する能動型の蛊虫で、求めている治療蛊ではない。
ほうげんはそいつを見捨て、別の蛊虫へ猛然と飛びかかった。
間近に寄り、その蛊虫の全貌を見る——淡い青の琉璃の如き身体、空中浮遊し、半円形の甲殻は完全一体となっており、龟甲模様がある。
雷盾蛊だ!
これは防御蛊。半円形の電光盾となる能力を持つ(もつ)。
ほうげんは見送ろうと決め、視線を払い二番目の標的を捉えた。
だがその時、白い影が谷底から駆け上り、氷刃を手にほうげんの名を叫んできた。
ほうげんは嘆息し、運が味方していないと悟る。次善策を取るしかなく、大きな手で掴み取る——目前に浮かぶ雷盾蛊を強引に握りしめた。
雷盾蛊は電光の盾を展開し、青白い電気の閃光が揺らめいて、ほうげんの巨掌を阻まんとした。
ほうげんは冷笑を漏らし、春秋蟬の気配を一瞬泄らすや、雷盾蛊は忽ち萎縮し、死んだ如く盾を消えさせ、下方の山林へ落ちて行った。
ほうげんは軽く手を伸ばして掬い取り、掌中に収める。真元を吐くと瞬時く間に煉成した。
隠鳞蛊!
その身体が水紋のように波打つかと思うと、現位置に消え去った。
「ほうげん!!」白凝冰が叫び狂う。目の奥に電芒が迸った。
これは三转电眼蛊の能なり、雷霆の威を借りて不可視の身を看破せしむ。
だが透視能力は備わらず。方源は今回、潜伏しながらも岩山密林に身を隠し行動に注意を払った。白凝冰は目を光らせ周囲を見渡すも、怒号を発して何も得ず。
ほうげんは隠密の場を見定め、即座に胡座をかくと坐る。兜率花を駆動し元石を吐出。
三转に昇格したとはいえ、空竅内の真元は四割二分しか蓄えていない。先戦では優位を保ったが長続きせず、今や空竅内の真元は薄絹の如き一層で三分に満たぬ。
蛊師は真元がなければ蛊虫を駆動できぬ。
真元が尽きれば、蛊師の戦闘力は大幅に低下する。極限状態においては、普通の人間すら敵わなくなる。
元石が縮小を続ける中、天然の真元が絶え間なくほうげんの体内へ注がれ、空竅の真元の海が緩やかに上昇し始めた。
一転・二転の頃は、元石で真元を補充する速度が著しかった。しかし三转に至っては、蛊師の真元の質が大きく向上したため、補充完了により多量の元石と長い時間を要する。
蛊師同士の戦闘音が途切れず響く中、約七、八分を経過して、ようやく方源は空竅の真元を限界まで満たした。
隠れ場から現れると、既に五人の家老が戦死していた。
その内、古月一族三人、白家二人。
各家老は一族の支柱であり、これほどの犠牲者が一度に出ようとは想定外であった。
古月博と白家族長は激闘を繰り広げ、双方が損害に心を痛めながらも殺戮狂いと化していた。
これ以外に、野生蛊虫を巡る三つの戦闘圏が分かれていた。
普通の蛊師には春秋蟬の補佐がなく、野生蛊虫の捕獲は極めて困難だ。
蛊虫を捕えながら過剰な攻撃が禁物であり、その微妙な加減が要となる。
雷冠頭狼から飛び出した八、九匹の蛊虫――この家老たちが何匹捕捉したか不明だが、戦場には未だ三匹が残っていた。
家老たちはこの三匹の蛊虫を包囲し追い詰め、一方が手を出せば他方が必ず極力妨害する。これにより場面は一貫して膠着状態で、誰も得するところがない。
「水籠蛊、俺が捕らえろ!」一人の白家蛊师が猛然と叫び、水球を一口噴いた。
水球が急膨張し、直径二米を超過、野生蛊虫を罩いで封じ込んだ。
ドン!
次の瞬間、一発の黄金色月刃が水球牢籠に斬り上げ、生き生きと射爆した。
蛊虫は悠々(ゆうゆう)と離れ去り、逃げ失せた。
この蛊虫が遠くへ飛び去るのを目にし、白家蛊师は破口大罵。目前で手中の蛊虫が、なんと放ち逃がされてしまったのだ。
古月一族の蛊师らは更に激怒。元々(もともと)全ての蛊虫は彼らの戦利品であったのに、結果的に白家が横槍を入れ、何の益も掴み得なかった
「白家の愚図共め、卑劣千万、くたばりやがれ!」
「古月一族、お前らはもう終わりだ。白家が必ず台頭し、貴様らを地に踏み潰す!」
双方とも怒気天を衝き、憤恨狂わんばかり。目を血走らせて凄惨な殺し合いを繰り広げる。
方源は蛊虫が遠くへ飛び去るのを眺め、視線を場内の他二つの戦闘圏に集中せざるを得なかった。各戦圏の中央に、それぞれ一匹ずつ野生蛊虫が残っている。治療蛊の可能性は少ないが——
ほうげんは世に願いが叶う好事など絶えてないと熟知していた。それで尚、試してみようと決意した。
しかし彼が突撃しようとした時、忽然狼の遠吠えが軍号の如く此れ起き彼れ伏し響いた。
続いて、密々(みつ)たる電狼が潮水の如く洗い流れて来た。
豪電狼や狂電狼の咆哮に欠かず、最も人をして顔色変わらしむるは小山の如き巨狼であった。
雷冠頭狼だ!「豈に第四頭の雷冠頭狼が有ろうか?!」家老たちは揃って動容し、驚惶の声を発した。