白い衣に片腕、白雪の髪に碧眼。
白凝冰に他ならなかった。
氷刃が届く前に、方源は吹き付ける極寒の冷気を感じた。まさしく寒星の地へ墜つが如く、殺気は冷酷そのものだった。
方源の双瞳は漆黒の如く静かに、危に臨み微動だにせず。足で地面を蹴ると同時に真元を天蓬蛊へ注ぎ込み、白い光の虚甲を瞬時に構った。
ドンッ!
鈍い衝撃音が響き渡る。氷刃が地面を強打した刹那、無数の白い氷棘が爆発的に噴き出し、地面から突き立った。
バキバキバキッ!
鋭い氷棘が方源の後退経路を追うように一直線に伸び、氷りに覆われた道を形成していく。
ほうげんは軽く側転し、かわした。
山道が狭かったので、その勢いで谷底へ滑り落ちていった。
「はははっ……ほうげんよほうげん、なぜお前を見るたびに、抑えきれず殺したくなるのだ?うん、教えてくれ!」白凝冰は興奮で体中を震わせ、狂ったように大笑いした。
笑い声が谷間にいる他の蛊师たちの注意を引いた。
白凝冰と方源の姿を目にすると、彼らの表情は一様ではなかった。
「白凝冰様、私が助太刀いたします!」白家の一人の蛊师が、もとより傍で戦況を窺っていたが、声を張り上げると方源目掛けて襲いかかってきた。
「族長!奴は我が族のほうげんだ!」古月一族の蛊师が叫んだ。
「知っている」族長の古月博は顔色を曇らせた。白家族長の攻撃を躱しながら、決心を固めて低く唸った。「当座の敵を片付けろ!」
方源は狼潮襲来前、奇妙な失踪を続けていたため、古月上層部の疑惑を招いていた。加えて白家蛊师の重圧により、彼を援護する者は一人も現れなかった。
白凝冰は援軍を見るや激怒、来訪者に吠えた:「下がれ!こいつは俺の闘いだ!」
「白凝冰様、片腕を失って戦闘力が低下しています。貴方は白家の礎。油断なさるな!この者が足枷を排除いたしましょう!」
白家の蛊师は叫びながら跳躍し、方源の眼前へ殺到した。
彼は蛊虫を催动させ、両掌に橙黄の光を湧き上がらせた。
ドカッ!
地面を軽く叩くと、黄光が地面へ吸い込まれ、瞬時に土塊が隆起する。
土塊は方源へ向け急加速し、且つ増大を続けた。
突然、土塊が爆裂し、黄土でできた巨大な泥手が出現。
その手は成人の身長ほどの大きさで、方源を遥か彼方から掴みかかる——その威圧感は息を詰まらせるほどだ。
しかし方源は嘲るように鼻を鳴らした。
巨大手がまさに自らを捕捉せんとする刹那、暗金の光が空竅から噴出し、眩い光帯と化って方源の体に纏わりついた。
巨大手が接触すると、暗金の光帯が数たび捻れ曲がり——軋む音と共に切断・崩壊した。
「ん?こ、これは何蛊だ?」白凝冰の目に驚異の色が走る。
暗金の輝きが散り、蛊虫の本姿が露になった。
体長一メートル余り、双拳ほどの幅。暗金の甲殻が威厳を示し、鋭い銀歯が体側に列を成して寒光を宿す。
鋸歯金蜈!
「来い。」方源が低く命じるや、右腕を一振り――掌を差し出した。
鋸歯金蜈の数え切れない節足が身を縦横に攀じ登る。蛇のように体躯を捻じらせて右腕へ纏わりついた。
口器が大きく開き、方源の右掌を嚥尽――前腕の中程まで吞み込んだ。
方源が腕を振ると、一メートル余りの金蜈が尾を薙ぎ、空に弧を描き、パシッ!という軽やかな音を響かせた。
この瞬間、金蜈は体躯を極限まで縮め上げた。元々(もともと)二メートル近い体長が瞬時に約一・五メートルに短縮。同時に両側の節足も甲殻内へ引っ込み、唯銀縁の鋸歯だけが列を成していた。
一見したところ、方源は暗金銀刃の剣先なき大剣を手にしているかのようだ!
加勢しに来白家蛊师は驚愕の表情を浮かべた。彼は鋸歯金蜈がこんな使い方をされるとは夢想だにしていなかった。
蛊师が蛊虫を養い、練り、使う術ては奥深いが、方源のこの用法は天馬空を駆るが如く、想像力の極致と謂えた。
実を言うと、この用法は方源の考案ではない。
前世三百年後に現れた魔道の新星――“電鋸狂魔”と渾名された者が用いた四转電齿殺人蜈こそ、この三转鋸齿金蜈の進化形の一つである。
しかし今生で方源が今使った技は、確かに前人未到のものだった。
「存分に見せてやろう。」方源は口元に冷やかな笑いを浮べつつ、空竅の真元を鋸歯金蜈へ注ぎ込んだ。
ブイーン!ブイーン!ブイーン!
鋸歯金蜈の両側に並ぶ銀縁鋸歯が狂ったように回転し、狂躁の極みを思わせる轟音が炸裂。聴く者の心弦を震わせた。
雷翼蛊!
方源の両眼が鋭い光を迸らせると、一対の幽冥の雷翼が背中でパッと音もなく瞬時に形成された。
ビュッ!
雷翼が一振りするや、彼を電光の如く貫くように突き進ませた。
速い!超速だ!圧倒的な速さ!
この速度の凄まじさに、白家蛊师の瞳孔が急に収縮し、冷たい光が走る。
死の気配が顔に迫り、彼は驚きの声を上げると、最強の蛊を発動。全身に重厚な黄光が閃いた。鎧の如き黄光だったが、完全に形を成す前に、方源が眼前に迫っていた。
黒髪が狂うようになびき、双眸は雷光の如し。悪魔の化身が悪夢から現世に舞い降りたかと思わせる!
動きは狂猛そのもの。体を極限まで伸ばし、筋肉は膨張し、双豚の力が爆発する。
金蜈が剣と化し、空中に七色の金影を描く。回転し続ける鋸歯が、その流れに乗り白家蛊师の腰へ容赦なく叩き斬り下ろした!
ギリギリッ!
黄光甲は鋸歯に噛み千切られ、そもそも未完成だったため、瞬く間に崩壊・瓦解した。
鋸歯が肉に食い込み、ちょうどバターを切るかの如し。方源が流れるように振り払うと、血肉は粉々(こなごな)に噛み砕かれ飛散。脊椎は断絶し、内臓もろとも瞬時に搗き回された。
白家蛊师の上半身が吹き飛び、下半身はなお原位置に留まっている。
ドスンッ。
彼は目玉を飛び出んばかりに見開き、自身の下半身を恐怖に歪んだ表情で見詰めながら、驚愕の余り息絶えた。
この騒動で激戦中の人々(ひとびと)も攻勢を一瞬止めた。彼らは一斉に方源を見つめ、驚愕、怒りなど様々(さまざま)な眼差しを向けた。
この白家蛊师は三転の家老でもあり、そこそこ名を轟かせていた。
だが方源の攻撃は猛烈で、前のめりに突き進み、瞬く間にこれを斬り殺してしまった。
彼の全身は血まみれで、白家蛊师の肉片や骨粉が付着、手に握る鋸歯金蜈の両側の鋸歯がブンブンと狂ったように回転し、その凶威には誰もが目を見張らざるをえなかった。
「なんと素晴らしい蛊虫だ!」白凝冰が叫び、瞳が狂気の興奮に染まった。「ほうげん、やはり期待を裏切らなかったな! かかってこい!」熱狂的に叫ぶと、炎のように燃え盛る表情で襲いかかってきた。
「騒がしい」方源は氷のように冷徹な面持ちで振り返り、逆に斬りかかった。
ガッ!
鋸歯金蜈と氷刃が激突、次の瞬間バキバキッ!と軋む音が轟き、鋸歯が氷刃に食い込む。氷片が四方に飛散。
次の瞬間、鋸歯金蜈が氷刃を粉砕し、白凝冰の顏面目掛けて水平に薙ぎ払った。
白凝冰の表情が曇り、即座に氷刃を捨て、瞬時に後退。二メートル以上の距離を取った。
収縮状態の鋸歯金蜈は全長一・五メートル。方源の右腕と合わせても、白凝冰に届くまで僅か数センチ足りない。だが方源の思念が駆け巡るや、鋸歯金蜈が瞬く間に伸縮自在の体躯を伸ばし——
「これは?!」白凝冰の顔に驚きが走る。まさかこんな変化があるとは思わなかった。
蜈蚣の尾の一撃が胸を直撃。氷肌身で防いだにもかかわらず、それでも巨大な裂傷が走った。
瞬間、激しい衝撃が全身を貫き、逃れられずに吹き飛ばされ——背後の巨岩に叩きつけられた。
鮮血が岩肌に飛散したが、氷霜が瞬時く間に傷口を塞ぎ出血を止めた。
白凝冰が激しく咳払いをし、まさに起き上がろうとしたその時、竜巻のような風音が響き渡るのを耳にした。
風音が彼の耳の傍らで狂い叫ぶ——未曽有の危機感が心臓を締め付ける。
白凝冰の瞳孔が急激に収縮、顔を上げる間も無く、慌ててその場で転がるように回避。
ドッカーン!
次の刹那、鋸歯金蜈が天から猛降下、凄まじい気勢を纏い、彼が今しがた伏せていた巨岩に真っ向から叩き斬り付けた。
銀縁の鋸歯が狂ったように回転し、岩石が爆音と共に四散した。
「こ、この一撃が己に落ちていたなら...」白凝冰は悪寒が背筋を駆け上がるのを感じ、直ちに屈服を拒む怒りが胸中に湧き上がった。
古月青书との死闘以来、修為を抑制することを止め、気の向くままに実力を増強していた。
今や片腕を失いながらも、修為は完璧な状態にあるにもかかわらず、三转初阶のほうげんに押さえ込まれるとは!
悔しい!屈辱だ!怒りが!
「殺せ!」怒号と共に手首をひねり、真元を掌中の冰刃蛊へ注ぎ込む。瞬く間に新たな冰刃が結晶した。
迫り来る白凝冰を目にした方源は冷笑を漏らし、攻勢へ完全に転じた。
彼はかつて黒白豕蛊を得たことがあり、その膂力は白凝冰を凌駕していた。今、鋸歯金蜈を振るう様はあたかも細枝を扱うが如く軽妙である。
斬り、叩き、薙ぎ、捻じ、抉る——金蜈の鋸歯が狂ったように回転し、方源の手の中で時に蜂の如く敏捷に、時に象の如く重厚に、時に虎の如く凶猛に、時に蛇の如く陰柔に変幻する。
さらに決定的なのは、金蜈が方源の思念に従い伸縮自在——忽ち伸び忽ち縮み、忽にして直く忽ち曲がる。白凝冰はまったく対応できず、防禦も及ばない。
「ぎゃあっ!」と喚きながら彼はじりじり後退し、全身に傷を負った。純白の戦袍はもはや襤褸同然の乞食の姿である。
墨黒の乱髪を翻し、冷厳な面持ちの方源は、剣技・刀術・斧技・棍法の神技の域を見せつける。これらを融和させた鋸歯金蜈は、命を奪う凶器へと変貌した!
蛊虫はそれを使う者に依って異なるものだ。
「よくやるぜ、ほうげん!」白凝冰が叫ぶ。氷刃は数えきれぬほど毀損し、ついに彼は方源と正面勝負できないと悟った。
全身が血に濡れ、氷肌の防御も崩壊寸前だが、逆にこの状態が彼をして果てしない闘志を掻き立てた。
接近戦は駄目なら、遠距離攻撃だ。
藍鳥冰棺蛊!
白凝冰は間合いを取ると、口を開いて連続で吐き出した。
青い鳥が次々(つぎつぎ)に羽をばたつかせ、ほうげん目掛けて飛んでくる!
ほうげんは微動だにせず、左手を翻すと、血月刃を駆ってそれら氷鳥を次々(つぎつぎ)に迎撃。空中で自爆させた。
人は通常片手の月刃しか使いこなせないが、方源の戦闘経験は圧倒的で、左の月刃も余裕綽々(しゃくしゃく)、精妙の極みであった。
白凝冰はこれでも成果が得られず、更に冰锥蛊を加用。無数の氷锥が飛射し、青鳥と混在して濃密な攻勢を形成した。
方源は遠距離攻撃手段が単一で、脅威度の高氷鳥の迎撃を選択。氷锥に対しては、回避しつつ天蓬蛊で強引に防御した。
白凝冰は辛うじて優位を掴むや、戦果拡大を狙おうとした刹那、ほうげんが嘲笑うように右手を振るい、鋸歯金蜈を地面に投下するのを目にした。蜈蚣は滑らかに地中へ潜り込んだ。
この潜在する脅威は実に甚大だった。
白凝冰は呆然とし、「畜生!」と罵声を浴びせつつ慌てて後方跳躍!