雷冠頭狼と対戦するには、積極的に出撃せねばならぬ。そやつの力は強大すぎて、もし山寨の中に放り込めば、甚大な被害をもたらすだろう。
この部隊は戦力が強靭、四転の域にある族長・古月博を先鋒に、他の家老が後援となり、衝撃的な突破力を備えている。
狼群の奔流が渦巻く中、彼らは逆流すべく進み、緊密な連携は戦艦が波を切って前進するが如きもの。
行く先々(ず)でまさに無類の破壊力を発揮している!
雷冠頭狼に接近すればするほど、狼群の圧力が高まっていく。
古月博は表情を静謐に保ちつつ、突然右手を伸ばして前方へ一閃の如く斬り下ろした。
シュッ!
成人の体格ほどの大きさの金色の月刃が瞬時に形成され、前方へ飛射した。
シュッ!シュッ!シュッ!
わずか数メートル飛んだその途端、月刃は忽然と変容。一輪から三片へ分化した。
三片の月刃は並行に飛行し、肉を断つような風切音を轟かせながら、三筋の血の軌跡を描いた。
群狼はなぎ倒されて仰向けに転がり、千鳥に裂けた四肢が散り、断末魔の叫びが続いた。
その時、一匹の狂電狼が低く吼ると、右側から蛊师たちに向けて猛然と襲いかかった。
「私に任せろ!」と一人の家老が一息入れ、痩せこけた姿から突如大太りへと変貌した。
ドスン!
丸々(まるまる)とした腹で、その狂電狼を真っ直ぐに跳ね飛ばした。
狂電狼が激しい勢いで突進したため、衝撃が強ければ強いほど反発力も増大。狼は高々(たかだか)と放り出され、弧を描いて数百米先へ落下した。
残りの家老たちも、それぞれ秘術を発動した。
ある者は針のように逆立つ長髪を時折発射し、電狼を薙ぎ払った。
また別の者は虚光の甲冑を身に纏い、電狼が食い千切らんとする攻撃を硬く受け止めた。
雷冠頭狼が半身をかがめた状態から徐々(じょじょ)に立ち上がった。蛊师たちが自らに迫る様をじっと睨みつけ、冥青色の双眼に警戒の閃光が走った。
狼口を食裂き、低い唸り声を発しながら鋭く不揃いの牙を露わにした。
その咆哮を聞いた狂電狼や豪電狼が即座に反応、次々(つぎつぎ)と蛊师たちに襲い掛った。
蛊师たちの突進は鈍化し、強力な阻害を受けた。
「族長!」
「諸家老よ、頼む!」
「必ずや勝て…」
無数の視線が彼らに集約され、無数の叫びが族人の胸中にこだました…
これは肝心要の一戦だ。
もし敗れれば山寨全体が存亡の危機に陥る。勝てば、狼潮の最難関を耐え抜いたことになる。
古月一族の生死を決める最終決戦だ!
家老たちは一人として怯まず、血浴びしながら前進。誰一人として死ななかったが、各々(おのおの)が傷を負っていた。
彼らは重なる包囲網を打ち破り、雷冠頭狼を直視、激しく襲いかかる。
療光蛊!
突如、中年の女性家老が両手を差し出すと、純白で温かい光の流れが湧き出した。それは最初に族長へと注がれ、次々(つぎつぎ)と各家老へ屈折していった。
これは三転の蛊虫。群治能力を持ち、たちまち蛊师たちの傷口の出血を止めた。軽傷は癒え、重傷も大半が回復。
「接戦!」古月博が雷鳴の如く怒号した。
五人の家老が合図を聞き、一斉に手を翻し天へ月刃を放つ。
一人の家老が突如咆哮を挙げ、全身の筋肉が膨張し、三倍に巨大化して白毛の大猩々(おおしょうじょう)へと変貌。
身を躍らせて隊列の先頭に跳び出し、両手の十指を組み合わせる。
古月博がその掌へ足を踏み込むと、大猩々(おおしょうじょう)は低く唸り腰を落として渾身の力で彼を天空へ放り投げた。
邀月蛊!
古月博が左手を開くと、朧な渦巻く紫色の月光が迸った。
家老たちが天空へ放った月刃は次々(つぎつぎ)とこの紫月の渦光に吸い込まれ、飲み込まれていった。
「斬れ!」
古月博の双眸が鋭く閃き、春雷の如く叱咤するや、上から下へ掌を振り下ろした。
ヒューッ!
風雷の轟音が迸り、馬車をも凌駕する巨大な紫月刃が雷冠頭狼へ劈くように斬りかかる。
この月刃は緩慢の如くも実際は迅速、刹那のうちに目標を捕捉した。
雷冠頭狼は咆哮を挙げ、危機一髪の寸前に全身に雷光電甲を纏った。
ドカーン!
次の瞬間、凄絶な爆音が天を揺るがす。空は冥青色の電光と深紫の妖月光に塗り込められた。
無数の者が目を細める中、衝撃波が澎湃し、周囲の雑兵電狼を木端微塵に吹き飛ばした。
強烈な閃光が収束すると、蛊师たちは既に雷冠頭狼と乱戦の渦中にあった。
家老たちは誰もが老練かつ、阿吽の呼吸で連携していた。
一人の老いた家老が白髪を風に翻し、雨のように絶え間なく発針を放つ。一人の女性は鼻の穴から龍炎のようなオレンジ色の炎をシュルシュルと吐き出し、左右から攻撃を加える。
三人の蛊师は、一人が白猿へ変身、一人は全身の肌が青白き鋼となり、雷冠頭狼を拘束。もう一人は傀儡蛊を投げ続け真元を注ぎ、藤甲の草兵や紅槍の木卒を召喚し、防壁の役割を果たして注意を引く。
治療担当の蛊师たちは外郭で待機、時折療光蛊を発動。防御専門の蛊师たちが張り付いて守っている。
雷冠頭狼は一撃で呆然、右前脚には巨大な裂傷が開き、血が滝のように流れ続けている。これは先ほどの紫月刃の戦果だ。
低く唸り続けながら蛊师たちの緻密な罠に陥った。力を振るおうにも発揮できず、身動きもならぬ状態だ。
蛊师たちは狼の周りを飛び跳ねながら移動、恰も犬猫の体に巣食う蚤の如し。絶え間なく身を翻し戦域を引き伸ばす、息の合った連携は極致に達していた。
しかし長くは続かなかった。雷冠頭狼は次第に適応し始め、体の傷口が癒合するにつれて増していった。
明らかに、その体には治療蛊虫が寄生している。これは最悪の知報だ。
治療蛊虫が存在する限り、これは消耗戦に他ならなかった。
野生の蛊虫は大気中の天然真元を直接利用できるが、蛊师たちは空竅に蓄積された真元を消耗するしかない。
戦闘開始から一刻後、雷冠頭狼が突如天を仰ぎ長嘯するや、全身に電光奔流が走り速度が倍増。
家老が変身した白猿は回避遅れ、不意を突かれて雷冠頭狼の牙がズブリと喰い込む。頭を一振りされ真っ二つに引き裂かれた。
狼は戦線に裂け目を穿ち、尾を連続で振るうたび紫藍の電光がブオォッと噴出。蛊师たちは後退を余儀なくされるばかりだ。
危機に際して、族長古月博が身を挺して立ち上がった。
四転強者の域にある彼の攻撃は剣の如く鋭く、防御は抜群。恰も急流に立つ大黒柱の如く全霊を傾け、危局を挽回した。
山岩が崩れ落ち、閃光が炸裂。戦圏は拡大を続け、余波が戦場を蹂躙する。脇を伺う電狼一匹として戦団に干渉できぬ程だ。
戦況は一層凄惨を極めた。雷冠頭狼の体躯には深々(ふかぶか)と刻まれた傷が積もり、鮮血が滝のように流れ、所々(ところどころ)骨が露になる程の深傷さえあった。蛊师たちも同様に手痛い損害──相次いで六名の家老が散華した。仮令い山寨内から家老が緊急出動して援軍を送らなければ、早くも総崩れとなっていたことだろう。
「皆、耐え抜け!耐えれば勝利だ!」古月博は殺伐に双眸を充血させ、声は嗄れながら、極力士気を鼓舞した。
だがその時、雷冠頭狼が突如凶暴化。全身に鮮烈な赤光が漲った。
四転狂暴蛊!
その筋力、速度、敏捷性ら諸能力が、元の基盤から急激に二倍増した。
ドカン!
轟音一つで、右前脚を振り下ろし、一人の家老を肉塊に叩き潰した。
尾を薙ぎ払うが早いか、風音が爆発的に増幅。電網が飛来し、草木傀儡の群れを覆い被さると、たちまち焦炭へと焼き尽くした。
「も、もう駄目だ!私の傀儡蛊は尽き果てた!」家老が慌てふためいて叫ぶ。状況は急転直下、万獣王の恐怖が真に現出し、絶望が襲った。
古月博は眉間に深い皺を刻み、鋼鉄の歯を軋ませんばかりだったが、突然声を張り上げた:「奴を拘束せよ!鉄鎖蛇蛊を使うのだ!」
その声を聴いた家老たちは、心胆を寒からしめた。
狼潮発生当初、彼らは無数の戦術を推演していた。この戦法こそ、万やむを得ざる最終手段だったのだ!
「風索蛊!」一人の家老が叫び、鼻腔から緑風を噴き出し、雷冠頭狼の脚爪に絡みつけた。
「泥沼蛊!」別の家老が唸り蹲り、両掌を地面に叩き付けた。雷冠頭狼の足下の大地が瞬時くに泥濘へと変貌する。
両方策を同時に発動したことで、雷冠頭狼の動作に遅延が生じた。
この好機を逃さず、残りの家老たちは袖口や裾から黒い影を迸らせた。
黒影はいずれも拳ほどの太さ、各々(おのおの)二メートル余りの長さ。凝視すれば、それらが悉く蛇蛊であることが判かる。
この蛇蛊は鎖の如く、体は黒幽として鉄環が連なり、唯一頭だけは正常な蛇の形状を保っていた。
飛射した後、地を蜿蜒とうねりながら素早く雷冠頭狼の体躯へ攀じ登った。
頭と尾を互いに噛み合わせ緊密に連結、瞬く間に一枚の鉄網へと合体し地面に根を下ろすと、雷冠頭狼をその場に閉じ込めた。
しかしこの状態も束の間、雷冠頭狼が激しく掙扎するにつれて鉄鎖が次々(つぎつぎ)と切断され、5~6分もすれば鉄鎖蛇陣は粉々(こなごな)に崩れ落ち、最早雷冠頭狼を阻止しきれなくなった。
「赤光と索平は残留。狼群の鉄鎖攻撃を防げ。其余は私と共に山寨へ撤収せよ!」古月博が冷然と命下。なんと撤退を選択したのだ。
だが他の家老たちに意外の色はなく、明らかに族長の意図を理解していた。
山寨へ戻るや、直ちに応援の家老が叫ぶ:「族長様!一切準備整いました!」
古月博が頷き、一行を率いて家主閣へ向かう。
家主閣前広場には、既に大勢の蛊师が地面に着席。百人余に及ぶ。
これらは総て重傷者で、短期の戦線復帰は絶望的。各人が死覚悟の坦然たる表情を浮べる。足腰の自由な者は全員が前線で奮戦していた。
戦闘は此の段階に至り、一族は総力を尽くしている。戦況逼迫時には、凡人すら動員され、一本一本の命で血肉の長城を築き、狼潮を一時食い止め蛊师たちに一息つく暇を与えていたのだ。
古月博と一門の家老は家主閣の祠堂へ入る。
祖先の位牌の下で、全員が床に跪いた。
「祖霊よ、拝み奉る!狼潮猛威をもって山寨は存亡の淵に立ちました。先祖の御力を賜わらんことを!」古月博が低沈たる声で言い終えると、祠堂は死の如き沈黙に包まれた。
ポタッ、ポタッ……
家老たちの傷口から、大急ぎで纏れた包帯を浸透し地板に滴り落ちる血滴。
古月博と家老たち全員が息を殺し、微動だにしなかった。
昔、初代族長が死期を感知して山寨を出る際、遺言を残していた。「後世、一族が存亡の危難に見舞われた時は、私の位牌に祈念を捧げよ。すなわち天より蛊虫が降臨し、劫難を乗り切らせん」
歴史上、古月一族が幾度か経験した大危機は、これぞと申す如く乗り越えてきた。
これこそが古月一族の最後の切り札であった!