方源は眼前の天元宝蓮を眺めながら、長らく心に鬱積していた疑念が瞬く間に大半消散した。歴史の輪郭を推測し得たのだ。
時を遡ること、千年近く前。
五转の蛊师強者が、独り青茅山に現れ、地下溶洞にあるこの天然元泉を偶然発見した。
彼は大いに喜び、ここに陣営を築き、山麓の凡人村を統合統合し移住させて、古月山寨の原型を形成した。
大規模に妻妾を娶り、百人を超す妻子を得て、血脈を広めた。
彼こそが古月一族の先祖、古月山寨の創始者である。
初代が逝去した後、時は流れ、二代目、三代目を経て四代目へ。
四代目族長は甲等の天資を有し、同様に修行で五转に到達。家族をさらに最盛期へと導いた。
ある日、山寨の外に一人の魔道蛊师が現れた。
秃頭の巨漢で、桜色の衣装を着ており、独りで行動し、良家の娘の純潔を汚すことを好んでいた。当時、魔道でも赫赫たる名を轟かせた魔頭―花酒行者である。
花酒行者は、何の機縁からか天元宝蓮を合炼する秘方を知り得、数多の準備を整えていた。只一口の天然元泉が欠けており、この花蛊を炼り上げる状態だった。
彼は選り好みを重ね、遂に古月山寨のこの元泉を選定した。
初め、月蘭花の取引を口実に古月の高層に近づき、ついに一族の実情を探り出した。
その後、四代目族長との大戦で圧倒的な戦力を見せ完勝同然の勝利を収めた。族長を誅殺した上、大部分の家老をも葬り去ったのだ。只、月影蛊を負わされただけだった。
月影蛊は真元使用を制限する蛊虫に過ぎず、致死的ではない。しかし花酒行者は天元宝蓮の合炼を優先し、不必要な騒動を招いて合炼を妨げる大虐殺を望まず、密かな行動を選んだのだった。
最終的に千里地狼蛛を使って地道を掘り進み、密かにこの場に潜んだ。既に準備万端整えた材料を元泉で駆使し、見事に天元宝蓮を合炼したのだ。
この天元宝蓮は由緒正しきもの、その合炼の秘方は数千年前の正道蛊师―元莲仙尊によって創出されたものである。
天元宝蓮そのものは、三転の花蛊に過ぎない。しかし将来昇格して六転の天元宝皇蓮となれば、十大仙蛊序列第六位に位置する。その価値は春秋蝉と互角だ!
天元宝蓮は「可動元泉」と称され、蛊师に元石を生成する能力を持つ。
だがその合炼代価は極めて膨大である。
天元宝蓮を合炼するには、必ず天然元泉を一道利用せねばならない。しかもその泉は元力満ち満ちており、長年使用して底力不足の元泉では駄目だ。
合炼成功後、この元泉は完全に廃れ、元石生成能力を喪失し、凡庸な泉と化してしまう。
天然元泉一道の価値は、実に計り知れない。古月一族を養い続けてきたこと、無数の蛊师を約千年も支えてきたことだけを見ても、その価値の大きさはまさに理解できるはずだ。
天元宝蓮を合炼するためには、元泉を一口廃れさせる必要がある。だが、これは単なる開始に過ぎず、今後昇進するに従い:四转で七口の元泉を、五转で更に九口を、六转では更に十一道を破棄しなければならない!
これ以外にも、他の貴重な蛊虫が補助材料として用いられるが、一匹ごとが全て(すべて)価値連城のものである。
「もし自分がこの天元宝蓮を一株所持し、携帯すれば、それは即ち小型元泉を一道持つに等しい。天元宝蓮は三转に過ぎないので、日産元石は通常の元泉に比べ物にならないが、己の修行消費を支えるには十分だ!」
この中には数多の利点が存在する。
天元宝蓮さえ持てば、直接元石を産み出せ、収入は九葉生機草と比べ物にならない程多い。
元石が手に入れば、修為を推し進められるだけでなく、十分な通貨を手にし交換も可能になるのだ。
方源がこの宝蓮を持てば、元石の携行量を減らせる。ドゥオシュアイ花の中には食糧などだけを貯蔵し、彼の兵站負担を大幅に軽減できるのだ。
「しかし…この宝蓮の合炼は過程が複雑かつ玄妙だと聞いている。宝蓮は無から有りに至るまで、虚実の狭間にあるかのようだ。常人の肉眼では到底観察できず、水晶を通して初めて見定められる。この蛊は貴重で、元泉の中で九天九夜も温養せねばならない。完璧な九枚の蓮葉が生え揃うまで待って初めて収穫し、空竅元海に納めるのだ。焦って急けば、努力が水泡に帰し、それまでの苦労が全て(すべて)苦水となって流れ出てしまう」
方源は天元宝蓮の詳細な秘方を知らず、一部の機密情報や噂を断片的に把握しているに過ぎない。彼にとって今後の合炼手順は全く未知の領域だった。
しかしそうではあっても、この三转の天元宝蓮は依然として彼にとって極めて大きな助力となるのである。
この時、彼は水晶壁越しに眺め、細やかに観察したところ、その花のつぼみに驚いたことに、わずか八枚半の蓮葉しかなく、一枚の残葉は半分しか残っておらず、九枚の完全な状態には未だ達していなかった。
方源は別段驚かなかった。
時間は既に数百年が経過しており、元泉の底力は消耗によって、四代の時代には遠く及ばなくなっていた。
この天元宝蓮は等しく元泉の大半の精華を凝縮しており、元泉が産出する元石は絶え間なく消費され続けたため、底力は次第に減少していった。そのため宝蓮は逆に徐々(じょじょ)に元泉の消耗を補うようになり、自身に損失が生じた結果、残葉が形成されたのだった。
「天元宝蓮は必ず九枚の蓮葉が揃って初めて摘取できる。今八枚半しかない以上、収穫するにはこの泉に元石を投じねばならない!」
元石は元泉の結晶であり、宝蓮を潤し生育を促すことができる。
しかし、たった半枚の残葉でも生長させるには、膨大な量の元石が必要になるであろう!
「私の推測が当たっていれば、この水晶壁は通堑蛊の作用だろう…」方源は手を伸ばして壁を触ってみると、その壁は実体のように見えて虚のようで、あたかも光の影のごときものだった。手が壁体に浸入しても、全く妨害されなかった。
だが彼はすぐに手を引き込め、実際に元泉の中に深く入ることは敢えてしなかった。
元泉は汚染を最も忌む。
彼は真元を注ぎドゥオシュアイ花を駆動し、一塊の元石を取り出した。
水晶壁に向かって投げ入れると、壁など存在しないかのように、元石は壁を貫通し、瞬く間に泉水へ沈没した。やがて天元宝蓮の虚影に衝突する。
青白の斑の花のつぼみが、水波のように波打った。
ほとんど刹那のうちに、この元石は天元宝蓮に消化された。
花影が平静に戻った後、方源が凝視してみたが、その残葉に変化は全く見られなかった。
表情を沈黙させ、続けて数十塊の元石を投じたが、残葉の生長は依然として確認できない。
方源はさらに元石を投じ続け、心の内で「五百塊」と数えた時点で、初めて残葉が微かに伸長したのを目視した。
この光景を見て、方源の胸に冷やかな重りが沈んだ。
この割合で推測すると、最低でも五万塊余の元石を一度に投じ込む必要がある。
もし分割投与した場合、時間間隔が長引けば、上層の家族が絶え間なく元石を取り出すため、天元宝蓮が自ら消耗して元泉を補充することになる。
「五万塊余の元石…手元には既に一万余塊を所有しているが、四万塊不足している」
家老の身分を拠り所とすれば、方源がこの不足分四万塊の元石を調達するのは、別段困難なことではない。
しかし真の問題は、この天元宝蓮を摘取してしまえば、この元泉が完全に廃れてしまう点にある。その時には、必ずや全家族の震怒と狂乱の追查を招くだろう。
方源は経験豊富だが手段には限界がある。後果を顧みない徹底的な追查が行われれば、いつか必ず蛛絲馬跡を暴かれる。実際、家族の上層部は既に密かに彼を疑念を抱いており、狼潮のせいで当面は抑えられているだけだ。
花酒行者の遺蔵が露見した暁には、方源が疑念の第一の対象となることに疑いの余地はない。
たとえ方源が密かに逃亡を試みても、家族全勢力を挙げての追撃を受けることは必定だ。
「天元宝蓮は諦められん。合炼の秘方がなくとも、未来のことは誰が断言できよう?ただ、この蛊を摘み取れば、それは即ち馬蜂の巣を突くようなもの、殺身の禍を招くことになる」
方源は心の内で思案した――この天元宝蓮を収めるには、成せる機会が到来するのを待つほかない、と。
「この天元宝蓮こそ、花酒行者が遺した最終の遺産であろう。ただ、この事件の全貌には依然として数多の疑点が残る。花酒行者は天元宝蓮の合炼のためにこの地に来た。しかるに、その後に何らかの変事が起こり、最終的には重傷を負い、死を目前に慌ただしくこの遺蔵をしつらえたのであろうか?」
花酒行者が遺蔵を設けた目的は、方源に既に見抜かれていた。
純粋に古月一族への復讐のためである。
天元宝蓮を元泉から摘み出せば、成功の如何に関わらず、この天然元泉は間違いなく廃れる。
天然元泉が失われれば、古月一族にはこの地に駐屯する拠り所がなくなり、瓦解崩壊は時間の問題となる。
「よし、新しい証拠がないのなら、この疑点に拘泥しても進展は見込めまい。まずは山寨へ戻るとしよう」最終的に、方源は首を振り、来た道を戻り始めた。だが未だ岩の裂け目を抜け出せないうちに、凄まじく甲高い狼の遠吠えが途切れ途切れに響き渡った。
「この音は!」方源の胸が騒ぎ、急いで足早に外へ走り出した。
岩の裂け目の外の河原へ出ると、濃厚な血生臭い匂いが鼻を衝いた。
山寨までは少し距離があるが、喊声と狼の遠吠えと爆発音が入り乱れ、喧噪が渦巻いていた。
方源は姿を隠し、丘を登り詰めた。
時刻は明け方、空が薄明るくなり始めていた。
無数の狼の群れが、押し寄せる波のように、群れとなって古月山寨へ突進していた。
方源が視界を走らせた瞬間、身体が震えた。
狼群の後方に、小さな山の如き巨体をした電狼を発見したのだ。
万獣王――雷冠頭狼!
その体躯は細身で、四肢は力強く、全身は幽かな青の鱗で覆われていた。金黄の狼毛は四肢と頭尾のみに分布しており、中でも頭部の毛は逆立って聳え、王冠の如き形状を成していた。
地に半身をかがめた姿は、彫像の如く静謐そのもの。周囲で吠え狂う狂電狼や豪電狼が、却ってその優雅さと気高さを対照的に浮き立たせている。
ただ坐っているだけだが、その存在は古月一族に極めて大きな心理的圧迫を与えていた。
「遂に万獣王か…!古月山寨は生死を分かつ瀬戸際に立ったのだ!」山寨を望むと、無数の蛊师が激戦を繰り広げ、狂瀾怒涛の如き狼群の侵攻を必死に食い止めている。
その時、突然十に近い人影が寨壁から飛躍し、狼の奔流を物ともせず、逆流するごとく雷冠頭狼へと斬りかかった。
これらは全て家老であり、中でも族長の古月博が先頭を切っていた!