ドゴーン! 狂電狼は巨象のような巨体を地面に倒した。
口を大きく開け、両眼には焦点がなく、既に命は消え去っていた。
その体には傷口がびっしりと刻まれ、鮮やかな狼の血が絶え間なく流れ出し、周囲の地面を赤く染めていた。
激しい雨は相変わらずざあざあと降り注ぎ、狼血を薄めながら四方へ広がっていく。
地面は泥まみれ。狂電狼の死骸の側に立つ数人の家老は皆、肩で息をしながら、全身ずぶ濡れになるばかりか、狼血や泥を跳ね返され、みすごく惨めな姿だった。
「ようやく仕留めたぞ!」
「この狂電狼め、防御用の蛊虫を宿してやがって、手強ったらありゃしない……」
「方源家老の血月蛊で傷を蓄積させておいて良かった。でなければ、確実に余計に手間取ってたぜ」
家老衆はそう言いながら、口々(くちぐち)に方源を見詰めた。
以前、方源が血月蛊を錬成したと聞いた際は些か否定的に考えていたものだ。だが今見るに、狂電狼対策には確かに効果的だった。
「諸兄の過分なお言葉を賜、恐縮です。ご協力と援護が無ければ、ここまで思う存分に攻撃を展開することも叶わなかったでしょう」方源は顔中の雨をぬぐいながら、礼儀正しく返答した。
「とんでもない、当然のことさ」
「我々(われわれ)は老いたよ。昔は気づかなかったが、今回方源家老閣下と肩を並べて戦い、痛感したよ」
「実に然り」
家老衆は口元を緩めた。
今しがたの戦闘において、方源は進退に隙がなく、攻勢は鋭く冷酷だ。状況判断にも無駄がなく、老獪とも言えるほどの手腕に家老衆は目をかける直した。
何より方源の態度が謙虚で、驕らず焦らない。噂で聞くような孤高で傲慢な人物とは程遠い。それ故に家老衆の好感度はさらに増したのだった。
「まだ多くの点で諸兄から学ばねば」方源は恭しい言葉を述べながら、瞳にかすかに翳りが走った。
この血月蛊には一長一短がある。
何度も使ううちに、ある程度の心得ができていた。
血月蛊は持久戦を得意とし、与えた傷は止血が困難だ。ゆえに時間が経つほど、敵の負傷は重くなる。
ただしこれも相手に治療蛊が存在しない場合に限られる。
大自然は均衡している——最強の蛊など存在せず、強さと弱さは表裏一体だ。
「血月蛊の最大の欠点は、月に数日経血が溢れ出すことだ。この時期は戦闘力が急降下する。主要な攻撃手段である以上、この不安定さは痛感する。だがもし花酒秘蔵所の鋸歯金蜈蚣を手にできれば、この弱点を補えるだろう」
「ここのところ情勢が緊迫しててな、狼潮がしょっちゅう山寨を襲ってくる。家老になった方源は以前より目立って目が離せねえ。岩の裂け目の秘密の洞窟に行く隙なんてさっぱりねえんだ」
「急げ! 全力で族員を救出しろ!」
「戦場の片付けは手抜かりなくやれ。蛊を一匹も見逃すんじゃねえぞ!」
狂電狼が倒れると、治療の蛊師たちが駆け付けてきた。
「家老様方、ご苦労さまでした。薬堂の特別治療を受けてください」先頭の蛊師が方源たちに向かって頭を下げながら言った。
「うむ…薬脈の李晨か」家老たちは彼を認めると、ゆっくりと頷き、即座に表情を変えた。
方源に対しては丁重に微笑んでいたが、こいつに対する顔付きは奥ゆかしげで、上の者の誇りをにじませている。
こいつが身分の差ってやつだ!
この古月李晨ときたら、二转の蛊師の分際に過ぎねえ。
「私の体に傷はない。治療は必要ない。諸殿、落ち着いたらまた話そう」方源は他の家老たちに軽く頷いた。
「方源家老様の才知は卓絶!戦後で無傷とは、若武者の誉れ!」
「はあ、方源家老様と比べれば、老骨が軋むよ」
「ふふ、方源家老様、ご随意に」
家老たちは即座に笑顔で応じた。
「方源家老様、僭越ながら、薬堂の治療蛊師に診させてください」古月李晨は主張を譲らなかった。
彼は薬脉の関係者だ。方源が古月薬姫を失神させて失脚させた。当然、嫌悪感を抱いていたが、「職責上の要請」として、治療班長の立場上、無視できなかったのだ。
「厚意感謝するが、本当に結構だ。諸兄、またな!」方源は古月李晨の肩を軽く叩き、微笑みながら他の者たちに別れを告げた。
家老たちは笑顔を見せたり、頷いたりして応えた。
彼が去って初めて、顔色を一変させ、重苦しい雰囲気に包まれた。
「丙等の素質しかないあの男が、ここまで成長するとは。並んで戦えば、その冷淡で老獪な手腕を肌で感じる――考えれば考えるほどの怖さだ。俺様の十七歳の頃とやら、どんなものだったか?」
「何より、薬脉の者の肩を叩きながら笑うあの様子――。この計算高さと政治的才能には戦慄すら覚えるぞ!」
……
「方源様、私をまだお覚えですか?」道中で、ある人物が恭しく取り入るような表情で方源に挨拶した。
「君は……」方源が目を細めると、確かに同級生だった。名前は思い出せないが、元石を掠め取る度に素直に差し出した奴だと――柔弱な性格に抜け目なさを隠す性質。
「方源様、小生は古月定宗でござる。一年間ご同窓できたこと、この上ない光栄に存じます。実は様が家老昇格の報を聞き、同窓の者どもは皆、深く敬服すると共に、ぜひご修行の極意をご指導願いたく存じ……今夜はお暇を頂けますでしょうか?」古月定宗は手をもみながら、双眼を細めて笑った。
「ふうん、そういうことか……」方源は眉をひそめつつ微かに頷いた、「構わん。だが先に着替えが必要だ。雨に濡れて全身不快ゆえ」
「小生の拙宅には既に湯を沸かし、新調の衣類も用意、数名の処女の婢どもがご入浴をお待ち申しております!」古月定宗は蕩けた表情で笑った。
方源は首を振って拒絶した:「いや、その前に地下溶洞へ赴かねばならぬ」
「さようで!」古月定宗は即座に畏敬の念を浮かべた。地下溶洞は家老のみが自由に出入りできる、彼らにとっては一族の聖域だ。
続けて彼の笑みは一層卑屈になり、腰も折れて、言葉は一段と媚びを含んだ:「お忙しいところ大変恐縮ですが、小生の時間など価値なし、お待ちするのも光栄の至り」
方源は黙って頷き、足を進めた。
古月定宗は慌てて一歩下がり道を明け、腰をかがめながら方源の背中が見えなくなるまで見送った。
地下溶洞に再び足を踏み入れる。
貴重な蛊虫を収蔵するこの密室は、空間が極めて広々(びろ)としていた。ほとんど地上の広場ほどの大きさだ。
しかし収蔵されている蛊虫の数は多くなく、数十匹に過ぎない。
孔宣草、帰空蝉、枯骨蜻蛉、鳳翼蝶……二转から四转まで揃っている。
ただ二转蛊は比較的少なく、中には愛別離が一匹含まれる。二转最強の毒蛊で、与えた傷は三转の治療蛊でも治癒が困難だ。
この愛別離は元、王二という者が使っていたものだ。一族に討たれた後回収され、以来ここに秘蔵されてきた。
最多なのは三转蛊、四转は比較的少ない。
方源は元々(もともと)大きな期待を抱いてはいなかった。一族には確かに歴史があるものの、所詮中堅規模の一族であり、他二家との競合もあり、さらに狼族襲来のプレッシャーにも晒されている。
しかし蓋を開けてみれば、割に理想的な蛊を発見できたのだった。
兜率花。
三转草蛊。形状は赤い提灯の如く、緑の葉は楕円形で肉厚く、ぷっくりと分厚い。三枚の葉は120度均等に分かれ、三方向を指している。
この兜率花は兜籠草と並び称えられ、食糧だけでなく元石も貯蔵できる。方源が理想とする蛊の一匹であった。
「古月山寨にまさか兜率花があるとは。こいつを手に入れれば、後方支援の心配が解消する」方源は心の中で喜び、即座にそれを選んだ。
「実のところ、一族には間違いなく五转蛊虫があるはずだ。古月一族の歴史に五转强者が二人現れている。彼らが蛊虫を残していない道理はない。だがそれは当然ここにはなく、そのような五转蛊は常に一族の切り札として、全ての資源を注いで育成されている。もはや飼育というよりも――奉るに近いと言えよう」
方源が溶洞を出ると、雨は既に上がっていた。しかし空は相変わらず陰鬱に垂れ込め、空気は生臭く、血生臭い匂いが漂っていた。方源は清潔な着物に着替えると、ようやく悠然と会合場所へ向かった。
「方源家老様、お越しくださいまして誠に! 拙宅に光彩を賜わり感激に堪えません!」古月定宗はとっくに戸口で待ちわびるように立ち、路地の角に方源の姿を見るや否や、媚びる笑みを浮かべて迎えに走った。
彼が方源を竹楼に招き入れると、何卓もの豪華な宴が設えられ、一群の人々(ひとびと)が着席していた。
方源の姿を見るや、彼らは慌てて立ち上がった。
続いて、阿諛追従の言葉が洪水の如く方源へ押し寄せてきた。
「方源家老様、ご機嫌よう」
「家老様には一日お会いしないだけでも、その御威光が増しておわす。小生深く感服しております!」
「家老様と同窓できたこと、まさしく三生の幸せ!今思えば夢幻の如き経歴でございます……」
方源は一瞥し、その全員が同期の学友であり、顔見知りの者ばかりで、皆自分から元石を奪われた連中だと確認した。
「構わん」
彼は淡く笑い、最上座に座を占めた。
「膳を持ってこい! 上等の酒を持ってこい!」
古月定宗が叫ぶと、下僕たちは瞬く間にてんてこ舞いとなった。
次々(つぎつぎ)と料理が運ばれ、味も良く申し分なし。古月定宗の家はそこそこの資産家らしい。狼潮の折に、これほどの饗応を整えるには確かに代価を払っており、その本気度が窺えた。
「方源家老様、恐れ多くも一献差し上げたく!」
「家老様はお気軽に、拙者は一気に飲み干します!」
方源は文字通り気楽で、杯が注がれる度に口を軽く濡らすだけだったが、誰一人として異論を挟まない。
杯を重ね、酒宴も佳境に差し掛かった時、彼は突然杯を掲げて立ち上がり、笑いながら言った。「若き頃は無鉄砲なこともあった。昔は未熟ゆえ、ご迷惑をお掛けしたことを、諸兄には何卒ご容赦願いたい」
彼が立ち上がったことで、場内の者などもはや座り続けられるはずなく、全員が起立した。
一同は方源が過去の元石強奪を暗に示していると察知する。
口々(くちぐち)に叫んだ:
「とんでもない!」
「方源家老様こそ真の英雄!」
「様に我が元石をご笑納頂けたこと、光栄の至り!」
「その通り! 家老様の御英姿は深く心に刻まれております…」
杯の酒を方源が一気飲みすると、満場の歓呼が沸き起こった。