「ウォーン――!」
四匹の狂電狼が首を上げ(あげ)、鋭い遠吠えを発した。
ザーザーザー
激しい雨が滝のように降り注ぎ、雨幕が重なり合い、暗雲に空が覆われた。このため薄暗い天色となり、視界は著しく阻害されていた。
「急げ! 東門付近に突破個所発生! 勝男班、前へ!」
「治療師はどこだ? こっちに重傷者がいるぞ!?」
「殺せ、殺せ、殺せ! 狼の子共を殲滅しろ!」
……
狼の咆哮と拮抗するのは、蠱師たちの怒号だった。
誰もが血浴びをしながら奮戦していた。
山塞を取り囲む戦線は、凄まじい勢いで延々(えんえん)と続いていた。
人々(ひとびと)の雄叫び、狼の咆吼、豪雨の音、風音が交錯する中、
びっしりと密集した電狼の群れが潮のように寨壁へ押し寄せた。寨壁前方の落とし穴は既に分厚い狼の死骸で埋め尽くされていた。何匹もの豪電狼に率いられる狼群れは、強力な衝撃力を有していた。
一转、二転の蠱師たちが最前線で奮闘していた。大量の月刃が狼群れに向けて放たれ、次々(つぎつぎ)と電狼を吹き飛ばした。
しかし狼群れからも電流や電球が絶え間なく山塞へ放たれ、古月一族に死傷者を出させた。
「方源家老、これは薬堂が直々(じきじき)に集計した死傷報告です。ご覧ください!」伝令の蠱師が駆け付け、方源を見つけると礼を取り、手にした情報を両手で差し出した。
方源は既に三转の蠱師となり家老に就任。家族から西側区域の戦線指揮官に任命されていた。
方源は戦場を見つめていた視線を引き剥がし、竹紙の報告書を受け取った。蠱師に向かって言った:「行ってよろしい」
蠱師は再び礼を取ってようやく退いた。
彼は加速用の蠱虫を使い、飛ぶように去り、次の場所へ急行していった。
伝令を任された蠱師は皆、移動補助用の蠱虫を少なくとも一匹は有しており、中には二匹所有する者さえいた。
方源は報告書を広げ、一瞥した。
戦報に記された犠牲者数は、まさに触目驚心の感があった。
現在までに、狼潮が古月山寨を襲ったのは既に十回近く。一族の蠱師の損耗は極めて深刻で、家老衆はてんてこ舞い、薬堂家老代理の古月赤鐘は特に重圧に喘いでいた。本来中肉中背の彼だが、この数日間に白髪が混じっているのを偶然目撃したのだ。
しかし前世の記憶を有する方源は覚悟ができており、特に驚くことはなかった。
「この度の狼潮は、古月一族史上でも有数の大規模なものだ。こうした犠牲は避けられまい」
心でそう呟くと、掌の月光を微かに煌かせ、報告書を粉塵に粉砕した。
これらの報告書は家老のみが閲覧する資格を有する。もし大衆に公表されれば、恐慌を招く恐れがある。
古月山寨は既に十分に動揺している。不安の感情は一日ごとに募っていた。
この瞬間、方源の掌中に輝く月光は、もはや純粋な紺碧の色ではなく、血のような赤が滲んでいた。
これは三转の血月蛊である。
方源はこの蛊を錬成するため、一度失敗を経験していた。二度目でようやく成功したのだ。
素材の合成に用いたった資源は、無論古月赤練から搾り取ったものである。
方源は両目を閉じ、意識を体内の空窾へ沈めていった。
空窾の中。窾壁が光り、時折明るく時折暗く変わるが、雑質は一切なく純粋な白だった。
真元の滴は一滴一滴が白色で、銀白の金属のような輝きを帯びている。これが三転蠱師の白銀真元だ。
水が積もって海となるように、空窾は真元の白銀の海であった。
以前はその海面に墨色がかった赤の濁りが浮かんでいたが、今は消えている。
古月赤練から脅し取った浄水蛊は、とっくに使い終えていた。人獣葬生蛊の後遺症は完全に解消されたのだ。
しかし、これにも代償はあったのだ。
方源の素質は依然として幾らか低下していた。元々(もともと)丙等の四割四分だったが、人獣葬生蛊の影響で二分下がり、空窾に蓄積可能な真元の最大量は四割二分となった。
だがこの代償も、方源は既に心の準備を整えていた。
つまるところ、これは古月赤練に感謝すべきことだ。彼の浄水蛊が無ければ、長期間にわたって墨赤の汚染物質が真元を侵し続け、方源の素質は更に大幅に低下していただろう。
白い殻に黒斑のある大きな瓢虫が、海面の上を飛び回っている。これが天蓬蛊だ。
石魚形の隱鱗蛊は、真元の海底に沈んでいる。
四味酒虫は海面で水と戯れている。
新たに錬成した血月蛊は、見た目が月光蛊によく似ており、今方源の右手の掌中に赤い三日月形の痕として宿っている。
三转の雷翼蛊はというと、方源の背中に宿っている。ちょうど二本の稲妻の刺青のように。
特筆すべきは春秋蝉だ。
その状態は益々(ますます)良くなり、回復速度も速まる一方だ。この状況に方源は密かに喜ぶ反面、少し懸念も抱いていた。
春秋蝉は六转もの高級蛊であるのに対し、彼自身は三转蛊師に過ぎない。現在の空窾では、全快した春秋蝉を負い続けることはおそらく難しいだろう。
春秋蝉の気配が日増しに強まる様子は、例えて言えば紙筒に鉄塊を詰め込もうとするようなもので、空窾が耐え切れなくなる恐れがあった。
「本当に仕方が無ければ、そいつを身近に放し飼いにするしかない」方源は心で嘆息した。
この措置には重大な欠点があった。六转の蛊虫は皆道韻に関わり、天地の法則の欠片を秘めている。長期にわたり外で放養すれば法則共鳴を引き起こし、休眠状態でない限り常に異変を伴い、様々(さまざま)な異象を発生させて他の強者の注目や野心を惹くに違いない。
だがこれも仕方のない手段だったのだ。
ゴオーン!
その時、突然一発の轟々(ごうごう)たる狼吼が耳朶に伝わってきた。
方源は咄嗟に精神を収めた。
「家老様、狂電狼が攻撃に参加しました! 古月姜尖様ら三人の家老が東門付近で防御されていますが、ご出馬願いたいとのことです!」傍らの蠱師が焦った様子で報告した。
パキッ!
雷鳴のような鋭い音と共に、方源の背中に突然二枚の翼が現れた。
それらの翼は青い電流で構成され、簡素な抽象表現だった。しかし翼が一振り震えると同時に、方源をその場から急上昇させ、驚異的な速度で東門の戦場へ向かわせた。
上空を直線飛行したため、数息ほどの短時間で方源は戦場に到着。
狂電狼が東門への突破を企てる中、数人の家老が門前で激戦を繰り広げていた。
「狂電狼が猛然と跳び上がり、戦場から飛び出すと、その勢いで尻尾を振り回し、隅にいった一転蛊師の少女を襲った。
蛊師の顔は瞬く間に蒼白になり、風切音が轟くなか、迫る狼の尻尾を目撃する。心のなかで『終わった……!』と苦々(が)しく叫んだ。その実力では、避けるのも防ぐのも不可能だと悟ったのだ。
だがその一触即発の瞬間、突如人影が天から降り立ち、彼女を抱き寄せた。
少女は目の前がぐるぐる回る感覚を覚え、我に返ると自分が空中に浮いていることに気づいた。狼の尻尾は彼女の足下をかすめ、二階建ての竹の楼閣を直撃。建物は激しく揺れ、崩れ落ちそうになった。
少女の顔色はさらに青ざめた。あの尻尾に直撃されていたら、自分は肉の泥と化していただろう。
つづけて、自分が助けられたことに気づく。
いったい誰が救ってくれたのか?
彼女はその人物を見上げた――そして、呆気に取られた。」
「彼だったのか?
古月方源!
一瞬、少女の心のなかに複雑な想いが入り混じり、言葉で言い表せないほどだった。
彼女は方源と同窓だった。かつて方源は彼女の元石を掠め取っており、当時は憎悪と嫌悪を抱いても当然だった。
しかし一方で、方源の成し遂げた成果を敬服せざるを得なかった。特に方源が家老に昇格したという知らせを聞いたときは、驚愕と共に敬意さえ抱いた。
方源と同じく、彼女も丙等の素質でありながら、今なお一转のままだ。
そんな彼女を、方源が救ったのだった。
これこそが救命の恩!
感謝、驚き、尊敬――それまで心の奥底に残っていた嫌悪感も、この瞬間消え去ったかのようだった。」
「ここの戦場は危険だ。離れた場所へ退け」方源は雷翼をはためかせて地面に降り立ち、抱いていた少女を下ろした。
この少女に対し、何となく同窓だったという記憶はあるが、名前までは思い出せなかった。
そう言い終えると、彼はきびすを返して走り出した。もはや飛行せず、全速力で戦場へ駆け込んでいく。
雷翼蛊の速度は確かに速いが、真元を消耗する速度も同様に早かった。方源は丙等の素質。三转蠱師の中で真元の蓄積量だけを単純に比べれば、彼は最低の階層に位置し、真元はなお一層大事に使う必要があったのだ。
血月蛊!
手を一閃と振れば、一筋の月刃が飛翔した。
血のように赤い色をしたその刃は狂電狼の胴体に命中、瞬く間に傷口を穿ち、血潮がとめどなく流れ出した。
「だが少女はその場に立ち尽くしたまま、呆然と方源の戦う姿を眺めていた。次第に、彼女の双眸に不可解な輝きが宿り始めた。
十七八歳――まさに恋に夢中になる年頃だ。
『あの方源をどう見る?』遠方で、族長の古月博がこの光景を目撃すると、側近に尋ねた。
側近は即座に応えた:『聞くところに寄れば、方源家老は既に薬堂の要請に応じ、手持ちの九葉生機草を上納された由。補助金の第一次交付を受けるや、全額を伯父夫婦に渡し、孝心を全うすべくされたと。近頃は狂電狼討伐に屡々(しばしば)参加され、攻撃は鋭く苛烈、数多の功績を挙げておられます。それのみならず、屡々(しばしば)族員を救出され、風評が益々(ますます)上向いております。一族内では、〝放蕩息子の改心は金にも代えがたい〟、〝方源家老の新風に注目せよ〟などと囁かれております。』」
「私の見たところ、方源は丙等の素質ながら、かなり優れた戦闘才情を有しています。幸運な時期に巡り合いました。両親の遺産、特に九葉生機草一本で持続的な財源を得、赤鉄舎利蛊を二度も使用しましたが、三転まで修行できた点には運の要素もあったでしょう」
そう語りながら、この側近はつい微かな嫉妬の色を露わにした。
彼自身も丙等の素質でありながら二転止まり。今日の地位に辿り着くまでに半生を費やした。その方源が、わずか十七歳で家老に上り詰めたのだ。
「人を比べれば腹が立つ」とはまさにこのことだ。
古月博は側近の言葉に耳を傾けながら、不可知の態度で微かに頷いた。
側近の意見は大多数の族員の見方を代弁しているが、少し浅はかだった。
何年も族長を務めてきた古月博の見識は無論一歩抜きん出ている。
方源が九葉生機草を上納したのは、必ずや古月赤鐘と何らかの取引が結ばれているからだ。補助金を伯父夫婦に全額贈ったのも、おそらく本心ではなく政治的な見せかけだろう。
この件の主な宣伝役は古月赤鐘その者だ。
人の救助についても、本心からかどうかは検証の余地が残る。
しかしそれでも、方源がこれ以上目立った異端行動を控えており、たとえ作為的な行動であれ心強く思わせる。家老昇格後のこれらの動きは、進んで一族へ接近し、一族に献身しようとする意思の表れだ。そして一族の繁栄こそが、まさにこのような接近と献身を必要としているのだ。
そう考えながら、古月博は命じた:「陰堂の者たちは、ここ数日調査しても結果を出せていない。よし、当分の間、方源への調査を差し止めよ」
「承知しました。直ちに伝達いたした。直ちに伝達いたします」側近は退いていった。
古月博はその場に残り、目を細めた。
心の内で暗々(あんあん)と忖度する:
「根拠は様々(さまざま)あるが、修為の進みがやや速すぎる。この方源の身には間違いなく秘密がある! だがこの時期、狼潮が深刻で、あらゆる戦力を大切に扱わねばならず、方源への調査に労力を費やすのは惜しい。だが調査は必須だ——ウルフテイドが去った後に改めて行おう」