「お祝い申し上げます」
「方源家老は若くして有能、後輩の模範とすべきお方!」
「今後の共事が本当に楽しみですぞ、ははは」
……
家老たちが方源を囲み、社交辞令を並べていた。
学堂家老は人垣の外れに立ち、複雑な眼差しで方源を眺めていた。
まさかこの日が来るとは思ってもみなかった――方源が家老に昇格するなど。同世代では方正を最も期待し、次に赤城と漠北を見込んでいた。
最初に頭角を現したのが方源だとは……。
「私の些細な成し得たことなど、諸先輩方と比べようもありません。今日あるのは家族のご薫陶のお陰。学堂家老様、ご指導は今も心に刻んでおります」方源は柔らかな笑みを浮かべ、謙虚かつ慎ましい態度で応じた。
学堂家老はこの問題児が自ら話しかけてくるとは予想していなかった。
一瞬、呆気に取られたが、やがて満足げな表情を露にした。「随分大人になったようだな、方源家老。これからも励むがいい。家族には君のような新風が必要だ。誇りに思うぞ!」
方源は再び深く礼を述べると、他の家老たちとの応対に戻った。
五百年の経験を持つ彼にとって、このような社交の駆け引き(は)朝飯前の仕事だ。
言葉の節々(ふしぶし)に隙がなく、態度は穏やかで謙虚。聞く者を春風に包まれたような気分にさせる話しぶりだった。
古月赤練は傍らで冷ややかな目で見つめながら、見れば見るほど背筋が寒くなる思いだった。この方源の応対、一言一言が老練で含蓄に富んでいる――本当に十代の若さなのか?生まれつきの政治家の素質でもあるというのか?
学堂家老は内心で驚異を覚えていた。昔学堂で方源が同級生すら搾取するような傲岸不遜な態度を取っていたことを思い出すと、頭痛の種だった過去と今の別人のような変貌に愕然としていた。
一方古月漠塵は、方源のこのような振る舞いに違和感を覚えなかった。
とっくに方源の計算高い側面を味わっていたからだ。
今方源が紳士的に人々(ひとびと)の注目の的となっている様子を見ながら、赤練の打った妙手に感嘆を禁じ得なかった。
この会話は表面的なものに過ぎず、時間も長くはなかった。しかし家老たちがどのような思惑を持ち、どの立場に立っていようと、皆方源を見直さざるを得なかった。心の底で一斉に噂の虚しさを悟ったのだ。
最終的に方源は家老たちの招待を巧みに断り、古月赤練と共に微笑みながら家主閣を後にした。
「フン、これで満足か?古月薬姫を失脚させ、我が赤脈まで巻き込みやがって!」書斎で赤練は偽りの微笑みを捨て、怒りを露わにした。
方源は向かいの席に腰を下ろし、悠々(ゆうゆう)と笑い返した。「実を言うと、この件は君こそ感謝すべきだぞ。古月薬姫が倒れたお陰で、赤脈が大きな利益を得ただろう?」
古月赤練の目が光りを増した。「若造、甘く見すぎだ。赤鐘は確かに赤脈の者だが、妻は薬脈の出だ。族長が彼を仮の薬堂家老に据えたのは、赤脈と薬脈の内輪もめを均衡させるためだ。――ところで、どうやって赤城の件を知った?」
最後の質問で、古月赤練の双瞳が鷹のように鋭く方源を貫いた。
方源は平然と肩を竦め、「老害さん、こっちは元石が足りなくなった。先に三千個くれよ」と言い放った。
バンッ!
古月赤練が机を激しく叩きつけ、声を押し殺して唸った。「方源!その秘密を握ったからといって、赤脈を自在に操れると思うなよ。儂はもう歳だ、あと数年も生きられまい。最期は命を捨てる覚悟ならできておる……協力は受け入れよう、だが脅迫は断る!」
「今日のような事態、二度と許さんぞ!勝手に敵を作り、赤脈を巻き込みやがったら、後で必ず後悔するぞ!その秘密で赤脈全体が滅びると本気で思ってるのか?ふん、甘すぎるわ」
方源は沈黙を貫き、幽かな目の光で古月赤練の怒号を受け流していた。
古月赤練は机を叩いた直後、虎のような気迫を見せたが、話せば話すほど勢いが衰え、最後には明らかに虚勢が目立つようになっていた。
罵声が途切れた時、方源は悠々(ゆうゆう)と笑いかけた。「老害さん、そんなに熱くなるなよ。確かに最近手元が苦しいが、三千個の元石は無心じゃない――借りるだけだ。借用書も書いてやるよ」
古月赤練は冷ややかに鼻を鳴らし、語気を幾分和らげた。「お前には元石が足りなくなる心配はない。家老になったばかりで、家族の特待を知らんだろう。家老たる者、週に百個の元石補助が支給される。これは平時の額だ。今は狼潮時だから、週に三百個の元石が得られる」
「それだけではない。三転の蠱虫を一匹無償で取得できる。加えて家族の秘方が一転から三転まで公開される。存分に秘方を選び、三転蠱を合煉すればよい。他にも特権がある――例えば普通の蠱師は妻一人しか娶れないが、家老になれば一妻二妾が許される」
「なるほど」方源は内心では既に知り尽くしていたが、表向きは初耳のような表情を装った。
「だが、そうは言っても三千個の元石を借りたい。分かってるだろう?俺は三転に昇格したばかりだ。三転蠱の合煉には大量の元石が要るんだ」方源は「誠実」そうに言い放った。
古月赤練は沈思したまま黙り込んだ。
「方源家老の身分なら、借金を踏み倒すような真似はすまい。名誉にかけても……ただ万が一、狼潮で死んでしまったら、三千個の元石は水泡に帰すのではないか?待て、彼が死ねば、赤城の資質の件は隠し通せるでは……しかしこの秘密、彼はどうやって知った?他に誰か知っておるのか?ひとまず貸して油断させ、探りを入れるのが良策か」
そう考え(かんがえ)至ると、古月赤練は抵抗をやめ、直ちに紙と筆を取り出した。方源は借用書を書き、指印を押した。
古月赤練は執事を呼びつけ指示を出すと、間もなく幾つかの膨らんだ財布が運ばれてきた。
方源は各財布を手に取り重さを確かめたが、不審な点は見つからなかった。
彼は確かにこの元石を必要としていた。
人獣葬生蠱を合煉するため、蓄えの殆どを消費してしまっていた。この三千個の元石は正に枯れ木に水のようなものだ。
三転昇格は始まりに過ぎない。真の三転蠱師の戦闘力と生存能力を手にすべく、三転蠱を合煉しなければならない。
既に彼の胸中には大枠の計画が練られていた。三千個の元石でさえ足りるかどうか怪しい。
だが心配無用だ。赤脈が彼の巨大な金庫となる。
今回の元石借用は序の口に過ぎない。一度あることは二度あるもの、慣れればこっちのもんだ。
返済なんて……フフ。
元石を手にした方源は急いで去ろうとせず、笑いながら言った。「もう一つ(ひとつ)借りたいものがある」
「調子に乗るんじゃないぞ」古月赤練は表情を険しくしたが、結局問い返した。「何だ?」
「浄水蠱だ」方源は目を細め、坦々(たんたん)と告げた。
商隊で以前浄水蠱が売られていた時、最も購入可能性が高い人物は古月赤練だった。
彼自身の真元で孫の赤城の空竅を温養し、修行を促進させたため、空竅内に異種の気息が残留しており、浄水蠱でしか除去できないからだ。
「絶対に駄目だ!」古月赤練は即座に拒絶した。
確かに彼はその浄水蠱を購入していたが、これは実孫の古月赤城のために準備したもの。再び入手するには縁が必要だった。
「断言するなよ」方源はフフッと笑い、「浄水蠱一匹と赤脈の威信、どちらが重要かは分かってるだろう。赤脈の長である貴方なら、当然の判断ができるはずだ」
古月赤練の顔色は完全に険しくなり、氷のような冷たさを湛えた。歯軋りしながら方源を睨みつけ、「方源、自分が何をしてるか分かってるのか?儂を――赤脈の長を脅迫してるのだぞ!」
「違う違う、これは脅迫じゃなく相談だ。浄水蠱を借りるだけ、後で新品を返す。これも借用書を書こう」方源は微笑みながらも、揺るぎない決意を滲ませた。
「夢を見るんじゃない!」赤練の態度も鋼のようだった。
……
半刻後、方源は三千個の元石と浄水蠱を携え赤家を後にした。
一方古月赤練は書斎で、机の上に置かれた二枚の薄っぺらい借用書を眺めながら、怒涛の如く押し寄せる鬱憤に胸を焦がしていた。
赤脈の弱みを握られた赤練は完全に受身の立場に立たされていた。方源の勝利は当然の帰結だった。
三日後。
方源は床に結跏趺坐し、白い光を顔に受けていた。
白い光球が空中に浮かんでいる――蠱虫の合煉は最終段階に入っていた。
片手で光球を意識で制御しながら、もう片方で次々(つぎつぎ)と元石を投げ込んでいく。
光球が突然消え、新しい蠱虫が方源の掌に飛び込んだ。
その姿は巨大な瓢箪虫のよう。半円形の乳白色の甲羅に黒斑が散らばっている。
成人大きな拳ほどの大きさだ。
三転天蓬蠱!
「ついに合煉が成功したか」方源は満足げに頷いた。これが彼の二度目の合煉だった。
天蓬蠱は二転の白玉蠱と、水属性の防御蠱を組み合わせて合煉したものだ。
最初の合煉では水罩蠱と白玉蠱を使ったが失敗し、水罩蠱を失っていた。
今回使用した水属性防御蠱は、方源が残り少ない戦功で交換したものだった。
ただしこの天蓬蠱は、方源が初めて手にした三転蠱ではない。最初の三転蠱は家族から直接受け取ったものだ。
三転に昇格し家老となれば、家族が無償で三転蠱を授けてくれる制度がある。
方源は雷翼蠱を選んだ。
この蠱は家老たちが狂電狼を討ち取った際の戦利品で、雷光の羽根を形成し、短時間ながら飛行能力を付与するものだった。
雷翼蠱による機動力補完で、方源の戦力の最後の弱点も補われた。