江牙は傍らで顔色の悪い古月野を見て、心の奥で密かな快哉を覚えた。
この老いぼれは力ずくで自分を脅し、ここへ連れて来させた。江牙は一転の実力しかなく、後輩という立場で古月野に頭が上がらないため、仕方なく従ったのだ。
今この惨めな姿を見て、江牙は方源の傲岸不遜ぶりに羨望さえ感じていた。
古月野は方源の頬を何度も叩き、生意気な若造を懲らしめてやりたい衝動に駆られていた。だが生機葉のため、歯を食いしばって言った:「方源さん、そう言われても困りますよ。若いから人脈の大切さが分からないのでしょう。いつか他人に頼る時が来るものです。もしその時私が同じ態度を取ったら、どう思いますか?」
「人脈なんてクソ食らえ!」方源は心で冷笑した。
団結など、所詮弱き者同士の妥協に過ぎない。
人脈など地球では必要かもしれない。人間同士に本質的な力の差がないからだ。だがこの世界は修行が存在する――根本的に違うのだ。
「人脈なんて力の付属品に過ぎん。己が強ければ、自然と人脈は付いてくる」
人脈関係を追い求める奴は、必ず他者に依存してるってこった。
そもそも人脈なんて要らねえ──己が圧倒的に強けりゃ、何だって手に入る。やらねえなら奪い殺せばいい。人脈なんて糞食らえだ!」
このような魔道的思想を、方源が自ら広める道理はない。
だが既に邪魔された以上、取引くらい済ませておくのも悪くない。
「売ってやらんでもない」扉越しに声を投げた。「生機葉一枚に元石68個。何枚要る?」
「っ!」外の古月野は思わず喉を鳴らした。「方源さん、そりゃ相場の倍以上では…」
方源は鼻で笑った:「高いなら買わなきゃいい。族の物資にも生機葉はある。戦功で換えりゃあどうにでもなるだろ」
古月野は苦渋の笑いを浮かべた:「そのくらい私も知っているはずがないだろうか?だが物資の生機葉はコネのある者に回される。薬堂の古月薬姫が全て(すべて)を牛耳っているのだ。どうして私が手を出せるものか?方源さん、どうか私の顔を立ててくれないか。後日必ず報いる。60元石が適正価格ではなかろうか」
「他人の見返りなど期待していない。お前は既に十分私の時間を浪費した。70元石だ。買わないなら帰れ」方源が返答した。
古月野は床を蹴りつけ怒りを爆発させた:「方源さん、そんな商売のやり方があるものか?」
方源は嗤いながら言った:「時は変わるものだ。今や72元石になった。お前が一言話す度に、私は時間を浪費し、機嫌が悪くなって値上げする。自重した方が身のためだ」
古月野の顔が怒りで歪んだ。幾度か口を開いたが、結局言葉を飲み込んだ。
老けた顔が青くなったり赤くなったりする様子を、傍らの江牙は内心楽しんでいた。遂に古月野は歯を食いしばって言った:「わかった。買う。五枚の生機葉をくれ」
「元石は今すぐ江牙に渡せ。生機葉は三日後に彼から受け取れ」方源が宣告した。
これは明らかに不当な取引条件だった。現金と商品の同時交換という基本すら無視している。
だが古月野は従わざるを得なかった。その場で数袋の元石を江牙に手渡した。
彼の動作には微かな震えが滲んでいた。節約に節約を重ね貯め込んだ老後資金が、この非情な悪徳商人に搾取されるのだ!
最終的に、彼は煮え切らない怒りと鬱憤を胸に、竹楼を後にした。
「方源様、あの手口は実に痛快でしたが……古月野を完全に敵に回すことになりますよ。あの老害、若い頃は些細なことでも復讐する性分でした。きっと収拾つかなくなるでしょう」扉の外で江牙が小心翼翼に忠告した。
「放っておけ。年寄り風吹かす者は、遅かれ早かれ族から淘汰される」方源が扉を開けると、江牙は慌てて革袋を差し出した。
族が狼潮と戦うには膨大な資源を消費する。資源が減れば巨大組織は維持できず、自然と人員削減が行われる。
生き残った老害どもが貴重な資源を浪費し続ける限り、淘汰されるのは必然だった。
狼群が老弱病残を淘汰する時、それらの狼を直接追い払う。人間社会ではそこまで露骨にはやらない。悪事に必ず美辞麗句の皮を被せるのだ。だからこそ、これらの老蠱師を再招集する。
古月野がこの世の理を見抜いたとして、それがどうした?
体制の中にいれば、江湖に身を置けば、もはや自由などない。
家族は「族を守る」という大義名分を掲げ、彼等を徴用し犠牲を強いる。誰が逆らえるものか?
地球に「君、臣を死なせば臣は死なざるを得ない」という言葉がある。自分の生死さえ制御できないのに、無数の者がこの「臣」の座を争ってやまない。これが体制の魔力であり残酷さだ。
「歴代の狼潮が過ぎ去った後、復帰した老いた蠱師たちで生き残った者が何人いたというのか?古月野に五枚どころか五十枚の生機葉を渡したとしても、まともに生き延びられまい」扉口に立ち尽くす方源が嘲るように笑った。
江牙はその言葉調に心底から冷たい恐怖を感じた。
方源の身から放たれる気迫──北風の如く肌を刺すような威圧感に、彼はうつむいたまま目を上げられなかった。
方源が暗黒を湛えた瞳で江牙を見据え、続けて言った:「今後は決められた時間以外、勝手に訪れるでない!破れば後悔するのはお前だ。生機葉の販売代理を任せたのは、お前の兄の顔を立ててやっただけだ。だが顔は他者が与えるもの、自ら捨てるものだ。身の振り方をよく考えろ」
江牙は頭を深く垂れたまま、一言も発することができなかった。つい先刻の古月野の惨状を思い出し、額に脂汗が浮かび上がるのを感じていた。
「それと、今後は生機葉の価格を一枚70元石に改める」方源が続けて言った。
「70元石ですか!?」江牙は驚きで唾を飲み込み、目を輝かせた──洪水のように流れ込む元石を幻視しているようだった。だが同時に恐怖も覚え、小心翼翼と問う:「方源様、こんな露骨な値上げは戦争成金と思われませんか?火事場泥棒の疑いを掛けられるのでは……そうなれば衆怒を買う危険が」
「衆怒? はっ、知ったことか。やれと言われたらやるだけだ。余計な心配は無用だ。文句を付けてくる奴がいたら、『これは方源が売ってる』とはっきり言え」方源は鼻で笑った。
「かしこまりました!」江牙は小刻みに頷いた。方源の言葉は彼の思惑に完璧に合致していた。元々(もと)そうするつもりだったのだ。
一転の小者に過ぎない彼が逆らえない存在は多すぎる。面倒ごとを方源に押し付ける──彼は既にその術を実行していた。
小人物にも小人物なりの生存の知恵がある。江牙の浅はかな思惑など、方源には筒抜けだった。
だが修行段階や時期が変われば、生活様式も変わるものだ。
赤鉄舎利蠱を使えば、二転頂点に達し三転に近づく。もはや一人前の戦力と言え、この力を得たことで人生の格が違ってくる。
以前は低姿勢が必要だったが、今は強気で行くべき時だ。
強気に出なければ、最大の利益など得られない。
江牙については未だ利用価値がある。少々(しょうしょう)の下心があろうと、方源の利益を侵さない限り容認できる。
重要でない手の内を少し晒したところで、大した問題ではない。
平時なら、上層部が暇潰しに難癖を付けてくるかもしれない。だが今は狼潮の最中、誰がそんな枝葉末節に拘る余裕があろうか?
狼潮が終わった後、古月山寨が存続しているかどうかさえ疑問符が付くというのに。
……
半月が過ぎた頃、稲妻狼が潮のように押し寄せ、蠱師たちは次第に追い詰められていった。
「熊元貞! 頑張れ! 古月山寨はもうすぐそこよ!」熊驕嫚は血に濡れた仲間を見下ろしながら、目を赤く腫らして叫んだ。
「姉貴……もう駄目だ……ずっと胸に秘めてた言葉がある……」熊元貞は瀕死の状態で、死相の浮いた顔から血の気が引いていた。
「いいから、早く言いなさい!」熊驕嫚は嗚咽を漏らした。普段無口だった彼が自分に想いを寄せていたことなど、とっくに気付いていた。
しかし熊元貞は唇を震わせたまま、「好きです」という言葉を最後まで口にすることはなかった。
失血多量で力尽きた彼の体は無数の咬傷に覆われ、最も致命的な傷跡は右肩から臍まで縦に走る豪電狼の爪痕だった。
「姉貴、やべえ!豪電狼群がもう一隊来やがった!」偵察蠱師が悲鳴を上げた。声は恐怖に震えていた。
熊驕嫚は泣き声を殺し、抱えていた熊元貞の亡骸を地面に横たえた。彼女は組長、生き残った仲間が必要としている。死者は逝ったが、生者はこの残酷な世界と戦わねばならない。
「このクソ狼どもめ!次から次へと際限がない!」熊驕嫚は激しく罵った。スタイルが抜群で美貌も兼ね備えた彼女が汚い言葉を吐く様子は、奇妙な魅力を放っていた。
その罵声を聞いた仲間たちは、不思議と心が落ち着いていくのを感じた。
熊驕嫚は罵りながら状況を観察した。
観察結果に暗澹とした。一隊の豪電狼群なら殲滅できる。二隊でも血路を開ける。だが四隊ともなれば、背後の谷に退き、信号蠱で援軍を待つのが最善策だ。
「谷に退け!」熊驕嫚が嬌声を張り上げながら、二頭の巨熊を殿に配置した。
この巨熊たちは彼女が丹精込って育てたものだ。茶色と黒の毛並は艶やかだが、全身に無数の傷が刻まれていた。
熊驕嫚たち七人が谷へ退却を果たした時、巨熊は黒熊一頭だけが残っていた。数十匹の雷狼を屠った後、ついに力尽きて狼群に飲み込まれた。
熊の死骸から蠱虫が稲妻のように飛び出し、瞬く間に熊驕嫚の手に戻った。
これが熊馭い蠱である。
熊の体に植え付けることで、蠱師が巨熊を操作できるようになる。
ただしこの蠱は二転の域に過ぎず、熊王を制御することはできない。
もし熊王を支配できれば強力だ。最下級の百獣王でさえ、百頭以上の野熊を従えているからだ。
蠱師が獣王を支配するということは、即ち一つの獣群を意の侭にできることを意味する。
「あとは援軍を待つだけ。早く来てくれればいいんだが……」熊驕嫚は荒い息を吐きながら呟いた。
一行は谷間に退き、防御範囲を狭めたことで狼群からの圧力は激減した。しかし退路を断たれた上、血の匂いと続く戦闘が更なる狼を呼び寄せる危険性があった。
つまり危機は去っていなかった。
「おい」
その時、崖上から人の声が響いた。
全員が慌てて上を見上げると、少年が岩肌に立ち尽くしている。
「あいつ…」
「古月方源!」
熊家寨の七人の蠱師は一瞬期待に胸を膨らませたが、すぐに複雑な表情が浮かんだ。