方正が遠くで息を殺して見守っていた。
この戦いは最終局面を迎え、勝敗はこの一撃にかかっている。
「青書様、頑張ってください!」方正の体は震えていた。自分が邪魔になるだけだと分かっているため、声を張り上げて応援するしかなかった。
その声が届いたのか、氷刃嵐が徐々(じょじょ)に縮小し、青書の力で押さえ込まれていった。
「くそっ……まさか俺が真元不足になるとは」白凝冰は歯を食いしばり回転速度を落とすが、真元回復が消費に追いつかず、手の打ちようがなかった。
北冥冰魄体の真元回復は速いが、三転時の回復速度は木魅蠱の天然元気吸収に比べわずかに劣っていた。もし四転に達していれば、回復速度は木魅蠱を凌駕していただろう。
だが生死の戦いに「もしも」はない。
勝とうが負けようが、結果は受け入れねばならない。
遂に氷刃嵐が停止したが、古月青書も代償を払っていた。
彼の両手は馬車ほどの大きさだったが、左の手には指が二本、右には三本しか残っておらず、両掌は氷刃で大半を削り取られていた。
だが両手を徐々(じょじょ)に閉じていく中、新たな樹幹が掌から急速に成長し、絡み合い始めた。
両掌が木製の檻を形成し、白凝冰を閉じ込めた。
「くそっ……!」白凝冰は歯軋りしたが、体内の真元は枯渇しており、青書の術中に陥るしかなかった。
「勝った!!」遠方でこの光景を目撃した方正が跳ね上がって叫んだ。
「俺は死ぬのか……」白凝冰は心で絶叫し、巨掌が迫るのを凝視した。両掌が完全に合わされば、その怪力で肉塊に押し潰される運命だ。
しかし掌の動きが次第に鈍り、途中で完全に停止した。
白凝冰は一瞬呆然とした後、古月青書に異変が起きたことに気付き狂喜した。
「くそっ……あと一歩だったのに……」古月青書の胸中に無念が渦巻いた。両手の感覚は完全に失われ、もはや木塊と化していた。
同時に内臓や肺の存在感も薄れていく。木魅蠱の力が全身を蝕み、彼は死へと向かっていた。
「いや……まだ終わらせられん!青藤蠱なら使える!」必死に精神を奮い立て、青藤蠱を起動させた。
檻の隙間から太い青蔓が白凝冰へ襲いかかる。
白凝冰は必死に回避するが、幾多の戦闘で体力が限界。檻内の狭い空間で身動きが取れず、遂に右足を蔓に絡まれ転倒した。
「終わった……」青書が安堵の吐息を漏らすと同時に、十数本の青蔓が追撃を開始。
生死の境で、白凝冰の空竅に最低限の真元が回復していた。
躊躇なく全てを氷刃蠱へ注ぎ込み、新たな氷刃を形成。
刃が閃き、右足を縛る青蔓を断ち切る。白凝冰が泥まみれで転がり、間一髪で追撃を避けた。
青蔓が地面に突き刺さると、厚い地層を貫き土煙が舞う。再び襲いかかる青蔓を、白凝冰は荒い息遣いで氷刃で払い続けた。
四方八方から襲いかかる青藤。生死は紙一重。些細なミスが即ち死を意味する状況で、白凝冰は天才らしい本領を発揮。
死の恐怖が潜在能力を解放させ、回避動作が洗練された機械的な動きに変貌。転倒し危機一髪の場面を繰り返しつつも、何とか命を繋ぎ止めた。
青蔓が次々(つぎつぎ)と氷刃で断ち切られ、数も次第に減っていった。
古月青書が青藤蠱を起動できないわけではない。周囲の天然元気がほぼ吸収し尽くされたからだ。
外側から徐々(じょじょ)に元気が流れ込んでくるが、微々(びび)たる量では青藤蠱の需要を満たせない。
更に悪いことに、木魅蠱の力が完全に古月青書の肉体を侵食し、意識まで蝕み始めていた。
視界が霞み、思考が断続的に途切れるようになった。
死の息吹が顔面を撫でる。
「終わりか? いや……」未練を振り切り、最後の力で白凝冰を捕捉しようとする。
もはや視覚を失い――木魅蠱が眼球を木質化し、聴覚も虚しい反響しか捉えられない。
残されたのは僅かな触覚だけ。白凝冰の抵抗を手掛かりに位置を推測し、攻撃を続けた。
その努力が実を結び、遂に白凝冰が力尽き捕らえられる。一本の蔓が首に絡み付き、彼を吊り上げながら締め付け始めた。
白凝冰は喉を押さえつけられ、口を必死に開いても酸素が入ってこない。青書と同様に、死へと沈んでいく。
……
方源は荒い息遣いをしていた。長引いた戦いが終結した。
地面には白家の蠱師5人の死体が目を見開いたまま横たわっている。
隠鱗蠱を使った奇襲、月芒蠱と双猪巨力の優位性が、500年分の戦闘経験によって驚異的な効果を発揮していた。
青書には山寨へ帰還すると告げていたが、それは単なる口実に過ぎなかった。
距離を取った後、隠鱗蠱で姿を消し山道の戦場を迂回、蛮石や熊力らが斃れた場所を順番に回った。
蛮石ら5人の死体から蠱虫を回収し、熊力の死亡場所に到着した時、すでに死体は消えていた。ましてや彼らの蠱虫など望むべくもない。
「熊林が死体を回収したようだ。残念……熊力の棕熊本力蠱を手に入れたかったのに」方源は心中で嘆いた。
熊林を生かしておくのは本意ではなかった。
しかし当時、熊姜を殺害した後の熊林は警戒心が極めて強く、殺害するには手間がかかる状態だった。
その時、白凝冰がすぐ傍にいた。方源が熊林と内輪揉めを始めれば、白凝冰に漁夫の利を与える結果になるだろう。
「ただし棕熊本力蠱は熊力の体にあるとは限らん。彼は既に一熊の力を養成し終え、家族へ上納した可能性もあろう」
方源は目を凝らし、山道の戦場を遠望した。
青書らと白凝冰の激戦は当然、巨大な物音を発しており、周囲を徘徊する狼の群れや蠱師たちの目を欺くことは不可能だった。
方源は青書側を楽観視していなかったが、木魅蠱の威力は前世でこの目で見たことがある。白凝冰との竜虎の争いは必ず起こる運命だった。
彼は当然、発生し得る機会を逃すまいと、周囲で待機することを選んだ。
時折、激戦の音に引き寄せられた蠱師たちが現れる度、方源は狼群を誘導して足止めした。
手が回らない場合は自ら手を下した。
「山道の戦場音はほぼ止んだ……勝敗が決まりかけてるようだ」右耳から伸びた触手が岩壁に根を張り、戦場の内情を探っていた。
正直、古月青書の活躍は予想を超えており、右腕を失った白凝冰の戦力低下は方源の想定以上だった。
しかし突然、方源の表情が険しくなった。
二方向から大勢の足音が戦場へ向かっているのを感知したのだ。一方は古月山寨、他方は白家寨からの蠱師団だった。
各グループ二十人以上の規模。豪電狼群では阻めず、方源も両方の狼群を同時に誘導することは不可能だった。
「どうやら戦況が漏れたようだな……両家が急派した援軍だ。急いで山道に入る必要がある」
方源が最接近し、真っ先に山道へ駆け込んだ。
戦場の光景は彼の予想を裏切らなかった。
檻の隙間から、白凝冰が蔓に吊られ瀕死の状態でかすかに息をしているのを確認した。
「氷肌の防御力が命綱か……残念、お前の相手は俺だ」殺意が湧き上がり、足を連打して白凝冰へ突進する。サッサッ!
突然、松葉の雨が方源を襲った。
なんと古月青書の松針蠱が攻撃してきたのだ。
「どういうことだ?」方源が後退し松針を避けながら、巨大樹精化した古月青書を見て合点した。「意識が混濁し敵味方の区別もつかぬ……ただ白凝冰を倒す執念のみで動いておる。侵入者は皆邪魔者と見做すのだな」
その時、山道の反対側に白家の蠱師たちの姿が現れた。
惨憺たる戦場を目にした彼等の顔に驚愕の色が浮かんだ。
「そこの小僧、軽挙は控えた方が身のためだぞ!」三転蠱師が方源に怒鳴りつけた。声には警告と脅迫の意が込められている。
「この白凝冰……本当に運が強いな」方源は状況を眺めながら内心で冷笑した。もはや止めを刺す機会を逃したと悟る。
第一に青書の意識は混濁し、一本の青蔓では氷肌の防御を持つ白凝冰を殺せない。
方源が白凝冰に近づけば、必然的に青書の封鎖を突破せねばならず、かえって白凝冰の脱出を手助けかねない。
仮に強行突破したとしても、白家の三転・二転の精鋭蠱師たちが黙って見ているはずがない。必ず阻止に動くだろう。
何より白凝冰を倒すこと自体が極めて危険なのだ。
白凝冰の空竅には真元が回復しており、少なくとも藍鳥冰棺蠱は使用可能な状態だ。
仮に方源が白凝冰を殺したとしても、白家の精鋭蠱師たちが黙って見逃すはずがない。必ず殺しに来るだろう。
方源は内心で嘆息を漏らした:「距離が遠すぎる……白凝冰まで20歩以上、月芒蠱の射程は10歩しかない。まして……瀕死の白凝冰のために命を賭け、転生計画を乱すのは割に合わん」
そう考えながら数歩後退した。
この弱腰に見える動作に、駆け付けた白家の蠱師たちは安堵の息をついた。