白凝冰の氷晶脱出は誰の予想よりも早かった。
氷晶に最初に亀裂が入り、裂け目が広がり、遂に完全に崩壊した。
家老、古月青書、古月薬紅ら五人が彼を包囲する中、古月方正は遠くの丘の上で見張りを続けていた。白家の蠱師グループが現れ次第、直ちに警告を発する任務を負う。
「白凝冰、我が族の蠱師を殺害し、三寨盟約を破るとは。人殺しの報いは天の理!何か言い訳はあるか?」家老が冷たい笑いを零した。
白凝冰は返事もせず、右腕を見下ろした。
左腕を虚しく伸ばすが、右側には空っ風しか掴めない。
眉を徐々(じょ)に顰め、顔を暗くすると共に、目尻に雷光が宿った。
「右腕を捨てるまで追い込んだ……あの男、方源とやらか」熊力や青書らの呼び声から名前を憶えていた。
そう呟くと、白凝冰の青水晶のような瞳に極限の殺意が満ちた。
全身から三転蠱師の気配を放ち――方源の予測通り、自らの修為を封印できる者は、当然解くこともできた。これまでの戦闘では、その時間が足りなかっただけだ。
今、三転の白銀真元が空竅を満たし、重い真元が竅壁を圧迫する。白凝冰は悟っていた――この瞬間から自らが破滅へ向かっていることを。
蠱師の空竅では真元が生成され、逆にその真元が空竅を温養する。
実際、真元が空竅内に存在する限り、竅壁に対して温養効果がある。ただしこの効果は顕著ではなく、蠱師が自発的に真元を消耗する場合とは比べ物にならない。
例えば平穏な海水でも、周囲の岩礁を侵食する。ただその効果は、波が岩を打つほどの明瞭さではない。
だが北冥冰魄体の場合、三転に達すると――自発的な真元消耗がなくとも、真元が空竅に存在する限り、普通の蠱師が積極的に消耗して得る温養効果と同等の効能が得られる。
これこそ北冥冰魄体が蠱師の修行速度を飛躍的に向上させる奥義である。
更にこの温養効果は、真元の位階が上昇する程に強化される。四転に至れば、真元が存在するだけで空竅を温養し、通常の蠱師が積極的に消耗する場合の数倍の効果を発揮する。
普通の蠱師は境涯が高まる程修行速度が鈍化する。だが十絶体は逆で――後になる程資質が強化され、修行が加速する。自爆による破滅の瞬間まで。
比喩的に言えば――高所から自由落下する者の如し。落下距離が増える程速度は加速し、地面に激突した際の衝撃は甚大となる。
十絶体の修行とは、最高点から落下し始めるようなもの。修行速度は増大するが、得られるのは落下中の束の間の輝きと――死の訪れへの恐怖。流星が地上に墜ち、蛾が炎に飛び込むが如く、最輝の瞬間こそが終焉の時となる。
先に白凝冰が自ら白銀真元を赤鉄真元に希釈したのは、まさにこの理由によるものだった。
今や自らの空竅に再び白銀真元が満ち、白凝冰は一分一秒たりとも修行が積み上がるのを感じていた。
「白銀真元を使わざるを得なくさせ、霜妖蠱まで犠牲に……方源はどこにいる!?」殺意を濃厚にさせながら青い瞳で周囲を見渡すが、方源の姿は見当たらない。
自爆させた霜妖蠱は三転の蠱虫だ。三度の失敗を経て、莫大な資源を費やし合成に成功したものだ。自爆は実に惜しい。
白凝冰は三転に昇格したが、期間は浅い。一族の支援はあったものの、資源を独り占めできる訳もなく、三転蠱虫は二匹しか持たない。霜妖蠱を失った今、残るは藍鳥冰棺蠱だけだ。
考える程に悔しさが募り、生まれてから今までこんな大損はしたことがない!
もし方源がここに居れば、誰が止めようと狂ったように攻撃していただろう。
白凝冰の無視に、古月一族の家老は最大級の屈辱を感じた。
「眼中人無しの小童め!老夫の月刀斬りを喰らえ!」怒号と共に飛び掛かった。
「フン!」白凝冰は左腕を一振りし、噴き出す寒気が瞬く間に長身の氷刃を形成した。
以前に凝縮した氷刃は1メートル余りだったが、今や2メートルに達し、刃先は更に鋭く冷気を放ち続けている。

ガン!
家老が高く掲げた両手は月光を放ち、氷刃と激突して金属音を轟かせた。
老人の顔に驚きの色が浮かび、一歩後退すると両掌を合わせ斜めに斬り下ろした。
金月斬!
彎曲した月刃が1メートル以上も伸び、黄金色の刃が霸気を纏って瞬く間に発射された。
金色の月光が白凝冰の蒼白な顔を照らす中、彼は冷たく笑い、左手の氷刃を振り下ろした。
ガン!
月刃と氷刃が衝突。金色の刃は消滅し、氷刃も粉々(こなごな)に砕けて細かい氷片となった。
「これが三転蠱師同士の戦いか……実に強い!氷刃にしろ金色の月刃にしろ、俺には到底防げん!」遠方で見守る方正は目を眩ませ、理解し切れずにいた。
「まさか……二転の氷刃蠱で老夫の三転月手刀と黄金月を防ぎ止めるとは!」家老は目を剥き、信じ難い様子で呟いた。
北冥冰魄体は氷や水関連の蠱虫に対し増幅効果をもたらす。この効果は蠱師の修為が高まる程に巨大化する。
白凝冰が三転時、二転蠱虫を三転級の威力で使用可能。四転時には四転蠱虫で五転並みの効果を発揮する。
先前修為を抑制していた際は真元回復能力のみ残していたが、今や抑制を解き三転に戻ったことで、北冥冰魄体の真価が顕現したのだ。
「フン、老いぼれ。知らぬことなど山ほどあるわ」白凝冰は足元を止め、手にした氷刃を水平に構えると、狂ったように自転し始めた。
ヒュルルル……
激しい風音と共に回転速度が増す。
ガオッ!
風が猛獣の咆哮と化わり、二呼吸も経たぬ内に五米の氷刃嵐が形成された。
竜巻のような狂風が白い霜の気を撒き散らし、四肢を凍えつかせる。
「逃げろ!」家老すらこの光景を見て正面から受け止めることを避け、急いで退いた。
だが他の二転蠱師たちは回避し切れない。
氷刃嵐が襲い来る速度は従来の三倍以上――
「ぎゃあ――!」
二人の男性蠱師が不運にも氷刃嵐に巻き込まれ、悲鳴が突然途絶えた。彼らは瞬く間に無数の肉片へと斬り刻まれ、その場で命を落とした。
「助けて!」古月薬紅が恐怖に震えながら叫ぶ――まさに氷刃嵐に飲み込まれようとする瞬間。
青藤蠱!
古月青書の掌から青い蔓が現れ、蛇のように薬紅の腰に絡みついた。
引き寄せようとした刹那、氷刃嵐が襲来し、薬紅を丸呑みにした。
ザクザクッ!
氷刃が女蠱師の体を五、六つに切断。鮮血が流れ出す間もなく極寒の気で凍結し、続く斬撃で掌大きさの凍屍の破片と化した。
「薬紅――!」青書はこの光景を目撃し、目を裂かんばかりに激怒した。
「薬紅姉……」丘の上で方正は現実を受け入れられず、魂が抜けたように膝をつき、頬を涙が伝った。
「くそ……鋼衣蠱!」家老は深く息を吸い、全身に黒光りが迸り、鋼鉄の鎧を纏ったかのようになった。
彼は両腕で顔を守り、足を大股に踏み出すと、氷藍色の刃嵐へ真っ直ぐに突撃した。
ガンガンガン!
勇敢にも嵐の中へ飛び込んだ。
数呼吸の短い間に、氷刃が無数に家老の体を斬りつけ、硬質な金属音を響かせた。
束の間の膠着状態の後、嵐が急に収まった。白凝冰と家老が向かい合って立ち尽くしている。
「老いぼれ、自ら死地を求めるとはな」白凝冰の青水晶の瞳が更に澄み渡る。白い衣と銀髪が寒風に揺らいでいた。
左の手に持つ氷刃は既に二つに折れていたが、それでも家老の心臓を貫くのに十分だった。
「……ぐ」家老はゆっくりと下を向き、自らの左胸を凝視しながら、諦めと驚愕が入り混じった声を漏らした。
白凝冰は左手を放し、氷刃を捨てると古月青書へ歩き出した。家老と肩を擦り合わせながら。
彼の背後で、家老の顔や全身に淡い藍色の霜が浮かび上がり、ドスンと地面に倒れ込んで二度と起き上がらなくなった。
遠方でこの光景を目撃した方正は瞳孔が針先のように収縮し、全身を強烈な恐怖が襲った。
この現実は彼の想定を完全に超えていた。
三転家老がこんなに容易に死ぬとは!?この白凝冰は一体何者なのだ!?
「方源はどこだ?言えば痛みの少ない死に方をやろう」白凝冰が古月青書に近づく。
「白凝冰……」古月青書は深い嘆息を漏らし、怯むことなく見据えた。「お前とは十数回も戦った。成長し続けるお前に、今や私も及ばないことを認めざるを得ない。だがこの強さで我が族を裏切らせることはできん!」
「お前ごときが?」白凝冰は嘲笑うように嗤い、遠くの方正を見やると眉を吊り上げた。「あれが方源の弟か?」
古月青書の顔色が瞬時に変わり、大股で遮る:「彼に手を出すのは許さん!」
白凝冰の表情が険しくなる:「お前は面白い相手だった。生かしておけば人生に彩りを添えてくれただろう。だが今の私は機嫌が最悪だ。身の程を知れ。方源の逃走経路を教えろ」
古月青書は行動で回答した。
ゆっくりと瞼を閉じ、瞬く間に見開いた。
木魅蠱!