熊力の拳が白凝冰に届こうとした瞬間、熊林と熊姜は思わず喜色を浮かべた。
ただ一人、遠くに立つ方源の目にだけ深い光が走った。
彼の白凝冰への理解からすれば、こんな低次元な失敗をするはずがない。
果たして次の瞬間、白凝冰が猛然と起き上がった。右腕と前腕の肉が透き通った淡い青い氷と化わり、外からも骨の一本一本が鮮明に見える状態になった。
指を揃えて手刀を形成し、電光石火の動きで熊力の心臓を貫いた!
「ぐ……っ!」熊力が突進していた体を急停止させた。
目を見開き、ゆっくりと下を向いて自らの胸を疑わしげに眺めた。
「どうして……?」
「熊力様!」
予想外の展開に熊姜と熊林は混乱した。
「右腕が折れたと本気で思ってたのか? 天真もいいとこだ!三転冰肌で鍛えたこの腕は、防御完璧!ずっと演じてたのは、ある人物へサプライズを仕掛けるためだ」白凝冰はゆっくりと起き上がり、方源を睨み付けながら嘲笑うように言い放った。
方源は無表情でそれに応じた。
ズブッ。
「白……凝冰……」熊力が最後の言葉を絞り出す。白凝冰の氷腕から放たれた冷気が心臓を完全凍結させ、生気を断ち切った。
「卑怯者!ぶっ殺すぞ!」熊林は熊力の死を直視し、巨大な悲嘆が怒りの火山を噴火させた。理性を失い白凝冰へ突進する。
「熊林、落ち着け!」熊姜が即座に動き出し、彼の進路を遮った。
「組長は逝った…もう敵ではない。お前が逃げろ!俺が殿を務める!」熊姜は悲痛を堪えて低い声で命じた。
「熊姜兄貴…」熊林はその場に釘付けになり、目頭を赤くしていた。
熊姜は熊林を背後に投げ飛ばすと、足を踏み出して白凝冰を遮った。
影殤蠱!
彼の足下の影が突如生き物のように蠢き、白凝冰の影と不気味に歪んで連結した。
「影殤蠱があれば、俺が傷付けば白凝冰も同じ傷を負う!簡単には殺させねえ!お前は若くて才能もある…逃げろ!」熊姜は白凝冰を凝視しながら叫んだ。
「熊姜兄貴!」熊林の目に涙が滲んだ。影殤蠱の欠点――距離が離れると影の連結が切れることを知らないわけがない。熊姜の言葉は慰めに過ぎなかった。
しかも今、熊姜の真元は底を付きかけている。遊僵蠱の駆動さえ停止していた。
熊林の足が地面に根を張ったように微動だにしなかった。振り返り方源を睨みつけて怒鳴った。「方源!援軍はまだなんだ!?」
方源は返事せず、白凝冰を凝視し続けた。
白凝冰は右手を開いたり握ったりしながら、嘲笑うように冷やかに笑った。「援軍?ハハハ、来るものならとっくに来てるわ。全部嘘だよ。影殤蠱なんぞで俺を縛れると本気で思ってたのか?」
足下の影を軽蔑するように一瞥し、全く気にかけない様子だった。
「方源、本当なのか!?」熊林が拳を固く握り、目から火が出そうな勢いで怒り狂った。
方源は彼を無視し、白凝冰を見つめて口元に悟り笑いを浮かべた。「さっきの技、結構真元を食っただろう?戦い続けてきて、空竅に残ってる真元はあとどれほどだ?」
熊力が防御に使っていた蠱虫は、方源の白玉蠱に比べるとわずかに劣る程度だった。だが白凝冰に防御を貫通されたことから、この攻撃力が明らかに二転蠱虫のものではないことが分かる。
先程の状況から、方源は白凝冰が三転の霜妖蠱を使ったと推測していた。
この蠱は威力が強く三転蠱虫の中でも有名だが、過度に使用すると自身を損傷させる。関節の疾患は軽微な症状で、重症化すれば筋肉を凍結壊死させるため、他の蠱虫と併用する必要がある。
白凝冰自身も「冰肌を練成した」と語っていた通り、霜妖蠱の使用に最適な耐性を備えていた。
ただし二転の真元で三転蠱虫を強制駆動すれば、必然的に大量の真元を消費する。だが膠着状態を打破するため、この強行手段を選ばざるを得なかった。
白凝冰の表情が微かに崩れた。先程の技で真元が大幅に減少した事実を方源に見抜かれたのだ。
そのため熊力を倒した後、直接攻撃せず言葉で時間稼ぎをしていた。
「その通りだ」白凝冰は朗らかに笑い、率直に認めた。「確かに真元は残り少ない。右腕を使わず我慢していたのは、お前をおびき出すためだ。だが罠にはかからなかったな。フフフ……本当の勝負はこれからだろ?」
方源は思わず細目になった。
もし白凝冰がこれを否定すれば、積極的に攻撃を仕掛ける余地があった。だが彼が堂々(どうどう)と認めた態度は、何か強力な切り札を秘めていることを示していた。
普通の蠱師は三~五匹の蠱虫しか持たない。青書や赤山のような者でも同様だ。
だが例外も存在する。
方源の場合、月芒蠱・白玉蠱・隠鱗蠱・四味酒虫・春秋蝉・地聴肉耳草・九葉生機草と七匹を所有している。白凝冰は白家が全てを賭けた希望――北冥冰魄体の天才だ。修行開始以来、一族の全力で育成されてきた。その財力は方源を凌駕しているに違いない。
激戦が始まってから今まで、白凝冰は少なくとも六種類の異なる蠱虫を披露していた。方源は彼にまだ他の蠱虫が存在するとほぼ断定していた。
まさにこれらの蠱虫が、真元不足という状況でも冷静さを保たせているのだ。
実のところ、最も厄介な相手が白凝冰の類である。
天賦の才を持ち、死をも恐れず、手にした蠱虫の数も膨大だ。
この三つの要素はすべて蠱師の勝敗を左右する重要な鍵となる。特に蠱虫――一匹の強力な、あるいは特異な能力を持つ蠱虫は、絶体絶命の状況でも形勢を逆転させる力がある。
白凝冰の霜妖蠱は三転蠱虫であり、仮え方源の白玉蠱の防御であっても貫通できる。これが方源が直接白凝冰と戦わない理由だった。
方源は古月蛮石や熊力らを利用して白凝冰の実力を探り続けてきた。相手を知り己を知れば百戦危うからず――これが彼の戦略の根幹だった。
天賦で比較すれば、方源の丙等は白凝冰とは月と鼈ほどの差がある。白凝冰は修行開始が早く、一族の全面支援を受け、所有する蠱虫も方源を凌駕していた。
心性の面でも、死を恐れない白凝冰はほぼ完璧に近い。
元々(もともと)、白凝冰が圧倒的に優位で方源が劣勢――これが認めねばならぬ現実だ。
だが戦闘の妙は、強さが必ずしも勝利を意味せず、弱さが敗北を決めないところにある。
方源が劣勢を覆す可能性は、あらゆる手段を駆使し、あらゆる力を利用するか否かに懸かっていた。
「古月蛮石は始まりに過ぎず、熊力グループも終わりではない」そう思いながら、方源が突如動いた。
月刃が閃き、首が舞い、血潮が噴き上がる!
その瞬間、白凝冰の瞳が針の先のように収縮し、顔色が激変した。
方源の月刃は白凝冰ではなく、熊姜の首級を刎ねたのだ。
熊姜が方源の裏切りを予測できるはずもなく、白凝冰への過度な集中が命取りとなった。
真元節約のため遊僵蠱を解除していたことが、方源の必殺を許す結果を招いた。
ズブッ!
白凝冰の顔色が急に蒼白になり、真紅の血を吐いた。両耳、鼻腔、さらには目尻からも血が流れ出した。
激戦開始以来、これが最も深刻な負傷だった。
影殤蠱!
傷を連結させる効果を持ち、影殤蠱の使用者が受けた損傷の十分の一を相手にも転嫁する。熊姜が死亡した今、彼の致命傷が影の連結を通じて白凝冰に伝達したのだ。
この種の直接攻撃は、仮え水罩蠱を展開していても完全に防ぎ切れない。
「方源!何をしやがる?!」一秒後、呆然としていた熊林が我に返り、目を血走らせて凄まじい怒りの咆哮を放った。
方源は彼を無視し、白玉の光に包まれながら白凝冰へ直進した。
重傷を負った白凝冰は体がふらつき、意識も朦朧として戦闘力が激減していた。方源の襲来を察知するや、慌てて後退した。
「白凝冰!生死の勝負するって言ったんじゃねえのか!?」方源が背後から執拗に追い駆ける。
白凝冰は歯を食いしばり、黙々(もくもく)と逃げ続けた。足取りはよろめきながらも、気力を振り絞り、方源の挑発を完全に無視していた。
死を覚悟しているが故に恐怖はないものの、愚か(おろか)ではなかった。危機が増すほど、彼の心中は逆に冷静さを増していく。
熊林はその場に立ち尽くしたまま、方源の追撃を助ける選択をしなかった。
心は悲しみと怒りで満ち、白凝冰を恨み、方源を憎んでいた。
白と方の二人は追いかけ合いながら山や峰を越えて進んだ。
時間の経過と共に、白凝冰の傷は次第に回復。鼻や目尻からの出血も止み、よろめいていた足取りも僅かなふらつきだけとなった。
逃げる途中、密かに蠱虫を使い治療を施していたのだ。
追撃する方源は内心驚きを隠せなかった。
「さっきまで真元が枯渇してたはずなのに、この短い時間で傷を治すだけ回復したのか…北冥冰魄体、十絶天資の真元回復速度は化け物じみてる!」
認識するほど、方源の白凝冰を殺す決意はますます固くなった。
月芒蠱!
方源が手を振るうと、洗面器大きい青白い月刃が空気を貫き、唸りを立てながら飛翔した。
白凝冰は音を聞きつけ必死で回避したが、それでも腕を掠められた。
鮮血が噴き出すが、すぐに傷口に薄い氷の層が現れ出血を止めた。
白凝冰は既に冰肌を練成しており、この肌は黒白豕蠱で得た力と同様、真元を必要としない。
だが白凝冰の心は暗澹たる思いで一杯だった。古傷が癒えぬ中新しい傷まで増える――明らかに方源は持久戦で彼を追い詰めようとしている!