冷気が四方に広がり、氷刃が舞い踊る。鉄拳が咆哮し、牙が唸る。
熊力らと白凝冰の戦いは白熱の極みに達していた。
戦闘時間は実のところ長くなかった。だが白凝冰からの圧力が増大するにつれ、熊力らには時間が長引き苦しささえ感じられるほどだった。
熊姜の顔は暗雲立ち込め、熊林は額いっぱいに冷や汗を浮かべ、熊力の目にも重苦しい緊張感が漲っていた。
ここまで戦い抜いて、熊力でさえ怒りを抑え、白凝冰の強さを認めざるを得なかった。三転の実力を封印し二転蠱虫のみで戦う白凝冰の戦闘力は、彼等が束になっても抗い切れぬものだった。
実を言えば、白凝冰は今この瞬間も全力を出し切ってはいない。故意ではなく、方源への警戒で手を残さざるを得ないからだ。
熊力らにとって動機は単純――白凝冰を生捕りにすることだけを目指している。
だが白凝冰の立場から見れば、状況は複雑極まる。
一方で熊力グループと戦いつつ、他方で方源の不意打ちに備えなければならないのだ。
彼はこの目で方源が隠鱗蠱を使う場面を目撃していた。そのため戦闘中も心の三分を方源の出方に割き、警戒し続けていた。
だが戦いが今に至っても、方源は依然として動きを見せない。
「まさか逃げたのか? いや、初対面だが、あの男が簡単に手を引くはずがない!必ず仕掛けてくる。ただ時機を待っているだけだ」白凝冰は氷刃を振るい熊力の反撃を押さえ込み(こみ)ながら、頭を高速回転させていた。
彼は熊力らとの力比べだけでなく、方源との知略勝負も強いられていた。
方源が攻撃を遅らせるほど、心の重圧は増大する。鞘に収まったままの剣が最も危険――いつどこに突き刺されるか分からないからだ。
方源は遠方で観戦しているだけだが、白凝冰の精神を終始拘束し続けていた。この牽制がなければ、熊力グループはとっくに敗北し、ここまで持ち込めるはずもなかった。
「この白凝冰、なかなか機転が利く。先に豪電狼を素早く始末し、俺の駒を減らせた。さらに傷を負いながら治療蠱師を葬った。すべて最善の選択だ。熊力らと激戦しながらも、まだ俺への警戒を解いていない……」
林の陰で腕組みする方源は遠目から観察し、目を細めていた。
出手たくないわけではない。ただ今まで適切な戦機が訪れていないだけだ。
だが彼は全く焦っていなかった。
時間が経つほど白凝冰の戦力は消耗する。十絶体の真元回復速度は甲等を遥かに凌ぐが、それでも消耗は避けられない。
方源が待てば待つほど、白凝冰の空竅から真元が減り、勝利の天秤が徐々(じょじょ)に方源へ傾く。
もし白凝冰の真元が枯渇すれば、北冥冰魄体だろうとどうなる?一発の月刃で首を刎ねられるだけだ!
この事実を方源も白凝冰も理解していた。
優位を保ち続けているにも関わらず、白凝冰の心中は重くなる一方だった。
「もうこんな状況は続けられない!」青く冴える瞳を光せ、白凝冰は突然大股で後退し、熊力らとの距離を一気に開いた。
すると喉仏が上へ滾るように動き、胃から何か反芻したようなものが口内に押し上がってきた。
頬が風船のように膨らんだかと思うと、苦しそうに口を開いた。
氷色の小鳥が白い歯列の間から顔を覗かせた。活発な目で周囲を一瞥するや、すぐに標的を見定めた。
白凝冰の口から飛び出すと、幅広い翼を力強く羽搏かせ、熊力目掛けて突進した。
青みがかった氷の鳥は鳩のような愛らしい外見だったが、熊力らはその姿を見るなり顔色を失った。
「三転藍鳥氷棺蛊!?」
「逃げろ!」
熊力らは慌てて散り散りに身を隠したが、この青い氷鳥は月刃と違い、放たれたら自動的に敵を追尾する。
ドン!
熊力グループの後方支援蠱師に衝突した瞬間、爆発した。
荒ぶしい冷気が迸り、眩しいほどの青白い光が戦場を照らし出した。
次の瞬間、青光が急に消え、半透明で水色がかった巨大な氷塊が現れた。
氷塊の中に封印された蠱師の顔には、死の直前の恐慌と恐怖が残っていたが、生命の気配は完全に失われていた。
白凝冰が三転の蠱虫を持たないわけではなかった。ただ使用すれば空竅の二転真元が激しく消耗し、三転蠱虫の本来の威力も発揮できず、その後の一時的な無防備状態で敵に攻撃の隙を晒す危険があったからだ。
だが熊力ら三人はこの藍鳥氷棺蠱の一撃に恐怖で硬直していた。
白凝冰は優位を追わず、さっさと戦場から離脱しようとした。
これは極めて賢明な判断だった。このまま戦い続ければ、状況はますます不利になる。
「クソッ……!」
「白凝冰、逃げるんじゃねえ!」
「熊鑫兄貴も殺された……この仇は必ず!」
熊力ら三人が怒鳴り散らしたが、追い付くことはできなかった。
元々四人で辛じて形成していた包囲網も、一人を失った今、白凝冰に破られていた。
白凝冰が戦場から離脱しようとした瞬間、茂みの中から月刃が飛び出し、人影が躍り出した。ガン!
白凝冰は手の刃を振るって月刃を散らしたが、その隙に来襲者の蹴りを腹に受け、三歩も後ずさった。
その隙に熊力三人が再び駆けつけ、白凝冰を囲んだ。
白凝冰は熊力らを見向きもせず、現れた人物を凝視しながら高笑いした。「待ってたぞ」
「方源だ!」熊林の目が輝き、絶望的な状況が好転したと感じた。
「方源、良くやった!」熊姜は予想外の援軍に喜びを露にした。
熊力だけは沈黙を守っていた。外見は粗野だが、実は常人以上に慎重な性格。方源が今まで動かず突然現れたことに違和感を覚えていた。
方源は余裕の笑みを浮かべていたが、内心では警戒を強めていた。白凝冰の撤退が自分をおびき出す罠だと看破していたが、出ざるを得なかった。
熊力の表情も方源の目に映っており、予測の範囲内だった。
「安心しろ」方源が声を張り上げた。「一族に連絡済みだ。あと少し耐えれば援軍が来る!」
熊力の表情が一瞬緩んだ。
熊林と熊姜の闘志が急激に高まる中、白凝冰は突然天を仰いで高笑いした。「ハハ、あいつが方源か……ますます殺したくなってきたぜ!」
「できるものならやってみろ」方源の目が冷たい光を頻りに閃かせ、前へ踏み出した。
「白凝冰、天がお前を見放した!今日が終わりだ!」熊姜が歯を食いしばり体当たりを仕掛けた。
「好き勝手しすぎたんだ!その代償を払わせる!」熊林が怒声を上げながら背中へ回り込んだ。
「方源、下がって援護してくれ。逃がさないだけで充分だ」熊力が指示を出す。
方源が乱入すれば、三人の連携が崩れる危険があった。
戦闘が再開されると、方源は無表情で熊力の指示を無視し続けた。
最初熊力らは眉を顰めていたが、方源の攻撃は常に要害を突き、戦機を逃さない完璧な援護となっていた。
最初熊力は方源に向かって怒鳴りつけていたが、すぐに自ら口を閉じた。険しかった眉が緩み、方源への驚きを隠せない様子だった。
方源の攻撃は頻繁ではなかったが、常に戦局の急所を突いていた。達人級の戦術眼が発揮され、瞬くうちに主導権を掌握した。
熊力グループ五人が白凝冰と対戦し二人を失い劣勢だったが、方源が加わると三人との連携で完全に白凝冰を押しまくった。
「白凝冰!くたばれ!」熊力が雷のような雄叫びを上げ、高々(たかだか)と跳び上がり地面に激しく着地。両手の指を組み合わせ、鉄鎚のような拳を白凝冰目掛けて振り下ろした。
白凝冰がかわそうとした瞬間、方源がタイミングよく現れ、月刃を放って回避経路を封じた。
白凝冰は熊力の重い一撃を耐えるしかなかった。
水罩蛊!
鼻から水蒸気を二筋噴き出し、瞬時に体を包む水球の防壁を形成した。
ドン!という音と共に熊力の拳が防壁を直撃、一撃で散らした。
だがこれにより拳勢が尽き、白凝冰は危機を凌いだ。
それでも熊力は方源を一瞥し、目に濃い賞賛の色を浮かべた。方源の巧妙な連携がなければ、この一撃は白凝冰に避けられ、真元を消耗させることなどできなかったのだ。
「また水罩蛊か……」方源は熊力の視線を気にせず、白凝冰を凝視しながら眉を微かに顰めた。
この水罩蛊が度々(たびたび)白凝冰を危機から救っていた。白玉蛊よりも優れた防御能力を発揮する。
しかし重大な欠点があった。球状を形成しなければならず、水流で衝撃を分散することで最大の防御効果を発揮するという特性だ。
もし白凝冰が崖壁に背中を付けてしまえば、球状の防壁を形成できず防御力が大幅に低下する。
青茅山には山林が多いが、白凝冰は常に注意を払い、真の窮地に追い込まれたことはなかった。
「この水罩蛊を破れば白凝冰を追い詰められる。だがどうすれば……」方源が思案していると、白凝冰が突然口を開き、青い氷鳥を再び放った。
熊力らが恐れるこの攻撃を、方源は涼しい顔で月刃を放つ。
バン! 月刃が氷鳥を直撃、爆散させる。
「ぐっ……!」白凝冰が苦悶の声を漏らす。至近距離での爆発が逆に自身を襲い、爆風で吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。左腕の大半が氷漬けになり、戦闘能力を喪失した。
「絶好の機会だ!」熊力の目が鋭く光、「くたばれ!」と咆哮しながら両拳を合わせて白凝冰の頭部へ叩き下ろす。
この一撃が直撃すれば、水罩蛊も半分の防御力しか発揮できず、白凝冰は即死するだろう。