「なんだって!?」熊林が絶句した。
「強纏だと?青茅山でこれを持つのはたった一人、俺の従弟の熊氈だけだぞ!」熊姜の顔色も一気に険しくなった。
熊力が目を細めると、その瞳に凶悪な光が閃いた。他人が白凝冰を恐れようと、彼は一族のために命を捨てる覚悟をすでに固めていた!
「白凝冰!強纏は本当にお前が持ってるのか?」方源が横切るに任せ、白凝冰に真っ直ぐ向き合った。
白凝冰は高笑いした。「持ってたからどうした?」
熊姜の表情が暗雲立ち込めた。「言え!俺の従弟はどうして死んだ?その蠱がなぜお前の手に?」
熊林も続けた。「白凝冰殿、尊敬はしております。ですが盟約違反で熊家寨の蠱虫を私物にするとは!」
そう言うと手を振り上げ、信号蠱を放った。
バン!と音を立て、色鮮やかな焔が空中に炸裂した。
焰の彩りが白凝冰の顔を照らす中、彼は哄笑した。「盟約なんぞ最初から眼中にない。ただ強纏の使い方が面白かったから取っただけだ」
熊姜はこの言葉を聞き、憤怒を爆発させた。「白凝冰!従弟が死ぬのを黙って見てやがって……この野郎!」
グループ五人は完全に一体となっていた。公私共に熊力のチームは白凝冰と不倶戴天の敵対関係にあった。
戦闘は避けられない。場面は瞬時にして混乱に陥った。
一方、白凝冰は熊力グループ五人の連携攻撃を受けている。他方、彼等は狼群に包囲され、電狼の牙からも攻め立てられていた。
方源は戦場から離れ、遠方で余裕綽々(しゃくしゃく)と観察していた。
狼群が蠢く様は巨大な石臼のようで、六人の蠱師が我を忘れて戦う中、僅かな油断が即ち狼の餌食になる危険を孕んでいた。
熊姜は遊僵蠱を発動し、両目が不気味な緑色に輝いた。熊力は真赤な目を光せ、白凝冰の瞳は水晶のように青く澄んでいた。この三者の戦いが戦場最も激烈な焦点となった。
遊僵蠱の力で熊姜は僵尸と化し、水と氷への防御力が急上昇し、辛じて白凝冰の攻撃を防いでいた。熊力は熊豪蠱を駆使し、二頭の熊の力を得て、茶碗大きい拳で猛威を振った。二三発打ち込めば、白凝冰の水球防壁さえ粉々(こなごな)に砕けた。
残る三人の熊家の蠱師はこの戦いに介入できず、電狼に対処するのに精一杯だった。方源が引き寄せた豪電狼は本来なら容易に制圧できる存在だったが、今や巨大な脅威へと変貌していた。
「白凝冰!お前の所業に代償を払わせる!」熊姜が咆哮し、白凝冰へ突進した。
「ふん、お前ごときが?」白凝冰は冷笑を零し、軽やかに後ろへ跳び退いて距離を取った。同時に左手を振り、指ほどの大きさの氷錐を五本放つ。
氷錐は熊姜の胴体に直撃したが、彼は痛みを全く感じなかった。僵尸化した際、手足が切断されても痛覚は消失していたのだ。
氷の冷気は常人なら動作を鈍らせるが、彼には涼やかな快感が走った。僵尸は元々(もともと)陰体であり、炎や雷、日光に弱い代わりに、この種の冷気には耐性を備えていた。
「白凝冰!こんな状況で俺達を弄んでるつもりか?本気を出せ!」熊力が怒声を張り上げた。
戦闘開始以来、白凝冰は自らの修為を二転蠱師レベルに抑制し、使用する蠱虫も大半が二転のものに留めていた。
この態度が熊力に侮蔑されているという屈辱感を生じさせ、怒りの炎を燃え立たせていた。
「フゲフゲ……お前達みたいなゴミに全力を出す資格があるとでも?」白凝冰は嘲るように笑い、攻撃を更に鋭くしたが、依然として実力を抑え込み(こみ)、三転の蠱虫を一切使わなかった。
遠方で腕組みしながら傍観する方源の心中には明察があった。
「使いたくないのではなく、使えないのだ。白凝冰、フン……あいつは北冥冰魄体なのだから」
この世界で最古の伝説によれば、全て(すべて)の人間は人祖の子孫である。
だが諺にもある通り、龍の子九匹それぞれ違う。双子でさえ差異がある。
この世界で人々(ひとびと)が最も注目する差異は資質だ。
修行資質を持つ者は蠱師となり、人上の人となる。持たない者は凡人として社会の最底辺で踏み躙られ、弄ばれる。
資質は甲等・乙等・丙等・丁等の四等に分かれる。これは世に知られた事実だ。
だが実は甲等の上に、更に優れた資質が存在する。
この情報は秘聞とされ、一族は決して広く宣伝せず、一定の社会地位に達した者のみが知り得る。
熊力らは当然知る由もなく、家老や族長でさえ知らないかもしれない。しかし前世で六転に達し、凡体を脱して蠱仙の域に至った方源は、当然この事を熟知していた。
この甲等を超越する資質は十種存在し、「十絶体」と総称される。
「人祖が完全に死ぬ前に、全部で十人の子をもうけた。長男の太日陽莽、次女の古月陰荒……その中に北冥冰魄という子がいた。人祖の伝説は真実と虚構が入り混じり、蠱師の修行における数多の秘密を暗示している。人祖十子はそれぞれ十種の絶頂的な資質を象徴している」方源は記憶を辿った。
「十絶体のどれもが甲等資質を凌駕する。最優秀の甲等でも空竅の真元貯蔵量は九割九分までだが、十絶体なら十割完璧に満たせる」
「だが万物は均衡する。十割真元の十絶体は完璧すぎて、天地すらその存在を許さない。人祖の物語でも十人の子に長寿の例はない。現実でも十絶体の蠱師は若死にし、成長するのが困難だ。ただし六転まで育てば、同階級を圧倒し、越級戦すら可能な奇跡を起こせる!」
「北冥冰魄体を持つ白凝冰も例外ではない。十割真元が空竅に過負荷をかけており、崩壊の危機と常に隣あわせだ。この危機を緩和するため、彼は修行で真元を消費しつつ空竅壁を強化し続けなければならない。だからこそ彼の成長速度は常人を超越している」
「しかし修行が進むほど真元の質が向上し、空竅への圧力も増大して危機が拡大する。白凝冰はまるで海上を漂う遭難者だ。真水がないから海水で渇きを癒すが、塩分が体内の水分を奪い、さらに渇きを募らせる」
「白凝冰は修行を重ねるほど、自滅へ近づく。だが修行を止めるわけにもいかない。一族の期待、熊家寨や古月寨からの暗殺が、彼を強くさせるよう迫る。北冥冰魄体の宿命を自覚している彼は、自らの余命が少ないことを悟り、こんな性格を形成したのだろう」
そう考えながら、方源は心で嘆息した。
これは紛れもない皮肉だった。
過剰な資質が、蠱師を栄達させるどころか、破滅の元凶となる。
過ぎたるは及ばざるが如し。人間は水を飲み食べる必要があるが、過剰摂取すれば死に至る。
別の視点で見れば、どんな世界にも真の完璧は存在しない。完璧な愛も、完璧な作品もない。
完璧すぎれば、破滅を招く。
方源の前世では、狼潮が過ぎて三年後、白凝冰の修為は不可避に四転に達した。遂に空竅が真元の重圧に耐え切れず、爆散したのである。
十絶体は天地に容れられず、天に逆らうものの自爆は絶唱の如く、その威力尋常ではなかった。三寨の者を全滅させ、青茅山全体を絶死冰域へと変えた。
幸い当時、平凡な修為の方源は方正に追い込まれ商隊に参加したため、奇跡的に難を逃れた。
死を遅らせるため、白凝冰は自ら蛊虫を使って三転白银真元を二転赤鉄真元に希釈。同時に三転蛊虫使用も極力控えた。
三転蛊虫は一発使用するだけで大量の赤鉄真元を消費し、後が続かなくなる。それより何匹も二転蛊虫を使い回す方が、戦闘で有利だったからだ。
これこそ白凝冰が修為を押さえ続ける真因。
もし力があるのに自ら枷を嵌めて危地に陥るなら、それこそ愚者のやること。
白凝冰は才に秀で、良き教育を受けてきた。そんな馬鹿な選択をする道理がない。
死期を悟っていればこそ、常識を超えた性格が形成されたのだ。
制約なき振る舞い、既存体制に染まらぬ姿勢が、彼に魔道の心を育ませた。もし期待と栄光に包まれ、強敵に囲まれていれば、早々(そうそう)に組織に順応し、指導者的な心性を身につけていただろう。
白凝冰は実に哀れな少年だった。方源は元々(もともと)彼を敵視するつもりはなかったが、この白凝冰が自ら追撃を仕掛けてくるなら、利用し尽くした上で先回りして禍根を断つことも厭わないと考えた。
戦場の混戦は依然続いていた。
この短い時間に状況は激変していた。
豪電狼は白凝冰に倒され、狼群は潰走した。熊力グループの治療蠱師も白凝冰の刃にかかり、彼自身も右腕に熊力の強烈な拳撃を受け骨折した模様で、その後の死闘中ずっと無力に垂れ下がったままだった。
だがそれでも彼は優位を保ち続けている。
熊力は二転蠱師の頂点に立つ精鋭で、実力は青書や赤山と同等。熊姜は新進の防御専門家、熊林は当年度の天才新人として二転戦力を有する。さらに別の蠱師を加えた四人総攻撃にもかかわらず、依然として白凝冰が押しまくっていた。
白凝冰は先の戦闘で赤鉄真元を大量消費し、豪電狼を倒す際に治療蠱師を斬り捨て、右腕が動かなくなっていた。利き手の氷刃を捨て左手で戦わざるを得なくなり、左手の氷の矢発射能力も封じられた。攻撃力は半減したも同然だ。
それでも依然優位を保ち、次第に優位を確固たるものにしていた。
「さすが北冥冰魄体だ。真元を希釈し本領を封印していても、回復速度は維持されている。戦いが長引けば長引くほど有利になる」方源は暗がりで感嘆した。
「現状の戦力では彼に勝てない」この事実を素直に認めた。
丙等資質で四割四分の真元しか持たぬ方源。乙等の熊力ら三人が束になっても押され続ける状況を考れば、単独では尚更厳しい。
「だが倒せないからといって殺せないわけじゃない」そう思い至ると、方源の唇に冷笑が浮かんだ。
これこそ五百年の経験が育んだ知恵だった。
似たような影を感じさせる部分はある。
だが百年老魔である自分と比べれば、白凝冰は残酷な運命に早熟させられた小悪魔に過ぎない。